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3巻
3-1
しおりを挟む◇ ◇ ◇
俺、ヒデこと田中英信は、二人の女神様から回復魔法と診断スキルをもらい、異世界アルデンドの平均寿命を伸ばすために転生した。
転生してからは、冒険者ギルドに診療所を開設したり、怪我人の治療をしたり、毎日大変だったよ。でも、そのおかげで孤児のゲン、トラン、ハルナ、ミラと出会えたんだ。ゲンとトランとハルナは冒険者の道を選んで、ミラは回復師である俺の一番弟子になったんだよね。
最近では、元貴族でBランク冒険者の、キャロラインさんという美人さんも俺に弟子入りしてくれたっけ。今は本人の希望で、キャリーさんと呼んでいる。
それと、薬師のポールさんとも知り合ったんだよね。実は以前、腰を悪くした患者さんを治療したときに、湿布薬があれば良いなーと思っていたんだけど、なかなか実現できずにいた。でも、ポールさんがぴったりの魔法薬を作ってくれたおかげで、湿布製作の目処が立って良かったよ。
さらに俺は、大勢の人々に湿布を使ってほしいと思って、薬を量産するための工場を探すことにしたんだ。そして見つけたのが、スラム街にある廃工場。ここを活用できれば、建設のコストを省けるしスラムの人々の働き口も用意できる。まさに一石二鳥なんだけど……スラム街のほとんどの土地は、ブルースさんという、この街の裏社会でちょっとした有名人の縄張りになっているみたい。
そんなこんなで、どうしようかなーと考えながら歩いているとき、俺があまり会いたくないと思っていた人に声をかけられた。
だって、その人は昨日、俺を殺そうとしてきた人なのだから……
1 甘味
それは、湿布薬のことでポールさんと話をするため、ミラと一緒に街を歩いている途中のことだった。
「君、ヒデくんだったよね?」
威圧感のある低い声を聞いて、俺の身体が勝手に震えだした。
昨日の光景が脳内にフラッシュバックする。昨日、俺はこの声の主に斬りかかられたのだ。たしか、名前はスミーさんだったっけ? ブルースさんの用心棒をしていたはず。
ヤバイ、と思って反射的に隣にいるミラを抱えて逃げだそうとしたら――
「あ、あの、ご、ごめんなさい」
広場のほうから子供の怯えた声が聞こえてきた。
見ると、ならず者のような風体をした三人の男が、小さな女の子を囲んで、蹴飛ばそうとしている。
俺は咄嗟に女の子の前に飛び出る。
自分でも信じられないくらいのスピードが出たせいで、女の子の手前で躓き、ならず者たちに頭から突っ込んでしまった。
三人のならず者と俺を含めた四人が、まとめて転んでしまって団子状態になる。
「テメー、何しやがる? 死にてえのか?」
いち早く立ち上がったならず者の一人が、俺の首根っこを掴んで引き起こしながら凄んできた。
「イテテテ、え? いや、そんな気はなかったんですが、そこで躓いちゃいまして。ハハ」
その気迫に圧倒され、腰を低くして返答する俺。
いやいや、地球にいたときだって喧嘩なんかしたこともないし、街中で普通に帯剣している人がいるような世界でカッコよく啖呵なんか切れないよ。
「テメー、ぶっ殺してやる。アーン?」
そう言って女の子を蹴ろうとしていた奴が起き上がり、俺に近づいてきた。
ならず者たちが、怯えている女の子に背を向ける格好になったので、今のうちに逃げるように、俺は女の子へ目で合図を送る。
女の子は迷っているような素振りを見せたけど、ミラがその女の子の手を引いて遠くに連れていってくれた。さっすがミラだ。あとはこいつらを追い払えば万事解決だな。
と言っても、戦ったりはしませんよ? だって俺に喧嘩は無理だし。何とか宥めて穏便に帰ってもらおう。
「まあ~、まあ~、ここは落ち着いて、ねえ? 小さな女の子にケガなんかさせたら格好悪いよ、お兄さんたち」
俺が優しい声でそう言うと、三人組はキョロキョロと辺りを見回し、先ほどよりさらに険しい顔になった。
「テメーのせいで、あのガキがいなくなっちまったじゃねえか。アーン?」
「小さな女の子じゃなきゃケガさせてもいいんだよな? アーン?」
「テメーで憂さを晴らそうじゃねーか。アーン?」
三人組は、変ちくりんな語尾をつけて威嚇してくる。
