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エインズワース辺境伯

花の日

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その日は食堂でヴィクトルや他の騎士達と昼食をとっていた。

騎士の一人が、まもなく生まれる赤ん坊の話をしていたため、ヴィクトルが軽い口調で話を振ってきた。



「フローラさんは出産してなさそうですよね、たぶん」



思いがけない言葉に、ラウルはフォークを持つ手が空中で止まった。



「なんていうか、年齢もわからないような美しさというか、そういうのありますよね」



ラウルはその言葉には大いに賛同したかったが、返答はしなかった。



「でも、俺のツレだって子供産んでも美人だし、胸もでかいぞ」



「おまえのとこと比べんな。ケツだってでかいくせに」



「おまえっ!」



「やめろ。くだらん喧嘩をするな。ガキか、おまえらは」



まだ血気盛んな年齢ではあるので、ほどほどにするように促したつもりだった。しかし、ヴィクトルがその矛先を変えてきた。



「閣下~、みんなの憧れのフローラさんを手に入れたんですから少しくらい教えてくれたっていいじゃないですか」



「なにをだ」



「フローラさんの美貌の秘密ですよ」



「確かにもうすぐここに住み始めてあと2か月くらいで1年ですよね?なんでか一人だけずっと綺麗なままですよね」



「同じように生活してるはずなのにな」



騎士たちが何を知りたいのか見当もつかないが、フローラは確かにこの城で暮らし始めて、使用人達と共に家事をすることもあれば、子供と野原で遊ぶことも、畑で過ごすこともある。それなのに、全く変化しない容姿に、まるでフローラだけが時が止まっているようにさえ感じるほどだった。



「まーでも、フローラさんの体力がついてきたのは、閣下のせいですね」



「そうだな」



「まったくです」



「うらやましい限りです」



「不憫と思ってしまうほどです」



次から次へと同意の声が上がるのを、腑に落ちずに見ていると、ヴィクトルがどんっとテーブルを叩いた。



「なに、しらばっくれてるんですか!夜から朝まであんだけ喘がせといて、すっとぼけないでくださいよ!」



「夜の警護にあたる身にもなってほしいですよ!」



「あー…それはすまな」



ガシャン



と食器がいくつも落ちる音がして、そちらに目をやると、顔から首元まで真っ赤にしたフローラが立っていた。



バシャッ



水音がして横を見ると、ヴィクトルが頭から水をかけられていた。かけたのは、食堂で働く女中だった。



「うわっ、つめてっ!」



「フローラ様、行きましょう。みんなっ!行くよっ!!」



食堂にいた女達がいっせいにエプロンを外すと食堂から出て行った。フローラはその中央で隠されるようにして出て行ってしまった。



男達だけが残された食堂で、一斉に視線がヴィクトルに集まる。



「えっ?!俺?!俺が悪いの?!」



「おまえ以外に誰がいるんだよ!」



「ばかやろー」



ヴィクトルには次々と食器やナプキンが飛んでくる。それをひょいひょいとかわしながら、ヴィクトルは濡れた髪をかき上げ、立ち上がった。



「とにかく、謝ってきます!」



軽やかに食堂を出ていくのを、その場にいた全員がけらけらと笑いながら見送った。



しかし、すぐに状況は変化した。



「えーーー、報告致します。城で働く女性、全員が仕事を放棄して帰りました。自分の妻のことをネタにして盛り上がるバカどもは勝手にしろ、とのことです。ちなみに、既婚者のみなさま、今夜は家に帰っても入れてもらえると思うなよ、とのことです」



濡れたままの騎士服で、ヴィクトルが午後の訓練のために集まっていた騎士達の前で報告すると、騎士達はそこら辺に転がっていた石を拾っては投げつけてきた。



「うわっ、いてっ、俺、謝りにいったし!でも、女をばかにしたらどんな目に遭うか覚悟しなっ!て叫ばれて門前払いだったんだし!だいたい、みんな奥さんとか大切にしてなかったんじゃないんすか?だから、溜まったもののツケが来たんでしょ!」



