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終章 空色の君を思う
93.業火の恋の物語
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死のうと思ったその日、空色の髪の男性に会った。
会って、お話をした。僕は彼のことが気に入って、自分の命を一つ差し出した。
けれど後悔はなかった。心臓が高鳴り、あれから何時間も経ったけれど、興奮がおさまらない。
これは、恋だ。
僕はあの人に恋をしている。
ぶっきらぼうで、でも心根はやさしくて。自分の道を貫いていて。その美しい生き様に、僕は頭がいっぱいになった、
もう一度あの人に会いたい。会って、思いを告げたい。僕の奥さんになってほしい。
「ローゼルアリオン?ああ、子爵家の闇魔法の男児か。そういえば去年あたりに男爵家と婚約の話が持ち上がっていたな。・・・話はそれだけか?」
「・・・はい、父上。ありがとうございました」
けれど。不運なことにあの人には既に婚約者がいた。名をジェルド。男爵家の男だ。二人は政略によって婚約関係へと至ったという。
胸が焼けるような感情に包まれた。始める前から、僕の勝負は終わっていた。決まっている以上、王子の我儘で覆るわけもない。貴族の婚姻とはそれほどに重い。個人の感情で動かせるほど、契約は軽くないのだ。それが魔法使いの集うこの国では尚更。
あの人に秘めていた恋心は、業火のように燃え上がる。僕とアリオンは、出会うのが遅かった。出会うのが遅かっただけで、邪魔者に奪われた。もう少し早ければ、僕は彼に求婚が出来たのに、アリオンは汚い大人たちの傀儡にさせられていた!!
心がざわついて、落ち着かない。
相談できるような親しい相手など僕にはおらず、ただ一人悔しい思いをしていた。
アリオンに恋をした時から、僕はあの人の隣に誇りをもって立てるように、勉学に真面目に打ち込んだ。マナーも死ぬ気で覚えた。大人たちの僕を見る目は途端に変わった。大人が子供を侮るのには、その態度に原因がある。例え結果が実を結ばずとも、努力した子供は尊重されるものだ。けれど僕は普段から気がそぞろだった。だからこそ酷評を受けていた。
甘ったれた自分を矯正する。すべての時間を成長のために費やす。貴族の大人たちを前に、もう二度と怯むこともない。
次第に処世術のなんたるかが掴めるようになった。僕は容姿の受けがいいらしい。相手の毒気を削ぎ、不思議と信頼を得やすいようだ。だからこちらから笑顔をみせると、条件を緩和する貴族も少なくなかった。王妃や弟も、僕を見る目が変わった。特に王妃は国益を重視する人だ。僕の変わりようを見て、自分の考えを改める。
社交界の僕への評価が覆る中、それでも息が詰まって、僕はある日王都の下町へお忍びで出かけた。
縁結びの公園というところがあるらしい。貴族の子供たちが喋っているのを聞いた。
ただの願掛けだ。こんなものは迷信でしかない。けれど、僕は髪を伸ばしてあの人との関係に運が向くように縋っていた。公園の管理者の好意で僕専用のエリアを作ってもらい、輝く木に赤い紐を括りつける。
すると、公園の中には見知った顔がいた。憎き恋敵、ジェルドだ。
婚約者がいるのにこんなところへ来るのか?
噂ではジェルドとアリオンは不仲と聞いた。結びたくもない婚約を結ばされ、ジェルドが可哀そうというのが世間の声だ。
何が可哀そうだ。本当に可哀そうなのは、アリオンだ。こんな、不誠実な奴と・・・!!