「プ、ププ……」
俺は下を向いて必死に笑いをこらえていた。
だってこいつらときたら……三人とも同じ顔で最後にアーンとかつけてさ、もう一度それやられたら絶対我慢できないよ。
俺が腹筋に力を入れて笑わないように震えていると――
「こいつ震えてやがる。さっきの威勢はどうしたんだよ。アーン?」
あ、ダメだ。もう我慢できない。
「ブフッ! アーハハハハ! ゴメン勘弁して!」
俺がいきなり笑いだしたので、ポカンとする三人組。やがて一人が我に返り、怒鳴り声を上げる。
「テ、テメー、俺たちを舐めやがって!」
男は手を振りかぶってきた。
ああ、これは殴られるな。
そう思って目を瞑って身構えたが、いつまで経っても衝撃が来ない。
目を開けると、いつの間にか無精ひげを生やした男が俺の隣にいて、俺に殴りかかろうとしていたならず者の手を掴んでいた。ついさっき俺に声をかけてきたスミーさんだ。
スミーさんが俺に向かって言う。
「ちょっとゴメンね。話があるんだけど」
スミーさんに腕を掴まれたならず者が懸命にもがくが、スミーさんの手はビクともしない。スミーさんの腕、ならず者の半分くらいの太さしかないのに、スゴイなこの人。
そんなふうに感心していたら、別のならず者がスミーさんの顔を凝視している。
「あ、あ、ああ、や、やべー。スミーだ。ブルースファミリーの掃除屋スミーだ。に、逃げろー」
そう言うと、その男は仲間のことなど放っておいて一目散に逃げだす。もう一人のならず者もあとを追うようにその場を走り去り、腕を掴まれていた者も、スミーさんが手を離すと大慌てで逃げていった。
スミーさんは走り去る男たちを不思議そうに見ていたが、不意にこちらに目を向けて尋ねてくる。
「僕のこと、覚えてる?」
その聞き方がどことなく可愛らしかったので、俺がさっきまで感じていた悪寒はすっかりなくなってしまった。
「はい。助けてくれてありがとうございます」
俺の言葉にキョトンとするスミーさん。
「ん、助ける? さっきの奴らのこと? ヒデ君が笑ってたから遊んでるのかと思った。ああ、そんなことよりお願いがあるんだけどさ。昨日ブルース君に使ったあの光って病気を治すんでしょ?」
あの光っていうのは、回復魔法のヒールのことだろう。俺がうなずくと、スミーさんは続ける。
「ブルース君、あれから身体の調子が良いみたいで咳が出てないんだよ」
「そうですか、それは良かった」
昨日、ブルースさんが酷い咳をしていたところを偶然見かけて治療したんだよね。その途中でスミーさんに斬られかけたわけだけど、何にせよ、病気が治ったようで本当に良かった。
スミーさんが飄々とした調子で尋ねてくる。
「それでさ、その光って怪我も治せるの?」
「ん? 治せますよ。どこか怪我したんですか?」
「いや、僕じゃないよ。一緒に来てもらっていい? すぐそこのパン屋さんなんだけどさ」
強面のスミーさんからパン屋さんという言葉を聞いて、ちょっと意外に感じた俺は聞き返してしまう。
「パン屋さん?」
「うん、腕を怪我しちゃったみたいで、パン生地が作れなくてお休みしてるんだよ。ヒデ君の魔法で治してあげてくれないかな」
「治すのは構いませんが、なんでスミーさんがパン屋さんの治療なんて頼むんですか?」
「え、だって、あの店のあんパンが好きだからね。あそこのパン、すごく美味しいんだよ」
スミーさんが力を込めて「美味しい」と言うので、俺は思わず食欲をそそられてしまった。
「……それは、ぜひ食べてみたいですね」
「ヒデ君が怪我を治してくれれば、明日には食べられるよ」
「スミーさん、パン屋さんはどこです? 案内してくれますか?」
「こっちだよ」
さっそくスミーさんが俺に背を向けて歩きだしたので、俺は黙って付いていく。
今のスミーさんはのんびりとしていて敵意なんて感じられない。もしかしたら前みたいに突然、なんでもないような顔で俺を斬ってくるかもしれない。けれど、あんパンが食べたいからパン屋の主人を治してくれと言うこの人を、悪い人だと思うことはできなかった。
「ここのパン屋さんだよ」
しばらくすると、スミーさんが立ち止まって指を差す。その先を見ると、店の前で掃除をしている年配の女性がいた。多分この女性がパン屋の主人の奥さんなんだと思う。
