紡ぐ者

haruyama81@gmail.com

文字の大きさ
83 / 117
【第18章 《王》の影】

第2節 確実な恐怖

しおりを挟む
「椿、怯えているのか?」
赤が椿を心配そうに見る。
「大丈夫よ。ただ………かなり厄介なことになってるだけよ。」
少女は美桜のほうを見る。
「あなた……たち……血……繋がってる……」
2人と二匹は少女の言葉に驚く。
(見ただけで血統がわかるの?)
「なんでわかるの?」
美桜は声を震えさせながら少女に聞く。
(完全に怯えてるわね。そりゃそうか。私でも恐怖を感じるレベル、この娘が耐えられるわけない。)
「それは………この目のお陰。」
少女は自分の橙色の瞳を指差す。
「また禁術か……一体いくつ持ってるわけ?」
「今見せたので………4つ。1つは………さっき失敗した。」
「失敗したって何?」
「トートルティを知っているか?」
「何それ?知らない。」
椿は少女のほうを凝視しながら話す。
「世界で最も最悪な魔法で禁術の1つよ。発動したら範囲内の全ての生物を確実に死に至らしめることができる。」
「トートルティ……魔法にしては名前のように聞こえるけど……」
「魔法に名前はない。その認識は間違っていない。だがトートルティ……こいつは例外だ。こいつは世界に数えるくらいしか存在しない、名を持つ魔法の1つだ。」
「名を持つ……魔法……?」
美桜は驚きを隠せない。今までの常識が崩れるのだから。
「世界には様々な魔法がある。その中で強力なものを人々は禁術とした。しかし、中には禁術の括りにいれることができないほど強力な魔法も存在した。人々はそれらの魔法に名をつけて、あらゆる記録、伝承を抹消した。その内の1つがトートルティよ。」
美桜は言葉を失う。思考が追いつかないからだ。
「それに加えて他にも3つの禁術が使えるのか。ニグレードより強いんじゃないか?」
「それは……違う。」
少女が青の言葉を否定する。青は少女に睨まれて硬直する。
「ニグレードは………あの人は私より………強い。今は………制限されてるだけ………でも、そろそろ………制限が解ける………。」
「制限だと?」
「本来の姿じゃないから………使えないだけ…………一度憑依したから………形を憶えた………制限が解けるのも………時間の問題。」
少女は錫杖をこちらに向ける。
「だから………ここで……足止め……する。」
錫杖の先端に魔力が集まりだす。
「伏せて!」
椿は美桜を引っ張って姿勢を低くする。その直後に2人の頭上を魔法が通り過ぎる。
(速っ………こんなの避けられるわけ……)
「止まっている暇はない。進んで!」
美桜は刀を抜く。ここに来る前に春蘭に渡してもらったのだ。


「待つんだ。」
春蘭が美桜を呼び止める。
「僕はおそらく、もう戦えない。治療が必要だ。それに、君の武器ももう使えないはずだ。だから、これを持っていくといい。」
春蘭は自身の刀を美桜に手渡す。
「僕の分まで頼むよ。」


