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1巻
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しおりを挟む1 プロローグ
「はい、いらっしゃいませ」
そんな元気な声のしたほうを向くと――目の前にものすっっごい美人さんがいる!
金髪ロングで優しい笑みを浮かべていて、瞳の色は髪と同じゴールド。その瞳を見ていると吸い込まれそうになる。
着ているのは、白いドレスのようなゆったりとした感じの服。ゴールドの髪と白いドレスのコントラストのせいか、何か神秘的な存在に見えた。
「胸でかっ、うむ、うむ、ごう~~か~~~く! って……ん、頭の中で考えたことが口から出てる、あれ?」
勝手にしゃべってしまい戸惑っていると、美人さんがニコニコしてこっちを見てる。
「あ、終わりました? じゃ~まず自己紹介からしますね~」
「えっー、スルー? そこスルーしてくれるの? ……胸でかって口走ったのに。助かる……って、また声に出てるし……」
美人さんは、相変わらず完璧な営業スマイルを向けていた。
「私は地球の管理をしている女神です。初めまして田中英信さん。心の声がダダ漏れなのは、ここがそういう部屋だからです」
「ん? 何で俺の名前知ってんだろ? 会ったことあるかな? あと、そういう部屋って。また、声に出……もういいや……」
あきらめることにする。
「フフフ、そういう部屋とはそういう部屋のことです」
答えになっていないんだけど。
目の前の美人さんは置いといて、周囲を見わたしてみる。
うん、一言で言い表せる。
何もないのだ。周りは真っ白で、遠くに地平線が見える。ぐるっと360度同じ光景。
「部屋ですらないな」
また勝手に、考えていることが口から出た。
もうこれは気にしない。
「フフ、ここはですね。貴方がたの言葉で言うと、審判の部屋……の、手前の部屋ですかね?」
「いや、ね? って聞かれても困るんですが……」
こちらの戸惑いをスルーして、女神様はグイグイ来る。
「まず、最初に伝えておきたいのですが、貴方はお亡くなりになりました」
「……えっ? ん~っと~~~(思い出し中~~)」
あごに手を当てて考えてみる。たしか記憶を失う直前は……
「えーっと何だっけ?? あっそうだ。取引先に直行するので電車に乗るためにホームで並んでたんだよな? 確か小学生くらいの子が誰かに後ろから押されて、それで線路に落ちそうになっているのを見たんだ。急いでその子の手をつかんで引っ張り戻した反動で……」
そう、ホームから転落したんだった。
「はい、そうです。思い出しましたね」
あー、あのときに……ってよく見たら俺の服、白装束って言うんだっけ? 時代劇に出てくるお化けがよく着てる着物だよこれ。
「そーか死んじゃったかー、まいっか」
俺の反応が変だったみたいで、女神様がくすりと笑う。
「軽いですね、未練とかないんですか?」
「ないってことはないですけどね……あ、そうだ、小学生どうなりました?」
「貴方が助けた子は無事ですよ。ちょっと手のひらを擦りむいた程度でした」
「そっかよかった。じゃあ、あと心残りは……あー、自宅のハードディスクだけだが……」
ハードディスクには他人に見せられないデータがわんさか入っている。あれが見られたら死んでも死にきれない!
