「欠片の軌跡」②〜砂漠の踊り子

ねぎ(塩ダレ)

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第四章「独身寮編」

濡れた空気 ✩

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シルクはふらふらと廊下を歩いていた。
無償でこんなにたくさんお酒を飲んだのは初めてかもしれない。
皆、下心があるわけでもなく、優しくしてくれる。
食べ物が十分に食べれる。

何か知らない世界だな、と思った。

シルクにとって、飲み食いする事とセックスはとても近いものだった。
気前よく食べて飲んでとさせてもらった後は、当たり前にセックスがあった。
飲み食いさせてもらった分サービスする、それがシルクがそれまでいた世界の常識だった。

だからそんなものもなく、ただ平和にわいわい皆で食べて飲んで終わってしまったこの飲み会が、とても不思議なものに感じられた。

どこかの空の下では、かつての自分と同じように飲み食いと行きずりのセックスが当然の対価となっている夜があり、これが同じ世界に存在しているんだなと思うと変な感じだった。

サークはシルクと絶対にセックスしない。

勃たないから、恋人がいるから、とサークは言うけれど、そんな理由でセックスしない人間なんて見たことがない。
勃たないジジイだって他の者にセックスさせるのを見て楽しんだり、道具で楽しんだりと、普通にしていた。
恋人どころか妻子があったって、気にする事となく、誰もが普通にセックスしていた。
なのにここにはそれがない。
確かにここが世界の真ん中なら、その理由でサークがセックスしないのは当たり前なのかもしれない。

「変なの~おかし~。」

シルクは一人でくすくす笑う。
砂漠では物凄くサークが変わり者だったが、ここに来てしまえば、自分の方が変わり者である。

「世界って広いんだな~。」

こんなことで世界を語るのもどうかと思うが、それぐらいカルチャーショックを受けた。

窓から外を眺める。

見える光景は砂漠ではない。
緑が豊かで土も柔らかい。
空気も大地も湿っていて、昼と夜の温度差も緩やかで、砂嵐もない。

おかしな世界。
それが初めて他国を知ったシルクの持った、この国の第一印象だった。

でも、どこだろうが何だろうが、サークのいるところで自分は生きていくのだ。
シルクにとって、それは幸せな事だった。


「……シルクさん?」


ふと誰かに声をかけられて、顔を上げる。
誰だかは知らないがここの人だ。
服装を見ればわかる。
サークの所属している部隊の人間。

「こんばんわ。」

「どうされたんですか?迷いましたか?」

「いえ、ちょっと酔いを冷まそうかと。お騒がせしました。」

「いえ、大丈夫ならいいんです。」

彼はそう言った。
シルクは格段それ以上気に止めなかったが、彼はそこにじっとしていた。

「何か?」

「い、いえ……。」

彼は不自然に目を反らし、どこかもじもじしている。
それが何かシルクにはわかった。

シルクにとっては当たり前の事。

だからシルクは、それをここの世界のルールのようにオブラートに包む感覚は持ち合わせていなかった。

「もしかして、セックスしたいんですか?」

シルクには当たり前のことだったので、ごく普通にに聞いた。
だが相手は酷くびっくりしてしまって、固まってしまっていた。

しまった。
ここは西の砂漠の国じゃない。

サークに連れられてきた不思議の国だった事を思い出し、シルクは少し慌てた。

「すみません。冗談です。」

シルクはそう言って、その場から離れる事にした。
したいならすればいいとも思うが、直接的な事は避けるこの国では問題になりかねない。
何だか面倒くさい世界だな、と思った。

けれどサークに迷惑をかける事はできない。
自分にとって不思議なルールでも、それに従いここに適応しなければならない。

だが……。

シルクがそう言って何事もなく通り過ぎようとした時、突然、彼はシルクの腕を掴んだ。

「……待って下さい!」

「何か?」

「……したいです。セックスしたいです。シルクさんと……。」

彼は真っ赤で、言ってしまったくせに躊躇していた。
動揺と深い後悔。
勢い余って、してはいけない事をしてしまったと顔に書いてあった。

シルクはそれを不思議そうに眺めた。

何でそんなに難しく考えるのだろうと……。
ここのルールはやはりシルクには馴染みがない。
したければ遠回しにしないで、したいと言って相手がOKならすればいいだけの話だ。
だから彼の突然の誘いも、シルクにとっては特に変な事でもない。
なのに目の前の男は、反省するあまり、この世の終わりなのではないかと言う暗い顔をしている。

「……ここの人って、皆、そうなのですか?」

「ごめんなさい……。」

「怒ってるとか軽蔑してるとかそう言うのでなくて。ここの人たちって、そんなにセックスするのに色々手順とか難しく考えたりするのですか?」

「……え?」

不思議そうにそう聞いたシルク。
彼はまた驚いて顔を上げた。

「すみません。私の感覚だとしたければするぐらい単純な話だったので、ここではセックスすると言うことがとても複雑なもののように見えたので。」

「えっと……そうですね、シルクさんの感覚はわかりませんが……ここではセックスをしたら必ず結婚しなければ品格が疑われるくらいの重さがありますね。社会的制裁があったりもしますし。」