(勝つ………絶対に勝って、生きて帰る!)
美桜は椿の後を追う。少女は2人に向かって魔法を乱射する。
「こいつ……無茶苦茶じゃない。なんて威力を連発してるわけ……」
少女の魔法は地面を抉り取り地形を変える。
「まだ………足りない………」
少女は自身の周りに無数の槍を作り出す。
「串刺しに………なれ……」
槍は2人を挟み込むように飛んでくる。
「ええい、そんなものが我らに通じると思うな!」
青と赤は2人を囲って槍から守る。
「私は問題なかったけど。」
「お前もだいぶ消耗しているはずだ。俺たちを頼れ。」
「へぇへぇ、じゃあ死んでも私を守って。」
「死んだら守れないだろ。」
椿と赤の茶番を青と美桜は横目に見ながら少女を目指す。
「防げるものは防ぐけど、無理だったら盾になって。」
「できることがそれくらいしかないから何も言えん……」
青は美桜の言うことに従う。少女は青を見て小さな声で呟く。
「何も………言えなくて………悔しくないの?」
「何を言い出すかと思えば、我への慈悲の言葉か?敵にそんなことを言われる筋合いはない。」
青ははっきりと言い切る。少女は表情こそは変わらないが、少し落ち込んでしまったように見える。
「そう………なんだ。変わった………趣味だね。」
「もしや変態と間違えられてないか?」
「まず女の子の体に入る時点で変態でしょ。」
「それは我がお前のどこにいるのかわかって言っているのか?」
「どこなの?」
美桜は首を傾げて聞く。
「はぁ……いい機会だ、教えてやる。お前の魂の中だ。使い魔や式神と同じでな。」
美桜はじとー、と青を変な目で見る。
「楽しそう………」
少女がこぼした言葉に美桜と青は呆然とする。
「今の聞いた?」
「我はこの話題には関与せんぞ。」
「私も………楽しく………暮らしたいだけ………なのに………なんで………奪うの?なんで………全部………壊しちゃうの?」
少女の目に涙が浮かぶが、その涙がこぼれることはなかった。
「もう………いいや。全部………壊しちゃお……」
少女は美桜に向かって魔法を放つ。青は美桜を乗せて空中に逃げる。魔法は地面を深く抉って溝を作る。
「範囲、威力、速度。全てにおいて完璧だ。何者なんだ、あの女は。」
「称賛してる場合じゃないでしょ!前見て!」
美桜は青の角を掴んで左に体重を寄せる。青の体が左に逸れた直後に少女の攻撃が飛んでくる。
「頼むから集中してくれない?普通に死ぬんだけど。」
「さっきは油断しただけだ。飛ばすから掴まってろ!」
青はスピードを上げて少女に接近する。少女は青の周囲に魔法陣を生成する。
「青、そのまま進みなさい。」
椿は全ての魔法陣を破壊する。少女はその光景に口を開けて呆然としている。
「我の力を貸してやる。決めろ!」
美桜は青から飛び降りて刀を振り下ろす。
「あ……あうぅ……」
刀は少女の体に深い傷をつける。少女は地面に背中から倒れる。
「早くトドメを!」
美桜は薙刀を少女に首に向かって振り下ろす。
「~♪………~♪………」
少女はか細い声で歌いだす。美桜の手がピタリと止まる。
「……歌?」
「何をしている、早く武器を振れ!」
美桜は青の声で我に返る。武器を振ろうとした時、美桜は後ろに引っ張られる。椿が魔力で引き寄せたのだ。
「トドメを刺さなくていいのか?」
「いや……危険と判断したから引っ張っただけよ。でも、案の定ね。」
少女の体に黒い靄がかかる。その靄は見覚えのあるものだった。
「あれは………黒い炎?」
「あいつの攻撃は黒い炎の類だと思ってたけど………まさか、あいつ自体が黒い炎だとはね。」
少女に黒い炎が集まり傷を治す。
「どういうことなの?炎が生きてるの?」
「ニグレードと同じよ。あいつも黒い炎の塊だけど意思を持って動いている。こいつも意思を持っている。言葉を発せれて、感情を持っているがその証拠よ。」
少女は立ち上がって黒い炎を抑え込む。
「でも、ニグレードより遥かに脆い。自分の意思で黒い炎を操ることができていない。それに意識も朦朧としている。誰かに支えてもらっている状態ね。」
「支えてもらってるって………一体誰に?」
「決まってるでしょ、ニグレードよ。おそらく、あいつの体の動きを助けている。さっきあんたが振り下ろしていたら、ニグレードが黙っていないでしょうね。途中からそんな予感がしたのよ。」
「ちょっと待って!それって、ニグレードはずっとハンデがある状態で戦ってたってこと?!」
「まあ、そうなるわね。」
美桜は血の気が引くような感覚に襲われる。
「でもよぉ、こいつがいればニグレードにずっとハンデを持たせられるんじゃないのか?」
「ニグレードがこいつを捨てる可能性だってあるのよ。」
「その可能性は…………絶対にない。」
椿の言葉を少女は否定する。
「私は…………もうじき…………炎に馴染む。そうすれば………あの人は………制限から解き放たれる。」
椿は唾を飲む。
(時間の問題って………そういうことね。)
「私は………馴染んだら………地上に出る。」
(ならここで倒すしかない。でも倒したらニグレードの制限がなくなる。だけど、倒さなかったらニグレード並の化け物を2体相手にすることになる。どうすれば………)
椿は歯を食いしばりながらしばらく悩む。そしてため息をついて決断を下す。
「あいつを倒す。絶対に地上には行かせない。」
「それだとニグレードはどうするんだ?!」
「ニグレード並の化け物を2体相手にするよりかはマシでしょ?」
青は椿の言葉に納得する。
(この決断が後々、悪い方向に響かないことを願うけど。)
椿は内心不安であった。
「邪魔………しないで……」
少女の背後から2つの黒い手がこちらに襲いかかる。
「気をつけろ!あの手から黒い炎を感じるぞ。」
「言われなくても……わかってる!」
美桜は青にしがみつく。青は手の隙間を縫って躱す。
「遅い………」
手は青の体を掴んで地面に引きずり落とす。
「くっ………離れろ!」
青は体をうねらせて手を振りほどく。そのまますぐに宙に飛ぶ。椿は赤に乗ってこちらに近づく。
「私があいつを攻撃する。おそらく、反撃が飛んでくると思う。その隙をあんたが叩いて。」
「お前は大丈夫なのか?」
「安心しろ、俺がいる。」
「だけど………ニグレードはどうするの?!」
「あいつは私にも対処しきれるか分からない。だけど、確実に対処できるやつがいる。私たちは援護できる体力が残っていればそれでいい。」
「……わかった。」
椿は赤に少女に向かうよう指示する。
「行くぞ。」
「うん……」
青の言葉に美桜は頷く。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