けれど、ジェルドは穏やかな顔で紐を結んでいた。それはまるで、愛している相手を想っているような。
何の根拠もない、ただの直感だ。アリオンに恋をしている僕だから、なんとなくわかった。
こいつはアリオンのことを愛している。
これまで強引に気を紛らわせ、抑えていた嫉妬の念がふつふつとこみ上げる。
憎い、邪魔してやりたい。僕はジェルドに近づいて挨拶をした。彼は驚いた顔をしていたが、何とか僕の笑顔に誤魔かされてくれたようだ。
憎い。
時は経つ。アリオンは基本的に社交界に出ず、あれから僕らに接点はない。アリオンの出る星辰魔導議会などには王族として顔を出し、遠くから彼を見る。
年々美しくなっていく。仕草も、表情も、すべてが魅惑的だ。
あれだけの美貌の持ち主相手に、学園の連中は罵詈雑言をぶつける。何故、アリオンはこれほどまでに嫌われなくてはならないのだろうか。
憎い、憎い。
でも、僕が必ず助け出して、君を王妃にしてみせるから。
婚約者も、愚民たちも。何もかもが憎い。けれど、笑顔を張り付けて貴公子を演じる。
けれど次の苦難はすぐに訪れた。
「アウレリウス、お前を王太子として扱う」
「ありがとうございます父上」
「よって、お前の婚約者は聖女になる」
王の書斎。僕はそこに呼ばれていた。本当は父上は王太子にロギルジョーを選びたかっただろうに、王妃の推薦によって僕が王太子に選ばれた。
それにしても今、聖女と言ったか?それは伝説上の存在で、この国の今の時代にはいないはずだ。
「予知魔法の使い手が、数年以内に国に厄が来る旨と、聖女の到来を予言した。故に、慣習に基づいて、お前の婚約者の枠は聖女となる」
淡々とした事実の説明に、ただ呼吸が、止まった。
僕の目にはこれまで、アリオンにつく邪魔者を排除することしか見えていなかった。だから王太子になれば、少しは発言権を得られるだろうと。そして婚約を覆すことも可能になるかもしれないと、希望を抱いて生きていた。
だというのにまさか、僕にまで邪魔者が付くことになるとは。
聖女はまだこの国には来ていない。けれど、予知魔法が歴史上、外れたことは無い。
「曰く、この国には闇の支配が訪れると。それを聖女とお前で打ち砕く。そして王家の支配は盤石になるとのことだ。何も心配することはない」
それだけを告げ、僕は退室を促された。
王太子になって、やがて王になれば、権力を用いてアリオンをあいつから引きはがせる。けれど、話はそんな簡単ではなかったのだ。想像以上に、僕らを阻む障害は多かった。
どうして運命は僕らの恋路を阻むのか。どうして、どうして・・・。
憎い、憎い、憎いッ!!
感情を抑えろ。頭を回せ。
どんな難問にも、解決の道はある。
今まで出会った人間、培った知識、王子だから知っている情報。
その時ふと。
奇跡が起こった。
天啓だろう。
(そういえば、軍部には自分の能力を過小評価されていると、愚痴をこぼすものが多かった)
軍部には、非魔法使いか、魔法使いでも魔塔に行けなかったものが行くところと世間では認識されている。どこよりも劣等感が強いのだ。
そして先王の悪政。民たちの不満は溜まっている。一方の僕は民衆受けが良い。
ジェルドの男爵家は軍部に物資を供給している。
聖女は平民という括りにされる。
ピースが次から次へと揃う。
人々から不当に嫌われる、僕のアリオンの名誉を回復するシナリオ。
アリオンが王妃として選ばれるにふさわしいだろう、完璧な理由作り。
・・・点と点が、頭の中で大量に形成され、やがては線となる。
それはもう、本当に奇跡の発想だった。二度は至れないだろう、完ぺきなシナリオ。
人は実現不可能なことを奇跡と呼ぶが、僕のシナリオもまた、奇跡なのだろう。
いや、駄目だ。そんなこと、起こしたとてうまく行くはずがない。けれど加速する思考は止まらない。僕は少しだけ、関係者の背中を押してやればいい。それだけでシナリオは動き出すのだ。
軍部に悪知恵を与えた。まるで雑談のように民主化の話を持ち掛け、その気にさせる。酒を与え、発言者が誰であったかなど忘れさせた。おだててしまえば、調子に乗る。お前たちのプライドを存分に利用させてもらおう。
やがて予言通りにやってきた聖女には、下の名前を呼んで警戒を解き、刷り込みをしておくことも忘れない。彼女は実に頭が悪いから、王権が危うく、さもすぐに覆りそうという誇張した情報を溢すと、次期王妃の立場に不安を感じ、あっという間に食いついた。彼女は平民であり、優秀と噂を流しておけば、いずれは格好の旗頭として軍部は拾ってくれるだろう。
そう、僕は愚か者共に知恵を授けただけで、それ以上は関わっていない。背中を少し押しただけだ。発覚しようが、それだけで僕の行動を突き止められる人間がいるはずもない。
仮にすべてがうまく行けば、僕はアリオンと結婚が出来て、この国は戦い多き軍国主義の道のりから回避することが出来る。ジェルドと心愛には悪いけれど、君たち以外のすべてが幸せになれるシナリオだ。君たちの恋路が実って大勢が不幸になるより、僕の描いた道筋のほうが遥かに大勢の幸せの物語になる!!
