「欠片の軌跡」①〜不感症の魔術兵

ねぎ(塩ダレ)

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第二章「別宮編」

ふたりの王子

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考えあぐねた末、王子をこっそり王宮に返す事になった。
その間、俺は王子と一緒にいるという事で納得してもらった。

「……殿下、次はあの建物の方に行きます。花壇が見えますか?あの辺を目指すので、指示通りにお願いします。」

「はい……!」

俺はかなり緊迫しているのだが、王子は目をキラキラさせている。
楽しそうな王子とは対象的に、俺の寿命は一分毎に擦り減っていく。

とにかく別宮をまず離れなければならない。
王子と俺が一緒にいるところを見られでもしたら一巻の終わりだ。
警護部隊とその他の職員がわんさかいるここを一刻も早く脱出しなければ、断頭台が待っている。
王子を守る為に存在する部隊が今は敵だなんて、ハードモードすぎて泣けてくる。
人気のない場所を飛び石の様に渡りながら、俺は半泣きだった。

とはいえ俺は、別宮の人目につかないところは無駄に把握している。
こんなところで副業の経験値が活かされるとは思わなかった……。
人生、どこで何が役に立つかわかんないもんだな……。

俺は隠すように脇に王子を抱えて動いていた。
いくら指示通りと言っても、兵士としてずっと働いてきた俺と、王族として優雅に暮らしてきた王子では動きが合わない。
それに合わせる為、王子を引っ付けて動いている。

何度も言うが、俺は必死だ。
何しろ誰かに見つかりでもしたら、断頭台に一直線だ。
貴族でもない平民の俺をいくら王子が庇ったところで、逆にそれはいらぬ疑惑を深め、後ろ盾のない俺はあっさり始末されるだろう。

だというのに王子の方はというと、とてもにこにこ楽しそうだ。


「……楽しそうですね、殿下。」

「ふふふ、今、とてもドキドキしています。」

「俺の心臓は、ドッドッドッって重低音がしてますよ……。」


何でこんな事に……。
俺は自分を呪うしかなかった。

確かになんだかんだ言っても、騎士にしてもらえて待遇が良くて高収入の職場に来れたけどさ。
これじゃ命がいくつあっても足りないよ。
今度、生まれ変わったら、自分の支える君主は慎重に選ぼう……。
半泣きになりながら俺はそう心に誓った。

しかしどうする?
王宮のまでどうやって行く?

俺は思考を凝らす。
一応、別宮の中心地からは離れた。
ここまでくれば人も少ない。
よほど気を抜いてドジを踏まない限り、そうそう見つかる事もないだろう。
俺は出入りの激しい場所を離れられた事で、大きく息を吐いた。

だが、ここからどうやって王子を王宮に帰すか……。

表に出て、街道を通る?
いや、表街道は人が多すぎる。
いくらマントを身に着けフードを被っているとはいえ、王子の顔が見られる可能性がある。

何より不特定多数の人間がいる中では、危険予測が難しい。
もしも王子を狙う者がいた場合、対応に困る。
俺は剣技が使える訳でもない、魔術師のなんちゃって騎士だ。
魔術を使えば王子を守る事は可能だろうが、一般の人達を巻き込む事になる。
何より、王子と俺が一緒にいるのを知られたくないのに、そんな大太刀周りを披露するなんてのは御免だ。

だとしたら……。

王子を極秘で、そして俺一人で安全にここから王宮に帰すには……。


俺は別宮と王宮の地理関係を見て、ひとつの推測を立てていた。


王宮と別宮の間に大きな森しかない場所がある。

それは一見すると特に気にする事でもないように思える。
でも、よくよく考えれば不自然なのだ。
何でそこが他と隔離されて森のままなのか……。

おそらくそこに、緊急時の避難路として2つを繋ぐ道があるはず。

公式には上がっていないが、必ず道があると俺は踏んでいた。
己が君主の希望通りにするならそこを通るしかない。

腹を括ろう。
それに賭けるしかない。

最悪、道がなくても森の先は王宮だしな。
森の中なら魔術を多用したって怒られないだろうし。

そんな事を思いながら、俺は向かう先を決めた。
そしてそこに向けて慎重に進んでいく。

だが……。


「……っ!!」


ある角に来た時、ふっと人影が現れ、見合ってしまった。
俺は反射的にギクッと身を固めた。

気付なかった。
相手はかなり気配が薄かった。

よほど訓練を積んだ隠密行動に特化した人間でなければ、ここまで薄くなる事はほぼない。
そんな人間が別宮にいるとは考えていなかった為、俺の読みが甘かった。

俺は慌てて背後に王子を隠す。
だがその拍子に背が王子にぶつかり、フードが脱げ金色の髪が露になった。
王子が急いでフードを被り直す。


……見たよね?