「あーそれでですね。田中さん、貴方にお願いがありまして。もし引き受けてくださるならハードディスクは何とかします」
「やります! やらせてください!」
悪そうな笑みを浮かべる女神様。
「ふふふ……そう言ってくださると思ってましたよ。大体の方はハードディスクの話を持ち出すとお願いを聞いてくれ……ゲフンゲフン」
何か咳で誤魔化した。
「では田中さん、貴方には異世界アルデンドに行ってもらい……」
「行きましょう」
かぶせ気味で即答してしまった。
「……話が早くていいのですが……」
若干引き気味の女神様である。
しかし俺はそんなことなど構わず、女神様の手を握ってまくしたてる。
「チートは、チートは何ですか? 選べるのですか? ポイント制ですか? サイコロとか振るのですか? むしろ何ートですか??」
女神様は、俺に握りしめられた手を振りほどき、冷静に言う。
「落ち着いてください。何ですか何ートって?」
「す、すみません。ちょっと我を忘れてしまいました」
生前愛読していた異世界転生モノの小説の知識があふれ出てしまった。反省していると女神様が告げる。
「田中さんに与えられる能力は自身で選ぶことができます。ではさっそくですが、ここのリストの中から選んでください」
おー、何もないところからリストが出現した。
「フムフム……お~結構ありますね~。どれどれ、聖剣保持? 全属性魔法取得、精霊魔法、武器錬成、防具錬成、おお、生産系もあるのかー。でも一番目を引くのはやっぱりこれかな。この光魔法って、回復系の魔法のことですか?」
リスト内の光魔法を示して女神様に尋ねてみる。
「そうです。それにしますか?」
「はい、それでお願いします」
「……意外とあっさり決めましたね?」
少し照れながら俺は返答する。
「あー、異世界行くなら手にする能力はこれって決めてましたから」
光魔法を選んだのにはちょっとした理由があって、それは初めてやったMMOのゲームに由来している。
そのゲームで俺は、回復魔法を使ってあげたときに感謝されたのが嬉しくて、回復のできる魔法使いばかり使っていたのだ。まあ、戦闘が苦手だっていうのもあるんだけど。だから、小説みたいに異世界に行けるようなことがあれば、回復魔法を使う人になろうと心に決めていたというわけだ。
「フフフ……早くて助かりますね~、じゃ~あとは女神異世界セットを……」
「えっ! 女神異世界セット?」
「はい、異世界言語翻訳と異次元収納と、もちろん鑑定も付けちゃいますね~」
「おお~!! わかってる! さすが女神さんだ! いいな女神異世界セット」
小躍りしていると、女神様は少し真面目な顔になる。そしてゆっくりと告げた。
「田中さん、アルデンドでは命がとても軽いものになっています。モンスターがはびこり、治安が悪く、怪我や病気であっけなく命を落とすのです。そのため、この世界の人々はすぐに死んでしまいます。種族の違いはありますが、人の平均寿命は40歳程度。平均なのでもっと歳を召した方もいますが……」
俺は何となくわかってしまった。
「原因は、子供の死亡ですか?」
「そうですね。田中さんには選んだ回復魔法のスキルで、この世界の平均寿命を伸ばしてもらいたいなと思ってます」
「もしかしたら、俺がこのスキルを選ぶのを、初めからわかっていたんですか?」
じゃなかったら、俺をアルデンドへ転生させないんじゃないかな。
「何となく、ですかね。でも、きっと選んでくれるだろうな、くらいは思っていました。でも、貴方ならきっと、どんなスキルを選んでも、多くの人を助けてくださるだろうとは思っていましたよ」
俺の性格のことまでずいぶんと知っているようだ。
「フフ、腑に落ちないって顔していますね? 貴方のことをいろいろと知っているのは、私が女神だからですよ。それと、そんなに畏まらないでくださいね。これからは田中さんのやりたいように、生きたいようにしてください」
女神様は、慈愛に満ちた優しい顔でこちらを見ていた。
俺は、なぜか敬礼してこう叫んだ。
「はい……この世界の平均寿命を頑張って伸ばします。」
最後の句点は「マル」と呼んだ。
そんな俺を見て、女神様は嬉しそうに笑って「お願いしますねっ」と言ってきた。
そして、少し恥ずかしそうに話しだす。
「妹の手助けをしてほしいんです」
「妹さんの」
「はい、アルデンドの管理をしているのが私の妹なのです」
「ああ、なるほど」
と言ってみたものの、よく状況が呑み込めていない。
「では、妹の元に送りますね。田中さん、二度目の人生を楽しんでください。アルデンドは若くとても美しい星です。貴方の未来に幸多からんことを」
「はい! ありがとうございました」
反射的に、女神様に向かって営業回りで鍛えた完璧なお辞儀を披露すると、俺の体は消えていった。
2 やっと地上に着いた
今度は普通の部屋のようだが……いや普通といっても、どこかの豪邸の一室みたいな感じがする。そんな感想とともに呆けていると、後ろから声をかけられた。
「あ、いらっしゃいませ」
なんとなく、元気というかやる気のない感じの声だ。
振り向くとそこにいたのは、地球の女神様と同じゴールドの髪と瞳の女性だった。だが、サイズが小さい。
うん、いろいろと小さい。
「……今度の女神様は小さい……って、ここも心の声ダダ漏れなんだ」
小さな女神様は少し機嫌を悪くしたようで、ぷりぷりして言う。
「この見た目は通常用です。営業用の大人バージョンは別にあります」
しまった! ここで女神様に嫌われてしまったら大変なことになる!
