欠片の軌跡④〜南国の王太子

ねぎ(塩ダレ)

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第三王子編

今時のヒロイン

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ギルはガスパーの地図を使って一団を導き、馬を走らせた。
寄れない中継地点には人を送る。
撤退が決まった時に早馬は送ってあるので、撤退準備はできているはずだ。
後は国境で合流できればいい。

問題はサークとシルクだ。
頃合いを見て撤退を始めるだろうが馬もない。
一部隊と戦闘した後、追われながら撤退をするとなると、さすがにあのふたりでも苦しいだろう。

サークの魔術があり、シルクはカイナの民であり演舞の踊り手だ。
やられる事はないだろうが、戻るのがいつになるかはわからない。
それを見越して、サークは見捨てろと言ったのだろう。

こうなった以上、国境は閉めなければならない。
ふたりを待つことは出来ないだろう。

下手に迎えをやるのはかえって危険だ。
だからもう、どうすることもできないのだ。

ズキリと胸が痛む。
自分にとって、欠け替えのないふたりを置いていかなければならない。

わかっている。
自分がサークの立場でも同じことを望む。

だが、自分が待つ側になって初めてその辛さがわかった。
こんな思いをするくらいなら、いっそすぐに引き返してしまいたい。

だがサークは言った。
お前はこの一団の長であることを忘れるなと。

シルクはさよならとは言わなかった。
いい子で待っていろと言った。

ふたりはわかっていたのだろう。
だからこそ胸が痛い。

ガスパーの地図と馬を走らせた事もあり、国境が見えて来た。

この人数にあの一部隊だ。
南の軍はあそこで逃がすとは思っていなかっただろう。
あの後、他の軍に遭遇することはなかった。
またガスパーが待ち伏せのできそうな場所は全てチェック済みだった事もあり、少人数部隊の奇襲もほとんどないまま、まっすぐ帰って来れた。

国境にリオが入ってしまえばこの任務はほぼ終わる。

後はイヴァンに任せてサーク達のところに行きたかった。
だが自分は、王宮に行って説明もしなければならないだろう。
それが一団を率いた己の責任だから。
それがもどかしくて仕方がない。

外壁がだいぶ近づいてくると、ギルの目に妙なものが外壁にいるのが写った。

それは何か大きなものだ。

まわりの者もそれに気づき始め、ざわざわし始める。
状況を見てイヴァンが馬を並べててきた。

「隊長っ!!あれって……っ!!」

ギルは何も言わなかった。

自分の見ているものを知っていた。
一度だけ見たことがあったからだ。

「……あれって……ヴィオールですか!?」

イヴァンが言った。

そう。
国境の高い外壁の上に竜がいる。

たまに見せている小さいヤツではない。
おそらく原寸大の竜がいるのだ。
巨大な翼を準備運動するかのように広げて伸ばしている。

その横に小さな人影が見えた。
近づいた事と優れた視力で、ギルはそれをはっきり見た。

ゴーグルをつけ、口元を何か布で巻いている。
だから顔ははっきりしないが、竜の横に立つ男などサーク以外では一人しかいない。

その男は何か槍のような長物を持ち、竜に飛び乗った。

いつの間に用意したのか、竜には馬具のようなものがつけてある。
そして竜はその大きな翼を広げ外壁を飛び降り、力強く羽ばたく。

初めて見る光景に、うわあぁぁっ!と歓声とも悲鳴とも取れる声があちこちから響く。
ギルもそれを目で追った。

気流に乗ったのか竜が空を旋回している。

その背に乗る男がこちらに敬礼していた。
それに小さく頷くと、ぐるりと上を旋回してまっすぐ南へ飛んで行く。

「隊長……。」

「ああ。……他に迎えは要らなそうだな。」

思わず笑ってしまった。

本当にあいつは、国と戦争でも始める気なのだろうか?
自身は特殊な魔術師で、片腕に100人の兵を魅了できる踊り子であり100人の兵と同等の力を持つ演舞の踊り手を従え、おまけに恋人が竜使いだ。
いや、ひょっとすると竜騎士なのかもしれないが。

