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第5章
賢王の采配
しおりを挟むユリウスは王宮に着くと、まずは真っ直ぐに主君であるカイエンの元へと向かった。
執務室の扉が開かれる。
カイエンは、自身が贈った新しい濃紺の官服に身を包み、正式に「宰相」として王宮に登城したユリウスの姿を認めると、慈愛に満ちた目で迎えてくれた。
「ユリウス・フォン・ジークヴァルト卿。……今日から改めて、よろしく頼むね」
「はい。カイエン様の治めるこの国のために、我が身命を賭して尽力することを誓います」
交わす言葉は、主従としての硬く形式的なものだった。
だが、二人は机越しに手を強く握り合い、友人としての温かい笑みを浮かべながら、その言葉の奥にある信頼を確かめ合った。
その後、ユリウスは王宮の使用人により、新しくユリウスのために用意された宰相執務室へと案内された。
そこは、王宮に召し上げられるまで、父の元で「次期宰相」として働きながらも、頻繁にルシエルの部屋へと呼ばれる日々を送っていた、あの忌まわしい記憶の残る執務室ではなかった。
場所も、内装も、窓から見える景色さえも一新されている。
官服も、執務室も。
過去を断ち切り、新しく生まれ変わったユリウスのために全てを与えてくれる主君の配慮に深く感謝しながら、ユリウスはゆっくりとその部屋の革張りの椅子に腰を下ろした。
ユリウスはしばらく執務室の整理と、引き継ぎ書類の確認を終えた後、王宮内にある様々な部署へと着任の挨拶回りをした。
各部署を回ってすぐに、ユリウスはあることに気がついた。
ユリウスが次期宰相として働いていた時と比べ、かなり人事配置が変わっているのだ。
ほとんどの部署において、そのトップにいる貴族たちは総入れ替えとなっていた。
元々のローゼンタール家とブラント家が、ルシエルを傀儡にして国を牛耳っていた時の人事は、両家の息のかかった者たちによる采配だったのだろう。
能力よりも癒着や家柄が優先されていた腐敗した構造。
それを全て把握していたカイエンが、彼らの投獄から今にかけて、信じられないほどのスピードで速やかに人事異動を行い、体制変革まで終えたのだ。
血を流さず、けれど冷徹なまでに完璧なその手腕に、改めて主君の有能さと恐ろしさを感じた。
そして、その徹底的な「掃除」の効果は、ユリウス自身への扱いに如実に現れていた。
ユリウスが懸念していたような……かつてユリウスがルシエルの手中にいたことを知る貴族たちや臣下たちから、宰相として正式に着任したユリウスを「元王子の愛玩具」として見るような視線は、一切なかったのだ。
もちろん、組織の末端にはまだ、下世話な噂を好む者もいるかもしれない。
だが、少なくともユリウスが挨拶回りをした各部署のトップや主要な官僚たちから、そのような侮蔑的な視線を感じることはなかった。
彼らの目は理知的で、これからの国を支える宰相への敬意と、共に働くことへの緊張感を持っていた。
思っている以上に腐敗が一掃されたのか、それともトップが有能で統制が取れているのか。
おそらく、そのどちらもだろうとユリウスは感じ、内心で深く安堵した。
最悪の場合、面と向かって暴言や侮蔑の言葉をぶつけられたり、オメガであるユリウスが宰相となることを拒否する者がいるくらいには、身構えていたからだ。
だが、その懸念は必要なかった。
カイエンが整えたこの道は、驚くほど平坦で、清々しかった。
挨拶回りを終え、自室へと戻る。
ユリウスは一つ息を吐いて安心し、これまでずっと空席だった、国の頭脳となる宰相の席に深く座り直した。
ここから、ジークヴァルト公爵としての仕事が始まるのだ。
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