けれど、ジェルドを蹴落とすことは非常に難しかった。闇魔法のことを尋ねておけば、生真面目な彼は僕を告発しようとする。そこを返り討ちにしようとしたがうまくはいかなかった。
アリオンとジェルドの仲は進展しないのだけは幸いだった。
けれど、一方で婚約の時も迫っていた。
平民の連れ去りは起こっていたけれど、まさか学園を狙うという大胆な行動をとってくるとまでは思わなかった。手引き者がいるのだろう。アリオンの名誉にかかわってくるのであれば、死者が出ないようにそこだけは首を突っ込もう。アリオンの名誉が落ちないように、最低限の巡回はする。けれど失踪程度であれば、どうせ平民は軍では手厚く保護されるのだろうし心配はないだろう。それに従来から学園での失踪はあったことだ。このようにして軍部の計画が進んでいくのは肌で感じていた。
けれどシナリオ完遂の為には、最後の一押しが必要だ。ことを大きく進める、何かが欲しい。
その日のジェルドは、何故か雨に濡れていた。そして同時に、何か悩みがあるようだった。片手を握りしめ、廊下を力なく歩いていた。
今だろう。揺さぶりをかけてやる。僕たちは二人だけで話せる教室に移動する。
「王の部屋で、婚姻の書面を見かけました。次の冬だそうですね」
「ああ、乗り気ではないのだがな」
そんなことはないのだろう。本当は、次の冬のことを考えてしまって止まらないと想像する。懸想しているアリオンと所帯を持てることを、本当は喜んでいるのだろう。けれど、いつも通り強がっている。
「そういえばご存じですか。最近軍の動きが不穏な話」
「・・・・・・!!」
何故それを、という目でこちらを見ている。
知っているに決まっている。だって、発案者は僕だから。
「僕は魔塔主のローゼルアリオンが、誘拐に関わっていると思っています。すると魔塔主の子爵家が首謀者ということになるでしょう。いえ、仮の話ですが、教授の男爵家にも及ぶのではないかと思いまして。心配だなと思い、声をかけさせていただきました」
ジェルド教授は目線を合わせない。合わせないが、明らかに怯えている。
「仮に将来伴侶として歩む覚悟があるのであれば、間違いというのは正してしかるべきでしょう。その覚悟がないのなら、今のうちに決着をつけるべきだと思います。教授の婚約関係は本当に正しいのでしょうか。一度お考え下さい」
密談を終え、僕は立ち去る。大丈夫、あいつはアリオンに恋をしている。すると、絶対に殺せない。強引な手段ではなく、婚約破棄といった方向の手段を選ぶはずだ。
アリオンの告発は、しないだろう。そうすれば自分と自分の家にも火の粉がかかる。せいぜいできて喧嘩別れ。僕はそれを高みの見物していればいい。
そして、ジェルドの元を去り、忘却の闇魔法をかけた。
