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第4章
神聖な誓いのキス
しおりを挟むカイエンが病室から退室し、護衛と共に公務へと戻って行ってから、レオナルドはいつもよりも静かだった。
嵐が去った後のような静寂の中、ユリウスはその背中を見て、ふと違和感を覚えた。
「レオ。……どうかしたのか?」
そう聞くと、レオナルドはその問いかけに対して、深く、重いため息をついた。
「何なんだ」とユリウスが重ねて聞くよりも先に、レオナルドは椅子から立ち上がり、ベッドへと近づいてきた。
至近距離で、黒曜石の瞳と視線が絡む。
逃がさないように、射抜くように見つめられて、ユリウスの心臓がトクンと跳ねた。
「…………情けないから言いたくなかったんだが、俺は……ずっとカイエンとユリウスの関係に、酷く嫉妬しているんだ」
苦渋に満ちた顔で、レオナルドは初めてその胸の内を告白した。
「……嫉妬?私たちのような、幼い頃からの友人が欲しかったということか?」
「違う」
即答だった。
レオナルドの瞳が、熱を持って揺らいだのを見て、ユリウスは息を呑んだ。
「……初めて、君とルームメイトになるためにあの部屋を訪れた時だ。
……俺は、ノックをして部屋に入るよりも先に、本当は少し前から扉の前にいたんだ」
「え?」
「そこで、扉の隙間から……君とカイエンが、強く抱きしめあっている姿を見た」
ユリウスは驚いた。まさか、あの瞬間をレオナルドに見られていたとは思っていなかったからだ。
あれは、六歳からずっと心を許せる唯一の相手としてそばいたカイエンと、いきなりルームメイトではなくなると言われた時。
カイエンに別れの挨拶をしようと言われた、まだ子供だったユリウスが寂しさと不安から、思わず強く彼を抱きしめていた場面だ。
「あ、あれは別れの抱擁だ。六歳の時から片時も離れず一緒に居たのに、あんなふうにいきなり引き離されたら、誰でも寂しくなるだろう……」
「……ああ、分かっている。
だが、あの姿を見た時、俺は初めての『顔合わせの場』で君を見た時のことを思い出していたんだ」
レオナルドが言う「顔合わせの場」とは、まだ彼らが幼い子供だった頃、貴族の子息令嬢が王城に集められ、引き合わされたあの日のことだとすぐに分かった。
あの時、ユリウスは幼い心で、あまりに堂々と輝くレオナルドを見て、「嫌な印象」を抱いたと思っていた。
だが今思えば、あれは自分にはない圧倒的な魅力を持つレオナルドを羨ましく思い、……そしてあの時からすでに、強く心惹かれていたのだと、レオナルドに改めて言われて気づいた。
「あの場で初めて君を見た時、俺は子供ながらに、なんて美しい人がいるんだろうと思った。
見た目のことだけじゃない。その幼いながらに凛とした、気高い魂を……俺は美しいと感じたんだ」
レオナルドは、ユリウスの頬、そしてさらさらと流れる銀髪を愛おしげに撫でながら、告白を続ける。
「軽く交わした会話の内容すら覚えていないくらいに、俺は君に見惚れて呆けていた」
「レオ……」
「俺はあの後すぐに、国内の学院には入学せずに他国に出された。
『武者修行』だと父には言われていたが、恐らくあの時から妙に正義感の強かった俺を、国内に置いて育てるのが面倒だったんじゃないかと思う。
俺は勘がいいから、学内さえ第一王子派、第二王子派で分かれていたあの時の学院で、裏工作するには邪魔だっただろうからな」
レオナルドの推測は、おそらく正しいのだろう。
いずれ騎士団長を継ぐ実力も立場もあったレオナルドを、武者修行という理由だけで他国に長く行かせた魂胆がそれ以外に考えられない。
「だが、それでも俺を途中転入させたのは、ローゼンタール家の意向だったんだろうな。
君の秘密を知る可能性がある『監視役』の人間は、どうしても深い協力関係にあるブラント家の人間にしたかったんだろう」
そこまで言って、レオナルドの手が悔しさで震えた。
「……他国にいる間も、君のことが忘れられなかった。
そして、あの日カイエンと君が抱き合っているのを見て、あの顔合わせの場から……もし、俺が君のそばにいられたら。
カイエンと共に君が過ごしてきた時間を、俺が共に過ごせていたらと、……そう考えてしまう自分がいるんだ」
レオナルドの瞳は真剣だった。
カイエンと共にユリウスが過ごしてきた時間、そして築いてきた絶対的な信頼関係。
それは、十年間の投獄中でも変わらず二人の間に強く存在していた。
ユリウスは、カイエンのために十年間身を捧げ続けた。
カイエンは、獄中でユリウスが裏切ったという噂を信じることなく、ユリウスの純粋なる忠誠心を揺らぐことなく真っ直ぐに信じ続けた。
その揺るぎない「絆」と「時間」を、今日改めて間近で見せつけられ、レオナルドの心が揺らいだのだろうと、ユリウスは理解した。
そして、穏やかに微笑んだ。
百獣の王のような獅子の、そんな人間らしく可愛らしい嫉妬心が、微笑ましく、どうしようもなく愛しいと感じたからだ。
「……レオ。確かに私はカイエン様に命を捧げてもいいほど、忠誠を誓っている。
友人としても強く信頼しているよ」
ユリウスはレオナルドの手を取り、言った。
「だが、レオに対する感情とは別だ。
……そして、もし君が、カイエン様と私が共有してきた過去の時間に嫉妬する、と言うなら……」
ユリウスは身体を起こし、レオナルドの頬に優しくキスをした。
ちゅ、と軽く、可愛らしい音がする。
「…………これから、ずっと私のそばに居ればいい。
カイエン様との時間を上回るくらい、ずっと」
至近距離で、レオナルドの黒曜石の瞳が驚きに丸くなり、そして熱っぽく細められた。
そこには、レオナルドの中にある、ユリウスへの強い愛と、独占欲、そして慈しみの全てがはっきりと見えた。
「……ああ。ずっと君の隣にいる。……君が、怖がるくらいにな」
「ふふ……怖がらないよ。私も、貴方と片時も離れたくない」
言葉を交わし、ゆっくりと、自然に二人は唇を重ねた。
あの、カイエン奪還の前夜。気持ちを言葉で交わせずに、ただ本能と悲しみの中で交わった行為の中でした口づけ以来、初めてのキス。
それは、失われた時間を埋め、これからの未来を誓う、神聖な愛のキスだった。
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