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第4章
解かれた呪い
しおりを挟むすべての感情を吐き出し、レオナルドの腕の中で泣きじゃくっていたユリウスは、やがて糸が切れたようにふっと力を抜き、気絶するようにぐったりと意識を落とした。
呼吸器が外れたばかりのユリウスには、激しい感情の動きに耐えうるだけの体力はまだ戻っていないのだ。
レオナルドは、壊れ物を扱うように慎重に、抱きしめていた腕からベッドへとユリウスの身体を下ろし、柔らかい布団を肩まで掛けて寝かせてあげた。
そして、泣き腫らして赤くなった目元を、指の腹で優しく撫でた。
これほどまでに、ユリウスが声を上げて泣いている姿を初めて見た。
だが、レオナルドは痛感していた。
実際には、ユリウスはずっと……在学中のあの頃から、そして地獄のようなこの十年間、心の中ではずっと泣き続けていたのだと。
そして、その涙の理由の一端が、何も告げずに姿を消した自分に、そして帰還してからも何も打ち明けることができなかった自分にあるという事実が、レオナルドの胸をきつく締め付けた。
(……これからは、自分の幸せのためだけに生きてほしい)
もう誰かの犠牲になんてならなくていい。
わがままになって、笑って、ただレオナルドの隣で幸せになって欲しい。
そのためになら、レオナルドは何を賭しても構わない。
改めてそう、強く誓った。
「……君を泣かせてしまった分、必ず、一生をかけて幸せにしてみせる」
レオナルドは眠るユリウスの目元に、誓いの口づけを落とした。
そして、彼の安らかな眠りを邪魔しないように静かに椅子に座り、その寝顔を見守り続けた。
静寂の中で、レオナルドは一つ、気になっていたことについて思考を巡らせた。
「番」の契約をした相手と離れると、オメガは肉体的にも精神的にも、死に値するほどの地獄の苦しみを味わうと言われている。
あの結婚式の日、ルシエルもユリウスにそう叫んでいた。「番と離れたオメガに、どれほどの苦痛が待っているか分かるか」と。
それは脅しではなく、生物学的な事実だ。
一度魂を繋げられたオメガは、もうその相手なしでは生きられない身体に作り変えられてしまう。
だが、ユリウスはルシエルから離れて、すでに半年以上が経過している。
その間、意識のない昏睡状態なら苦痛を感じなかったかもしれないが、今は意識もあり、こうして会話もできる。
だというのに、ユリウスがその「番との別離による禁断症状」に苦しんでいる様子は、微塵も見受けられなかった。
もしかしたら、ユリウスがレオナルドに心配をかけまいと隠している可能性も考えられるが、その激痛や苦しみは、普段通りにしていられる程度のものではないことは明白だ。
(……ルシエルが自決したことが原因か?)
この事については、またユリウス自身と話して確認する必要があるが、レオナルドはある一つの仮説に思い至った。
ルシエルが自ら命を絶ったことで、ユリウスはその呪いのような契約から解放されているのではないか、と。
本来、番の解消は一方的にアルファからすることはできるとされているが、捨てられたオメガ側は一生、喪失感と苦痛に苛まれ続ける。
その点からも、オメガであることは生き物として圧倒的に不利だ。
だが、アルファが自らの意思で死を選び、その魂の繋がりが解かれたのなら。
それは一方的な解消や死別とは違う形になるのかもしれない。
『ユリウス、すまない……ありがとう』
あの時、ルシエルはそう言って自らの首を切った。
ルシエルが、そこまで理解してあの時自決を選んだのかまでは分からない。
だが、ユリウスの慈悲深い「許し」に対する、ルシエルなりの最期の贖罪だったのかもしれないと、レオナルドはそう考えることにした。
彼が死をもって、ユリウスを自由にしたのだと。
(……それでも、俺はあの男を許すことはない)
レオナルドの瞳に、暗く冷たい光が宿る。
たとえユリウスが彼を許したとしても、十年の長きにわたり、カイエンを使って脅し、ユリウスを心身ともに辱め続けた人間を、レオナルドが許すはずがなかった。
我が物顔でユリウスを膝に乗せ、臣下たちの前でその身体を嬲ってみせた時レオナルドはその場で剣を抜きそうになった。
その衝動を思い出す。
決して、許さない。
死んで罪を償ったなどとは、到底思えない。
ユリウスの首筋に残る噛み跡。身体に刻まれた記憶。
ユリウスに残るルシエルの痕跡は、これから俺が一つ残らず上書きして消し去る。
眠るユリウスの手を握りしめながら、レオナルドは静かに、けれど激しい独占欲と共にそう決意した。
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