僕自身に。
いずれ、事が進んでいけば、聡いアリオンは真相にたどり着く。彼は能力が高い。その時、民主化最大の敵になる王太子の僕は、真相に気が付いた魔塔主のアリオンと行動を共にするだろう。
その時、僕程度の演技では彼に見透かされる可能性がある。
だから真相を闇に葬り去る。自らの手で。
「・・・と、俺は兄貴が怪しいなあって想像するんだけどなあ。兄貴、どう思う?」
王宮の廊下。その真ん中で、ロギルジョーは僕に語り掛ける。
「面白いストーリーだね!うん、君は小説家になれそうだ。王族をやめたらそっちの道に進むと良いよ」
「そうだろそうだろ!聞いてくれて嬉しいよ」
僕たちはほほ笑んだ。が、当然互いに目は笑ってない。
「仮にそんなことが起こせたとして、お前の中の僕はよっぽど豪運だね?」
「いいや?想定外のことが沢山起こっただろ。例えば、まさかジェルド殿が本当にアリオンを殺すとは、絶対に想定外だったはずだ」
そうだね、君の訃報が届いて復活の魔法も失敗したと思ったとき、気が狂った。本当に、余計なことをしてしまったと、記憶がないのに、あの時はただ本能で口にしてしまったよ。
他にも、平民の連れ去りが人体実験に流れたことも想定外だった。劣化不死鳥の守りを作ろうだなんて、流石にそこまで情報を掴むのは出来なかった。所詮は運任せのシナリオだったね。
「けれど僕は記憶にないからね。追及されても何も言い返せない。ところでロギルジョー」
「・・・・・・なんだよ」
「それをこんな一対一で話しかけたんだ、どうなっても構わないから僕にそんなことを言ったんだよね?」
本当に、こいつは余計なことに考えが至ったな。けれど目の前の邪魔者の記憶を消せばまだ帳尻は合う。殺してもいいが、こいつは不死鳥の守りを一回分残しているだろう。だがアリオンに知られるということだけは絶対に避けたい。
そんな僕の考えを見透かしているのか。ロギルジョーは無抵抗を表すかのように、両手を挙げた。
「忘却の闇魔法を使えるんだろ?俺に使ってくれ。それを頼みに来た」
「・・・・・・どういうつもりだ?」
「俺はこんな真相抱えてこの先、生きたくねえよ。あいつだって、兄貴のことをいたく気に入っている。ならこんな真相を知って得する奴がいねえ。兄貴が黒幕だなんていう真相、思いっきり消してくれ」
僕は何も言わない。ただ自分のブローチを撫で、ロギルジョーに忘却の闇魔法をぶつけた。
「・・・おっと、なんで俺はここにいるんだっけか。えっと、確か急いで馬の準備をするんだっけか・・・」
独り言をつぶやくロギルジョーを一瞥した後、僕はその場を後にした。
今晩はいよいよアリオンからプロポーズの返答が貰えるのだ。そして今日。僕たちは夫婦になる。
誰がアリオンを殺したか?
