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002 行商人と車輪(前編)
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朝になって目が覚める。
身体を起こそうとして、ネネイに気づく。
俺の腕に抱き着き、ぐっすりと眠っているのだ。
「そういえば同じベッドだったな」
ネネイの要望により、一緒のベッドで寝ていたのだ。
曰く、「ギュッとしたら安心して眠れるなの」とのこと。
「起きろ、朝だぞ」
「むにゃむにゃぁ、なの」
ネネイを起こす。
しかし、起きる気配がなかった。
「おーい」
「もう少しだけ、もう少しだけなの」
さて、どうしようか。
悩んだ結果、頬を触ることにした。
指を伸ばし、そーっとタッチ。
ふわふわのマシュマロみたいだ。
撫でてよし、押してよし。
いや――。
「むぅーなの」
押すのはよくなかった。
どうやら、ネネイは頬を押されるのが嫌らしい。
苦虫を噛み潰したような顔をしている。
それほど苦しそうなのに、起きることはない。
では、頭を撫でてみてはどうだ。
「えへへなの♪」
嬉しそうにしている。
なるほど、よく分かったぞ。
それなら――。
「ほら、起きろ、起きろ」
頬を何度も押してやった。
ぷにぃ、ぷにぃ、と人差し指が食い込む。
なんだか気持ちいいぞ。
何度か楽しんでいると、ネネイが起きた。
不機嫌そうに頬を膨らませ、睨んでくる。
「ぷにぃはダメなの」
「なら俺より早く起きることだな」
「むぅーなの、おとーさんは意地悪なの」
「はっはっは。顔を洗ったら朝食を済ませて出かけるぞ」
「はいなの♪」
こうして、俺達はベッドから出た。
ササッと顔を洗い、朝食を済ませる。
俺が食べたのは焼き魚定食だ。
ネネイはイカの串焼きを食べていた。
「忘れ物はないな?」
「大丈夫なのー♪」
「よろしい。では行くぞ」
村を発つことにした。
だが、その前に素材の調達を行う。
「いらっしゃいませ、冒険者様!」
雑貨屋に訪れた。
現地人が経営している店だ。
冒険者同様、現地人も商売を行う。
といっても、商品はレア度の低いものばかり。
「合わせて500ゴールドでございます」
「ほい、500ね」
俺は『布』と『鉄鉱石』を購入した。
どちらも簡単に入手できるものだ。
使用頻度が高いので、買って損はない。
調達が終わると、いよいよ出発だ。
「ネネイちゃん、いつでも戻っておいでよ」
「はいなの! お世話になりましたなの♪」
「冒険者様、ネネイのことをよろしく頼みます」
「分かりました」
優しい村民達が見送ってくれた。
やっぱり、現地人の方が好感を持てる。
「それでは、また」
「いってきますなのー♪」
俺はネネイと手を繋ぎ、歩き出した。
手を繋いでいるのは、ネネイが希望したからだ。
俺と触れ合っていると落ち着くらしい。
村を出たら、東に向かう。
歩いているのは舗装された砂利道。
左右には大草原が広がっている。
草の丈は、ネネイの膝と同じくらい。
日本では滅多に見られない綺麗な緑の平原だ。
ゲームの頃から思っていたが、見る度に癒される。
こういうところで昼寝をすると、さぞ気持ちいいだろう。
いつか、実際にやってみたいね。
「おとーさん、おとーさん」
ネネイが呼んでくる。
ぼんやりしていた俺は、少し驚いた。
ハッと正気に戻り、「どうした?」と訊く。
「ネネイ達はどこに向かっているなの?」
「ナラって街さ。この道を進むとあるよ」
「知らなかったなの!」
「行ったことないのか?」
「ないなの! どういう街なの?」
「そこまでは俺も知らないな」
街の状況については分かっていない。
冒険者が居るのは確実だが、それだけだ。
オオサカのようにゴタついていないことを祈る。
まぁ、何かあれば別の街に移ればいいだけだ。
