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002 行商人と車輪(前編)

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 朝になって目が覚める。
 身体を起こそうとして、ネネイに気づく。
 俺の腕に抱き着き、ぐっすりと眠っているのだ。

「そういえば同じベッドだったな」

 ネネイの要望により、一緒のベッドで寝ていたのだ。
 曰く、「ギュッとしたら安心して眠れるなの」とのこと。

「起きろ、朝だぞ」
「むにゃむにゃぁ、なの」

 ネネイを起こす。
 しかし、起きる気配がなかった。

「おーい」
「もう少しだけ、もう少しだけなの」

 さて、どうしようか。
 悩んだ結果、頬を触ることにした。
 指を伸ばし、そーっとタッチ。
 ふわふわのマシュマロみたいだ。
 撫でてよし、押してよし。
 いや――。

「むぅーなの」

 押すのはよくなかった。
 どうやら、ネネイは頬を押されるのが嫌らしい。
 苦虫を噛み潰したような顔をしている。
 それほど苦しそうなのに、起きることはない。

 では、頭を撫でてみてはどうだ。

「えへへなの♪」

 嬉しそうにしている。
 なるほど、よく分かったぞ。
 それなら――。

「ほら、起きろ、起きろ」

 頬を何度も押してやった。
 ぷにぃ、ぷにぃ、と人差し指が食い込む。
 なんだか気持ちいいぞ。
 何度か楽しんでいると、ネネイが起きた。
 不機嫌そうに頬を膨らませ、睨んでくる。

「ぷにぃはダメなの」
「なら俺より早く起きることだな」
「むぅーなの、おとーさんは意地悪なの」
「はっはっは。顔を洗ったら朝食を済ませて出かけるぞ」
「はいなの♪」

 こうして、俺達はベッドから出た。
 ササッと顔を洗い、朝食を済ませる。
 俺が食べたのは焼き魚定食だ。
 ネネイはイカの串焼きを食べていた。

「忘れ物はないな?」
「大丈夫なのー♪」
「よろしい。では行くぞ」

 村を発つことにした。
 だが、その前に素材の調達を行う。

「いらっしゃいませ、冒険者様!」

 雑貨屋に訪れた。
 現地人が経営している店だ。
 冒険者同様、現地人も商売を行う。
 といっても、商品はレア度の低いものばかり。

「合わせて500ゴールドでございます」
「ほい、500ね」

 俺は『布』と『鉄鉱石』を購入した。
 どちらも簡単に入手できるものだ。
 使用頻度が高いので、買って損はない。
 調達が終わると、いよいよ出発だ。

「ネネイちゃん、いつでも戻っておいでよ」
「はいなの! お世話になりましたなの♪」
「冒険者様、ネネイのことをよろしく頼みます」
「分かりました」

 優しい村民達が見送ってくれた。
 やっぱり、現地人の方が好感を持てる。

「それでは、また」
「いってきますなのー♪」

 俺はネネイと手を繋ぎ、歩き出した。
 手を繋いでいるのは、ネネイが希望したからだ。
 俺と触れ合っていると落ち着くらしい。

 村を出たら、東に向かう。
 歩いているのは舗装された砂利道。
 左右には大草原が広がっている。
 草の丈は、ネネイの膝と同じくらい。
 日本では滅多に見られない綺麗な緑の平原だ。
 ゲームの頃から思っていたが、見る度に癒される。
 こういうところで昼寝をすると、さぞ気持ちいいだろう。
 いつか、実際にやってみたいね。

「おとーさん、おとーさん」

 ネネイが呼んでくる。
 ぼんやりしていた俺は、少し驚いた。
 ハッと正気に戻り、「どうした?」と訊く。

「ネネイ達はどこに向かっているなの?」
「ナラって街さ。この道を進むとあるよ」
「知らなかったなの!」
「行ったことないのか?」
「ないなの! どういう街なの?」
「そこまでは俺も知らないな」

 街の状況については分かっていない。
 冒険者が居るのは確実だが、それだけだ。
 オオサカのようにゴタついていないことを祈る。
 まぁ、何かあれば別の街に移ればいいだけだ。

「ナラに着いたらどうするなの?」
「状況にもよるけど、悪くなければしばらく過ごすよ」

 今必要なのは、安住できる活動拠点だ。
 それを見つけたら、のんびりと生産に励む。
 そして、作った品を売り、その金で素材を買う。
 素材を買ったらまた生産……と延々に繰り返す。
 ゲームだった頃の過ごし方だ。
 単調だけど、俺はその単調さを楽しんでいた。

「おや、あれはなんだ?」
「お馬さんなのー!」

 テクテク歩くこと一時間。
 道を塞ぐように立ち往生している馬車を発見した。
 馬車の周りを、一人の女がせわしなく歩いている。
 真紅のローブを纏った小柄な女だ。
 齢はおそらく俺と同じの十七、ないしはその前後。
 顎のラインで揃えた金色の髪が、動きに合わせて揺れている。

