紡ぐ者

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【第23章 変革の時】

第4節 呪いの衝突

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「まったく、久しぶりに顔を合わせるというのに、いきなり投獄はなしだろ?」
「ふん、お前の嘘でどれだけのことが起こったかわかっているのか?」
「仕方ないだろう。変なことで死ぬつもりはないからさ。」
 カーネリアは鉄格子越しにホーリーに話しかける。ホーリーは腕を組んでご立腹の様子だ。
「それに、なんで彼女は投獄しないんだ?」
「ここと関係があるのはお前だけだからな。」
 ユニウェルはカーネリアを見ながら優雅にコーヒーを飲んでいる。
「はぁ……、君はもう少し僕を庇うとか何かしてほしいな……。」
「あんたなら抜け出せると思うけど?」
 ユニウェルはカップを置いて扉に手をかける。
「ちょっと待て。僕を置いていくつもりかい?」
「……敵襲だ。」
「だったら、僕がいたほうがいいだろ?」
「いや……、相手は魔獣じゃない。それに、誰があんただけを置いていくと言った?」
「えっと……まさか、私も?」
 ホーリーは驚いたように自分を指差しながら聞く。
「そうだ。私だけでいい。少し、様子見といった感じだ。まあそれは、相手も同じだろう。」
 ユニウェルは外に出る。


「くっ……」
 天垣は大剣で攻撃を防ぐ。禍々しい魔力が四方八方から天垣に迫る。
「イザナミ!」
 イザナミは天垣の周囲に結界を張る。
「はぁ……、その神霊が作る結界。流石に頑丈すぎないかい?僕の魔力がまったく通じないじゃないか。」
 空には1人の少女が浮かんでいる。
「悪魔の攻撃に、イザナミの結界が負けるはずがないだろう!」
 天垣は少女に斬りかかる。少女は魔力を放出して天垣を覆い尽くす。天垣は魔力を突き破って少女に大剣を突きつける。
「ふっ、僕の間合いに入ったね。」
 寒気を感じた天垣は咄嗟に少女から離れる。しかし、少女は何もしてこない。
「ばーか。嘘に決まってるじゃん。」
「ふん。俺をおちょくるのは、やめたほうがいい。」
 天垣の大剣は光を放つ。光は巨大な剣となり、天垣は大剣を少女に向かって振り下ろす。
「いやいやいやいや!流石にこれはまずいって!」
 天垣の一撃が少女を襲う。
(この一撃は流石に応えただろう。)
 光が消え、天垣は少女の姿を確認する。
「ははっ……、中々の一撃だね。」
 少女は地面に降り立つ。
「ほぅ…、無傷とはな……。」
「へへっ、ごめんねぇ~。でもこれが、君と僕の実力の差だよ。どうする?降伏するか、僕と戦うか。もう決まったかな?」
「当然……」
「「戦う!」」
 天垣は突然横に現れたユニウェルに驚く。
「なっ?!誰だ?!」
「呪法連合幹部のユニウェルだ。ひとまず、あんたは下がれ。」
「いいや、俺も戦う。魔道士として、俺は自分の使命をまっとうする!」
「そういうのいいから。今あいつに戦力を注ぎ込んでも無駄だ。あいつの底が分からない以上、1人で相手をするほうが得策だ。まぁ、私がピンチになったら援護してくれ。それに、あんたはさっきの攻撃でだいぶ消耗しただろ?」
「……わかった。だが無茶はするなよ。呪法連合の幹部は貴重な戦力だからな。」
 天垣はイザナミを回収して高台に避難する。
「へぇ。君、呪法連合の幹部なんだ。ということは、あの女が僕から奪った力を使えるってことだよね?つまり、君の手の内の一部は、僕にバレてるってことかぁ。よくそんなハンデがある状態で僕と戦おうと思うね。それも1人で。」
「悪いが、私はお前を倒す想定の訓練を何度も行ってきた。手の内がバレていても、ただでは転ばない。特に、お前への対策だけは嫌というほど行った。呪いの悪魔、グリモワール。」
 ユニウェルはグリモワールに弾丸を放つ。グリモワールは弾丸を魔力で弾き落とす。ユニウェルはグリモワールの四方八方から弾丸を放つ。グリモワールは続けて弾丸を魔力で受け止める。
(無数の弾丸の位置を正確に捉えるほどの動体視力。弾丸を少量の魔力で受け止める緻密な魔力操作。これが悪魔…、人間離れした能力を持っているな。)
 ユニウェルは魔力の弾丸を放つ。グリモワールは魔力で受け止めようとするが、途中でやめ、弾丸を魔力で覆い尽くす。
(気づかれた……!普通の弾丸に混ぜたが、魔力の探知能力も極めて高いか。)
「もう終わりかい?僕の力を使えばいいのに。」
(使うのか……ここであれを?)