「ナラに着いたらどうするなの?」
「状況にもよるけど、悪くなければしばらく過ごすよ」
今必要なのは、安住できる活動拠点だ。
それを見つけたら、のんびりと生産に励む。
そして、作った品を売り、その金で素材を買う。
素材を買ったらまた生産……と延々に繰り返す。
ゲームだった頃の過ごし方だ。
単調だけど、俺はその単調さを楽しんでいた。
「おや、あれはなんだ?」
「お馬さんなのー!」
テクテク歩くこと一時間。
道を塞ぐように立ち往生している馬車を発見した。
馬車の周りを、一人の女がせわしなく歩いている。
真紅のローブを纏った小柄な女だ。
齢はおそらく俺と同じの十七、ないしはその前後。
顎のラインで揃えた金色の髪が、動きに合わせて揺れている。
「どうかしたのかい?」
「いやはや車輪がねぇ……って、これは冒険者様!」
女は背筋をピンと伸ばした。
それでも、やはり小柄である。
俺の胸と女の頭が同じ高さ。
「車輪が問題なのか」
馬車の側面に回り込んでみた。
たしかに後輪の一つが壊れている。
粉々になっていて、再生不可能な状態だ。
「これは豪快に壊れやがったもんだ」
「老朽化に加えて荷が重すぎたみたいで……」
荷台に視線を移す。
木箱が十二箱積まれていた。
試しに一つを持ち上げようとする。
だが、すぐさま何食わぬ顔でおろした。
腰を痛めそうな重さだったのだ。
「中には何が入っているの?」
「リンゴです。約30玉入っています」
「数が集まるとこんなに重くなるのか」
「ですです」
話し終えると、女は再び表情を曇らせた。
なかなか困っているようだ。
これは力になれるかもしれない。
「新たな車輪を用意したら、この馬車は動くの?」
「サイズが合えばおそらく……。でも、予備の車輪はないので」
「俺が作ってあげるよ」
「え、そんなことが出来るのですか?」
「冒険者だからね」
職業を召喚士から木工師に切り替える。
ゲーム時代から、俺がメインにしている職業だ。
この職業は、他の生産職とは少し違う。
レシピが存在しないのだ。
何から何まで自分で細かく決める仕組み。
「ちょっとだけ待ってね」
「分かりました。というか動けません、あはは」
「ワクワクなの、ワクワクなの!」
女とネネイが興味深そうに見てくる。
その視線を気にすることなく、俺は作業を開始した。
まずは、木工師用のデザイン画面を表示する。
慣れた手つきで他の車輪と同じものをデザイン。
「こんなもんだな、ほいっと」
決定ボタンを押すと、必要素材が表示された。
==========
【汎用素材】
木材:5個
布:3個
ゴム:1個
【固有素材】
トレントの腕:1個
==========
汎用素材は現地人から買える素材だ。
また、モンスターを倒すことでも入手できる。
総じて入手難度が低く、価格も安い。
固有素材はモンスター特有の素材だ。
基本的に、ドロップするモンスターの名が付いている。
今回でいえば、『トレント』から入手可能だ。
入手難度は敵次第。今回は割と楽なほう。
「トレントの腕は持ってないなぁ」
残念なことに、素材が足りなかった。
滅多に戦闘をしない為、固有素材を全く持っていない。
あるのは『コボルトの耳』くらいだ。
きょとんとしている女に、俺は現状を説明した。
「車輪を作ろうと思ったんだけどさ、素材が足りなかったよ。少し時間がかかってもいいなら、今から素材を調達してくるけど、どうする?」
「え、私の為にそこまでしてくれるのですか?」
「別にかまわないよ」
こっちだって手伝うことには気乗りしている。
助けた後には、お礼のむふふんがあるからだ。
まぁ、仮にむふふんが無くても気にはしない。
他人に喜ばれると、それだけで嬉しいからね。
「それで、どうする? 待てるかい?」
俺から見て右側、方角でいえば南。
その方向に進み、草原を抜けると、森に着く。
その森に、トレントは棲息している。