俺はその女性に近付いて声をかける。
「こんにちは、このお店のご主人が腕を怪我してしまったと聞いたんですが……」
「そうなんだよ、聞いとくれよまったく。うちの旦那、うっかりどこかに腕をぶつけたんだと。それで怪我をしてパン生地がこねられなくなるなんて、恥ずかしくってしょうがないよ……」
奥さんはしばらく愚痴を言っていたが、俺の背後にいるスミーさんに気が付いて声をかける。
「あら、さっきの常連さん。ごめんねぇ、せっかく買いに来てくれたのに」
スミーさんが早く用件を切り出せとばかりに背中をグイグイ押してきた。どうしたんだろ? 自分で言えばいいのに。
何故かだんまりを決め込んでいるスミーさんに代わって、俺が事情を説明する。
「俺、冒険者ギルドで回復師をやってるんですよ。良かったらご主人の怪我を治療しましょうか、奥さん?」
「そりゃあ、願ってもない話だけど……十分なお礼はできませんよ?」
申し訳なさそうにする奥さんに、俺は治療の金額を伝える。
「あ、いつもは治ったら銀貨一枚をいただいてます」
「え、そんなに安くていいんですか?」
「はい、皆さんそれでやってもらってますから」
「今、旦那を連れてくるから待ってて」
奥さんは驚きながらもそう言うと、店の中に引っ込んだ。しばらくして、奥さんと一緒に年配の男性が出てくる。この人がご主人か。
ご主人がぶっきらぼうに言う。
「あんたかい、腕を治してくれるっていう回復師さんって」
「そうですよ」
「すまねえ、よろしく頼むぜ」
「診せてもらいますね」
俺は異世界の女神様――俺はチョロイン女神様って呼んでいるけど――からもらった診断スキルを発動して、ご主人の容態をたしかめることにした。
すぐに診断スキルがご主人の症状を教えてくれる。
『右腕の骨にひびが入っていますね』
《うん、ありがとう》
俺は診断スキルにお礼を告げると、奥さんには聞こえないようにご主人の耳に口を近付ける。
「……ご主人、結構飲んだでしょ?」
俺がこっそり言うと、ご主人がひるんだ様子を見せた。
「う、なんでそんなことまでわかるんだよ?」
「腕の骨にひびが入るほど勢い良くぶつけるなんて……飲みすぎですよ」
そう注意したら、ご主人は急に小声になって俺に囁きかける。
「わ、わかったよ、このことは内緒にしてくれ。母ちゃんに知られたら禁酒させられちまう」
「フフ、わかりました。では、治療しますね」
骨くっ付け~、くっ付いて丈夫になれ~。
念を込めてヒールをかけると、ご主人の右腕がほんのりと光った。
光が収まったところで俺はご主人に告げる。
「はい、終わりましたよ。ゆっくり動かしてみてください」
「おう、もう終わったのか? 腕があったかくて気持ち良かったけど……お、おお、力を入れても痛くねえよ」
「良かった、大丈夫なようですね。明日また来ますから、完全に治ってるようでしたら銀貨一枚を用意しておいてください」
そう言って帰ろうとすると、老夫婦が俺を押しとどめた。
「待て待て、銀貨一枚くらい今払うからよ」
「そうだよ、今持ってくるから待っていておくれよ」
奥さんが急いで店の中に入っていき、すぐに戻ってきた。何故か大きな紙袋を抱えている。
「はいよ、銀貨一枚。あと、このパンは昨日の残り物なんだけど、お礼に持っていきなさい。家で食べておくれよ」
奥さんに紙袋を手渡された。中を覗くと、大小様々なパンがぎっしりと入っている。
「わ、こんなにたくさん? ありがとうございます」
「いいんだよ。常連さんも、明日はあんパン、用意しとくからね」
無言でうなずくスミーさん。なんでさっきから喋らないんだ、この人。
「すみません、こんなにいただいちゃって」
俺が礼を言うと、奥さんは朗らかに笑った。
「ハハ、気にしないでくださいな。残り物で申し訳ないくらいさ」
「いえ、ありがとうございました、今度はちゃんと買いに来ますね」
そうして老夫婦に別れを告げ、俺とスミーさんはたくさんのパンが入った大きな紙袋を抱えながら、噴水がある商店街の中央までやってきた。
いつの間にか戻ってきていたミラが、俺に声をかける。
「あ、ヒデ兄師匠、こんなところにいた」
どうやら俺を探していたみたいだね。俺はしゃがみ込んでミラの頭を撫でて、ミラが逃がしてくれた女の子のことを尋ねる。