「セックスするだけでですか!?」

今度はシルクがびっくりする番だった。
宗教的に高貴な身分の人間でもなければ、西の砂漠の国ではさして問題になることもない。
特に子のできない同性とのセックスは、セックスのうちに入らないぐらいの感覚がある。
あまりに驚くシルクに、彼は目を丸くした後、クスッと笑った。

「……はい。セックスするだけで、それぐらいの覚悟がいります。」

シルクは言葉も出なかった。
そんなにその行為に重い意味があるのなら、皆、簡単にはセックスしないだろう。

やっと何となくこの国の性事情がわかってきた。
そりゃサークが遊び感覚でシルクにイタズラをしたりもしない訳だ。

だが、セックスしないで、皆どうやって性欲を処理しているのだろう?
完全に性に対して奔放な世界の住人だったシルクは、頭がぐるぐるした。

「ええと~??……教えてくれて、ありがとうございます。……とても驚きました。」

「いえ……。」

彼はとても紳士的で、穏やかで親切だった。
好青年、そんな印象を受けた。

けれど、シルクの手を離さない。

何だかチグハグしている。

「あの……。」

「……シルクさんと、セックスがしたいです。」

「いえ、そんな重いものとは知らなかったので……。あなたとセックスはできません。」

「では、シルクさんの感覚でセックスしたいです。」

彼は爽やかに笑っている。
性行為がこの世界ではとても重く受け止められている事を教えてくれたのに、よくわからない。
シルクは戸惑った。

「……社会的制裁があるのでしょう?私は嫌です。主に迷惑がかかります。」

「あれはものの例えです。それぐらいの重みがここの人間にはあるという話です。」

「……よくわかりません。」

そんな重みがあるなら、迂闊にセックスなんてできる訳がない。
なのに彼はシルクとセックスしたいという。
シルクの感覚で……。

夜明かりの差し込む廊下。
彼の顔に真剣さが浮かぶ。
そして少し強引にシルクを引き寄せた。

「……したいです。したいからする、では、駄目ですか?」

近づいた顔は美しく整っている。
西の国では見かけない整い方だった。
その顔を見ながら、国によって顔の整い方って違うんだなぁと変な事を思う。

「……私はいいですけど、それってここではどうなんですか?」

「そうですね……バレなければいい、と言ったところでしょうか?」

話があべこべなのできょとんとして尋ねると、彼は整った顔を悪戯っ子のように崩して笑った。
それを見てシルクは理解する。

そうか、なるほど……。

何だかんだ理由をつけているが、見えないように隠して蓋をしているだけで、結局、世界はどこでもあまり変わらないのかもしれない。
それがオープンに目に見えるようになっているか、隠されて秘密裏に行われているかの差しかないのかもしれない。

「……駄目ですか?」

彼は無理に迫って来なかった。

こんな話なのに親切丁寧に教えてくれた。
性格も今の所悪くないし、顔も悪くない。
清潔感もあるし、体つきもがっしりしていて雄くさそうで好みだ。

はっきり言って、したいかしたくないかで言えば、したい。
こんなに飲んだ後なのだ。
砂漠の国では当たり前にセックスしていたのだから、体は甘い蜜を求めている。
我慢できない訳ではないが、した方が気持ちいいというものだ。

「……色々教えてくれてありがとうございます。」

シルクは決断した。
そして魅惑的な猫目を細めて笑った。

「とても参考になったのでお礼ということで……。ただし、秘密裏にお願いします。」

にっこりと言うと、彼はシルクの手を引いて目立たない場所にある小さな部屋に連れていった。
こんな場所もあるのか、と思う。
なら結局は皆、隠れてセックスしてるんだろうなとシルクは思った。
彼がシルクを抱きしめ、そっと顔を寄せる。
それを待てとばかりに手で制した。

「……すみません。私的ルールを言ってもいいですか?」

「何でしょう?」

「これはお礼です。それから今夜だけです。2度目はありません。恋愛感情とか面倒なものもありません。したいからする、それだけです。キスはしません。キスマークとかも体に残さないで下さい。それからできればゴムをつけて下さい。後処理が面倒なので。」

つらつらと述べるシルク。
ムードもへったくれもないそれに、彼はぽかんと口を開けた。

「……手厳しいですね?」

「やめますか?」

「やめません。でもごめんなさい。僕もこうなるとは思ってなかったので……ゴムは持ってないです。」

「……そうですか。では、お礼なので特別に許します。ただし、中に出すのは一度だけにしてください。」

「ふふっ。一度はいいんですか?優しいですね。」

「……お礼ですから。」

じっとお互いの目を見る。

互いの条件を飲んだと思った時、スイッチが入ったように、彼はシルクの、シルクは彼の服を脱がし始めた。
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