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第5章
本能の隠れ家
しおりを挟むユリウスが宰相としての仕事を始めてから、半月が経った。
仕事は順調そのものだったが、十年間の停滞を取り戻すために宰相としてやるべきことは山積みだ。
だが、王であるカイエンはこの倍は忙しいはずだ。
それなのに、カイエンは疲れや焦りを全く見せず、涼しい顔で次々と政務をこなしている。
ユリウスは、底知れない主君の体力と精神力に驚きつつも、負けてはいられないと自身を奮い立たせていた。
疲労の中、ようやく今日の山場を越えてユリウスが帰宅する。
屋敷に明かりは灯っていたが、まだこの日、レオナルドは帰宅していなかった。
ここ最近、レオナルドは国内の警備や巡回の体制を整備するため、夜遅くまで帰宅できない日が続いており、なかなか二人の時間が作れていなかった。
かつての国民を蔑ろにした腐敗政治の中で、王宮の騎士団もまともに国のために機能しておらず、治安維持の機能は形骸化していた。
そのため、獅子騎士団と王宮騎士団の内部統制が取れてきた今、レオナルドは一気に国内の警備体制にメスを入れているのだ。
今日も、夜遅くまで副団長たちと市街地の警備配置や巡回ルートについて確認したり、現場を視察したりしているのだろう。
ユリウスは馬車を降りて、出迎える使用人たちに挨拶をし、真っ直ぐ屋敷の中へと入った。
そして、空腹のはずなのに夕食のテーブルには向かわず、そのまま寝室へと足を向けた。
レオナルドがまだ帰宅していない今、とにかく彼の「匂い」を欲していたからだ。
最近、ユリウスをある衝動が襲っていた。
それが、今夜はもう爆発しそうで、理性では我慢できない状態まで来ていた。
(……はぁ、……欲しい……)
それは、レオナルドの存在や匂いを欲するあまり、彼の私物を集めて自分の周りに置きたくてたまらなくなることだ。
ユリウスはオメガの本能に対する知識が薄く、また長年、与えられていた薬のせいでオメガとしての本能を抑え込まれて生きてきたため、知らなかった。
それが、番の不在や不安を埋めるためにオメガが行う、本能的な防衛行動――『巣作り』であることを。
ずっと、我慢してきた。
レオナルドの私物をどれだけ触ろうが、彼は「好きにしていい」と笑って何も言わないだろう。
だが、子供じみた甘えのようで恥ずかしくて、理性がそれを止めていた。
けれど今夜は、疲労と寂しさで、その理性のタガが外れていた。
ユリウスは、ほとんど無意識にクローゼットやチェストを開け、レオナルドの着古したシャツや、上着、バスローブ、革の匂いが染み付いたグローブなどを引っ張り出した。
衣服だけでなく、彼が愛用している鞄や万年筆まで持ち出し、広いベッドの上にかき集めてしまった。
そして、その山の中に身を埋めるようにして、ベッドへと寝転ぶ。
鼻腔いっぱいに広がる、愛するアルファの匂い。
「……あぁ……レオ……」
その段階で、すでにユリウスの目は焦点が合っていなかった。
とろとろに蕩けて、レオナルドの私物に囲まれた安心感に包まれたまま、ユリウスは深い微睡みへと落ちていった。
その数時間後。日付が変わる頃にレオナルドが帰宅した。
「おかえりなさいませ、旦那様」
「ああ、遅くなった。……ユリウスは?」
「それが……お疲れのようで、夕食も召し上がらずに寝室に篭ってらっしゃいまして」
ハニスからそう聞き、レオナルドは「体調が悪いのか?」と焦り、急いで寝室へと向かった。
何があったんだと心臓を早鐘させながらも、もし眠っていたら起こしてはいけないと、そっと慎重にドアを開ける。
部屋の中は真っ暗だった。
レオナルドは手探りでサイドテーブルのランプをつけ、灯りが部屋を照らし出すと――そこで息を呑んだ。
広いベッドの上に、山のようにレオナルドの私物が集められていたのだ。
シャツ、ジャケット、ネクタイ、革手袋……レオナルドの匂いが強く残るものばかりだ。
「……これは……まさか、『巣作り』か?」
レオナルドは知識として知っていたが、まさかあの理性的で潔癖なユリウスが、こんな本能丸出しの行動をするとは思わず、驚きに目を見張った。
そして、積み上げられたシャツの山をそっと捲ると――そこには、レオナルドの私物に埋もれ、幸せそうに眠るユリウスの姿があった。
自分のシャツを抱きしめ、匂いに包まれて安心しきっている。
「ッ――――!!」
まるで主人の帰りを待ちわびた猫が、主人の服の上で丸くなって眠るようなその姿。
あまりに無防備で、あまりに可愛くて、レオナルドは「可愛いっ!!」と叫び出しそうになったが、口元を手で覆い、なんとか耐えた。
ここ最近、お互いに忙しく、ゆっくり抱きしめたり、キスをしたり……それ以上のことをして愛を確かめ合う時間が持てていなかった。
レオナルド自身も、寂しすぎて爆発しそうだった。
だが、ユリウスは言葉にせず、無意識のうちにこういう形でその寂しさを埋めようとしていたのだと思い、レオナルドは愛おしさで頭を抱えた。
(……起こせない。絶対に)
この、あまりにも愛しすぎる人の安らかな眠りを妨げてはいけない。
そう思いながらも、愛しさのあまりその場から離れることができず、レオナルドは着替えもせずにベッドの傍らに座り込み、じっとその寝顔を見守り続けた。
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