「さっきの子は大丈夫だった?」
「うん、一緒にお家まで帰ったよ。おつかいの帰りにあの男の人たちにぶつかっちゃって、怒鳴られてたんだって」
「そうなんだ。もうアイツらも悪さはしないんじゃないかな。メチャクチャビビってたし」
まあビビらせたのはスミーさんなんだけど。
それから俺とミラは、二人で噴水の前にあるベンチに腰かける。スミーさんはなぜかちょっと離れたところに立っていた。
俺はミラに菓子パンを渡すと、スミーさんに声をかける。
「スミーさんも食べるでしょ? こっちに来て食べようよ。あんパンはないみたいだけど」
するとスミーさんはすぐやってきて、先ほどまでとは打って変わって喋りだした。
「あそこのあんパンはすぐに売りきれちゃうんだよ~。でもそのパン、ヒデ君がもらったものなのに、僕がいただいていいの?」
「いや、こんなに食べきれないですから」
俺がそう言うと、スミーさんがキョロキョロと周りを見る。
「じゃあ、ちょっと待ってて」
そう言うと、飲み物を売っている店に走っていった。
ミラが、不思議そうに話しかけてくる。
「ヒデ兄師匠、あの人って本当にこの前の悪い人なの?」
「う~ん、躊躇なく俺を斬ろうとしたのもスミーさんの一面だし、今のほんわかした感じもスミーさんの一面なんだよ。きっと、どっちも合わせてスミーさんなんじゃないかな」
それっぽいこと言ってみたんだけど、ミラは混乱してしまったらしい。
「よくわかんない」
「ハハハ、信じたいほうを信じればいいよ」
「うん、それならわかる」
それからしばらくミラと話をしていたら、スミーさんがカップのジュースを三個持って戻ってきた。
「はい、パンのお礼」
手渡されたジュースを受け取る。
「おまけでもらったパンなのに、ありがとうございます。いただきますね」
そして三人でベンチに座り、並んでパンを食べ始めた。
俺はパンを頬張りながらスミーさんに尋ねてみる。
「甘い物好きなんですね?」
「そうだね~、甘いのは好きかも」
「じゃあ、近くにある屋台で売ってる、ハチミツがかかったパンって食べたことありますか?」
あのパン、前にみんなで食べたんだけど、美味しかったんだよなあ。ハチミツがすごく濃厚で。
「あ~、うん。あそこのパンは美味しいけど、ハチミツで手がベトベトになっちゃうのが嫌だね~」
たしかにそうかも。ともかく、スミーさんは悪い人じゃなさそうだな。よし、スミーさんに、ブルースさんへの伝言をお願いしちゃおう。
「……ところでスミーさん。スラムに使われなくなった材木工場があるのってわかります?」
「う~ん……あ、あの広い場所にあるやつか。うん、わかるよ」
「実は今度そこを買い取って、薬の工場を始めようかと思ってるんですよ」
「ふ~ん、ヒデ君らしいね、薬の工場っていうのが」
「それで、ブルースさんにそのことを伝えといてもらえます?」
「ブルース君に?」
スミーさんは一瞬考える素振りを見せたが、すぐにうなずく。
「うん、いいよ。ヒデ君にはパン屋さんの借りがあるし」
「ありがとうございます」
そこで、俺はふと気になったことを口にする。
「そういえば、ブルースさんのことを君付けで呼んでるんですね」
「子供の頃からそう呼んでるからね~」
「ということは、幼馴染?」
「そうだよ、同じ孤児院にいたんだ……あ、これ言っちゃいけないんだった。今の聞かなかったことにしといてね」
そう言うと、スミーさんはゆっくり立ち上がった。
「さて、帰るかな。ご馳走様でした。じゃあねヒデ君」
「はい、さっきの話、お願いしますね」
俺が念を押すと、スミーさんはうなずいて、のんびりと歩いて帰っていった。
◇ ◇ ◇
スミーさんと別れた俺とミラは、当初の予定通りポールさんに工場の話をするため、薬屋へ向かった。
店に着くと、ポールさんの孫娘であるラウラが店先で遊んでいるのを見つけた。
ラウラはこちらに気がつき、元気良く走ってくる。
「ん? 今日はゲン、いないのか?」
キョロキョロ周りを見回すラウラ。そういえばこの間から、ラウラはゲンたちと仲良くなったんだっけ。特にゲンのことが気になっている様子だったな~。
今日は俺たちだけだと伝えると、ラウラは少し残念そうにしたものの、ミラと一緒に店の中へ入っていった。部屋で遊ぶのかな?