ロギルジョーの説が正しければ、その答えは僕だろうね。魔法使いとは、簡単に物を直せるから、粗雑に扱う。僕も同じ。もし思惑が違う方向へ進み、万が一があった場合、それでも僕の愛しいアリオンには復活があると心の底で安堵していたのだろう。
魔法使いは、本当に醜い生き物だ。
でもね、アリオン。すべてうまく行った今、僕は心の底から幸せだよ。
会って、お話をした。僕は彼のことが気に入って、自分の命を一つ差し出した。
けれど後悔はなかった。心臓が高鳴り、あれから何時間も経ったけれど、興奮がおさまらない。
これは、恋だ。
僕はあの人に恋をしている。
ぶっきらぼうで、でも心根はやさしくて。自分の道を貫いていて。その美しい生き様に、僕は頭がいっぱいになった、
もう一度あの人に会いたい。会って、思いを告げたい。僕の奥さんになってほしい。
「ローゼルアリオン?ああ、子爵家の闇魔法の男児か。そういえば去年あたりに男爵家と婚約の話が持ち上がっていたな。・・・話はそれだけか?」
「・・・はい、父上。ありがとうございました」
けれど。不運なことにあの人には既に婚約者がいた。名をジェルド。男爵家の男だ。二人は政略によって婚約関係へと至ったという。
胸が焼けるような感情に包まれた。始める前から、僕の勝負は終わっていた。決まっている以上、王子の我儘で覆るわけもない。貴族の婚姻とはそれほどに重い。個人の感情で動かせるほど、契約は軽くないのだ。それが魔法使いの集うこの国では尚更。
あの人に秘めていた恋心は、業火のように燃え上がる。僕とアリオンは、出会うのが遅かった。出会うのが遅かっただけで、邪魔者に奪われた。もう少し早ければ、僕は彼に求婚が出来たのに、アリオンは汚い大人たちの傀儡にさせられていた!!
心がざわついて、落ち着かない。
相談できるような親しい相手など僕にはおらず、ただ一人悔しい思いをしていた。
アリオンに恋をした時から、僕はあの人の隣に誇りをもって立てるように、勉学に真面目に打ち込んだ。マナーも死ぬ気で覚えた。大人たちの僕を見る目は途端に変わった。大人が子供を侮るのには、その態度に原因がある。例え結果が実を結ばずとも、努力した子供は尊重されるものだ。けれど僕は普段から気がそぞろだった。だからこそ酷評を受けていた。
甘ったれた自分を矯正する。すべての時間を成長のために費やす。貴族の大人たちを前に、もう二度と怯むこともない。
次第に処世術のなんたるかが掴めるようになった。僕は容姿の受けがいいらしい。相手の毒気を削ぎ、不思議と信頼を得やすいようだ。だからこちらから笑顔をみせると、条件を緩和する貴族も少なくなかった。王妃や弟も、僕を見る目が変わった。特に王妃は国益を重視する人だ。僕の変わりようを見て、自分の考えを改める。
社交界の僕への評価が覆る中、それでも息が詰まって、僕はある日王都の下町へお忍びで出かけた。
縁結びの公園というところがあるらしい。貴族の子供たちが喋っているのを聞いた。
ただの願掛けだ。こんなものは迷信でしかない。けれど、僕は髪を伸ばしてあの人との関係に運が向くように縋っていた。公園の管理者の好意で僕専用のエリアを作ってもらい、輝く木に赤い紐を括りつける。
すると、公園の中には見知った顔がいた。憎き恋敵、ジェルドだ。
婚約者がいるのにこんなところへ来るのか?
噂ではジェルドとアリオンは不仲と聞いた。結びたくもない婚約を結ばされ、ジェルドが可哀そうというのが世間の声だ。
何が可哀そうだ。本当に可哀そうなのは、アリオンだ。こんな、不誠実な奴と・・・!!
