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第六十六話 ミノタウロス

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 休憩後、再び遺跡の中を進み始める。
 比較的に順調に探索を進むものの、前の階層とは違って敵の襲撃が全くないことだけが気になった。

 結局、二時間ほどで門を見つけることが出来たが、敵の消耗がないにも関わらず、気力だけがすり減らされてしまった。
 何て言うか、この階層はどこか魔境にも近いものがあるように感じるな……。

「ここで休憩するの?」
 門の前で立ち止まった俺を見て、アメリアが少し億劫そうにそう漏らす。この階層には魔物がいないにも関わらず、変な圧迫感のようなものがあったため、ここでの休憩に気乗りがしなかったのだろう。

「やっぱり、少し進んでみるか?」
 正直、次の階層が休める場所だという保証がなかったため、あまり気乗りはしないが、ここよりはマシかもしれないからな。

「少し時間も遅いが、もう少し頑張れそうか?」
 少し眠たげに目を擦るアルマにそう尋ねる。

「大丈夫……」
 アルマは少しぼうっとした様子で頷くと、気合いを入れ直すように、自身の両手でバチンと両頬を挟んだ。

「待って」
 門を潜ろうとしたところで、立ったまま目を閉じていたリディアに声をかけられる。

「どうかしたのか?」
 今回は祈っていなかったが、件の神から何か情報の提供があったのだろうか?

「──次の階層、入ってすぐにミノタウロスがいるわ」
 目を開けたリディアが、緊張した面持ちでそう告げる。

「他の魔物は?」
「いないみたい」
 状況次第では、そこで休めそうだな。

「なら、先にミノタウロスを討伐しようか。アドルフ、今回は集団で叩くからな」
 先に突っ込んでしまいそうなアドルフに、釘を刺しておく。
 アルマの睡眠時間を確保するためにも、最速で奴を狩る必要があるしな。

「……よかろう」
 俺の目を真っ直ぐに見つめ返したアドルフが、一人ニヒルな笑みを浮かべた。

「戦い方は前に話した通りだ、近接で囲んで後衛で叩く。準備は良いか?」
 バッグに手を入れ、【四次元空間】から【アクワグラシェリア】取り出しながらそう尋ねる。
 各人が頷いたことを確認し、近接戦闘を務めるアドルフ、アメリア、ニコ、ゴラン、アルマと俺に【ロニギスメイシュ】をかける。
 戦闘が始まり次第、リディアが祈ってアルマとゴランには【天啓】を付与するという話になっていた。

 全員で門を潜り、視界が落ち着くのと同時に、体長五メートルは下らない、人型で牛頭の斧を持った魔物の元へと駆ける。

「せいぜい、楽しませてくれよ」
 初めにミノタウロスに斬り込んだアドルフがそう漏らす。
 アドルフの放つ開幕の一撃は、ミノタウロスが振るう斧に弾かれた。

「شكرا لك!」
 アドルフの声に反応してか、ミノタウロスが何かわめき声をあげる。

「アドルフ!」
「……はぁ」
 ゴランたちも追いつき、完全にミノタウロスを囲んだところで、アドルフに声をかけると、彼は小さくため息を吐き、剣を斧で受け止めたミノタウロスの体勢を力技で無理矢理崩すと、ミノタウロスの腹に回し蹴りを喰らわせて、俺の方にミノタウロスを蹴り飛ばしてきた。

「شكرا لك──!」
「おまっ!」
 いきなり迫ってきた巨体に少し驚きながらも、自身に【リズスワデ・スマアベル】をかけ、飛んできたミノタウロスを、全身の力を集約した渾身の一蹴りで中央に蹴り返す。

「危ねぇじゃねぇか!」
「何だ、ミノタウロスの相手をしたいわけではなかったのか」
 俺が叫ぶと、アドルフは悪びれもせずにそう答えた。

 囲いの中央に蹴り戻されたミノタウロスは、アルマに狙いをつけ、それをゴランが迎え撃つ。
 使用する武器の性質上、アルマが囲いの防衛に向いていないことはわかっていたので、ゴランに防衛をさせて、アルマには脇から斬り込んでもらう話になっていた。

「初擊、撃ちます!」
 タイミングを見計らっていたオリビアが叫び、ミノタウロスの相手をしていた二人が離れる。
 二人と入れ代わるように、巨大な火の鳥がミノタウロスの元へと飛翔し、奴を業火で包んだ。

「البردالبردالبرد!」
「──」
「待って、私も!」
 炎に焼かれるミノタウロスが、悲痛な悲鳴をあげる。火が落ち着いてきたところで、ニコが飛び出し、慌てた様子のアメリアが続いた。

 ニコもあまり単体相手の防衛向きではないものの、仮にもSランクギルドの主力パーティーにいた経験があるため、あまり心配してはいなかったが、アメリア的には少し不安要素が残っているようだ。

「ルシェフさん、準備できた」
 代わる代わるミノタウロスの相手をしながら時間を稼ぎ続けていると、詠唱を終えたレオナに声をかけられる。
 レオナには初めからミノタウロスを一撃で確実に倒せる魔法をと伝えていたので、これでこの戦闘も終わりだろう。