そこで俺は考えるより早く、営業で鍛えたスキルを発揮させた。
「え、そうなんですか! ぜひ見たいです。今でもこんなにかわいらしいのに、大人バージョンになったら、私きっと正気でいられないかもしれません!」
営業スマイルで相手を安心させ、さらに話術で信頼を勝ち取るというやつである。より正確には、営業というより実店舗の販売応援のときに駆使したスキルかな。
でも、もはや販売トークというより太鼓持ちだこりゃ。わざとらしすぎたかな? と思ったのだが……
「め、め、女神ですから我は美しいのじゃよ。営業用を見せるのは今はちょっと恥ずかしい……ゲフンゲフン。教会に我の像があるので見ておくがいいぞよ」
女神様は真っ赤な顔をしていた。
「チョロイン……なんか、キャラ壊れてるな?」
もう思考がダダ漏れになるのはわかっていたので、後ろ向きでつぶやいておいた。ちなみにチョロインとはチョロいヒロインのことである。
さらに営業挨拶を続ける。
「見られなくて残念です~~。あ、私、地球から来ました田中英信です。よろしくお願いいたします」
ビシッとお辞儀を決める。
「む、地球から……」
小さな女神様がそう言った瞬間、俺の白装束の袖口から光の球が現れた。そしてその光は、小さな女神様のほうにゆっくり向かっていき、目の前で弾けた。
小さな女神様の驚いた顔が、段々と地球で見た女神様の顔と同じように、優しい雰囲気になる。
「ありがとう、お姉様」
小さな女神様はそうつぶやくと、突然、真面目な顔になって見てきた。
「お姉様のメッセージを受け取りましたわ。ようこそアルデンドへ、貴方を歓迎いたします。貴方がそのスキルを選び、この世界に来てくださったことに感謝します」
今度は俺が顔を赤くする番だった。
と思ったら、小さな女神がまたバタバタしだす。なんかキャラがぶれぶれだな。
「でも、貴方は戦闘スキル何も持ってないのだけど大丈夫かしらね~? う~んととりあえず、少し年齢若くしといてあげるね。あっそうだ、前どこかに経験値2倍のスキルがあったはずなんだけど~。倉庫かしら?」
小さな女神様は部屋を出ていきながら「どこだっけ~」としきりにつぶやいている。なんかまたスキルをくれるみたいだ。
しかも――
「え!! 経験値2倍? なにそれ超チート来た~。イッヤッホー」
経験値2倍っていえば異世界モノの王道チートだ。同じ数のモンスター倒しても、そのスキルを持っていれば成長スピードは2倍だもんな。
「フフ、ハーハハハッ、無敵系主人公目指しちゃうかー」
期待に胸を膨らませていたが、しばらく待ってみても戻ってこない。ずいぶん経ってから、髪の毛ボサボサのチョロイン女神が帰ってきた。
「ダメ、ないわ~。いっっくら探してもない。見つかんない」
「え~~そんな~もっとよく探してくださいよ~」
思わずチョロイン女神の肩をつかんで、激しく揺すってしまった。
さらに勢いあまって、小さな子を高い高いするように上下左右に振り回す。
「アワワ、ヤメロ~。酔う」
そのとき、入り口からショタな天使が入ってきた。
天使は目を回しているチョロイン女神を一瞥すると、俺に抗議するでもなく普通に話しだす。
「エリル様、そのスキルなら、こないだ来た勇者様にあげちゃいましたよ」
「ちょっと、私がこんな扱い受けてるんだから助けなさいよ」
天使さんの登場で我に返った俺は、チョロイン女神を放してあげた。
チョロイン女神が地面にお尻から落ちていく。
「痛ったーい。もー突然放さないでよー。ともかくあのスキル、そうだったっけか? ……ゴメンやっぱなしで頑張……」
「なんかください」
ここでもらえないのは損した気分だ。
「って……セリフかぶせてきたよ。期待させちゃったのこっちだしな~、天使ちゃんなんかない?」
「う~ん似たようなのがあったような~……」
天使さんはそうつぶやくと、額に手を当てて考え込みだした。天使さんは何かチートの候補を知っているらしい。
「それでいいからくれ~、いやお願いしますください」
そう叫んで、俺はまたさっきのように女神様の腰をつかんだ。
「わかったから、離れなさい~~。また振り回されたらたまったものじゃないわ。まったく、で、あった? 天使ちゃん」
天使さんは空中に手を突っ込んでゴソゴソやりながら、何か見つけたらしい。
「ありました! すごい奥のほうにありましたよ。ハイ」
女神様は天使さんから紙を受け取ると、そのまま俺の額に当てて、ポンッと叩いた。
なんだこりゃ。
「ハイ出来上がり~、じゃ~頑張ってね~」
手を振るチョロイン女神。
よくわからないけれど、これでスキルが付与されたらしい。いったいどんなチートなのだろう。
「ありがとうございました」
わからないにしても一応もらえたことだし、ビシッとお辞儀を決めた。すると、俺の体はゆっくりと消えていった。
◇ ◇ ◇
「やっと地上に着いた」
周りを見わたす。
「部屋?」
さっきまでいた豪華な部屋ではなく丸太小屋? 質素な感じの。
……あれは?