俺を見つめていた目が、その黄金色の輝きを見、ハッと息を飲んで再度俺を見た。

「……………………。」

「……………………。」

お互い無言。
驚いて声も出ないのだろう。

叫ばれるより良かったが、死ぬほど気まずい……。

相手は知っている顔だった。
でも、名前は知らない。

俺と彼の目が、お互いを覗き込む。

相変わらず王子様みたいな人だ。
その姿は夜のようにとても静かで、深い深い紺色のラピスラズリのよう。

俺は考えるよりも先に口が動いた。



「……頼む!大事にしたくない!協力してくれ!!」



彼が何か言おうと口を開きかけたところで、俺は先手を打って畳み掛けた。
びっくりしたように俺を見つめる彼。

相手を気絶させる事もできた。
だが俺はそうしなかった。

彼なら信じれると、何故か確信していた。

彼の瞳は一瞬揺れ、しかしもう一度、はっきりと俺の目を見た。
そして少し笑った。


「……大事に、て……、既に手遅れじゃないか?」

「そう言われると痛いな。」


その笑顔にほっと胸を撫で下ろす。
悪戯で意地悪そうに俺を見て笑う彼。

……なんかちょっと可愛い。

彼は少し考えて、また俺を見た。
そして俺が行こうとしていた方向に目をやる。

どうやら俺がどこに行こうとしているか察したらしい。



「……ついてこい。」



彼はそういって、先に進んだ。
俺の行きたかった方に、警戒しながら導いてくれる。

俺は進む前に王子に声をかけた。

「殿下、大丈夫ですか?」

「はい……。」

「では行きましょう。」

「………あの……知り合いですか?」

王子は少し顔色を曇らせてそう言った。
心配になるのも無理はないよな、この状況だし。

かと言って、何で彼を信用したのか上手く説明できない。
俺自身もよくわからない。
そして何より、王子に信頼できる相手だと明確な説明ができるほど俺は彼を知らなかった。

俺は答えた。


「いえ、初めて会いました。」


変な答えだろう。
でも、そう答えるべき相手なのだ。

俺はその事がおかしくてちょっと笑ってしまう。

そんな俺を、王子は難しい顔で見つめていた。
ギュッと服の裾を掴まれたので、大丈夫ですと声をかける。

彼は進んで斥候役をしてくれた。

先に行き、状態を確認してこちらを呼ぶ。
その繰り返し。

何か言葉を交わした訳ではないのに、彼は役目を果たし、また目的の場所へと向かってくれた。

不思議な気分だった。
でも俺は疑う事なく、素直に彼の背中を追った。

彼のお陰で進むのが物凄く楽になった。
これなら予想より、早く王子を帰せそうだと安心する。

王子はあれ以降、口数が少なくなった。
慣れない事をして疲れて来ているのかもしれない。

俺はできるだけ声掛けをして、王子を気遣う。
あんなに晴れていた空は曇り始め、雨の匂いがした。

順調に進み続け、回りに身を隠す建物等がなくなった頃、目的の方向に建物が見えた。

「あれ?何だ?あれ?」

「……ああ、馬屋だ。」

「あんなところに?」

「騎馬隊の馬の休養用に使われているものだ……。」

彼は何でもない事のように言った。
だがその言葉には、微かにそれ以上聞くなと言う響きが含まれていた。
俺はちらりと彼を見る。

「秘密が多いんだな、お前。」

「あなたほどではないと思いますよ?」

ツンッと冷たく言われる。

ヤダ何それ?
むしろ可愛いんですが??

とはいえ、少しだけ彼の事がわかってきた。
どおりであまり見かけない訳だ。
そして俺が気付ないほど、気配を消せるのも納得した。
そういう深い部分に関わりのある仕事も任される人なのだろう。

「あの道を使うんですね?」

そんな会話をしている俺達に、王子が混ざってきた。
それを聞いて俺はニヤッと笑う。

「やっぱりあそこ、道があるんですね?」

「お前?!知らないで向かっていたのか!?」

信じられないと言いたげに彼が俺を見る。
王子も驚いたような顔をしていた。
それに無駄に得意げに胸を張る。

「立地上、予測はあったからな。」

「えばるな。無計画で突っ走っておいて……。」

「ま、なかったら、殿下を背負って、サバイバルツアーだったけどな。」

「お前な……。」

「男前ですね。サーク。」

そんな会話をする中、雨がポツポツ降り始めている。
急いだ方がいい。
俺は杖を出して、雨避けの魔術を二人にかけた。





馬屋についた時には、雷が鳴り始めていた。
王子は疲れてきってしまったのか、黙って座りこんでいる。
俺は気遣って声をかけた.

