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3◆八雲視点

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油揚げのためにハントの旅に出た私は、田中さんに出会ったあの日世の中の厳しさに打ちひしがれていました。

何故なら、私は人々にみえないし声も聞こえないからです。

お金もないから油揚げを買うことはできません。

売り物を盗むわけにはいかず、私は困り果てて倒れていたのです。

そんな時に、田中さんに私は踏まれました。

その手に私が求める油揚げ(いなり寿司)を持って………。

我慢の限界を迎えていた私は、ついそれを奪ってしまいます。

………悪いとは思いましたよ?

でもあまりの油揚げの美味しさに、私は脳みそが溶けるかと思いました。

罪の意識も中の酢飯も油揚げの美味の前では存在が薄くなるのです。

私は、私がみえて声も聞こえる田中さんを逃すわけにはいきませんでした。

だから、取り憑いたのです。

その選択肢はやはり正しかった。

田中さんは私に油揚げをいっぱいくれますから!

服装を田中さんの着てほしいものに変える度に一枚、何かしらのエッチなプレイに一枚、プレイ終了後にお疲れ様の一枚。

油揚げ天国はここにあったんですね!!



真夜中の人外専門の居酒屋で、私はそんな油揚げ天国を友達タヌキの八咫とお酒を飲みながら語りました。

「いやそれ、都合のいい狐扱いされてない?」

「そんなことないです。油揚げの良さがわからないアナタには、油揚げ天国の魅力が如何に素晴らしいのかわからないだけです」

「えぇ……」

八咫は人に化けて生活しているんです。

私はまだ人に化けられるほどの狐ではありません。

目指せ尻尾九本!

憧れの九尾の狐になったら、狐の最終変化である人化ができます。

七本の私にはまだまだ夢の話ですね。

「私、田中さんに出会えて幸せですよ。田中さん、エッチだけど優しいですし、昨日なんて高い油揚げをわざわざお取り寄せしてくれたんですよ」

「お、おぉ……良かったね」

「あの油揚げを食べた瞬間、私は一生田中さんに取り憑こうと思いました」

「神社にたまには帰ってやれよ。神主泣いてるぞ」

「神主さんには猫の鈴蘭がいるから大丈夫ですよ」

私がいなくても、元々あんまり人がこない神社でしたから……私いなくても困らないでしょう。

神主さんは白猫の鈴蘭を大事にしているし、そもそも神主さんは私がみえない人です。

だから、私が神社を出てもいいのですよ。



『八雲、今日も油揚げ作ったよ』

………。

………昔は良かった。

あの人が生きていた、昔は良かった。

人の寿命とは残酷ですね。

………。

………あの人のように、いつか田中さんも私の前からいなくなってしまいます。

それは絶対で、だから……私は都合のいい狐でも構わない。

気づいていても、私はそんな余計な現実はみないのです。

油揚げが美味しい。

それでいいじゃないですか。

今の幸せを抱きしめていれば、いつかきてしまう絶望を考えなくていいのですから………。
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