一人で店に入ると、ポールさんの義理の娘であるモニカさんが出迎えてくれた。
「あら、ヒデさんいらっしゃい。お義父さんはいつもの部屋にいるわよ」
俺は急に思いついて、先ほどパン屋さんからもらった紙袋をモニカさんに手渡す。
「これ、向こうのパン屋さんからパンをたくさんもらったので、おすそわけです」
「あら、あのパン屋さん、今日お休みじゃなかった?」
そう言って首を傾げるモニカさん。俺はさっきあった出来事を説明する。
「はい、ご主人が怪我してたらしくて。それでついさっき治してあげたら、パンをいっぱいくれたんです」
「まあ、それで休みだったのね。ありがとう、いただきますね……って言ってもうちは三人だから、そんなには食べられないけどね」
三人っていうのはポールさん、モニカさん、ラウラのことかな。モニカさんの旦那さんには放浪癖があるみたいで、現在音信不通だそうだ。いつか再会できるといいんだけど……
モニカさんに頭を下げて、ポールさんの部屋へ向かう。ノックをしてから中に入ると、ポールさんは安楽椅子に座って読書をしていた。ポールさんが顔を上げ、声をかけてくる。
「おお、ヒデ君か。今日はどうした?」
「はい、実は……」
俺はポールさんの作った湿布薬を量産しようとしていること、そしてそのために工場を買い取ろうとしていることを説明した。
ポールさんは一通り聞き終わると、朗らかに笑う。
「フォフォ、そこまで考えておったのか、さすがじゃのう」
「まだ、大雑把すぎて何も決まってないんですけどね。ちなみに薬の量産って可能だと思いますか?」
「フム……まず、薬の材料はギルドで買ってもそこまで高くはないはずじゃ。調合も少し練習すればできるじゃろうし、大丈夫じゃろ」
なるほど、なんとかなりそうだな。あとは、生産の監督役がいればありがたいんだけど……
「ポールさんの知り合いに、専属で工場に勤めてくれるような人っていますかね? 薬の品質を管理できそうな方がいれば、ぜひお願いしたいんですが」
「弟子は何人かおるが、みんな独り立ちしておるしのう。まあ少し当たってみるかの」
またもやポールさんのお世話になってしまった。そうそう、ポールさんには薬を作ったロイヤリティを支払わなきゃいけないんだった。
「それと、こっちの流儀を知らないので聞いちゃいますけど、ポールさんにはどれくらい払えばいいんですか?」
ポールさんはキョトンとしていた。
「ん? ワシに何を払うのじゃ?」
「いえ、この薬を作ったのはポールさんじゃないですか」
「そうじゃが、別に秘伝の薬でもないしのう」
「こう、特許みたいなのってないんですか? マネしたら罰金とか?」
「ん? 王家や貴族の紋章、お金を偽造すれば死刑じゃがのう」
なんか、いまいち話がポールさんに伝わってないな。
どう説明しようかと考えていたら、ポールさんが柔らかく微笑む。
「フォフォ、ヒデ君が言わんとするところはわかっておるよ、じゃがそれは必要ないことじゃ」
きっぱりと言うポールさん。
これ以上話すのは逆に失礼だな。そう思って俺はひとまずうなずく。
「わかりました、その件はまた今度。まあ、場所と人の確保とかが先ですかね」
それからしばらく、ポールさんと打ち合わせをするのだった。
2 密談
ポールさんの店から帰ってきた次の日、俺はスラムにある材木工場を買い取るために商人ギルドへやってきていた。
受付の男性に工場を買い取りたいと伝えると、すぐに係の人を呼んでくれる。その人に手伝ってもらいながら、なんとかスラムにある材木工場の買収手続きを済ませた。
場所は確保できたし、あとはブルースさんに許可をもらうだけだ。事後承諾だけど。
数日後、ギルドの酒場でミラ、ゲン、トラン、ハルナ、それからキャリーさんと一緒に少し遅めの昼ご飯を食べていたら、いつも賑わっているギルドが急に静まり返った。
どうしたのかと思って周囲を見回すと、キャリーさんが玄関のほうを凝視しているのに気が付く。その目線を追うと、玄関にブルースさんとスミーさんが立っていた。まあ十中八九、俺絡みだよね。
「ブルースさん、スミーさん、こっちだよ」
俺の呼びかけに気が付いたらしく、ブルースさんたちはこちらに歩いてくる。
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