「いいや、まだ使わない。」
 ユニウェルは銃に新しい弾丸を装填する。
(弾を変えた?)
 ユニウェルが弾丸を放つと、ユニウェルは衝撃で後ろに大きく押される。
「弾丸程度……」
 グリモワールは魔力で弾丸を受け止めようとするが、弾丸は魔力を突き破ってグリモワールの体を貫通する。
「なるほどね。魔力を込めた弾丸か。魔力でできた弾丸や普通の弾丸とは違い、対策が難しい。だけど、衝撃はさっきよりも大きいね。連発はできなさそうだ。」
「それはどうかしら?」
 ユニウェルは衝撃に耐えながら弾丸を連続で射出する。
(なっ……?!とんでもない脳筋だな。まさか、力技で衝撃をカバーしてくるとは……。)
「弾丸か……。いいねぇ!」
 弾丸の雨の中、グリモワールは1つの魔力弾を放つ。
「魔力弾程度……」
 グリモワールが指を鳴らすと、魔力弾は恐ろしい速度でユニウェルに迫る。ユニウェルはギリギリで躱す。魔力弾は建物を破壊しながら突き進む。
「ははっ、どうだい?君みたいに、魔力を弾にしてみたんだ。まぁ、弾丸とは言えないけどね。」
(ほんと、恐ろしいやつだ。しかしなんだ?さっきから妙な感覚がするな。)
 グリモワールは両手に魔力の弾を作る。
「知ってるかい?魔力の塊はこうやって押し合わせると……」
 ユニウェルは咄嗟に瓦礫に身を隠す。次の瞬間、辺りに凄まじい魔力の衝撃波が放たれる。
「くっ……?!」
 ユニウェルは瓦礫ごと吹き飛ばされてしまう。
「あれあれ?もしかして、強すぎたかな?加減したはずなんだけどなぁ~。」
(これで加減したとか、ふざけてるだろ……。)
 ユニウェルは瓦礫の隙間から銃口を出してグリモワールに狙いをつける。
(今だ……。)
 グリモワールが背を向けた瞬間を狙って、弾丸を放つ。
「はぁ……、君の攻撃はワンパターンだ。」
 ユニウェルは背後に銃を向ける。グリモワールは銃を払い除け、ユニウェルの腕を掴む。
「音で居場所がバレバレだよ。それに、この銃で僕に致命傷を与えられるはずがない。」
「なら、至近距離ならどうだ?」
 ユニウェルは銃をグリモワールの胸に突きつけ、そのまま引き金を引く。
(……消えた?)
 ユニウェルの前からグリモワールの姿が消える。
「至近距離でも変わらないさ。……ちょっと痛かったけど。」
 ユニウェルは銃で殴りかかるが、グリモワールはすぐに別の場所に移動する。
(動きが速い。弾丸でも捉えられないほどの速度。普通の肉弾戦では勝てるはずがない。次の手……、次の手を……)
 ユニウェルが作戦を考えていると、グリモワールは目の前に現れる。
「っ?!」
「戸惑ってるねぇ。」
 グリモワールと目があった瞬間、ユニウェルは後ろに強い力で引っ張られる。グリモワールはユニウェルの背後にまわり、魔力弾をユニウェルにぶつける。
「けほっ……」
 ユニウェルは体を起こす。
「意外と耐えれるんだ。君は頑丈だねぇ。」
「ははっ……、かかったな。」
「へ?」
 グリモワールの背後から無数の黒い腕が現れ、グリモワールの動きを封じる。
(やばっ!日陰から出てしまった!)
