【完結】獅子は鳥籠を砕く

真大(mahiro)

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第1章

喪失と襲来

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 いきなり突きつけられたのは、あまりにも唐突で、信じがたい命令だった。

 学院は全寮制であり、生徒たちは基本的に二人一組で部屋を共有する。
 ユリウスにとって、その相手は考えるまでもなくカイエンだった。
 六歳の初等部入学時から十七歳の今まで、友人であり主君でもある彼とずっとルームメイトだったのだ。

 だがその日、部屋を訪れた寮長は、無慈悲な事実を淡々と告げた。

「ユリウス・フォン・ローゼンタール。急遽で申し訳ないが、君のルームメイトは今日から変更になる」
「は……?」

 ユリウスは思わず、貴族らしからぬ間の抜けた声を漏らした。
 ちょうど、生徒会長としての仕事でカイエンがまだ部屋に帰ってきていないタイミングだった。

「いや、カイエン様も急にそんなことをお許しには……」
「殿下にも伝えてある。了承済みだ」

 寮長の言葉に、ユリウスは言葉を失った。
 公の場であるため、ユリウスは「カイエン」ではなく「カイエン様」と呼ぶ。
 あくまでタメ口で名前を呼ぶのは、二人きりの時と、許された空間の中だけに限定しているからだ。

 殿下が了承済み?あのカイエンが?

「それでは、新しいルームメイトが来る前に部屋を片付けておくように」

 それだけを言い残し、寮長は事務的に去っていった。

 ぽつんと残されたユリウスが呆然と立ち尽くしていると、ガチャリとドアが開き、噂の主が帰ってきた。

「ただいま、ユリウス。……ん、どうしたの?鳩が豆鉄砲を食らったような顔をして」
「で、殿下……っ、どういうことでしょうか。知っていらっしゃいますか?」
「こら、ユリウス。二人きりなのに敬語だよ」
「今そんな場合じゃないだろう!」

 いつも通り飄々としているカイエンに、ユリウスはつい声を荒げてしまった。

 焦るのも無理はない。
 六歳からこの歳まで、十一年間ずっと一緒だったのだ。
 それを今からいきなり、新しいルームメイトに変えるなど正気の沙汰ではない。

 ユリウスは潔癖症であり、神経質な性質だ。
 他人の気配や呼吸音が気になって、熟睡できない。
 だが、カイエンとは幼い頃から一緒だったから慣れているし、何よりカイエンが「ユリウスがしてほしくないこと」を熟知しているからこそ成り立つ、奇跡的な同室関係だったのだ。

「まあ、事情は知らないが上層部の決定だから、仕方ないことだ。寂しくなるけど、泣かないで」
「泣きませんよ、そんな……!毎日教室でも生徒会室でも会うのに……」

 ユリウスが抗議している間に、カイエンはさくさくと自分の荷物を魔法のように手早くまとめてしまった。
 どうやら本当に、部屋を出ていくつもりらしい。

 荷物を持ち、ドアノブに手をかけたカイエンは、ふと足を止めて振り返った。
 そして、ほら、と悪戯っぽく両手を広げた。

「六歳から十七歳まで同室だったんだ。一応、お別れの挨拶をしよう」
「……」

 ユリウスは一瞬唇を噛んだが、そう言われてしまえば拒むことなどできなかった。

 躊躇いなく歩み寄り、その胸に飛び込む。
 ユリウスも百八十センチ近い長身だが、それよりも少し背の高いカイエンの腕の中にはすっぽりと収まってしまう。

「はは、よしよし」

 カイエンは背中をポンポンと叩いて笑った。ユリウスが意外と素直なことを知っているからだ。

「ルームメイトは解消だけど、これからもよろしく」
「……ああ」

 温もりが離れていくと、急に胸に穴が空いたような寒さを感じた。

 学内では「氷の女王様」なんて呼ばれているが、そんなものはただの虚勢だ。
 本当のユリウスは、心を許した数少ない人間にしか素顔を見せられない、寂しがりで怖がりな子供のままなのだから。

「じゃあ」

 ひらりと手を振ってカイエンが出ていく。
 広くなったように感じる部屋で、ユリウスはため息をつきながら、軽く机の上を片付け始めた。
 どんな相手が来るにせよ、最初の牽制が肝心だ。
 自分のテリトリーを侵さないよう、ルールを徹底させなければ。

 そう身構えていた矢先、ノックもなしにドアが開いた。

「ここが俺の部屋か」

 入ってきた男の顔を見て、ユリウスは片付けていた本を取り落としそうになった。

 レオナルド・フォン・ブラント。
 あの「招かれざる転入生」だった。

 黒髪に、黒曜石の瞳。精悍で雄々しい、まさに獅子のような男が、大きな旅行鞄を肩に担いで立っていた。
 彼は部屋の中を見回すと、凍りついているユリウスを見つけ、人懐っこい笑みを浮かべた。
 白い犬歯がキラリと光る。

「これからよろしく頼む」

 ユリウスは言葉を失い、ただ唖然と立ち尽くすしかなかった。
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