その日は、本当に既婚者が家に帰っても入ることがかなわず、城に戻ってきた。

「みんなで酒を飲むか」と騒いで過ごしていた。

笑っていられたのは、その日だけだった。



次の日も、女達は仕事に出てこなかった。食事も洗濯も、掃除も給仕も男達がしなければならなくなった。

その夜も家に入れてもらえなかった悲壮な男達の姿を、独身の騎士達はけらけらと笑いながら見ていた。



しかし、次の日から、独身者は恋人に会ってもらえなくなったり、母親から「女のありがたさを今のうちに思い知るがいい!」と追い出されて城に戻ってくるようになった。



三日目には、娼館が営業をしばらくやめると言い出した。

「私らに避妊薬を出してくれたり、薬を回してくれて、いつでも親切に、対等に扱ってくれるフローラさんを辱めるとは許しがたい!」ということで、男達にお灸をすえることにしたそうだ。



四日目の夜に、近くの村に帰ろうとした数人の男達は村の入り口に設置されたバリケードに目を疑った。

それをなんとかかいくぐり、村の中へ入ろうとしたところ、けたたましい鐘の音が鳴り響き、男達は穴に落ちた。

それをぞろぞろと見に来た村の女達は、鼻で笑うとそれぞれ家に戻り、朝まで穴の中に男達を放置した。

日が高くのぼり、男達を引き上げてやると、今度は裸に剥いて、城に戻した。



それを聞いた城の男達は恐怖のあまり身震いし、これまで恋人や妻や母を大事にしてこなかった自分達をおおいに悔いた。



そして、「北部の女は強い。あれだけの守りを自分達でできるなら、いつか城を女達だけで守れるほどかもしれない」とラウルは感心していた。

しかし、表面上は体裁を保ってはいたが、あの食堂での一件からフローラに会えないのはラウルも同じだった。まだ怒っているのではないか、もう愛想をつかしたのではないかと内心はかなり焦っていた。



女達がいない城は段々と荒れ果て、朝も昼も夜も芋を茹でるか焼くかしかなくなり、男達はどうやって機嫌を直してもらおうかと真剣に話し合うようになっていた。



女達はそれぞれの村で男達のいない悠々自適な生活をしていたが、1週間でやめることは最初から決めていた。

「少しは思い知ったかね、あのばかどもは」と城のメイド長と近隣の村のリーダーとなる女達が不敵な笑みを浮かべていた。



1週間目の朝、なんら変わりない様子で仕事に出てきた女達を、その夫達が駆け寄って、抱き上げてはぐるぐると回った。熱い抱擁を交わす者もいれば、長い長い口づけをする者たちもいた。



「閣下が、今日1日おまえたちに尽くせと全員に休みをくださった!」



仕事に来たばかりの女を抱いて、男達は家へとまっすぐに帰ってしまった。

その後ろで、医師のケヴィンが叫んでいた。



「おまえたち!尽くすの意味をまちがうなよ!盛るな!同時期に子供ができたら、出産するとき、どれだけこっちが苦労すると思ってんだ!」



しかし、その声は聞き届けられたかわからなかった。

ラウルは城の門のところで、腕を組み、仁王立ちのまま、動かなかった。その視界にフローラの姿をとらえ、ようやくぎこちない様子で歩き始めた。

フローラはいつもと変わらない笑顔を浮かべていた。ラウルはマントの下に隠していた手を差し出した。そこには不格好な花束が握られていた。

フローラは目を丸くしてそれを受け取った。



「これ…ラウルが…?」



「似合わないのはわかっている。しかし、何をすればいいのかわからなかった」



「ふふふっ。似合わなくなんて、ありません。嬉しいです。いい香り…」



フローラに差し出されたままの手に、そっと手を重ね、二人は共に歩き始めた。



「城中の花はもう摘まれた。みんな、女達に贈るのだと言って、もう草も残っていないはずだ」



「まぁ、じゃあ、みんな素敵な1日になりますね」



「俺もフローラに尽くす日にする予定だが、何をしてほしい」



「ここに帰ってこられただけで十分です。お城も、きっとすごいことになっているんでしょう?」



図星だったラウルは頭をかいて、頷いた。



「きゃっ」



急に抱き上げられたフローラは、ラウルの両腕にその柔らかい尻をのせられ、目線が重なった。



「フローラがいないせいで、どうにかなりそうだった」



「そうなのですか?」



「フローラは元気そうだな」



「え…ふふっ。ごめんなさい。村のみんなと楽しく過ごしていました。メイド長のマーサの家にいたんです。お孫さんたちと遊んだり、村の中央に集まってみんなでお料理を作って、分け合って食べました」