「どうかしたのかい?」
「いやはや車輪がねぇ……って、これは冒険者様!」

 女は背筋をピンと伸ばした。
 それでも、やはり小柄である。
 俺の胸と女の頭が同じ高さ。

「車輪が問題なのか」

 馬車の側面に回り込んでみた。
 たしかに後輪の一つが壊れている。
 粉々になっていて、再生不可能な状態だ。

「これは豪快に壊れやがったもんだ」
「老朽化に加えて荷が重すぎたみたいで……」

 荷台に視線を移す。
 木箱が十二箱積まれていた。
 試しに一つを持ち上げようとする。
 だが、すぐさま何食わぬ顔でおろした。
 腰を痛めそうな重さだったのだ。

「中には何が入っているの?」
「リンゴです。約30玉入っています」
「数が集まるとこんなに重くなるのか」
「ですです」

 話し終えると、女は再び表情を曇らせた。
 なかなか困っているようだ。
 これは力になれるかもしれない。

「新たな車輪を用意したら、この馬車は動くの?」
「サイズが合えばおそらく……。でも、予備の車輪はないので」
「俺が作ってあげるよ」
「え、そんなことが出来るのですか?」
「冒険者だからね」

 職業を召喚士から木工師に切り替える。
 ゲーム時代から、俺がメインにしている職業だ。
 この職業は、他の生産職とは少し違う。
 レシピが存在しないのだ。
 何から何まで自分で細かく決める仕組み。

「ちょっとだけ待ってね」
「分かりました。というか動けません、あはは」
「ワクワクなの、ワクワクなの!」

 女とネネイが興味深そうに見てくる。
 その視線を気にすることなく、俺は作業を開始した。

 まずは、木工師用のデザイン画面を表示する。
 慣れた手つきで他の車輪と同じものをデザイン。

「こんなもんだな、ほいっと」

 決定ボタンを押すと、必要素材が表示された。

==========
【汎用素材】
木材:5個
布:3個
ゴム:1個

【固有素材】
トレントの腕:1個
==========

 汎用素材は現地人から買える素材だ。
 また、モンスターを倒すことでも入手できる。
 総じて入手難度が低く、価格も安い。

 固有素材はモンスター特有の素材だ。
 基本的に、ドロップするモンスターの名が付いている。
 今回でいえば、『トレント』から入手可能だ。
 入手難度は敵次第。今回は割と楽なほう。

「トレントの腕は持ってないなぁ」

 残念なことに、素材が足りなかった。
 滅多に戦闘をしない為、固有素材を全く持っていない。
 あるのは『コボルトの耳』くらいだ。

 きょとんとしている女に、俺は現状を説明した。

「車輪を作ろうと思ったんだけどさ、素材が足りなかったよ。少し時間がかかってもいいなら、今から素材を調達してくるけど、どうする?」
「え、私の為にそこまでしてくれるのですか?」
「別にかまわないよ」

 こっちだって手伝うことには気乗りしている。
 助けた後には、お礼のむふふんがあるからだ。
 まぁ、仮にむふふんが無くても気にはしない。
 他人に喜ばれると、それだけで嬉しいからね。

「それで、どうする? 待てるかい?」

 俺から見て右側、方角でいえば南。
 その方向に進み、草原を抜けると、森に着く。
 その森に、トレントは棲息している。
 レベルは3前後。
 俺の召喚士レベルと同程度。
 楽に勝てる相手だ。

「はい、待ちます! お願いします!」

 女がペコペコと頭を下げる。
 金色の髪が揺れて、甘い香りが放たれた。
 ついでに、大きな胸がローブ越しに揺れている。
 ぼよん、ぼよん、ぼよよん。
 思わず目で追ってしまったよ。

 むふふんがあるなら、あのローブの内側が見える。
 なぜなら、むふふんでは着ている服を脱ぐからだ。
 そんなことを想像すると、意欲がみなぎってきた。

「じゃあ、南の森まで行ってくるね」
「ありがとうございます、冒険者様!」
「いやいや、こちらこそありがとう」

 女が「え?」と首を傾げる。
 言った後に「しまった」と思った。
 むふふんを想像して先走ってしまったのだ。

「いや、なんでもない、なんでもない」

 慌てて訂正する。
 すると、「あはは」と女が笑った。
 冒険者なりのジョークと判断したのかな。
 理由は不明だが、上手く流せてよかったよ。

「そんなわけで、寄り道するけどかまわないよな?」

 ネネイに確認する。
 ネネイは「もちろんなの!」とニッコリ。

「ありがとう。ネネイは優しいね」
「おとーさんはもっと優しいなの」

 嬉しいことを言ってくれるよ。
 俺はにんまりしながら、ネネイの頭を撫でた。
 撫でられたネネイは大喜び。
 頭を撫でる俺の手に、自身の両手を乗せている。
 離さないぞ、という意思を感じた。
 ずっと撫でていてもいいけど、働かないとね。