「……俺の出る幕など無さそうだ。」

悔しいがほっとした。
もう、何も気にする必要はない。

国境を越え、リオを無事に王宮に送り届ける。
それが自分の成すべき事だ。

迷いはなかった。












シルクに撤退準備を告げた時、敵陣に大きな歓声が上がった。
意気消沈としていたのに突然活気づいてくる。

「え……嘘……。」

何事かと目を向けたシルクが呟いた。
俺も顔を固くする。

南の国側に援軍が来たのだ。

先程と同様、一部隊はいる。
状況を見て早馬を出したのだろう。

まずい状況になった。
シルクは何も言わないが、さすがに疲労している。

それもあり、撤退準備を告げたのだ。
同じことをもう一度行えば、撤退の体力は残らないだろう。

俺の魔力もそれは厳しい。
下手に限界を超えれば倒れてしまう。
そうなれば撤退も糞もない。

「……シルク。お前は撤退しろ。」

「主!?馬鹿な事言わないで!!あんな人数、主一人で何とか出来る訳ないじゃんかっ!!」

「ふたりでも難しいだろ。」

「でもっ!!」

「シルク、俺は鍵がある。いざとなれば魔術本部に逃げれる。だがお前を連れて行くことは出来ない。鍵は鍵の持ち主以外は通さない。」

「……主。」

「むしろ一人で逃げなければならないお前の方が危険だ。」

「そうだけど……。」

「いいから行け。無事に王国に帰って来い。俺は鍵で先に戻って待っているから。」

「……本当に?」

「ああ。」

それは本心だった。
俺は鍵さえ使えれば、どこからでも魔術本部に帰れる。
フーボーさんが牢屋から帰ってきたと笑い話になっていたくらいだ。
鍵穴のあるドアさえあればどうとでもなる。

だからむしろシルクの方が危ないのだ。

確かにシルクは無敵の演舞の踊り手だ。
西の国で生き残ってきた道を考えれば、どんな目に合っても耐え忍ぶだろう。
そして手段を選ばず戻ってくる。
俺がそう命じれば、必ずそれを成すだろう。

だが……。

ジリリと後悔が胸に浮かぶ。
地獄まで連れていくとは言ったが、勝手に同行させたのに半ば見捨てなければならない状況まで覚悟がなかった。

だが他に手立てがない。
シルクが逃げ延びれるよう、ここでできる限り足止めをする以外、二人で帰る道はない。

その時、急に俺の胸がじわりと熱くなった。

何だ?この感覚は?
どこかで覚えがあるような……?

俺は何かをはっと思い出した。

「……シルク!合図したら伏せろ!!」

「え!?」

「いいから!合図したら伏せろ!いいな!!」

「う、うん。」

俺は敵陣が近づかないよう、消した炎蛇をもう一度出した。
魔力も残りがあまり多くはなかったので、小さめで調整する。

この胸の感覚が何か思い出した。

それは一時的ではあったが、この胸にあった魂の熱だ。
それはどんどん強くなって来る。

俺は腕のラピスラズリを見つめた。
こんな時なのに嬉しくなってしまう。

そうだ、忘れていた。

おとなしく待っててくれるような人じゃない。
俺のお姫様は……。


「……伏せろ!シルクっ!!」

「へっ!?」


俺がそう叫んだ時、真っ黒い巨大な影と共に、突風が吹き荒れた。
敵軍に悲鳴が響き渡る。
そしてそれを遮るように、聞いたことのない雄叫びが世界を揺らした。


「ギギャアアアァァァッッ!!!!」


あまりの音に俺もシルクも耳をふさいだ。
それはまた一度遠ざかり、そして戻ってくる。

俺たちは寝転んだまま状況を見つめていた。
肉眼でそれを確認し、シルクが思考停止している。

「……主、俺、夢見てるのかな?」

「ん?どうだろうな?」

「あれって……ウィルだよね??」

「うん。」

「竜に乗ってるよ?」

「うん。」

「乗ったまま、敵を蹴散らしてるんだけど??」

「そうだな~。」

「何か槍持ってる。」

「うん。結婚指輪としてローン組んで買ってあげた。」

「なんかめちゃくちゃ強いんだけど??」

「うん。めちゃくちゃ可愛いよな~。」

会話がどことなく噛み合わない。
横目でにまにまと幸せそうに状況を見守る己の主を見て、シルクは少し主の頭を心配した。
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