「まぁ、いい。悪かった。おまえをあんな話の渦中に置いてしまって」



ことの発端を思い出したのか、フローラが頬を赤くした。



「だが、朝まで喘がせるのをやめてやることはできないから、扉の隙間を修理して埋めた。警護も、部屋の前から離れたところに置くことにした」



「私が声を我慢すればいいのでしょう?」



「できるのか?フローラが我慢するなら、それができないように俺はもっと激しくなると思うが」



「もっと?」



信じられないといった顔でラウルを見つめるフローラに、ゆっくりと唇を寄せた。

薄く開いた唇から朱色の舌が差し込まれ、お互いを激しく求め合った。



「でも、今日は気にするな。誰もいやしないから」



ラウルはフローラを抱いたまま、城の奥へと進んだ。







翌日、恋人からも、妻からも、娼婦からも出入り禁止を解かれた男達は爽やかな表情で城に出てきた。

仕事にならないほど昼も夜も求められた女達もいたようだが、城は活気に満ちていた。

執務室にいたラウルとフローラの元にヴィクトルがやってきた。



「閣下、フローラさん!それでですね、月に1日は、女達を自由にする日を設けることにしたんですよ!俺達が極力なんでもやるってことで!女達も嬉しいし、喜んでくれるなら、俺達も嬉しい!でしょ?」



「ふふふっ。いい考えですね、ヴィクトルさん」



「花屋も儲かると思うんすよ、きっと」



「城の花は何もなくなったがな」



「また植えます。そんなことに使ってもらえるなら、育てるのも楽しいから」



軽快なヴィクトルの報告に、ラウルとフローラは笑顔で応えた。



「でも、冬はどうしますかねー。雪の中じゃ花も育てられないし」



「冬の間は苗木を家で育てるのはどうですか?春にみんなで木を植えましょう。少しずつ成長する木を見つめるのもきっと楽しいですよ。10年度も20年後もその愛を確かめられるように」



「いい考えっすね。毎年植えれば、木もどんどん育って、森もでかくなっていくわけですね。よーし、いっちょ知らせてくるか」



ひょいと身を翻して、ヴィクトルは走り去っていった。ラウルは、自分の横に立っていたフローラを引き寄せ、その膝に乗せた。



「一緒に植えてくれるか?」



「え?」



ラウルは、フローラの手を取り、その指先に口づけた。



「10年後も20年後も、ここに根を張り、大きく育つ木のように、ここで俺と愛を育んでくれるか」



「ええ、もちろん」



「ありがとう、フローラ。愛している」



「私も、愛しています」



ラウルの大きな手がフローラの両頬を包みこみ、二人は口づけを交わした。



この日から、エインズワース辺境地では、月に1度の女に尽くす日が設けられ、花を贈る習慣ができたため、「花の日」と呼ばれるようになった。



「フローラさんにちなんだ名前になりましたね!俺としては失言の日でもよかったと思いますけどね!」



「なんで俺が西の砦に視察に行ってる間にそんなおもしろいことになってんだんだよー」



「おまえな、本当に悲惨だったんだからな。セザールこそ痛い目に遭うべきだったってのに…いや、もしおまえがいたら、あの騒ぎはもっとでかくなってきっと1週間で終わらせてくれることなんてなかったかもな…むしろ女達が城に籠城して俺達が外に出されることだって考えられる…」



「北の女はたくましくて助かりますね、父上!」



愉快なヴィクトルとセザールの掛け合いをラウルもフローラも微笑んで聞いていた。

穏やかで温かい日々がラウルとフローラを包み込んでいた。
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