おっさん武闘家、幼女の教え子達と十年後に再会、実はそれぞれ炎・氷・雷の精霊の王女だった彼女達に言い寄られつつ世界を救い英雄になってしまう

お餅ミトコンドリア
ファンタジー
 パーチ、三十五歳。五歳の時から三十年間修行してきた武闘家。  だが、全くの無名。  彼は、とある村で武闘家の道場を経営しており、〝拳を使った戦い方〟を弟子たちに教えている。  若い時には「冒険者になって、有名になるんだ!」などと大きな夢を持っていたものだが、自分の道場に来る若者たちが全員〝天才〟で、自分との才能の差を感じて、もう諦めてしまった。  弟子たちとの、のんびりとした穏やかな日々。  独身の彼は、そんな彼ら彼女らのことを〝家族〟のように感じており、「こんな毎日も悪くない」と思っていた。  が、ある日。 「お久しぶりです、師匠!」  絶世の美少女が家を訪れた。  彼女は、十年前に、他の二人の幼い少女と一緒に山の中で獣(とパーチは思い込んでいるが、実はモンスター)に襲われていたところをパーチが助けて、その場で数時間ほど稽古をつけて、自分たちだけで戦える力をつけさせた、という女の子だった。 「私は今、アイスブラット王国の〝守護精霊〟をやっていまして」  精霊を自称する彼女は、「ちょ、ちょっと待ってくれ」と混乱するパーチに構わず、ニッコリ笑いながら畳み掛ける。 「そこで師匠には、私たちと一緒に〝魔王〟を倒して欲しいんです!」  これは、〝弟子たちがあっと言う間に強くなるのは、師匠である自分の特殊な力ゆえ〟であることに気付かず、〝実は最強の実力を持っている〟ことにも全く気付いていない男が、〝実は精霊だった美少女たち〟と再会し、言い寄られ、弟子たちに愛され、弟子以外の者たちからも尊敬され、世界を救って英雄になってしまう物語。 (※第18回ファンタジー小説大賞に参加しています。 もし宜しければ【お気に入り登録】で応援して頂けましたら嬉しいです! 何卒宜しくお願いいたします!)

クラス最底辺の俺、ステータス成長で資産も身長も筋力も伸びて逆転無双

四郎
ファンタジー
クラスで最底辺――。 「笑いもの」として過ごしてきた佐久間陽斗の人生は、ただの屈辱の連続だった。 教室では見下され、存在するだけで嘲笑の対象。 友達もなく、未来への希望もない。 そんな彼が、ある日を境にすべてを変えていく。 突如として芽生えた“成長システム”。 努力を積み重ねるたびに、陽斗のステータスは確実に伸びていく。 筋力、耐久、知力、魅力――そして、普通ならあり得ない「資産」までも。 昨日まで最底辺だったはずの少年が、今日には同級生を超え、やがて街でさえ無視できない存在へと変貌していく。 「なんであいつが……?」 「昨日まで笑いものだったはずだろ!」 周囲の態度は一変し、軽蔑から驚愕へ、やがて羨望と畏怖へ。 陽斗は努力と成長で、己の居場所を切り拓き、誰も予想できなかった逆転劇を現実にしていく。 だが、これはただのサクセスストーリーではない。 嫉妬、裏切り、友情、そして恋愛――。 陽斗の成長は、同級生や教師たちの思惑をも巻き込み、やがて学校という小さな舞台を飛び越え、社会そのものに波紋を広げていく。 「笑われ続けた俺が、全てを変える番だ。」 かつて底辺だった少年が掴むのは、力か、富か、それとも――。 最底辺から始まる、資産も未来も手にする逆転無双ストーリー。 物語は、まだ始まったばかりだ。

最低のEランクと追放されたけど、実はEXランクの無限増殖で最強でした。

みこみこP
ファンタジー
高校2年の夏。 高木華音【男】は夏休みに入る前日のホームルーム中にクラスメイトと共に異世界にある帝国【ゼロムス】に魔王討伐の為に集団転移させれた。 地球人が異世界転移すると必ずDランクからAランクの固有スキルという世界に1人しか持てないレアスキルを授かるのだが、華音だけはEランク・【ムゲン】という存在しない最低ランクの固有スキルを授かったと、帝国により死の森へ捨てられる。 しかし、華音の授かった固有スキルはEXランクの無限増殖という最強のスキルだったが、本人は弱いと思い込み、死の森を生き抜く為に無双する。

裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね

竹井ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。 元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、 王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。 代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。 父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。 カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。 その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。 ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。 「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」 そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。 もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。 

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?

青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。 最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。 普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた? しかも弱いからと森に捨てられた。 いやちょっとまてよ? 皆さん勘違いしてません? これはあいの不思議な日常を書いた物語である。 本編完結しました! 相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです! 1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…

処理中です...