「大丈夫ですか?殿下?」

「ええ……。」

「もう帰れますから、王宮でゆっくりお休みになって下さい。」

俺の言葉に、殿下は力なく笑う。

う~ん、どうしよう……。
ここは一つ、元気づけた方がいいかな??

そう思った俺は、明るい声を出した。

「そうだ、殿下。何か石のついた物を身につけていませんか?出来ればネックレスが良いのですが?」

「何故です?」

「お帰りの際の安全を願って、念のため加護をつけます。」

俺は貴族じゃないから、こういう時にどうやって高貴な相手を元気づけるべきかわからない。

でも俺は魔術師だ。
その腕を買われて王子に騎士にしてもらったんだし。
だったら魔術師としてできる事をすればいい。

王子は不思議そうにしながら、水晶のネックレスを渡してきた。
それを魔力探査してちょっと調べる。

「……ん~、既に加護が入ってますが、相性のいいのを加えて強化しますね。」

「そんな事ができるのですか?」

「ちょっと特殊な方法を取りますけど、できますよ?」

「ありがとう。」

王子はそういって、少し笑った。
ちょっとまだぎこちないが、笑顔を引き出せたなら一応、成功だろう。
そう思いながら、俺はおもむろにポケットからナイフを取り出すと指先を切った。

「サーク!?何をして?!」

「ああ、大丈夫です。すぐ直しますから。」

驚く王子に笑いかけ、俺は紙切れに血で図形を描き、その上にネックレスを置いた。
手を翳して魔力を送る。
すると血がふわりと鳥の姿に変わり、消えた。

「え?!今のは?!」

王子はとても驚いていた。
良かった。
だいぶ元気が出てきたみたいだ。
俺は安心してニコッと笑いかける。

「聞いてません?俺が血で魔術を使うって?」

「聞いていましたが……これが……。驚きました。」

王子にネックレスを返す。
それを王子ははにかんだように受け取り身につけた。

「ありがとう。サーク。」

「大した事ではありません。殿下。」

元々、結構強い加護がついてた。
やり方は派手だが、俺がしたのなんてのは本当、気休め程度の強化だし。

「それ、綺麗だな。」

その声に振り返る。
馬の準備をしていた彼が馬を連れて来ていた。

「綺麗?」

「血で魔術を使っているの。」

意外な言葉だった。
俺は面食らって苦笑してしまう。

「初めて言われた。そんな事。皆、気味悪がるから。」

「そうか?この前の試合で見た時も、綺麗だと思ったんだが……?」

「あれを見てて?!結構、特殊な感性だぞ?それ?」

「そうなのか?」

俺の言葉に素でぽかんとする彼。
今日は謎の男について色々わかってきたが、彼は意外と特殊な感性の持ち主らしい。
俺自身もちょっとびっくりしてしまった。
今の加護の強化なら綺麗だと思われるかもしれないが、試合の時の血まみれ具合を知ってて綺麗と言われるとは思わなかった。
あれを見たせいか、あの後から部隊の皆からの扱いがかなり変わった。
直接は言われなかったけれど、得体のしれない魔術を使うからって怖がられていたのは知ってる。
俺だって、まぁ、血で魔術を使われたら、ちょっと気持ち悪いかなって思うし。

なのに……。

彼の言葉は、ちょっと嬉しかった。

「じゃあ、サービスで、あんたにもかけてやるよ。」

調子に乗った俺はそう言うと、まだ傷が塞がっていない指に逆の手を翳した。
指先から血液が直接立ち上ぼり、風を纏った鼬に姿を変え、彼の首にマフラーの様に巻き付いて消えた。

「わ?!……あれ?!いない?!」

「血で作った守護だよ。長くは持たない。でももし道中襲われてもそいつが変わりに戦ってくれる。だから、何かあっても、止まらず確実に殿下を王宮に送り届けてくれ。」

「わかった。ありがとう。」

彼と王子が馬に股がった。
俺は雨避けと音消しの魔術を馬を含めてかけた。

「巻き込んですまない。殿下を頼む。」

「貸しにしておきます。」

ツンと言われ、ちょっと笑う。
その貸しって何でどう返せばいいのかな??
そんな事を思う。

そして俺は不安げに俯く王子に声をかける。

「殿下、こんな事になりましたが、お会い出来て嬉しかったです。今度はちゃんと、手続きして来てくださいね。」

「我が儘を言ってすみませんでした。サーク。」

「構いません。我が君主。お気をつけて。」

差し出された手を取り、挨拶のキスをする真似をする。
相当親しくない限り本当にするのは失礼な事だと聞いていたし、流石に俺もそんな事はできない。

俺は彼に目配せをした。
前に王子をのせた彼はただ頷いた。

降りしきる雨の中、馬が馬屋を出て走り出す。
俺は言葉なく、それを見送った。
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