 銃口がグリモワールの頭部に向けられる。
「どうだ?自分の呪いにやられる感覚は?」
 ユニウェルはグリモワールの頭部、胸、腹部に弾丸を撃ち込む。その後、ユニウェルはすぐに距離をとる。
(弾が体内に残っている。それがなんだ……)
 グリモワールが油断していると、撃ち込まれた弾丸が爆発する。
(爆発……?!)
 弾丸が撃ち込まれた部位が激しく損傷する。
「痛っ……」
 グリモワールは血を拭う。
「よくもやってくれたねぇ。でも君は、何も違和感を感じないのかい?」
(違和感?何も感じ………、待て。こいつ…、呪いを使ったか?)
 グリモワールは不気味な笑みを浮かべる。
「どうやら気づいたみたいだね。私はまだ、呪いを使っていない。」
(やっぱりな。それにしても、さっきからやたら喉が渇くな。)
 ユニウェルは警戒を強める。
「なんで呪いを使わないのか?そういった疑問があると思うが、答えは簡単、私の扱う呪いは強力過ぎるんだ。代償が大きいとかじゃない。単に君たちに対してこちらが有利すぎるからだよ。」
「お前……、狂っているのか?」
「狂っているとは失礼な。私はただ、戦闘を楽しみたいだけさ。呪いを使えばすぐに戦闘が終わる。非常につまらないだろ?神呪の律令は強力だが、僕からしたら先の時代の遺産にすぎない。」
 ユニウェルは銃に魔力を込める。
「おやおや?まだ抵抗するんだ。あぁそうだ。僕はさっき嘘をついた。呪いを使っていないとは言ったけど、弱い呪いなら使っている。君は今、喉が渇いてるんじゃないかな?」
 ユニウェルはグリモワールの言葉に驚く。
「なぜお前がわかる?」
「簡単だよ。僕が呪いで君の感覚を鈍らせたんだ。」
「感覚を鈍らせた?」
「自分の周りを見るといい。」
 ユニウェルの周囲には、至る所に血液が付着している。
「まさか……」
 ユニウェルは自分の体を確認する。腹部に1つ傷があり、そこから血液が溢れている。
「そうか……、喉の渇きは、血液を失っていたからか。痛覚が遮断されたせいで気づけなかったか。」
「そう。それに、君は僕が速いと思っただろう?実はそれも、僕がかけた呪いによる影響だよ。君の感覚を鈍らせて、僕が凄く速く動けると誤認させているんだ。僕は本来ならもっと遅いさ。でも君には、どうやっても対策できないだろうね。だって君の目には、そう映ってるんだから。」
 グリモワールは指を鳴らす。
「さぁ、僕の呪いを見届けるといい。」
 グリモワールの手に禍々しい塊が作られる。
「君は、全てを失う。是非、苦しんでおくれ。」
 ユニウェルの銃から魔力が消える。体から何かが抜け出すような感覚に襲われる。
(魔力を封じられた?いや……違う……?!)
 ユニウェルは体の力が抜けて地面に膝をつく。
(魔力切れ……。魔力を吸われた?)
 グリモワールはゆっくりとユニウェルに近づき、ユニウェルの顔に手を当てる。
「魔力を失った気分はどうだい?自然に回復するとは思うけど、時間がかかるだろう?」
 ユニウェルは銃を向けて引き金を引こうとするが、指に力が入らない。
「どうしたんだい?早く引き金を引くといい。」
(こいつ……わかって言っているだろ……。)
 グリモワールはニヤニヤしながらユニウェルを煽るように喋る。
「仕方ないなぁ。僕が手を貸してあげるよ。」
 グリモワールはユニウェルから銃を取り上げる。ユニウェルは抵抗することができない。
(なんで……なんで、体が動かない……?これも呪いなのか?)
