86 / 112
第4章
本来の輝き
しおりを挟むユリウスの回復を見守りながら、レオナルドは少しずつ、時間をかけて会話を重ねていった。
呼吸器が外れてから数日が経つが、ユリウスの呼吸が乱れたり、苦しくなったりすることは一度もない。
その安定した経過に、レオナルドは改めて深く安堵していた。
リハビリの効果もあり、ようやく誰かに背中を支えられなくとも、短時間なら自分で体を起こしていられるようになった。
食事も、ゼリーだけでなく、スープやお粥など、嚥下のしやすいものならスプーンを持って自分で食べられるようになってきた。
ある朝、ユリウスの顔色が良く、調子が良さそうな日を選んで、レオナルドは慎重に切り出した。
「……ユーリ。まだ回復の途中の君にこんな話をすると、プレッシャーになるだろうが……大事なことを伝えたいんだ」
レオナルドが改まった口調で言うと、ユリウスはスプーンを置き、静かに耳を傾ける姿勢を取った。
「一つ目は、今の国の状況だ。カイエンが正式に即位し、王として動き始めている。
だが……行政の要である『宰相』の椅子は、あれからずっと空席のままだ」
ユリウスは、その言葉の意味を即座に理解したように、小さく息を呑んだ。
「俺も、カイエンも……真の適任者を、ずっと待っているつもりだからだ。誰の代わりも立てていない」
宰相であった父・ローゼンタール卿は反逆罪で投獄され、失脚した。
通常であれば、次期宰相として教育を受けてきたユリウスがその座を継ぐはずだが、彼はまだ生死の境を彷徨い、ようやく身を起こせるようになったばかりの回復途上にある身だ。
それをそばで見守りながらも、国にとって重要な宰相の席に、代理の人間すら立てずに空けているという事実に、ユリウスは驚いた様子で目を見開いた。
以前のユリウスであれば、きっとこう言っていただろう。
『私の代わりなどいくらでも立てられるだろうから、義理立てで私の回復を待たなくて良い。
いつ回復するかも、そもそも宰相に復帰できる体に戻れるかも分からないのだから、国のために最適な人材を登用してくれ』と。
冷静に、そして自分を卑下して、他者のために身を引く提案をしたはずだ。
レオナルドも、ユリウスがそう言う可能性が高いと思って身構えていた。
だからこそ、回復の兆しが見え、彼の精神が安定するまでこの話題を伏せていたのだ。
意識のない時から、ずっと君だけを待っているのだと伝えるために。
だが、ユリウスは少しの間考え込むように伏し目がちになった後、ゆっくりと顔を上げた。
そして、逃げることなく、真っ直ぐにレオナルドを見つめて言った。
「……分かった」
凛とした声だった。
「貴方たちが……カイエン様と、レオが、私の回復を信じて待っていてくれるなら……回復次第、私が宰相の席に座ろう」
その言葉に、レオナルドは息をすることを忘れて見入った。
ユリウスの美しい碧眼が、揺らぐことなく強い意志の光を湛えている。
そこにはもう、父に支配され、ルシエルに怯え、自分を殺して生きていた「人形」の姿はなかった。
レオナルドは、ようやくルシエルやローゼンタール家、そして父親という長年の呪縛から解き放たれた、「本来のユリウス」の輝きを見た気がした。
……聡明で、気高く、芯の強い男。
それは、十数年前。学院に居た頃。
あの時間、レオナルドが心奪われ続けたその高潔な美しさに、再び心臓を強く握られたような感覚に襲われた。
ああ、やはりこの人は美しい。外見だけでなく、その魂がどうしようもなく気高いのだ。
「…………ああ。待っている」
レオナルドは、溢れ出しそうな情熱を抑え、ユリウスの手を包み込むように握った。
「焦らなくていい。リハビリも、公務への復帰も……俺がずっとそばにいる」
レオナルドもまた、真っ直ぐにその瞳を見つめ返し、生涯をかけて支えることを瞳で誓って応えた。
3
あなたにおすすめの小説
運命の番は僕に振り向かない
ゆうに
BL
大好きだったアルファの恋人が旅先で運命の番と出会ってしまい、泣く泣く別れた経験があるオメガの千遥。
それ以来、ずっと自分の前にも運命の番があらわれることを切に願っていた。
