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1章

side ママさん物語 後編

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 あれから副長に頼まれた弟さんにお金を届けるまでは気力もあったのだけど、それが終わってからは何もする気が無くなった。どの乗合馬車を乗り継いできたかわからないけど今の街に着いて、直ぐに出る馬車がないらしいので近くの冒険者ギルドの酒場で飲んだくれていた。何日経った頃かギルマスが話しかけてきた。

「お前さん見た所冒険者には見えないが……まあいい、いつまで飲んだくれてるつもりだい?」
「誰?いつまで飲んだくれてるのかって?そうだなこのまま死んでしまえばあの人のとこに行けるかな」
「ん?なんだ自殺希望者か?ならほかでやってくれ」
「ふん、そのうち出ていくわよ」
「まったく、その若さでなにがあったんだ?話ぐらい聞いてやるぞ?人に話したら整理がつく事とかもあるからな」

 何で初対面の人に話してしまったかは分からないが全て話してしまった。その間ギルマスは黙って聞いていてくれた。
 その後何日ぶりかにしっかり眠った。夢を見ていた、場所はこの酒場、カウンターで酒の注文を聞いている副長、料理を作りながらその光景を楽しげに見ている私、場面が変わって閉店してカウンター席に座って眠っている副長、店の掃除も終わったしそろそろ起こそうと声をかけるがいくら揺すっても起きない、不安になって来た時に夢から覚める。

「え?夢?今の何?」
 周りを見てみるとギルドの酒場だった。ソファーで寝てしまったらしく毛布がかけてあった。夢に出てきた副長が座っていたカウンターの席をジッと見つめる。

「おう、起きたか。随分うなされてたが大丈夫か?」
「うなされていたの私?」
 またカウンターの席を見る。

「あーそれでな、もしお前さんが良ければここで働かないか?」
「ここで?」
「ああ、ここのマスターはもう年だからな夜とか大変なんだよ、聞けば料理は得意だそうじゃないか。事情があって嫌なら仕方ないがな。お前さんを庇った人もお前さんに生きて欲しいと思っているはずだ。考えておいてくれないか?」
「やるわ。いえ、やらせて」
「ん?急いで答えなくてもいいぞ?」
「いいえ、答えの決まっている物は引き延ばさない事にしたの。それともう自分を偽るのもやめるわ」

「あー、そうなのか?まあ、働いてくれるなら助かるよ。じゃあマスターが来たら紹介するからもう少し待っててくれ」

「はーい」
待っている間に酒浸りになった身体から酒気を追い出すために地下の鍛錬所で汗を流した。

 なまった身体が悲鳴を上げた頃ギルマスに呼ばれた。酒場に戻るとカウンターにおじいさんがいた。
「なんじゃ飲んだくれの大男じゃないか、お前さんがワシの代わりか?まあいい、今日からビシビシ鍛えてやるからな。ワハハハ」
 とにかく元気なおじいさんで引退とか冗談かと思うほどだったわ。 

 そんなこんなで何年かが経っていたが、たまにあの時見た夢を見る時があった。
 その日もいつもの様に不安な気持ちになって起きた。まあ、いつもの事ではあるが今日のは、なんだかリアル感があったような感じがした。

 いつもの様にお店に出て働いているとアードル達が変わった格好をした男の子を連れて飲みに来た。何となく副長に似ている?いえ?顔や歳なんかは全然違うけどなんて言うか……そう、雰囲気が似ているんだわ。少し呆けてその子を見ていたらこっちに気付いてカウンターに近づいてきた。

「おお、この世界にもいるんだ」
「あら?お客さん初めてよね?」
「うん、街に来たのも今日が初めてだし」
「ふーん、私の格好見ても驚かないの?」
「ん?えっと?話し方とかの事?」
「まあ、それも含めてだけど……」
「ああ、なるほど。俺もよくは知らないけど性同一性障害って言ったかな?女性の心が男性の身体に入っちゃうみたいな感じかな?あれ?逆じゃなくてえっと……ゴメン少し酔ってるから考えがまとまんない?水ちょうだい」

「ハイハイ、今持ってくるわ」
 厨房に戻って水を汲むとカウンターに突っ伏して寝ているさっきの男の子がいた。その光景に息をのんだ。
 だって、あの夢と同じなんだもの席も寝ている格好も。落としそうになったカップを握り直して近づく。
「あ、あの、お水よ」