 ミノタウロスの周囲にいたメンバーが急いでその場を離脱し、それから間を置かずに放たれたレオナの氷球が、周囲の地面を巻き込みながらミノタウロスを凍り漬けにした。

「終わったか」
 凍り漬けになったミノタウロスを見て、構えた剣を降ろす。
 俺が剣を降ろすのと同時に、レオナの放った中型の光球体が氷塊に当たり、それを粉砕した。

 氷塊が大粒のブロックに割れたところで、レオナが耐寒魔法で氷を溶かす。
 先の魔法の影響で少し肌寒い中、無事にミノタウロスの魔石を回収し、ここで休むことになった。

 翌朝、朝食を済ませた後は、再び遺跡の探索を進める。朝食中にリディアから聞いた話だと、アーカムが言うには、この階層は正規のルートで来たものではないようで、ここが五階層目というわけではないらしかった。

 ここがどの程度のなのかわからないので気をつけるように、とアーカムに言われていたらしい。

 ミノタウロスいた部屋を抜け、一本の長い通路を真っ直ぐに進むと、再び門が見えてきた。

「なぁ、これって……」
「あぁ、塔型のダンジョンに似ているのかもしれん」
 俺がある可能性に気づいて口を開くと、アドルフがそれを肯定する。

 塔型のダンジョンは、門の前に一体の大型な魔物がいるだけというシンプルな構造のダンジョンで、遺跡型のものとは違い、マッピングの手間などはなかったが、魔物単体の戦闘力が高く、攻略難度はむしろ塔型の方が高いくらいだ。

 また戦闘になる可能性を加味してしっかりと戦闘準備をしてから門を潜り、何らかの鉱石で造られたゴーレムがいたので、それを討伐。しっかり魔石と消えずに残った謎の鉱石を回収し、次の門を潜る。

 そんなことを繰り返し三日程が経ち、八つの門を潜って二つの宝箱を回収、魔石だけでもかなりの換金額になったところで、ある異変が起きた。
 ──能力が使えるにも関わらず、アドルフの転移だけは使えなくなったのだ。

 ここからだと転移が出来ないということもあり、一度前の階層に戻って必要なものを買いに町へと戻ることにする。
 塔型のダンジョンは、一度ボスを倒してから次のボスが現れるまでに例外なく三日、正確には七十二時間の猶予があるため、明日の昼間では町で休むことになった。

 アドルフはアドルフで、一度王都へと報告に戻るらしいので、宿を確保したところで一度別れることになった。
 彼は戦闘狂だが、そういったところはまめな性質だ。だからこそ、王女からの信頼も得られているのだろうが。

「ブラウンさん、ブラウンさん!折角ですし、町を見に行きませんか?」
「あぁ」
 俺の腕を引くオリビアについていき、簡単にマルクの町を散策することにした。

「ルシェフ、呼び出しだ」
 暫く町を散策し、そろそろ夕食にしようかというところで、戻ってきていたらしいアドルフに声をかけられた。

「呼び出し?」
「あぁ。王女から、全員に向けて、『夕食でも一緒にどうですか?』だそうだ」
 途中、アドルフがいきなり女声になったことに、少し驚く。彼と王女の付き合いが長いことは知っていたが、まさかここまで正確な声真似が出来るとは思わなかった。

「わかった」
 さすがに、王女からの誘いを断ることは出来ないので、誘いを受けることにする。
 アドルフを除くこのメンバーの中に、王女からの誘いを断る奴はいないだろうからな。

「ふふっ……」
 ふいに、アドルフの後ろから小さな笑い声が聞こえた。

「……」
 今の笑い声で事の顛末を理解した俺たちの間を何とも言えない空気が包む。
 ここが町中ということもあったため、敢えて王女への敬礼は省略させてもらった。

「アドルフ」
「うむ」
 王女がいるならと、アドルフに転移を促す。彼は小さく頷くと、王城へと転移で運んでくれた。

「わぁ……!」
 俺も一度訪れたことのあるダイニングに着き、目の前に並ぶ料理を見たオリビアが、子供のように無邪気に笑みを浮かべる。
 剛の部屋にも似た豪華な部屋の端には、見知らぬ給仕の姿も見られた。

「サンクレイア」
 全員が食卓についたところで、食前の挨拶を済ませる。

「それで、今回のダンジョン探索はどうでしたか?」
 食事に手を出そうとしたところで、興味津々といった感じの王女に、身を乗り出すように尋ねられる。

 遺跡型のダンジョンは、例外なく三日で魔物が現れる性質を利用され、安定した魔石の獲得源としても使われているので、そこら辺の情報が欲しいのかもしれない。

「稼ぎとしては上々です。ダンジョン内にあった落とし穴の下を探索してみたところ、他の階層へと続く門が見つかり、そこでミノタウロスを見つけられたので。そこから先は遺跡型から塔型のような造りに代わり、各階層毎に一体の大型な魔物が確認できました」
「途中から構造の変わるダンジョンですか…」
 王女が、何か考え込むように顎に右手をあてて少し俯く。

「──少し頼みたいことがあるのですが、良いでしょうか?」
 少しの間何やら思考に耽っていた王女が顔を上げると、何か思いついたかのように小さく口元を緩めた。
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