オメガひとりの生活は苦しく、千遥は仕方なく身体を売って稼ぐことを決心する。
ネットで知り合った相手と待ち合わせ、雑踏の中を歩いている時、千遥は自分の運命の番を見つけた。
ところが視線が確かに合ったのに運命の番は千遥を避けるように去っていく。彼の隣には美しいオメガがいた。
ベータのような平凡な見た目のオメガが主人公です。
ふんわり現代、ふんわりオメガバース、設定がふんわりしてます。
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
✻改稿版を他サイトにて投稿公開中です。
もう一度君に会えたなら、愛してると言わせてくれるだろうか
まんまる
BL
王太子であるテオバルトは、婚約者の公爵家三男のリアンを蔑ろにして、男爵令嬢のミランジュと常に行動を共にしている。
そんな時、ミランジュがリアンの差し金で酷い目にあったと泣きついて来た。
テオバルトはリアンの弁解も聞かず、一方的に責めてしまう。
そしてその日の夜、テオバルトの元に訃報が届く。
大人になりきれない王太子テオバルト×無口で一途な公爵家三男リアン
ハッピーエンドかどうかは読んでからのお楽しみという事で。
テオバルドとリアンの息子の第一王子のお話を《もう一度君に会えたなら~2》として上げました。
※画像は男の子メーカーpicrewさんよりお借りしました。
当たり前の幸せ
ヒイロ
BL
結婚4年目で別れを決意する。長い間愛があると思っていた結婚だったが嫌われてるとは気付かずいたから。すれ違いからのハッピーエンド。オメガバース。よくある話。
初投稿なので色々矛盾などご容赦を。
ゆっくり更新します。
すみません名前変えました。
ふしだらオメガ王子の嫁入り
金剛@キット
BL
初恋の騎士の気を引くために、ふしだらなフリをして、嫁ぎ先が無くなったペルデルセ王子Ωは、10番目の側妃として、隣国へ嫁ぐコトが決まった。孤独が染みる冷たい後宮で、王子は何を思い生きるのか?
お話に都合の良い、ユルユル設定のオメガバースです。
六年目の恋、もう一度手をつなぐ
高穂もか
BL
幼なじみで恋人のつむぎと渉は互いにオメガ・アルファの親公認のカップルだ。
順調な交際も六年目――最近の渉はデートもしないし、手もつながなくなった。
「もう、おればっかりが好きなんやろか?」
馴ればっかりの関係に、寂しさを覚えるつむぎ。
そのうえ、渉は二人の通う高校にやってきた美貌の転校生・沙也にかまってばかりで。他のオメガには、優しく甘く接する恋人にもやもやしてしまう。
嫉妬をしても、「友達なんやから面倒なこというなって」と笑われ、遂にはお泊りまでしたと聞き……
「そっちがその気なら、もういい!」
堪忍袋の緒が切れたつむぎは、別れを切り出す。すると、渉は意外な反応を……?
倦怠期を乗り越えて、もう一度恋をする。幼なじみオメガバースBLです♡
夫には好きな相手がいるようです。愛されない僕は針と糸で未来を縫い直します。
伊織
BL
裕福な呉服屋の三男・桐生千尋(きりゅう ちひろ)は、行商人の家の次男・相馬誠一(そうま せいいち)と結婚した。
子どもの頃に憧れていた相手との結婚だったけれど、誠一はほとんど笑わず、冷たい態度ばかり。
ある日、千尋は誠一宛てに届いた女性からの恋文を見つけてしまう。
――自分はただ、家からの援助目当てで選ばれただけなのか?
失望と涙の中で、千尋は気づく。
「誠一に頼らず、自分の力で生きてみたい」
針と糸を手に、幼い頃から得意だった裁縫を活かして、少しずつ自分の居場所を築き始める。
やがて町の人々に必要とされ、笑顔を取り戻していく千尋。
そんな千尋を見て、誠一の心もまた揺れ始めて――。
涙から始まる、すれ違い夫婦の再生と恋の物語。
※本作は明治時代初期~中期をイメージしていますが、BL作品としての物語性を重視し、史実とは異なる設定や表現があります。
※誤字脱字などお気づきの点があるかもしれませんが、温かい目で読んでいただければ嬉しいです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる