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欲望の対象

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約1ヶ月前、公爵邸の1階にある執務室では、ヘンドリックとコンラッドが対峙していた。

コンラッドが入室するタイミングで、ヘンドリックは人払いをし、誰もこの部屋に近づけないように執事に告げていた。



コンラッドは15歳になっていた。アカデミーでの成績は優秀で、飛び級での卒業を認められ、公爵邸に戻ってきた。これからは、跡継ぎとしての、本格的な公爵邸での教育が始まり、社交界へのデビューも間近だった。

喜ばしいニュースに公爵家には久しぶりに明るい空気が満ちていた。







しかし、執務室にいるこの父子の間には、空気が張り詰めたような緊張感が漂っていた。





「今…何と言った?」



「ですから、私が公爵家を継ぐ条件を申し上げただけです」



「ふざけるな!」



「私は公爵家に執着はありません。別に継がなくてもいい。でも、そうなると、どうなりますか?あの人にもう一度、子供を生ませますか?死ぬかもしれないけど。まぁ、でもそうなれば後妻をめとって、子どもを産ませればいいですよね。あなたにはそれができる」



ヘンドリックは机を叩き、その拳は怒りに震えていた。



「あの人以外の女を抱いて、子種まで吐き出したくせに、何をそんなに憤慨しているんですか」



大股でコンラッドに歩み寄り、その襟首を捕まえて持ち上げる。



「それが、なぜ、アマリアを共有しようなどという提案になるんだ」



「わかりませんか。俺は、あの人が欲しいんです」



ヘンドリックは力の限り、コンラッドを殴りつけた。おとなしく殴られたコンラッドは床に倒れ込んだが、そのまま何事もなかったかのように平然と見上げて続けた。



「真実を知られるのが怖くて、わざと俺を遠ざけたんだ、あの人から。俺はあの人に抱かれた記憶はほとんどない。一緒に過ごそうとやってきたあの人には次々に用事が沸いてきて、散歩すらろくにできなかった。気づいたら寄宿学校に入れられて、今度は全然帰ってこられない。帰ってきたと思えば、あの人は領地だ。いくらなんでも、おかしいと思ってた。でも、1番おかしいのは自分だと思ってたよ、ずっと」



ヘンドリックは拳からぽたぽたと滴り落ちる血に目もくれず、もう一度殴ろうと、床に片膝をついて、コンラッドをシャツをつかんだ。



「俺が精通してから、想像するのはあの人だけだ。俺があの人の子供じゃないなら、俺があの人を抱いたっていいはずだ」



無言のまま力任せに殴りつけた。

するとコンラッドはさっと顔をそらして、よけた。投げ出していた足を折り曲げて、勢いよくヘンドリックの腹部を蹴り上げた。

ヘンドリックはよけきれず、うめき声をあげて、床に転がった。



「あんたはこうして年を取る。俺は子供から男になる。ずっとそうやって嘘をつき続けて、守り切れるとでも?俺は全てを話しても構わない。あの人に、俺はあなたの子ではなく、父上が別の女と作った子供で、あなたの子供は生まれてすぐに死にました、って」



コンラッドは殴られて血の出た口元をおさえながら、ゆっくりと立ち上がった。まだ、床に座り込んでいるヘンドリックを見下ろして冷静に続ける。



「あんたがこの条件を飲んでくれれば、俺は公爵家をこのまま継ぐ。あの人にも真実は打ち明けない。あの人のことを母上とも呼んでやる。あの人を抱くときだって、薬でぐっすり眠っているときだけに我慢するよ。あんたが、いつもしているようにね」



ヘンドリックは腹をおさえながら、立ち上がり、コンラッドを射殺さんばかりに睨み付けている。



「俺がこの奇妙な家の違和感に気づかないほど馬鹿だと思ってるなら、父親失格としか言いようがないね。俺がこの家にいるときだけでも、あんたはあの人の体を夜な夜な味わってた。あの人の体を丁寧に解して、挿れて、子供ができないように外に出して。健気だね。でも、卑怯だ」



「おまえ…見ていたのか…」



「見てたよ。続き扉からも、バルコニーからも。夢中で気づかなかったかもしれないけど、俺は全て見ていた。それもあの人に話したっていいよ、別に。あの人は、あんたに触れてもらえないことを不安に思ってたのに、勝手に好き放題されてたって知ったら、どうなるんだろうね」



「おまえは、クズがすることをしようとしてるのがわかっているのか」



「俺がクズなら、あんたも同類だろ。あの人を自分自身の保身のために騙し続けているんだから。俺は条件を言ったから。後はあんたが決めてよ、父・上・。俺はもう待たない。そのために、1年も早くこの家に戻ってきたんだから」



コンラッドは淡々と話すと、部屋を出て行った。

残されたヘンドリックはソファにどしっとに座り込み、拳でテーブルを殴りつけた。テーブルに置かれた花瓶が倒れ、花が散り、水が床をしとどに濡らしていく。



「アマリア…アマリア…どうしたら君を守ってやれる…。どうしたら、君は私のそばに居続けてくれるんだ…」



ヘンドリックは痛みをこらえながら、そのまま動けずにいた。

精神を蝕むような気持ち悪さと共に時は過ぎ、空が次第に明るくなっていった。
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