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第4章
隠された選択
しおりを挟むレオナルドが、重い口を開いて話し始める前に、ユリウスはまだ掠れた声で、静かに言った。
「……父から、……レオがどうして転入してきたのか。そういった概要は、大体聞いているよ」
ユリウスは自嘲気味に微笑んだ。
「ずっと隠されてきたことを、ルシエル様の番となり、もう逃げられないと確信した私に……父は愉快そうに、洗いざらい話して聞かせてくれたんだ」
ユリウスは、レオナルドがこれから話そうとしていることの大枠は、すでに知っていると先に伝えた。
レオナルドは、ユリウスが父からどんな残酷な事実を聞かされたのかを理解した。
そして、ユリウスが先にそれを口にしたのは、レオナルドが今から「欺いていたこと」への謝罪をしようとしているのを察し、その負担を軽くしようとしてくれたからだろう。
レオナルドは、ユリウスの優しさに胸を痛めながら、それでも自分の口から語ることを選んだ。
「……君の父が言った通り、俺は自分の父親の命令で転入し、そして君のルームメイトになった。
『ユリウスがオメガである可能性があるなら、監視し、それを隠し通せ』と命を受けて」
ユリウスがオメガかもしれない。
その可能性を知りながら、家の利益のための命令で近づいたこと。
二人の始まりが「父親からの命令」だったことは、レオナルドにとってはあまり話したくない汚点だった。
だが、全てを知って欲しかった。
「……ユーリ。君があの日、初めてヒートを起こした時……本来の命令に従うのであれば、君が飲まされていた薬よりもさらに強力な薬を飲ませて、オメガの本能を完全に殺せと言われていたんだ」
「……え?」
ユリウスは驚いた顔をした。どうやらローゼンタール卿はユリウスに、レオナルドが本当命じられていた本当の「処置」の方法までは話していなかったらしい。
「だが俺は、そうしたくなかった。身体には害はないと言われていたが……そうじゃない。
君というオメガを、殺したくなかったんだ」
レオナルドは、あの時、薬を使うという選択肢を選ばなかった。
それは、完全にアルファとしての本能が、目の前のユリウスというオメガを求めた結果だった。
「君をオメガとして欲したから、薬を使わずに……君に俺のフェロモンを直接与えるという選択を取った」
レオナルドは悔恨を滲ませながら告白を続けた。
「だが、薬を使わずにオメガとして覚醒させたことを両家に知られたら、強制的に俺は君から引き離され、君にはオメガを殺す強い薬を使われてしまう。
そう判断した俺は、君と距離を置く事にしたんだ。
学院内は貴族の子息しかいない。誰が密告するか分からないからな」
ユリウスは、潤んだ目でレオナルドを見つめ、握られた手に力を込めた。
「…………だから、あの日から冷たくなったのか。私は、そうとは知らずに……レオが…………私を、嫌いになったんだと、思っていた。
事務的な協力のために、望まないことをしているから、不快なんだろうと……」
「ユーリ。……俺は君が、そう思い込んで自分を追い詰めていることも分かっていた。
……何も打ち明けられないのに、『処置』という名目で君に触れることをやめられず、自分勝手な罪悪感に苦しんだ」
ユリウスは、レオナルドの告白を聞き、静かに潤んだ瞳から涙を流した。
そして、甘えるように両手を伸ばしてきた。
レオナルドはそれに応えて、ベッドの上のユリウスの細い身体を、壊れ物を扱うように優しく抱きしめた。
「レオ……貴方が、私と番になりたいと、卒業前に直談判したと。
そしてその結果瀕死にさせられ、国外追放されたと……っ、そう、父から聞いて……」
ユリウスはしゃくりあげながら言葉を紡ぐ。
「……あの時、何も知らず、貴方に捨てられたと思って勝手に傷ついていた、私は、馬鹿だ……」
「それは違う。君は何も知りようがなかったんだ。
突然姿を消した俺を恨んでも仕方ない」
「ううん……」
ユリウスはレオナルドの胸元で、泣きながら首を横に振る。
「……レオ。貴方を恨んだ事は、一度もない。
いつも誠実で、優しい貴方が、好きだから。
愛してるから……何をされても、良いと……一度で良いから、抱いてほしいと……そう、思って……っ」
レオナルドは胸が張り裂けそうになりながら、その純粋すぎる言葉を聞いていた。
彼が、卒業式前夜、自分を抱く事なく「すまない」とだけ言い残して姿を消したレオナルドに対し、どれほどの絶望と喪失感を抱いたか。
それを想像してしまった。
「何度も父に掛け合っても、君と番になることを許可されない日々が続いて……本当は、あの夜、俺は君と番になるつもりだったんだ」
「……え?」
ユリウスが驚いて顔を上げる。
「だが、踏み止まった。このまま、何の力もないまま、ただ形だけ番になったとしても……結局は両家の力によって引き裂かれ、君を奪われるだけだと、そう思って」
レオナルドは苦しげに顔を歪めた。
「あの夜は、ギリギリの戦いだった。本能のままに君を抱いて、所有印を刻んでしまいそうだった。
まだ子供だった己の無力さを痛感して……ただ『すまない』としか言えなかったんだ」
「…………そう、だったのか…………」
ユリウスは、ぐす、と鼻を啜る音を立てながら、レオナルドに身を寄せるように動いた。
その温もりが、過去の古傷を癒やしていくようだった。
レオナルドは、ユリウスの匂いを深く吸い込みながら、その華奢な首筋にキスを落とした。
「あの時、番にしなかった選択は……間違っていないと今でも思うが……」
レオナルドの声が低く、震えた。
「……君が、俺たちを助けるためにオメガとしてルシエル殿下に身を捧げたこと。
ルシエル殿下の番になり、魂を縛られたこと……それによって今、俺は心底後悔している。全てを」
レオナルドはそう呟きながら、ユリウスの首筋――ルシエルによって刻まれた痕がまだ薄く残るその場所を、上書きするように甘噛みした。
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