レベルは3前後。
俺の召喚士レベルと同程度。
楽に勝てる相手だ。
「はい、待ちます! お願いします!」
女がペコペコと頭を下げる。
金色の髪が揺れて、甘い香りが放たれた。
ついでに、大きな胸がローブ越しに揺れている。
ぼよん、ぼよん、ぼよよん。
思わず目で追ってしまったよ。
むふふんがあるなら、あのローブの内側が見える。
なぜなら、むふふんでは着ている服を脱ぐからだ。
そんなことを想像すると、意欲がみなぎってきた。
「じゃあ、南の森まで行ってくるね」
「ありがとうございます、冒険者様!」
「いやいや、こちらこそありがとう」
女が「え?」と首を傾げる。
言った後に「しまった」と思った。
むふふんを想像して先走ってしまったのだ。
「いや、なんでもない、なんでもない」
慌てて訂正する。
すると、「あはは」と女が笑った。
冒険者なりのジョークと判断したのかな。
理由は不明だが、上手く流せてよかったよ。
「そんなわけで、寄り道するけどかまわないよな?」
ネネイに確認する。
ネネイは「もちろんなの!」とニッコリ。
「ありがとう。ネネイは優しいね」
「おとーさんはもっと優しいなの」
嬉しいことを言ってくれるよ。
俺はにんまりしながら、ネネイの頭を撫でた。
撫でられたネネイは大喜び。
頭を撫でる俺の手に、自身の両手を乗せている。
離さないぞ、という意思を感じた。
ずっと撫でていてもいいけど、働かないとね。
「さて――」
ネネイの頭から手を離す。
メニューを開き、職業を召喚士に変更。
「戦闘に備えて相棒を呼ばないとな」
「おとーさんのお友達を呼ぶなの?」
「まぁ、そんなところだ」
召喚士は己の肉体では戦わない。
召喚した従者に戦わせる。
戦闘が苦手な俺にピッタリの職だ。
「召喚するぜ」
俺は右手を掲げ、スキルを発動した。
地面に魔法陣が現れ、輝きを放つ。
その光が消え、召喚が完了する。
そうして現れたのは――。
「フリードォ、久しぶりゴブーッ!」
「やぁやぁゴブちゃん、久しぶり!」
ゴブリンだ。
召喚士が最初から呼べる唯一の存在。
コボルトと並んで最弱クラスのモンスター。
ゴブちゃんの背丈はネネイと同じくらいだ。
肌は緑色で、髪の毛は一本も生えていない。
上は裸で、下は茶色の短パンを履いている。
尖がった耳に充血した目は、凝視すると怖い。
まぁ、よく見なければ可愛い奴だ。
「何日ぶりゴブ! 一年ぶりゴブ!?」
「たぶん二週間ぶりくらいだよ」
「二週間ゴブ!? それは寂しいわけゴブ!」
ゴブちゃんが大袈裟な反応をする。
今でこそ慣れたけど、この世界に来た当初は驚いた。
というのも、ゲーム時代のゴブリンは話せなかったのだ。
定期的にキェキェと鳴くだけで、表情も乏しかった。
それがこの世界では、とてつもない変貌を遂げている。
俺よりも遥かに喜怒哀楽が激しく、人格もあるのだ。
それに人懐っこくて、子供のような可愛さがある。
ちなみに、『ゴブちゃん』という名前は俺がつけた。
ゴブリンだからゴブちゃん。
安直だけど気に入っているんだ。
「喋るゴブリン……。流石は冒険者様、凄い……!」
女がゴブちゃんを見て驚いている。
一方、ネネイは興味津々といった様子。
「ゴブちゃんという名前なの?」
「そうゴブ! フリードに付けてもらったゴブ!」
「良い名前なの! 可愛いなの! ゴブちゃんなの!」
「ゴブーッ! ありがとうゴブ! ゴブブのブー!」
ゴブちゃんとネネイが握手する。
どちらもニッコリと嬉しそう。
見ていてほっこりとした。
「話も落ち着いたところで、出発しようか」
「はいなの♪」
「ゴブーッ!」
俺達は南の森を目指して歩き出した。
――が、すぐに足を止める。
「どうしたなの?」
「どうしたゴブ?」
首を傾げる二人。
俺は答えないで振り返った。
視線の先には、行商人の女がいる。
「君の名前は、なんていうの?」