 グリモワールは銃を調べると、銃口をユニウェルの左腕に突きつける。
「何か聞きたいことはある?」
「お前……、複数の呪いを一度に扱えるか?」
「ふふっ、正解。」
 グリモワールは引き金を引く。ユニウェルは咄嗟に目をつぶるが、痛みはなかった。しかし腕からは血がこぼれ落ちる。弾丸は腕を貫通して地面に落ちている。
「痛みがないでしょ?でもね、こうすれば……」
 ユニウェルの腕に激痛が走る。ユニウェルは歯を食いしばりながら傷口を押さえる。
「ははっ、焦ってる焦ってる。じゃ~あ~、次はここなんかどう?」
 銃口がユニウェルの太ももに当てられる。ユニウェルはもう1つの銃でグリモワールの頭部を殴る。グリモワールの視線が離れた隙に、銃を奪い返す。
「痛いなぁ……。そんなことをする子には、倍にして返してあげないとね。」
 ユニウェルの右腕が勝手に動き出し、銃口を頭部に当てる。
「私が1つ指示をすれば、あなたは自分で頭部を撃ち抜くことになる。」
(だめだ……声を出せない。こいつ……中枢神経を操って……。)
「だーめ、何も考えないで。」
 ユニウェルは天垣を横目で見る。
「彼は助けにこないよ?君より賢いみたいだね。私の些細な行動で君が死ぬのをわかっている。そのせいで動けないんだけどね。」
 天垣は大剣に手をかけるが、グリモワールの行動が予測できないため中々動けない。
「くそっ…。どうすれば……」
 イザナミを呼び出すが、イザナミも警戒しているのか、動くのを拒否している。
「助けるつもりはあるみたいだけど、迂闊には動けない感じだね。本当に可哀想だ。でも、僕は君を殺さなければならない。それじゃ、返してもらうよ。」
「それは僕が許さない。」
 グリモワールの腕に鎖が巻き付く。
(これは、戒めの鎖?なんでこんなところに…)
 グリモワールは鎖を払い、周囲を警戒する。少しずつだが、ユニウェルは体を動かせるようになる。
「目には目を、歯には歯をと言うように、呪いには呪いをぶつける。それが僕のやり方さ。」
 鎖はグリモワールに執拗に巻き付く。
「君…、しつこい男は嫌われるよ~?」
「嫌われて結構。僕に悪魔は似合わない。」
 カーネリアは鎖を引っ張ってグリモワールをユニウェルから引き離す。
「今度は君が相手になってくれるのかい?」
「そうかもしれないね。」
 グリモワールは魔力で鎖を破壊し、カーネリアに近づく。
「君を殺すのは惜しいなぁ。僕にいっぱい美味しいものをくれたからねぇ。もし僕に更に美味しいものをくれるのなら、君は見逃してもいいよ。」
「ふっ。悪いけど、君にあげるものはもうないよ。その代わり、君にはこの鎖をプレゼントする。」
 鎖はグリモワールの腕に巻き付く。
「君は女性を縛る趣味でもあるのかい?」
「そんな悪趣味な趣味はないよ。ただ僕は、上から君を確実に殺すように指示されているだけさ。」
 グリモワールは鎖を掴み、カーネリアを振り回す。カーネリアは鎖を消して態勢を整える。
「その上というのは、グレイ・ローズのことかい?」
「へぇ。その口ぶり、彼女が言っていたことは本当らしいな。」
「まさか……僕の秘密を知っているのか?」
 グリモワールの雰囲気が変わる。
(僕はグリモワールの地雷を踏んだらしいな。)
「だったら話が変わる。君を見逃すことはできない。当然、あそこの君の仲間も。」
「あぁ…、彼女は君の秘密を知らないよ。知っているのは僕だけさ。」
「そんなことは関係ないさ。僕は平等に君たちを殺す。」
「ははっ……、やってみるといい。」