けれど、ジェルドは穏やかな顔で紐を結んでいた。それはまるで、愛している相手を想っているような。
何の根拠もない、ただの直感だ。アリオンに恋をしている僕だから、なんとなくわかった。
こいつはアリオンのことを愛している。
これまで強引に気を紛らわせ、抑えていた嫉妬の念がふつふつとこみ上げる。
憎い、邪魔してやりたい。僕はジェルドに近づいて挨拶をした。彼は驚いた顔をしていたが、何とか僕の笑顔に誤魔かされてくれたようだ。
憎い。
時は経つ。アリオンは基本的に社交界に出ず、あれから僕らに接点はない。アリオンの出る星辰魔導議会などには王族として顔を出し、遠くから彼を見る。
年々美しくなっていく。仕草も、表情も、すべてが魅惑的だ。
あれだけの美貌の持ち主相手に、学園の連中は罵詈雑言をぶつける。何故、アリオンはこれほどまでに嫌われなくてはならないのだろうか。
憎い、憎い。
でも、僕が必ず助け出して、君を王妃にしてみせるから。
婚約者も、愚民たちも。何もかもが憎い。けれど、笑顔を張り付けて貴公子を演じる。
けれど次の苦難はすぐに訪れた。
「アウレリウス、お前を王太子として扱う」
「ありがとうございます父上」
「よって、お前の婚約者は聖女になる」
王の書斎。僕はそこに呼ばれていた。本当は父上は王太子にロギルジョーを選びたかっただろうに、王妃の推薦によって僕が王太子に選ばれた。
それにしても今、聖女と言ったか?それは伝説上の存在で、この国の今の時代にはいないはずだ。
「予知魔法の使い手が、数年以内に国に厄が来る旨と、聖女の到来を予言した。故に、慣習に基づいて、お前の婚約者の枠は聖女となる」
淡々とした事実の説明に、ただ呼吸が、止まった。
僕の目にはこれまで、アリオンにつく邪魔者を排除することしか見えていなかった。だから王太子になれば、少しは発言権を得られるだろうと。そして婚約を覆すことも可能になるかもしれないと、希望を抱いて生きていた。
だというのにまさか、僕にまで邪魔者が付くことになるとは。
聖女はまだこの国には来ていない。けれど、予知魔法が歴史上、外れたことは無い。
「曰く、この国には闇の支配が訪れると。それを聖女とお前で打ち砕く。そして王家の支配は盤石になるとのことだ。何も心配することはない」
それだけを告げ、僕は退室を促された。
王太子になって、やがて王になれば、権力を用いてアリオンをあいつから引きはがせる。けれど、話はそんな簡単ではなかったのだ。想像以上に、僕らを阻む障害は多かった。
どうして運命は僕らの恋路を阻むのか。どうして、どうして・・・。
憎い、憎い、憎いッ!!
感情を抑えろ。頭を回せ。
どんな難問にも、解決の道はある。
今まで出会った人間、培った知識、王子だから知っている情報。
その時ふと。
奇跡が起こった。
天啓だろう。
(そういえば、軍部には自分の能力を過小評価されていると、愚痴をこぼすものが多かった)
軍部には、非魔法使いか、魔法使いでも魔塔に行けなかったものが行くところと世間では認識されている。どこよりも劣等感が強いのだ。
そして先王の悪政。民たちの不満は溜まっている。一方の僕は民衆受けが良い。
ジェルドの男爵家は軍部に物資を供給している。
聖女は平民という括りにされる。
ピースが次から次へと揃う。
人々から不当に嫌われる、僕のアリオンの名誉を回復するシナリオ。
アリオンが王妃として選ばれるにふさわしいだろう、完璧な理由作り。
・・・点と点が、頭の中で大量に形成され、やがては線となる。
それはもう、本当に奇跡の発想だった。二度は至れないだろう、完ぺきなシナリオ。
人は実現不可能なことを奇跡と呼ぶが、僕のシナリオもまた、奇跡なのだろう。
いや、駄目だ。そんなこと、起こしたとてうまく行くはずがない。けれど加速する思考は止まらない。僕は少しだけ、関係者の背中を押してやればいい。それだけでシナリオは動き出すのだ。
軍部に悪知恵を与えた。まるで雑談のように民主化の話を持ち掛け、その気にさせる。酒を与え、発言者が誰であったかなど忘れさせた。おだててしまえば、調子に乗る。お前たちのプライドを存分に利用させてもらおう。
やがて予言通りにやってきた聖女には、下の名前を呼んで警戒を解き、刷り込みをしておくことも忘れない。彼女は実に頭が悪いから、王権が危うく、さもすぐに覆りそうという誇張した情報を溢すと、次期王妃の立場に不安を感じ、あっという間に食いついた。彼女は平民であり、優秀と噂を流しておけば、いずれは格好の旗頭として軍部は拾ってくれるだろう。
そう、僕は愚か者共に知恵を授けただけで、それ以上は関わっていない。背中を少し押しただけだ。発覚しようが、それだけで僕の行動を突き止められる人間がいるはずもない。
仮にすべてがうまく行けば、僕はアリオンと結婚が出来て、この国は戦い多き軍国主義の道のりから回避することが出来る。ジェルドと心愛には悪いけれど、君たち以外のすべてが幸せになれるシナリオだ。君たちの恋路が実って大勢が不幸になるより、僕の描いた道筋のほうが遥かに大勢の幸せの物語になる!!