女に尋ねる。
突然のことに、女は驚いていた。
「わ、私ですか?」
「そうだ。俺はフリードだよ」
「ネネイはネネイなの!」
「ゴブはゴブちゃんゴブ!」
なぜかネネイとゴブちゃんが続く。
それに対して、俺は苦笑いを浮かべた。
一方、女は「あはは」と笑っている。
少しして、女が自分の名を言った。
「私の名前はアリシアです、フリード様」
「そうか、アリシアか。分かった、ありがとう」
「はい!」
名前を確認したので、再び歩き始めた。
助ける相手の名前は知っておかないとね。
初むふふんの相手になるかもしれないし。
「そういえば、ネネイ」
「はいなの?」
歩き始めてしばらくして、ネネイに声をかける。
くりくりした目で俺を見てくるネネイ。
反対側からは、ゴブちゃんも俺を見ている。
なぜか、ゴブちゃんも俺と手を繋いでいた。
ネネイ同様、これも本人の要望によるものだ。
ネネイはまだわかるが、どうしてゴブちゃんまで。
「そっちからもPTリストって見えるの?」
PTリストというのは、視界の隅に表示されている情報のこと。
内容はPTメンバーのレベルやHPといった戦闘に関するもの。
「見えているなの!」
「ゴブちゃんの情報も見える?」
「見えるなの!」
この辺は俺と全く変わりないようだ。
また一つ、この世界について賢くなった。
「ゴブちゃんのレベル、おとーさんと同じなの!」
「ゴブとフリードは一緒のレベルになるゴブ!」
「そういう仕様だからな」
召喚獣のレベルは、召喚士のレベルに依存する。
その為、三人の中ではネネイが最小レベルだ。
「ネネイのレベルって上がるのかな?」
「わからないなの」
敵を倒した際の経験値は、PTメンバーで分配する仕様だ。
だから、俺が敵を倒しても、経験値の半分はネネイに入る。
ネネイにもレベルはあるし、レベルが上がってもおかしくない。
といっても、ネネイの職業は『幼女』なのだが……。
幼女は職業じゃないだろ、と見る度に思うよ。
そんなこんなで、目的地の森に到着した。
身体を起こそうとして、ネネイに気づく。
俺の腕に抱き着き、ぐっすりと眠っているのだ。
「そういえば同じベッドだったな」
ネネイの要望により、一緒のベッドで寝ていたのだ。
曰く、「ギュッとしたら安心して眠れるなの」とのこと。
「起きろ、朝だぞ」
「むにゃむにゃぁ、なの」
ネネイを起こす。
しかし、起きる気配がなかった。
「おーい」
「もう少しだけ、もう少しだけなの」
さて、どうしようか。
悩んだ結果、頬を触ることにした。
指を伸ばし、そーっとタッチ。
ふわふわのマシュマロみたいだ。
撫でてよし、押してよし。
いや――。
「むぅーなの」
押すのはよくなかった。
どうやら、ネネイは頬を押されるのが嫌らしい。
苦虫を噛み潰したような顔をしている。
それほど苦しそうなのに、起きることはない。
では、頭を撫でてみてはどうだ。
「えへへなの♪」
嬉しそうにしている。
なるほど、よく分かったぞ。
それなら――。
「ほら、起きろ、起きろ」
頬を何度も押してやった。
ぷにぃ、ぷにぃ、と人差し指が食い込む。
なんだか気持ちいいぞ。
何度か楽しんでいると、ネネイが起きた。
不機嫌そうに頬を膨らませ、睨んでくる。
「ぷにぃはダメなの」
「なら俺より早く起きることだな」
「むぅーなの、おとーさんは意地悪なの」
「はっはっは。顔を洗ったら朝食を済ませて出かけるぞ」
「はいなの♪」
こうして、俺達はベッドから出た。
ササッと顔を洗い、朝食を済ませる。
俺が食べたのは焼き魚定食だ。
ネネイはイカの串焼きを食べていた。
「忘れ物はないな?」
「大丈夫なのー♪」
「よろしい。では行くぞ」
村を発つことにした。
だが、その前に素材の調達を行う。
「いらっしゃいませ、冒険者様!」
雑貨屋に訪れた。
現地人が経営している店だ。
冒険者同様、現地人も商売を行う。