「さて――」

 ネネイの頭から手を離す。
 メニューを開き、職業を召喚士に変更。

「戦闘に備えて相棒を呼ばないとな」
「おとーさんのお友達を呼ぶなの?」
「まぁ、そんなところだ」

 召喚士は己の肉体では戦わない。
 召喚した従者モンスターに戦わせる。
 戦闘が苦手な俺にピッタリの職だ。

「召喚するぜ」

 俺は右手を掲げ、スキルを発動した。
 地面に魔法陣が現れ、輝きを放つ。
 その光が消え、召喚が完了する。
 そうして現れたのは――。

「フリードォ、久しぶりゴブーッ!」
「やぁやぁゴブちゃん、久しぶり!」

 ゴブリンだ。
 召喚士が最初から呼べる唯一の存在。
 コボルトと並んで最弱クラスのモンスター。

 ゴブちゃんの背丈はネネイと同じくらいだ。
 肌は緑色で、髪の毛は一本も生えていない。
 上は裸で、下は茶色の短パンを履いている。
 尖がった耳に充血した目は、凝視すると怖い。
 まぁ、よく見なければ可愛い奴だ。

「何日ぶりゴブ! 一年ぶりゴブ!?」
「たぶん二週間ぶりくらいだよ」
「二週間ゴブ!? それは寂しいわけゴブ!」

 ゴブちゃんが大袈裟な反応をする。
 今でこそ慣れたけど、この世界に来た当初は驚いた。

 というのも、ゲーム時代のゴブリンは話せなかったのだ。
 定期的にキェキェと鳴くだけで、表情も乏しかった。
 それがこの世界では、とてつもない変貌を遂げている。
 俺よりも遥かに喜怒哀楽が激しく、人格もあるのだ。
 それに人懐っこくて、子供のような可愛さがある。

 ちなみに、『ゴブちゃん』という名前は俺がつけた。
 ゴブリンだからゴブちゃん。
 安直だけど気に入っているんだ。

「喋るゴブリン……。流石は冒険者様、凄い……!」

 女がゴブちゃんを見て驚いている。
 一方、ネネイは興味津々といった様子。

「ゴブちゃんという名前なの?」
「そうゴブ! フリードに付けてもらったゴブ!」
「良い名前なの! 可愛いなの! ゴブちゃんなの!」
「ゴブーッ! ありがとうゴブ! ゴブブのブー!」

 ゴブちゃんとネネイが握手する。
 どちらもニッコリと嬉しそう。
 見ていてほっこりとした。

「話も落ち着いたところで、出発しようか」
「はいなの♪」
「ゴブーッ!」

 俺達は南の森を目指して歩き出した。
 ――が、すぐに足を止める。

「どうしたなの?」
「どうしたゴブ?」

 首を傾げる二人。
 俺は答えないで振り返った。
 視線の先には、行商人の女がいる。

「君の名前は、なんていうの?」

 女に尋ねる。
 突然のことに、女は驚いていた。

「わ、私ですか?」
「そうだ。俺はフリードだよ」
「ネネイはネネイなの!」
「ゴブはゴブちゃんゴブ!」

 なぜかネネイとゴブちゃんが続く。
 それに対して、俺は苦笑いを浮かべた。
 一方、女は「あはは」と笑っている。
 少しして、女が自分の名を言った。

「私の名前はアリシアです、フリード様」
「そうか、アリシアか。分かった、ありがとう」
「はい!」

 名前を確認したので、再び歩き始めた。
 助ける相手の名前は知っておかないとね。
 初むふふんの相手になるかもしれないし。

「そういえば、ネネイ」
「はいなの?」

 歩き始めてしばらくして、ネネイに声をかける。
 くりくりした目で俺を見てくるネネイ。
 反対側からは、ゴブちゃんも俺を見ている。
 なぜか、ゴブちゃんも俺と手を繋いでいた。
 ネネイ同様、これも本人の要望によるものだ。
 ネネイはまだわかるが、どうしてゴブちゃんまで。

「そっちからもPTリストって見えるの?」

 PTリストというのは、視界の隅に表示されている情報のこと。
 内容はPTメンバーのレベルやHPといった戦闘に関するもの。

「見えているなの!」
「ゴブちゃんの情報も見える?」
「見えるなの!」

 この辺は俺と全く変わりないようだ。
 また一つ、この世界について賢くなった。

「ゴブちゃんのレベル、おとーさんと同じなの!」
「ゴブとフリードは一緒のレベルになるゴブ!」
「そういう仕様だからな」

 召喚獣のレベルは、召喚士のレベルに依存する。
 その為、三人の中ではネネイが最小レベルだ。

「ネネイのレベルって上がるのかな?」
「わからないなの」

 敵を倒した際の経験値は、PTメンバーで分配する仕様だ。
 だから、俺が敵を倒しても、経験値の半分はネネイに入る。
 ネネイにもレベルはあるし、レベルが上がってもおかしくない。
 といっても、ネネイの職業は『幼女』なのだが……。
 幼女は職業じゃないだろ、と見る度に思うよ。

 そんなこんなで、目的地の森に到着した。
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