けれど、ジェルドを蹴落とすことは非常に難しかった。闇魔法のことを尋ねておけば、生真面目な彼は僕を告発しようとする。そこを返り討ちにしようとしたがうまくはいかなかった。
アリオンとジェルドの仲は進展しないのだけは幸いだった。
けれど、一方で婚約の時も迫っていた。
平民の連れ去りは起こっていたけれど、まさか学園を狙うという大胆な行動をとってくるとまでは思わなかった。手引き者がいるのだろう。アリオンの名誉にかかわってくるのであれば、死者が出ないようにそこだけは首を突っ込もう。アリオンの名誉が落ちないように、最低限の巡回はする。けれど失踪程度であれば、どうせ平民は軍では手厚く保護されるのだろうし心配はないだろう。それに従来から学園での失踪はあったことだ。このようにして軍部の計画が進んでいくのは肌で感じていた。
けれどシナリオ完遂の為には、最後の一押しが必要だ。ことを大きく進める、何かが欲しい。
その日のジェルドは、何故か雨に濡れていた。そして同時に、何か悩みがあるようだった。片手を握りしめ、廊下を力なく歩いていた。
今だろう。揺さぶりをかけてやる。僕たちは二人だけで話せる教室に移動する。
「王の部屋で、婚姻の書面を見かけました。次の冬だそうですね」
「ああ、乗り気ではないのだがな」
そんなことはないのだろう。本当は、次の冬のことを考えてしまって止まらないと想像する。懸想しているアリオンと所帯を持てることを、本当は喜んでいるのだろう。けれど、いつも通り強がっている。
「そういえばご存じですか。最近軍の動きが不穏な話」
「・・・・・・!!」
何故それを、という目でこちらを見ている。
知っているに決まっている。だって、発案者は僕だから。
「僕は魔塔主のローゼルアリオンが、誘拐に関わっていると思っています。すると魔塔主の子爵家が首謀者ということになるでしょう。いえ、仮の話ですが、教授の男爵家にも及ぶのではないかと思いまして。心配だなと思い、声をかけさせていただきました」
ジェルド教授は目線を合わせない。合わせないが、明らかに怯えている。
「仮に将来伴侶として歩む覚悟があるのであれば、間違いというのは正してしかるべきでしょう。その覚悟がないのなら、今のうちに決着をつけるべきだと思います。教授の婚約関係は本当に正しいのでしょうか。一度お考え下さい」
密談を終え、僕は立ち去る。大丈夫、あいつはアリオンに恋をしている。すると、絶対に殺せない。強引な手段ではなく、婚約破棄といった方向の手段を選ぶはずだ。
アリオンの告発は、しないだろう。そうすれば自分と自分の家にも火の粉がかかる。せいぜいできて喧嘩別れ。僕はそれを高みの見物していればいい。
そして、ジェルドの元を去り、忘却の闇魔法をかけた。
僕自身に。
いずれ、事が進んでいけば、聡いアリオンは真相にたどり着く。彼は能力が高い。その時、民主化最大の敵になる王太子の僕は、真相に気が付いた魔塔主のアリオンと行動を共にするだろう。
その時、僕程度の演技では彼に見透かされる可能性がある。
だから真相を闇に葬り去る。自らの手で。
「・・・と、俺は兄貴が怪しいなあって想像するんだけどなあ。兄貴、どう思う?」
王宮の廊下。その真ん中で、ロギルジョーは僕に語り掛ける。
「面白いストーリーだね!うん、君は小説家になれそうだ。王族をやめたらそっちの道に進むと良いよ」
「そうだろそうだろ!聞いてくれて嬉しいよ」
僕たちはほほ笑んだ。が、当然互いに目は笑ってない。
