MAITO〜氷上で輝く彼の数奇な運命〜オリンピック2連覇後も選手を続ける理由

むつらら

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ep3

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僕はインタビューを終え、控室へと戻った。そこには、会長が待っていた。

彼は、岡山から東京へと僕を連れてきてくれた人だ。
彼のおかげで今もフィギュアスケートを続けられている。

「舞斗、オリンピック2連覇か。感慨深いよ。……あの日のこと、後悔はしていないか?」

——あの日のこと。

「舞斗、お母さんしばらく退院できないの。だから、しばらくはこのおじさんにお世話になるのよ」

そう言われ、僕は彼に手を引かれ東京へやって来た。
8歳の僕は混乱していた。母の親戚?それとも見知らぬ怪しい人?

だが東京に着くと、彼は言った。

「舞斗くん。今日から君は僕の家で暮らす。そして僕が指導するクラブで練習するんだ。慣れないことも多いだろうが、一緒に頑張ろう」

その時、ようやく気づいた。
——僕はスカウトされたのだ。母に“迎えに行く”と嘘をつかれ、才能を買われて東京に呼ばれたのだと。

「おじさん! 嘘ついたんだろ? お母さん、本当は迎えに来ないんだ! 僕、岡山に帰るよ。フィギュアなんかしたくない。お母さんと一緒にいたいんだ!」

涙ながらに訴える僕に、彼は落ち着いた声で答えた。

「そんなことはない。お母さんは休養しているだけだ。体調が良くなれば必ず迎えに来る。……そうだ、世界ジュニアで優勝すれば、きっと会えるはずだ。だから練習を頑張ろう」

その言葉を信じ、僕は必死に練習した。

そして迎えた世界ジュニア選手権。
見事優勝を果たした僕は、インタビューを終えると客席へ駆け込んだ。

「お母さん! お母さん!」

必死に探した。だが、母はいなかった。

その場に座り込んだ僕に声をかけたのは、チームメイトの一ノ瀬リサと後藤記者だった。

「舞斗! ここにいたのね。表彰式始まるわよ」
「心配したぞ」

僕の様子を見たリサが、そっと尋ねた。

「……お母さん、来てなかったの?」

僕は俯いて、声も出なかった。

「でもさ、世界大会っていってもジュニアだけじゃないよ? オリンピックならきっと来てくれるんじゃない?」

彼らの言葉は慰めだったのかもしれない。
けれど僕はそれを信じた。

——ならばオリンピックで勝てばいい。
1度では足りないかもしれない。ならば2度。2連覇をすれば必ず——。

そう信じて滑り続け、僕はその夢を叶えたのだ。

「後悔はしていません。会長について来なかったら、今の僕はいません。本当に感謝しています」

僕がそう告げると、会長は満足そうに頷いた。

「……でも、たまに思うんです。もしあの日、母のもとを離れなければ、ずっと一緒にいられたのかもしれないって」

その瞬間、会長の表情が険しく変わった。
僕が母の話をする時、彼はいつも嫌そうな顔をする。

「舞斗。君はこれまで自分のために滑ったことがない。母親に会えるかもしれない、その想いだけでここまで来た。だが、オリンピックで二度勝った今も彼女は現れなかった。それが答えだ。もう母親を探すのはやめなさい」

胸を突き刺す言葉だった。
——わかっている。もう母は迎えに来ないことを。

僕はついに決意した。
待つのをやめよう。諦めよう。

心にそう誓ったのだ。
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