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第4章
無自覚な誘惑
しおりを挟むカイエンは、レオナルドからの報告を受けると、その場でペンを走らせた。
早速「ジークヴァルト家」の誕生を認める文書、そこに「公爵位」を与える文書、そして二人の「婚姻」を認める文書――この三つの重要書類を、多忙な公務の中で最優先事項として作成したのだ。
「……カイエン。これは、本来なら議会を通すべき内容だろう?」
レオナルドが懸念して尋ねると、カイエンはふふっと不敵に笑った。
「本来ならね。けれど、王として即位してからここまで、ノンストップで国を建て直した僕が決めたことに……しかも、国を救った英雄である君たちに対する褒美に対して、異議を唱える者は居ないよ」
その紫紺の瞳に、王としての揺るぎない自信と意志を見て、レオナルドは深く頷いた。
それは傲慢さではない。カイエンが私欲のために権力を振るうような王ではないことを、実績をもって皆に見せてきた結果、勝ち得た信頼の証だ。
「……感謝する」
レオナルドはインクの乾いたばかりの三枚の文書を懐に収め、足早にユリウスの病室へと向かった。
病室の扉を開けると、そこではリハビリが行われていた。
ユリウスは看護師に支えられながらではあるが、ベッドから立ち上がり、一歩ずつ床を踏みしめて歩く練習をしていた。
入口にレオナルドの姿を見つけると、ユリウスの顔がパッと明るくなり、愛おしそうに目を細めて笑う。
その笑顔に向けられる全幅の信頼と愛情に、レオナルドは胸が熱くなるのを抑えられなかった。
「今日はここまでにしましょうか」
看護師がそう言い、ユリウスをベッドへ寝かせようとしたが、レオナルドがすかさず歩み寄った。
「俺がやるから、大丈夫だ」
「あら。ふふ、ではお任せしますね」
看護師は二人の空気を察してにこっと笑い、ユリウスをレオナルドに託すと、速やかに退室していった。
二人きりになる。
立ち上がるまでは、もうふらつくこともないユリウスの身体を、レオナルドは正面から抱きしめた。
ユリウスも、全身でそれを受け止めてくれた。
レオナルドは溢れる愛しさを込めて、その頬にキスをした。
「ユーリ。……これを」
レオナルドは懐から、カイエンが作成した三枚の文書を取り出し、手渡した。
内容を確認したユリウスは、目を丸くした。
普段の聡明な彼からは想像もつかないような、きょとんとした驚き顔はあまり見たことがないほど可愛らしい。
「……これは……。カイエン様には、承諾をもらいに報告に行ったのではなかったのか?
議会を通すべき内容を、公的に許可するという正式な文書が、こんなにも早く手に入るなんてどういう……」
「カイエンが、その場で三枚とも作成してくれたんだ。『僕の決定に異議を唱えるものは居ないだろう』と言ってな」
言葉だけ聞けば傲慢な王様のようだが、その裏にある賢王の真意を、ユリウスは即座に理解して、ふうと肩の力を抜いて脱力した。
新しい家門の設立や爵位の授与には、本来なら面倒な手続きや反発がつきものだ。
カイエンはそれを強権でねじ伏せてでも、一刻も早く自分たちを家のしがらみから解放しようとしてくれたのだ。
「……少しの反発も面倒な立場のはずなのに、私たちのために即決で決めてくれたんだな。
早く、私たちが自由になれるように」
「そうだな。……良き主君、良き友人を待って、俺たちは幸せだ」
「本当に」
レオナルドの言葉にユリウスは深く頷き、それから穏やかに微笑んだ。
そして、甘えるように抱きしめられながら、レオナルドの胸板に頭を預けて身を寄せた。
「レオ。……なんだか日に日に、君と離れがたくて仕方ないんだ。こうして……くっついていたい」
ユリウスの素直なお願いに、レオナルドは目を細める。
愛しいと思う反面、あまりの可愛さに何もかも破壊したくなるような、暴力的な衝動にも駆られる。
それは、ユリウスというオメガを欲するアルファとしての本能的なものであり、そしてようやくそばにいられる愛する人への理性が、だんだんと効かなくなってきた証拠でもあった。
「……ユーリ。本当に嬉しいが、あまりに可愛いことを言うと……また君を酸欠にして、気絶させてしまうぞ」
レオナルドが苦しげに警告すると、ユリウスは意外にも驚きも照れもせずに、レオナルドを見上げた。
そして、潤んだ瞳で小首を傾げた。
「…………うん、そうして良い。……キスしてくれ」
そう言って、誘うように自ら唇を寄せてきた。
「――――ッ」
レオナルドは硬直した。
ただでさえ、ユリウスはこの十年間で、レオナルドが知っている学生時代の姿よりもさらに妖艶に、国中がざわつくほどに美しく成長した。
周りの視線を怖がり、自己評価の低い環境にずっと置かれていたユリウスは、自分がどれほど扇情的であるかを自覚していないようで、それが余計にタチが悪い。
素直になって甘えてくれるのは、本当に嬉しい。だから我慢させたくないし、拒絶したくもない。
自分がユリウスに無理をさせないように、たとえ奥歯を噛み締めすぎて口の中に血の味が広がったとしても、己の獣を止めれば良いだけの話だ。
(……ああ、くそ。愛してる)
そう心の中で毒づきながら、レオナルドは一度深呼吸をし、震える手でユリウスの背を支え、その唇に応えた。
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