 少し声が震えてしまった。もしかしたら起きなかったらどうしようとか思ってしまったの。
「ん?あ、ありがとう」
 あっさりと起きるとゴクゴクと受け取った水を飲み干す。

「あー、水ウメー、そうだ俺は今日この街に着いたヒデといいます」
「まあ、そうなの私の事はママって呼んでね」
「はーい、ママさんよろしく」

「ホホ、変な人ね。大体の人が呆れるか気持ち悪がるのに」
「そうなの?まあ、そういうお店もあるし別に普通だよ」
 普通その言葉を聞いた時、なんか胸の中が暖かくなった。あの時の副長がお店の話をしてくれた時と同じ感じの。
「そう?普通?普通なの?」
「ん?そうだよ?普通、普通、全然普通だよ!ハーハハハ」
 何か笑いながらアードル達の席に戻っていった。


 その日からギルドの中をうろつくヒデちゃんを見つけると目で追っていたわ。

 いつだったか冒険者のカルナちゃんとルナちゃんが大けがをして戻ってきたことがあったの。ヒデちゃんのおかげで怪我も治ったみたいだけど、その日にヒデちゃんが飲みに来た時に話してくれたの。
「今日さ、治した女の子がいるんだけどさ、二人共大怪我したから一つしかないポーションを友達にかけて自分を犠牲にして助けようとしたんだ」

「ん?カルナちゃんとルナちゃんの事?」
「そうそう、一つしかないポーションをカルナさんがルナさんにかけたからカルナさんが瀕死の状態で運ばれてきたんだ」
「そうだったの、ルナちゃんは怖かったでしょうね」
「ん?ママさんも同じことがあったの?」
「私もね助けられた事があるのよ」

「そ、それは、ゴメン嫌な事思い出せちゃった?」
「ホホ、昔の事だもの最近はあの夢も見なくなったしね」
「ん?夢?」

「ホホ、こっちの事よ何でもないわ。それより私も聞いていい?」
「ん?なに?」
「ヒデちゃんカウンター席に座る時いつもこの席に座るけど何で?」
「あれ?そうだっけ?あんまり気にしなかったけど?」
「ホホ、そう、変なこと聞いてごめんなさい」

 その日の夜久し振りにあの夢を見た。でもその日は起こそうと近寄ると直ぐに起きてくれた。夢の中の副長は頭を押さえてこう言った。

「頭いてーいつもの二日酔いに効くジュース作ってくれよ」
 動揺を抑え込んで話しを続けた。
「ハイハイ、今作ってあげるわ。でも今はヒデちゃんの魔法があれば直ぐに治るんだけどね」
「ハハハ、お前なんだか楽しそうだな。肩に力が入って無くて自然体っていうか?」
「ええ、おかげさまでね。毎日楽しいわ」
「そうかそれは良かった。月並みだが俺の分まで長生きしてくれよ」
「ええ、幸せいっぱいで、すごーく長生きするんだから」
「そうか、じゃあこっちに来た時どんな事があったか聞くのを楽しみにしてるぜ」
「はい、特製ジュースよ」
 受け取ると一気に飲み干した。
「クーッ、コレコレ、あー身体に染み渡る。ご馳走様」


 その言葉を聞いた時目が覚めた。いつもの不安感ではなく、心地良い目覚めだったわ。
 次の日の朝に特製ジュースを作って夢の中と同じ席に置いてみた。

 入口の方からヒデちゃんの声が聞こえてきた。
「ママさんおはよう。チビ達そろそろ来ると思うから朝ご飯お願い」
「ハイハイ、準備は出来てるわよ」
「ん?何そのジュース誰か来るの?」

「そうね来てほしくて作ってるのかもね」
「ん?どういう事?」
「ホホホ、乙女には秘密がいっぱいあるものなのよ」
「漢女の秘密は知らなくてもいいや」
「相変わらずいけずなんだからヒデちゃんは」

 副長、そっちに行くのはまだまだ先になりそうだからね。たまには私の特製ジュース飲みに来てよね。

それと、あんまりガラじゃないけどこの広い世界で副長とヒデちゃんに会わせてくれた女神様に感謝を。
なんてね。
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