といっても、商品はレア度の低いものばかり。
「合わせて500ゴールドでございます」
「ほい、500ね」
俺は『布』と『鉄鉱石』を購入した。
どちらも簡単に入手できるものだ。
使用頻度が高いので、買って損はない。
調達が終わると、いよいよ出発だ。
「ネネイちゃん、いつでも戻っておいでよ」
「はいなの! お世話になりましたなの♪」
「冒険者様、ネネイのことをよろしく頼みます」
「分かりました」
優しい村民達が見送ってくれた。
やっぱり、現地人の方が好感を持てる。
「それでは、また」
「いってきますなのー♪」
俺はネネイと手を繋ぎ、歩き出した。
手を繋いでいるのは、ネネイが希望したからだ。
俺と触れ合っていると落ち着くらしい。
村を出たら、東に向かう。
歩いているのは舗装された砂利道。
左右には大草原が広がっている。
草の丈は、ネネイの膝と同じくらい。
日本では滅多に見られない綺麗な緑の平原だ。
ゲームの頃から思っていたが、見る度に癒される。
こういうところで昼寝をすると、さぞ気持ちいいだろう。
いつか、実際にやってみたいね。
「おとーさん、おとーさん」
ネネイが呼んでくる。
ぼんやりしていた俺は、少し驚いた。
ハッと正気に戻り、「どうした?」と訊く。
「ネネイ達はどこに向かっているなの?」
「ナラって街さ。この道を進むとあるよ」
「知らなかったなの!」
「行ったことないのか?」
「ないなの! どういう街なの?」
「そこまでは俺も知らないな」
街の状況については分かっていない。
冒険者が居るのは確実だが、それだけだ。
オオサカのようにゴタついていないことを祈る。
まぁ、何かあれば別の街に移ればいいだけだ。
「ナラに着いたらどうするなの?」
「状況にもよるけど、悪くなければしばらく過ごすよ」
今必要なのは、安住できる活動拠点だ。
それを見つけたら、のんびりと生産に励む。
そして、作った品を売り、その金で素材を買う。
素材を買ったらまた生産……と延々に繰り返す。
ゲームだった頃の過ごし方だ。
単調だけど、俺はその単調さを楽しんでいた。
「おや、あれはなんだ?」
「お馬さんなのー!」
テクテク歩くこと一時間。
道を塞ぐように立ち往生している馬車を発見した。
馬車の周りを、一人の女がせわしなく歩いている。
真紅のローブを纏った小柄な女だ。
齢はおそらく俺と同じの十七、ないしはその前後。
顎のラインで揃えた金色の髪が、動きに合わせて揺れている。
「どうかしたのかい?」
「いやはや車輪がねぇ……って、これは冒険者様!」
女は背筋をピンと伸ばした。
それでも、やはり小柄である。
俺の胸と女の頭が同じ高さ。
「車輪が問題なのか」
馬車の側面に回り込んでみた。
たしかに後輪の一つが壊れている。
粉々になっていて、再生不可能な状態だ。
「これは豪快に壊れやがったもんだ」
「老朽化に加えて荷が重すぎたみたいで……」
荷台に視線を移す。
木箱が十二箱積まれていた。
試しに一つを持ち上げようとする。
だが、すぐさま何食わぬ顔でおろした。
腰を痛めそうな重さだったのだ。
「中には何が入っているの?」
「リンゴです。約30玉入っています」
「数が集まるとこんなに重くなるのか」
「ですです」
話し終えると、女は再び表情を曇らせた。
なかなか困っているようだ。
これは力になれるかもしれない。
「新たな車輪を用意したら、この馬車は動くの?」
「サイズが合えばおそらく……。でも、予備の車輪はないので」
「俺が作ってあげるよ」
「え、そんなことが出来るのですか?」
「冒険者だからね」
職業を召喚士から木工師に切り替える。
ゲーム時代から、俺がメインにしている職業だ。
この職業は、他の生産職とは少し違う。
レシピが存在しないのだ。
何から何まで自分で細かく決める仕組み。
「ちょっとだけ待ってね」
「分かりました。というか動けません、あはは」