目の前の壁に大きな紙が貼ってある。そこにはこう書かれていた。
貴方が突然街に現れたら変な噂が立つだろうから、森の中に建てた小屋に移動させました。ちなみに貴方が小屋から出た時点で、この小屋は消滅します。
ひとまずドアを出て左に進みなさい。道に出ますから。
女神より
は? 何これだけ? このまま行くの? 服とか白装束のままなんだけど? お金も装備もなし? いきなりベリーハードなんですけどーー!
膝をついて頭を抱えていると、後ろで何か落ちる音がした。
振り向いてみると大きな布の袋があった。
さっきまでなかったはずだけど……? そう思いながらまた周りを見わたしてみる。壁に貼られていた紙に続きの文が現れた。
エリル様はいくらなんでも適当すぎるので、この世界の服と少しばかりのお金、それに武器や地図、この世界の常識が書かれたノート、その他を袋の中に入れておきました。
ぜひ使ってください。
天使より
マジ天使さんステキすぎー。
天使様に感謝しながら服を着替えて、お金や装備なんかを地球の女神様からもらったスキル異次元収納に入れた。
袋の中に革の鞄が入っていたので、それを肩からさげる。異次元収納がレアスキルすぎて目立ってしまったら嫌なので、ここから道具を出すふりをすれば良いだろう。
小屋から出てドアを閉めると、その小屋はフッと消えてしまった。まるで最初からそこには何もなかったかのように、草や木だけが生えている。
俺は小屋のあった方に一礼をすると、とりあえず歩き始めることにした。天使さんからもらったノートを見ながらてくてくと歩く。
そこで今更、自分の体の変化に気づいた。なんか体軽いな~、メタボチックな腹がすっきりしてるし、それだけでも気分がいい。
「あ、そうだ鑑定とかしてみよ」
どうするんだろ? 対象物を見ながら「鑑定」とか言えばいいのかな?
そこら辺の草を見ながらやってみた。
「鑑定」
声に出してみる。すると草の上に情報が現れた。
【雑草】
どこにでも生えてくる。食用には向きません。
木に向かって。
【木】
ちょっと大きい木。実がなっても食用には向きません。
蝶々に向かって。
【チョウチョ】
虫。食用には向きません。
食べられるか食べられないかばかり教えてくれるんだけど……
フム、俺腹減ってるのか?
ま、いいけどずいぶんいい加減じゃないか? 教えてくれる情報も全然少ないし。あ、これはあれか、レベル上がると詳しくなっていくとかかな?
天使さんからもらった地図を確認しながら、鑑定をいろんなものにかけていく。
目に付くものすべてに鑑定をかけていると、特別目を引く植物があった。
「お、これ薬草なんだ」
改めて鑑定をかけてみる。
【薬草】
回復薬を作るための素材。単品では食用には向きません。
「おお、採取しとこ」
根こそぎ採ったらいかんものだろうな~と思い、間引く感じでいくつか残して採取した。
そのとき、横の茂みからガサガサと音がしたので慌てて音のほうへ顔を向ける。なんかデカい兎がいた。
角あるしデカいし、なんかかわいくない。
「あっ、そうだ。鑑定」
【ホーンラビット】
デカい兎。食用です。
「情報少ないよ! もっといろいろ出してよ」
鑑定に突っ込みを入れてるうちに、ホーンラビットが飛びかかってきた。
横っ跳びにかわす。
「あっぶね!」
応援ありがとうございます!
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