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 茶色がかった、肩までで切りそろえられた黒髪。吸い込まれるような大きく黒い目。
 ワイシャツの上に茶色のセーターと首元にはリボン。下は、本来は膝下まで長いはずのスカートが、腰の部分で折られて短くされている。その所為か、転んで尻餅をついた彼女の下着は遮るものもなく俺の視界にバッチリ入っていた。
 成る程、白い。しかしまぁ、今更他人の下着程度に欲情もなにもないから、全く心は動かないが。

「……何だよ、人の事ジロジロ見やがって」

 その女子生徒は、どうやらまだその事実に気づいてないらしかった。
 流石に居た堪れなかったので、俺は溜息を一つ吐いて、

「あー……見えてるが、いいのか?」

 なるべく無関心に聞こえるように、聞いた。

「は?」

 素っ頓狂な声を上げた後、女子生徒はまるでスローモーションで再生してるかのようなゆっくりとした動きで視界を下にやり──

「…………テメエこの変態ッ!!」

 俺の顎に正確に蹴りを入れた。
 ガクンと揺れる脳、倒れる視界、暗転する意識。崩れ落ちる身体。

 ──り、ふじ……ん……

 最後にそれだけを心の中で吐き捨て、俺は意識を手放した。


 ◇◆◇◆◇◆


「──は、クシュッ!!」

 背中が嫌に冷たく、身体を撫ぜる風が体温を奪う。
 豪快なくしゃみと共に、俺は跳ね起きた。
 うおっ、男らしいと悲鳴をあげる、聞き覚えのある高い声。

「な、何だ……起きねぇから死んだかと思ったが、生きてたか」

 ホッと胸を撫で下ろす女子生徒。勝手に殺すな。
 再び風が吹き髪をさらったので、辺りを見渡すと、そこは──

「…………屋上?」

 昨今は危険だからと封鎖されている事の多い高校の屋上。枯澄高校も例外ではなく、立ち入り禁止の筈だったが……いまいる場所は間違いなく、上を見上げれば空が広がる、屋上だ。

「あぁ。悪ぃな、保健室は遠いんで、女手で運ぶのはちと無理だ。なによりそっちに構ってると見逃しちまう」

 なんて勝手な言い分だ。人を呼ぶなりしろよ。
 そう言ってやりたかったが、言うと変に話が拗れそうだったので黙っておく。面倒ごとはごめんだ。
 そんな事より──見逃す?

「見逃すって……何を?」
「あ? ……お前知らねぇのかよ、勿体ねぇ! いいぜ、いい機会だ。此処で見てけよ!」

 謎な張り切りを見せ、女子生徒は俺の手を取り立ち上がらせると、グイグイと背中を押した。

「んっと……確かこっちだったな」

 曖昧な根拠を頼りに屋上を横断し、縁のところまでくると、俺の手を下に引きながら腰を下ろした。当然俺も、流されるままそれに続く。

「……で、そろそろ説明とか、ないのか?」
「ん、あー……もう来るからちっと待て待て。ほら、言うだろ? 百聞は一見になんたらって」

 如かずだ如かず。
 それで納得した訳ではないが、どうやら話す気もなく足を空に放り出してぶらぶらと揺らすばかりだったので、追求はよしておいた。名前くらい、聞いておきたいんだが。

「来たぞ!!」

 唐突に叫び、勢いよく立ち上がる女子生徒。その視線の先にあるモノ、それは。

「……流れ星──」

 それも、一つや二つではきかない。
 大量の流れ星が、手持ち花火の火花のように暗い夜空を横切り、白に彩っている。
 そういえば、ニュースであと○日です! なんて言葉を、よく聞き流していた気がする。そう言う事だったのか──

「すっげぇ……! な、な! すげぇだろ!?」

 彼女はというと、目を星のように輝かせ、屋上の端で子供のように器用に跳ねている。感動を共感して欲しいのか、俺の肩をバンバンと叩きながら、だ。

 そんな様子を見ていて、俺は。
 少しだけ、笑った。
 あの日から、そんな顔は忘れたものだと思ってたのに──

 結局俺は、流れ星が降り注ぐ空を、再び漆黒に染まるまで見ていた。名前も知らない、その女子と一緒に。
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