「ワクワクなの、ワクワクなの!」
女とネネイが興味深そうに見てくる。
その視線を気にすることなく、俺は作業を開始した。
まずは、木工師用のデザイン画面を表示する。
慣れた手つきで他の車輪と同じものをデザイン。
「こんなもんだな、ほいっと」
決定ボタンを押すと、必要素材が表示された。
==========
【汎用素材】
木材:5個
布:3個
ゴム:1個
【固有素材】
トレントの腕:1個
==========
汎用素材は現地人から買える素材だ。
また、モンスターを倒すことでも入手できる。
総じて入手難度が低く、価格も安い。
固有素材はモンスター特有の素材だ。
基本的に、ドロップするモンスターの名が付いている。
今回でいえば、『トレント』から入手可能だ。
入手難度は敵次第。今回は割と楽なほう。
「トレントの腕は持ってないなぁ」
残念なことに、素材が足りなかった。
滅多に戦闘をしない為、固有素材を全く持っていない。
あるのは『コボルトの耳』くらいだ。
きょとんとしている女に、俺は現状を説明した。
「車輪を作ろうと思ったんだけどさ、素材が足りなかったよ。少し時間がかかってもいいなら、今から素材を調達してくるけど、どうする?」
「え、私の為にそこまでしてくれるのですか?」
「別にかまわないよ」
こっちだって手伝うことには気乗りしている。
助けた後には、お礼のむふふんがあるからだ。
まぁ、仮にむふふんが無くても気にはしない。
他人に喜ばれると、それだけで嬉しいからね。
「それで、どうする? 待てるかい?」
俺から見て右側、方角でいえば南。
その方向に進み、草原を抜けると、森に着く。
その森に、トレントは棲息している。
レベルは3前後。
俺の召喚士レベルと同程度。
楽に勝てる相手だ。
「はい、待ちます! お願いします!」
女がペコペコと頭を下げる。
金色の髪が揺れて、甘い香りが放たれた。
ついでに、大きな胸がローブ越しに揺れている。
ぼよん、ぼよん、ぼよよん。
思わず目で追ってしまったよ。
むふふんがあるなら、あのローブの内側が見える。
なぜなら、むふふんでは着ている服を脱ぐからだ。
そんなことを想像すると、意欲がみなぎってきた。
「じゃあ、南の森まで行ってくるね」
「ありがとうございます、冒険者様!」
「いやいや、こちらこそありがとう」
女が「え?」と首を傾げる。
言った後に「しまった」と思った。
むふふんを想像して先走ってしまったのだ。
「いや、なんでもない、なんでもない」
慌てて訂正する。
すると、「あはは」と女が笑った。
冒険者なりのジョークと判断したのかな。
理由は不明だが、上手く流せてよかったよ。
「そんなわけで、寄り道するけどかまわないよな?」
ネネイに確認する。
ネネイは「もちろんなの!」とニッコリ。
「ありがとう。ネネイは優しいね」
「おとーさんはもっと優しいなの」
嬉しいことを言ってくれるよ。
俺はにんまりしながら、ネネイの頭を撫でた。
撫でられたネネイは大喜び。
頭を撫でる俺の手に、自身の両手を乗せている。
離さないぞ、という意思を感じた。
ずっと撫でていてもいいけど、働かないとね。
「さて――」
ネネイの頭から手を離す。
メニューを開き、職業を召喚士に変更。
「戦闘に備えて相棒を呼ばないとな」
「おとーさんのお友達を呼ぶなの?」
「まぁ、そんなところだ」
召喚士は己の肉体では戦わない。
召喚した従者に戦わせる。
戦闘が苦手な俺にピッタリの職だ。
「召喚するぜ」
俺は右手を掲げ、スキルを発動した。
地面に魔法陣が現れ、輝きを放つ。
その光が消え、召喚が完了する。
そうして現れたのは――。
「フリードォ、久しぶりゴブーッ!」
「やぁやぁゴブちゃん、久しぶり!」
ゴブリンだ。
召喚士が最初から呼べる唯一の存在。
コボルトと並んで最弱クラスのモンスター。
ゴブちゃんの背丈はネネイと同じくらいだ。