「仮にそんなことが起こせたとして、お前の中の僕はよっぽど豪運だね?」
「いいや?想定外のことが沢山起こっただろ。例えば、まさかジェルド殿が本当にアリオンを殺すとは、絶対に想定外だったはずだ」
そうだね、君の訃報が届いて復活の魔法も失敗したと思ったとき、気が狂った。本当に、余計なことをしてしまったと、記憶がないのに、あの時はただ本能で口にしてしまったよ。
他にも、平民の連れ去りが人体実験に流れたことも想定外だった。劣化不死鳥の守りを作ろうだなんて、流石にそこまで情報を掴むのは出来なかった。所詮は運任せのシナリオだったね。
「けれど僕は記憶にないからね。追及されても何も言い返せない。ところでロギルジョー」
「・・・・・・なんだよ」
「それをこんな一対一で話しかけたんだ、どうなっても構わないから僕にそんなことを言ったんだよね?」
本当に、こいつは余計なことに考えが至ったな。けれど目の前の邪魔者の記憶を消せばまだ帳尻は合う。殺してもいいが、こいつは不死鳥の守りを一回分残しているだろう。だがアリオンに知られるということだけは絶対に避けたい。
そんな僕の考えを見透かしているのか。ロギルジョーは無抵抗を表すかのように、両手を挙げた。
「忘却の闇魔法を使えるんだろ?俺に使ってくれ。それを頼みに来た」
「・・・・・・どういうつもりだ?」
「俺はこんな真相抱えてこの先、生きたくねえよ。あいつだって、兄貴のことをいたく気に入っている。ならこんな真相を知って得する奴がいねえ。兄貴が黒幕だなんていう真相、思いっきり消してくれ」
僕は何も言わない。ただ自分のブローチを撫で、ロギルジョーに忘却の闇魔法をぶつけた。
「・・・おっと、なんで俺はここにいるんだっけか。えっと、確か急いで馬の準備をするんだっけか・・・」
独り言をつぶやくロギルジョーを一瞥した後、僕はその場を後にした。
今晩はいよいよアリオンからプロポーズの返答が貰えるのだ。そして今日。僕たちは夫婦になる。
誰がアリオンを殺したか?
ロギルジョーの説が正しければ、その答えは僕だろうね。魔法使いとは、簡単に物を直せるから、粗雑に扱う。僕も同じ。もし思惑が違う方向へ進み、万が一があった場合、それでも僕の愛しいアリオンには復活があると心の底で安堵していたのだろう。
魔法使いは、本当に醜い生き物だ。
でもね、アリオン。すべてうまく行った今、僕は心の底から幸せだよ。
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初めて見るシリウスの姿に僕は動揺し、どうしようもなく不安だった。目を覚ますまでの間何をしていていも気になっていた男が三日振りに目を覚ました時、異変が起きた。
「…シリウス?」
「アルはさ、優しいから」
背中はベッドに押し付けられて、目の前には見たことが無い顔をしたシリウスがいた。
いつだって一等星のように煌めいていた瞳が、仄暗い熱で潤んでいた。とても友人に向ける目では、声では無かった。
「──俺のこと拒めないでしょ?」
おりてきた熱を拒む術を、僕は持っていなかった。
その日を境に、僕たちの関係は変わった。でも、僕にはどうしてシリウスがそんなことをしたのかがわからなかった。
これは気付かないうちに八年間囲われて、向けられている愛の大きさに気付かないまますったもんだする二人のお話。
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