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第4章
断末魔の呪詛
しおりを挟む騎士団総長として復帰してすぐ、レオナルドはまず獅子騎士団と王宮騎士団、それぞれの副団長に会いに行った。
「……団長。おかえりなさいませ」
出迎えた二人の顔には、隠しきれない明らかな疲労の色が濃く浮かんでいた。
目の下には隈ができ、少し頬がこけている。
この一ヶ月間、トップ不在の中で二つの巨大な組織を統率し、再編を進めるのは並大抵の苦労ではなかったはずだ。
それでも、「大きな問題は無く、任務は遂行されています」と報告を受けた。
レオナルドは彼らを労いながら、ユリウスが言っていた通り、騎士団長不在の一ヶ月はよほど大変だったのだろうと察し、改めて彼らの尽力に感謝した。
そしてその後、レオナルドはカイエンの元へ向かった。
執務室で騎士団長としての復帰の報告を済ませると、レオナルドは切り出した。
「カイエン。……投獄中のブラント卿への面会を、許可してほしい」
ブラント卿、と言ってもレオナルドの実の父だ。
だが、ユリウスと、そしてカイエンのおかげで想定よりも早く婚姻を結び、公爵位を得て、「ジークヴァルト公爵」となった今、レオナルドにとってあの男はもう、赤の他人と同然だった。
カイエンは、レオナルドの瞳にある決別の意図を感じ取ったのか、すぐに頷いた。
「分かった。許可しよう」
カイエンに特別面会の許可証をもらい、その足でレオナルドは王宮の地下牢へと向かった。
一ヶ月間の休暇中は袖を通さなかった、騎士団長としての漆黒の制服を身に纏って。
かつてカイエンが投獄されていたのは王族専用の特別牢で、地下の最深部にありながらも、内部は生活に困らない程度の設備が整えられた、牢屋としてはかなり上質なものだった。
だが、王族ではないブラント卿が投獄されているのは、他の犯罪者たちと同じ一般房だ。
レオナルドの功績により伯爵から公爵家へと名ばかりの格上げがされた身分だとしても、大逆罪を犯した罪人としての扱いは変わらない。
腐敗した以前の体制ならば、裏金や圧力で扱いは違ったかもしれないが、今、カイエンという公正な賢王に治められているこの国で、彼らを特別扱いする者は誰もいない。
静かに、湿った暗い地下牢の石畳を進んでいく。
そして、鉄格子の前に立ち、レオナルドは投獄後初めて、もう他人となった父を見た。
表向きは中立な立場を装っていた騎士団長は、ローゼンタール家との癒着を知られないためにも議会の場にも、あの結婚式などの公的な場にも姿を見せることはなかった。
他国からレオナルドが帰還してからも、王宮の騎士団の奥で胡座をかいていたこの男と、直接顔を合わせる事はなかったのだ。
「……レオナルド、か」
闇の底から、枯れた低い声がした。
そこにうずくまっている男は、かつて騎士団長としてその剣を国のために振るっていた威厳ある姿とは重ねることができないほど、落ちぶれ、痩せ細っていた。
投獄後、半年以上もの間、ここで処罰を待っている。
その処罰が極刑――死刑であることは、本人も理解しているはずだ。
自分が死ぬ日を宣告されるのを、ただ闇の中で怯えながら待っているのだ。
「貴方にこうして会いにきたのは、報告したかったからです。会話をしにきたのではない」
レオナルドの声が、冷たく響く。
「あの時、貴方が俺を瀕死に追い込んでまで切り離そうとした『運命の番』と、俺は結ばれ、新しい姓を受けた。
俺はもうブラントではない。ジークヴァルト公爵だ」
強く、はっきりとした声はブラント卿の耳にどう聞こえているのか。
レオナルドには興味はなかった。
「貴方とは、これで完全に決別した。……ブラント家と共に、このまま静かに死を受け入れてください」
そう告げた。
ここから足掻くつもりはないと思うが、レオナルドはこれ以上、かつての父の無様な姿を見たくなかった。
かつては誇り高かった騎士団長が、その手を血や泥で汚すように私腹を肥やしていた事実を受け入れ、そのまま静かに処刑を受け入れて欲しかった。
ブラント卿は、しばらく沈黙した後、しわがれた声を絞り出した。
「……レオナルド。お前のことを、自分の手で殺すべきだったと、この半年……何度思っただろうか」
暗い瞳が、呪うようにレオナルドを見上げる。
「部下の手で瀕死にし、国外追放にしただけで満足した……あの時の甘かった自分が恨めしい」
レオナルドは、その言葉に怒りすら覚えなかった。
この男に裏切られたあの卒業式の日、この男の息子としての自分は死んだからだ。
だが、ブラント卿はさらに続けた。
「お前がこの国に舞い戻るまでの、お前の『運命』の相手は……本当に哀れだったな。
臣下たちの前で、馬鹿なルシエル殿下に所有物として扱われながらも、懸命に国を支えてくれた。
両家の思惑通りに生きてくれた、可哀想な人形だ」
口元が歪む。
「お前も、あの男も……本来我々に感謝するべきだぞ。
オメガなどという、淫乱で穢らわしい存在が、ああして国の中枢にいられたのは、我々のおかげだ。
アルファとしての皮を被っていたが、その淫乱な性質だけは変えられず、この十年間ルシエル殿下や臣下たちさえ惑わせていたのだからな」
ピクリ、とレオナルドの眉が動いた。
ユリウスへの冒涜。
一瞬、こいつを牢屋から引きずり出し、この場で首をへし折って処分してやろうかというどす黒い殺意が湧き上がった。
だが……やめた。
レオナルドは、この男の吐く言葉が、レオナルドを激昂させようとあえて続けられていることを理解したからだ。
……今この場で、息子である俺に殺してほしいだけだ、この男は。
死を待つ時間の恐怖に耐えられず、来るべき公開処刑の日を迎えることを恐れ、感情に任せて殺されることで楽になろうとしている。
(……浅ましいな)
それに、あんなにも高潔で美しいユリウスを、こんな薄汚れた男の言葉ごときでは、少しも汚す事は出来ない。
「……貴方に伝えたい事は伝えましたので。これで失礼いたします」
レオナルドは挑発に乗ることなく、静かに踵を返した。
「待て!おい!殺せ!ここで殺せレオナルドぉおお!!」
背後で、かつて父であったモノが檻に縋り付き、何かを喚き散らしていた。
だが、レオナルドの耳にはもう、意味のある言葉としては入らなかった。
それはただの、死にゆく者の哀れな断末魔だった。
レオナルドは一度も振り返ることなく、光の差す地上へと続く階段を上っていった。
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