肌は緑色で、髪の毛は一本も生えていない。
上は裸で、下は茶色の短パンを履いている。
尖がった耳に充血した目は、凝視すると怖い。
まぁ、よく見なければ可愛い奴だ。
「何日ぶりゴブ! 一年ぶりゴブ!?」
「たぶん二週間ぶりくらいだよ」
「二週間ゴブ!? それは寂しいわけゴブ!」
ゴブちゃんが大袈裟な反応をする。
今でこそ慣れたけど、この世界に来た当初は驚いた。
というのも、ゲーム時代のゴブリンは話せなかったのだ。
定期的にキェキェと鳴くだけで、表情も乏しかった。
それがこの世界では、とてつもない変貌を遂げている。
俺よりも遥かに喜怒哀楽が激しく、人格もあるのだ。
それに人懐っこくて、子供のような可愛さがある。
ちなみに、『ゴブちゃん』という名前は俺がつけた。
ゴブリンだからゴブちゃん。
安直だけど気に入っているんだ。
「喋るゴブリン……。流石は冒険者様、凄い……!」
女がゴブちゃんを見て驚いている。
一方、ネネイは興味津々といった様子。
「ゴブちゃんという名前なの?」
「そうゴブ! フリードに付けてもらったゴブ!」
「良い名前なの! 可愛いなの! ゴブちゃんなの!」
「ゴブーッ! ありがとうゴブ! ゴブブのブー!」
ゴブちゃんとネネイが握手する。
どちらもニッコリと嬉しそう。
見ていてほっこりとした。
「話も落ち着いたところで、出発しようか」
「はいなの♪」
「ゴブーッ!」
俺達は南の森を目指して歩き出した。
――が、すぐに足を止める。
「どうしたなの?」
「どうしたゴブ?」
首を傾げる二人。
俺は答えないで振り返った。
視線の先には、行商人の女がいる。
「君の名前は、なんていうの?」
女に尋ねる。
突然のことに、女は驚いていた。
「わ、私ですか?」
「そうだ。俺はフリードだよ」
「ネネイはネネイなの!」
「ゴブはゴブちゃんゴブ!」
なぜかネネイとゴブちゃんが続く。
それに対して、俺は苦笑いを浮かべた。
一方、女は「あはは」と笑っている。
少しして、女が自分の名を言った。
「私の名前はアリシアです、フリード様」
「そうか、アリシアか。分かった、ありがとう」
「はい!」
名前を確認したので、再び歩き始めた。
助ける相手の名前は知っておかないとね。
初むふふんの相手になるかもしれないし。
「そういえば、ネネイ」
「はいなの?」
歩き始めてしばらくして、ネネイに声をかける。
くりくりした目で俺を見てくるネネイ。
反対側からは、ゴブちゃんも俺を見ている。
なぜか、ゴブちゃんも俺と手を繋いでいた。
ネネイ同様、これも本人の要望によるものだ。
ネネイはまだわかるが、どうしてゴブちゃんまで。
「そっちからもPTリストって見えるの?」
PTリストというのは、視界の隅に表示されている情報のこと。
内容はPTメンバーのレベルやHPといった戦闘に関するもの。
「見えているなの!」
「ゴブちゃんの情報も見える?」
「見えるなの!」
この辺は俺と全く変わりないようだ。
また一つ、この世界について賢くなった。
「ゴブちゃんのレベル、おとーさんと同じなの!」
「ゴブとフリードは一緒のレベルになるゴブ!」
「そういう仕様だからな」
召喚獣のレベルは、召喚士のレベルに依存する。
その為、三人の中ではネネイが最小レベルだ。
「ネネイのレベルって上がるのかな?」
「わからないなの」
敵を倒した際の経験値は、PTメンバーで分配する仕様だ。
だから、俺が敵を倒しても、経験値の半分はネネイに入る。
ネネイにもレベルはあるし、レベルが上がってもおかしくない。
といっても、ネネイの職業は『幼女』なのだが……。
幼女は職業じゃないだろ、と見る度に思うよ。
そんなこんなで、目的地の森に到着した。
応援ありがとうございます!
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