 グリモワールはカーネリアの胸ぐらを掴み、地面に頭から叩きつける。カーネリアは抵抗せず、それをいいことにグリモワールは徹底的に叩き潰す。
「どうだい?耐えられるなら返事をしたまえ。」
 カーネリアは声を発さない。グリモワールは攻撃の手を止め、カーネリアの胸を貫く。少ししてから、グリモワールは手を引き抜く。
「死んだね……あっけなかったなぁ。」
 グリモワールはカーネリアを地面に投げ捨てる。ユニウェルはグリモワールの背後から弾丸を放つ。グリモワールは手で弾丸を掴む。グリモワールが振り向いた瞬間、ユニウェルは体から力が抜ける。
「僕の呪いから逃げられると思ったかい?君の仲間は死に、神霊使いは迂闊に近づけない。君は今絶体絶命の状況だ。」
 グリモワールはユニウェルに頬に手を触れる。
「さぁ、大人しく負けを受け入れるといい。そういえば、グレイ・ローズもこうやって死んだ気がするなぁ。」
「へぇ。英雄である彼女でさえ、君の呪いには勝てなかったのか。道理で、君がそんなに堂々としているわけだ。」
 後ろから聞き覚えのある声が聞こえる。グリモワールは背後に腕を振る。しかし、そこには誰の姿もない。
「僕はここだよ。」
 頭上を見上げると、鎖が網のように張ってあり、鎖の上でカーネリアがくつろいでいる。グリモワールが戸惑っている隙に、カーネリアはユニウェルを鎖で回収する。
「そうか。さっきまで僕と戦っていたのは君の分身だったのか。ようやく本体のお出ましというわけか。」
「残念だけど、君の解釈は間違っている。君に殺されたのも本物の僕で、今ここにいるのも本物の僕だ。」
「なるほど……、虚偽の契約か。グレイ・ローズめ…。厄介な呪いをかけたみたいだな。」
(流石に知っているか。ユニウェルにも同じ呪いがかかって……、いない……?!)
 ユニウェルからは虚偽の契約が消えている。
(まさか…、グリモワールの呪いに上書きされたか?あの様子…グリモワールはユニウェルにかかっていたことに気づいていないのか?)
 突然、グリモワールは舌打ちをする。
「君、呪いに耐性でもあるの?それともグレイ・ローズの呪いが強すぎるだけ?」
(ユニウェルにはグリモワールの呪いがかかっている。)
「そのことについては、僕の疑問に答えてくれれば教えてあげるよ。」
「はぁ……、まぁ、君には美味しいものを食べさせてもらった恩があるからね。一応聞いてあげるよ。」
「君は彼女に呪いをかけた。これは間違いないね?その呪いはなんという名前なんだ?」
「なんだそんなことか……。……"陥落の光"という名前だ。」
「その呪いはどういったものなんだ?」
「そこまで言わなきゃいけないのか……。……相手の全ての力を封印する呪いだよ。」
「……質問されるのは嫌いなのかい?でも大丈夫だ。次が最後の質問だよ。」
 グリモワールはホッとしたように胸を撫で下ろす。
「君は彼女に僕と同じ呪いがかかっていること気づかなかったのかい?」
「えぇっ?!そ、そうなのか?!」
 グリモワールは驚いて声をあげる。
「で、でも。今その子には僕の呪いしかかけられていないじゃないか!」
「上書きされたんだよ。君の呪いが強すぎるからね。でも、1つ疑問に思うんだ。……なんで君は、僕に"陥落の光"を使わないんだ?」
「"陥落の光"はかなりの体力を消耗するんだよ。」
カーネリアには、それが言い訳のように聞こえた。その証拠に、グリモワールの目は僅かに泳いでいる。
(まさか、そんな弱点があるのか……?)
「だったら、それなりに疲れてるんじゃないのか?」
鎖が集まりだして巨大な拳に変形する。
「力比べかい?面白い!」
拳はグリモワールに振り下ろされる。グリモワールは拳に飛び乗り、一部を掴んで地面に引きずり落とす。
「脆いところを狙えば簡単だ。こういう創造物には必ず綻びがある。」
「僕は君を叩き潰すつもりはない。動きを封じられればそれで十分さ。」
拳は無数の鎖に戻り、グリモワールの体に巻き付く。鎖は再び拳へと変形し、グリモワールを閉じ込める。
「立てるか?」
カーネリアはユニウェルを支える。
「しばらくは安全なはずだ。」
カーネリアは天垣に視線を送る。天垣はイザナミを向かわせる。
「ユニウェルのことを任せるよ。」
イザナミはユニウェルを抱きかかえ、ホーリーのもとに向かう。
「さて、あとどれくらい保つ?」
「あと3分だ。」
「……時間がないな。」
2人は警戒を高める。しばらくして拳が震えだし、鎖にヒビが入り始める。
「くるぞ、構えろ!」
天垣は大剣に魔力を集め、カーネリアは拳を鎖で覆う。
(グリモワール……、どこからでも来い!)
鎖の隙間から魔力が漏れ出し始める。その後、すぐに鎖が爆散する。
「グリモワールは……」
しかしグリモワールの姿はどこにもなかった。
「……消えた?」
「まだ近くにいるかもしれない。警戒を怠るな。」
2人は周囲を警戒するが、グリモワールの気配を感じられない。突然、空からグレイ・ローズが2人の前に降り立つ。
「……遅かったか。」
「急に現れてどうしたんだい?それに、何か焦っているようにも見えるよ?」
「グリモワールに逃げられた。私の気配に勘づいたと思われる。」
「もう少し早く来ればよかったんじゃないか?」
「全速力で来たつもりだが?」
(僕の拘束がもう少し保てば逃がすことはなかったのか?そんな気がしてきたな……。)
「その前に……、グリモワールはどうやって逃げたんだ?」
「そうだ……、君の言う通り、グリモワールはどうやって逃げたんだ?」
カーネリアは天垣の言葉に同感する。
「分からない。だが、逃げた方法は2つほど考えられる。1つは私たちの知らない、悪魔の特性を利用したのかもしれない。もう1つは、時空の悪魔が手助けをしたか……。可能性が高いのは後者だな。」
グレイ・ローズは足元に転がる金属片を拾う。
「これはお前の鎖か?」
「うん…、間違いない。グリモワールが破壊したんだ。」
「1つ聞きたいが、私が来る直前、グリモワールはどのような状態だったんだ?」
「僕の鎖で拘束していたよ。1本だけなら簡単に破壊されるから、鎖の拳の中に閉じ込めたさ。」
グレイ・ローズは他の金属片も調べる。僅かだが、魔力が付着しているものがある。
(違う……違う……これも違う。)
グレイ・ローズは金属片を集めながら何かを見極めている。
「お前は……、何をしているんだ?」
天垣はグレイ・ローズに聞くが、まったく相手にされない。
(無視か……。)
グレイ・ローズは黙々と金属片を探していると、1つの金属片に目をつける。
(これだけ……、他のものとは違う。)
カーネリアはグレイ・ローズが積み上げた金属片の山を見る。
「はぁ…、これはどうすればいいんだ?」
カーネリアは金属片を手に取る。金属片には、2種類の魔力が付着している。
(こっちは彼女が触れたときについたものだ。そうなると……、もう1つのはグリモワールの魔力になる。………なんか……、似てるな。ここまで似ていて、先程のグリモワールの口振り……、本当にそうなのか?)
カーネリアは金属片を持ってグレイ・ローズに近づく。
(この魔力……。間違いない………、時空の悪魔のものだ。グリモワールよりも遥かに濃ゆい。人間が接種すると人体に悪影響を及ぼす。私の推測は正しかったか。)
「ちょっといいか?」
「……付着した魔力についてか?片方は私のものだ。」
「それはわかっている。それで聞きたいんだが……、その……今まで冗談だと思ってたわけじゃないんだが……、もう一度、正直に話してほしい。君と、グリモワールの関係について。」
グレイ・ローズはカーネリアの持っている金属片を魔力で破壊する。カーネリアは驚いて少し後退する。
「この際、もう一度話したほうがいいかもしれないわね。魔道士もいるし。」
天垣は大剣に手をかけながらグレイ・ローズに近づく。
「そう警戒しなくていい。私は人類の味方だ。だが、今から話すことは紛れもない事実。お前は聞く覚悟はあるか?」
「あぁ……、もうどうにでもなれという感じだ。悪魔が実在するとわかっている以上、信じないほうがおかしい。」
グレイ・ローズは砂埃を払う。
「あれは、私が魔人になる前のことだ。私は魔人になるため、自身の体について色々と調べていた。そしてある日……。私の体は過去にないほど優れていた。私はその日、魔人になることを決意した。当然、何度も失敗した。だが最終的に、私は魔人になることができた。しかし魔人になった時、私の体に異常が起きた。長い時間、魔力を活性化させ続けた影響だ。その結果、私の人格は2つに分裂した。私は分裂したもう1人の自分に驚いた。分裂したことにより、私は自身の大半を失った。怒り、喜び、悲しみ、苦しみ、恐怖など。ありとあらゆる感情を失った。残ったのは一部の欲望のみ。私は分裂体を"片割れ"と呼ぶことにした。片割れは分裂した直後は温和だったが、だんだんと歪んだ本性を表に出し始めた。そしてある日、片割れは行方を眩ませた。私と片割れが再会したのは、それから半年ほど経ってからだ。」
グレイ・ローズは瓦礫の上に座る。
「少しは休ませてくれ。」
「君が自分から休憩をとるなんて……不調なのかい?」
「不調とも言えるだろう。」
グレイ・ローズは自分の手を見る。カーネリアはグレイ・ローズの指示でしゃがむ。すると、グレイ・ローズはカーネリアの背中に乗ってくる。
「なっ……?!」
「とりあえず、ユニウェルのところに連れて行ってくれ。」
「悪いけど、自分で歩いてくれないかな?」
「たまにはいいだろ?」
「君って、ダウナーのように見えて意外とお茶目だよね。」
「お前にはそう見えるんだな。昔の私はそうだったのかもしれない。」
グレイ・ローズはカーネリアの背中で寝息をたてながら眠り始める。
「なぜこんなにも弱々しいんだ?裁判場に現れた時とは大違いだぞ?」
「僕もそう思うよ。それに、こんなに弱り果てた彼女は見たことがない。」
「こちらに向かう途中、何かあったということなのか?」
「分からない。大抵のことなら問題ないけど、もし悪魔と交戦していたのであれば納得はできる。その割には弱りすぎな気もするが……。」
喋りながら歩いていると、ホーリーが腕を組んで苛立ちを見せながら仁王立ちで2人を待っていた。
「なぜ私に報告しないんでしょうか……。天垣 時雨さん?」
「悪いな。俺は通信機を持っていない。」
「そういう問題じゃありません……。あと、神霊に怪我人を運ばせておいて……おまけに私に看病しろと?何があったのかは知りませんが、何かしら情報提供をしてもらいたいです。それと……」
ホーリーはカーネリアを睨む。
「お前は何を背負っているんだ?そいつは確か、呪法連合のトップじゃなかったか?」
ホーリーの声が聞こえたのか、グレイ・ローズは目を擦りながら起きる。
「うん……?」
(なぜトップが部下に背負われながら眠っているんだ?)
「なぜ……あなたがここに?」
部屋の奥からユニウェルの声が聞こえる。
「とりあえず部屋に入れてくれ。疲労困憊なんだ。」
「はぁ……、結局こうなるのか……。」
カーネリアはグレイ・ローズを下ろす。グレイ・ローズはフラフラしながら部屋に入る。
(聞いていた話と違うな。あんなに弱々しい人物ではなかったはずだ。少なくとも、悪魔に警戒されるような人物のはず。これではまるで……)
グレイ・ローズは椅子に腰を下ろすと、ユニウェルの手を握る。
「強い呪いをかけられた痕跡がある。体調は?」
「少しずつですが回復しています。ただ、痛覚と触覚の回復がかなり遅いです。」
「でしょうね…。あなたにかけられた呪いは"人体の機能を失う呪い"。グリモワールが扱う呪いの中で最も強力な呪いの1つ。」
「1つということは……、他にも強力な呪いがあるということですか?」
「そうよ。呪いの悪魔の名は伊達じゃない。彼女は、あらゆる呪いを好きなように扱うことができる。ふむ……、あなたがかけられた感じ、彼女の呪いの扱い方は、昔よりも向上しているようね。」
「悪魔は……グリモワールはどこに?」
「逃げられた。時空の悪魔が手を貸してみたい。」
「時空の悪魔……。そんな大物まで現れたのですか……。」
「どうやら奴は、本気で人類を潰そうとしているみたい。奴がここまで他の悪魔に手を貸すことなんてなかったからね。」
「……勝率は?」
「さぁ…、私たちの努力次第よ。」
ユニウェルはグレイ・ローズの手を握り返す。ユニウェルの手が小刻みに震えていることにグレイ・ローズは気づく。
「大丈夫…、完璧な生物なんて存在しない。悪魔にも必ず弱点はある。」
「今まで、どうやって悪魔を倒してきたんですか?」
グレイ・ローズは自身の記憶を隅々まで探る。
「……圧倒的な魔力の物量で押し潰した。それが、私たちが悪魔を倒す唯一の方法だった。」
「押し潰すって……、どれくらいの魔力があればいけるんだ?」
「そうだな……。仮にグリモワールを潰すとなると、最低でも私3人分の魔力が必要になる。」
その言葉に全員が凍りつく。
「ちょっと待て……、お前3人分の魔力だと……?何かの冗談だろ?」
「冗談じゃない。実際私は、腐食の悪魔と対峙した際に、私以外の英雄2人の魔力を足してなんとか押し潰して討伐した。今思えば、まったく効率的じゃなかったけどね。」
「無茶苦茶だろ……。しかも、悪魔には序列があったはずだ。確か、グリモワールは序列としては最下位だったな。」
「最も弱い悪魔でも、一筋縄ではいかないのか……。」
「……本当に……、勝てるんですか……?」
ユニウェルは震えた声を発しながらグレイ・ローズに聞く。
「私がいれば大丈夫……、なんて、言えるわけないよね。実際私は、グリモワールに一度負けている。だけど、悪い話はそれだけじゃない。」
カーネリアはグレイ・ローズの肩に手を置く。
「君、もしかしなくとも、相当無理をしてるんじゃないのかい?君は怨念みたいな存在だ。君はもうじき、体を維持することができなくなるんじゃないのか?」
「やめろ……。そんな縁起でもないこと…、私の前で話す……」
グレイ・ローズはユニウェルの口を押さえる。
「悲しむ必要はない。いずれこうなる運命だった。それが予想より早いだけだから。」
グレイ・ローズは自身を杖で支えながら立ち上がる。
「私はもうじきこの世界から消える。この体を維持することができなくなるからだ。」
「だろうね。でも僕が本当に聞きたいのはそのことじゃない。君は、何をしようとしているんだ?残り僅かの時間を、君は何か大きなことに使おうとしている。違うかな?僕の勘は結構当たる気がするんだけど。」
グレイ・ローズの口角が軽く上がる。
「鋭いな。お前は悪魔との戦いでも生き残るかもしれない。」
グレイ・ローズは杖で床を突く。
「お前の言う通り、私は大きな計画を考えている。もしこの計画が成功すれば、世界の運命を大きく変えることができる。悪魔は愚か、魔王を討伐できる可能性も高まる計画だ。」
「運命を変える……。何をする気なんだ?」
「青い太陽に、再び光を灯す。おそらく、現状では私にしかできないことだろう。」
「青い太陽……、まさかだが、ロビンを蘇生するつもりか?」
「あぁ。そしてそれが、私にできる唯一のことだ。この先短い命を有効的に使うのであれば、これしかないだろう。」
「そうは言っても、どうやって蘇生するつもりなんだい?もし蘇生しようとすると、悪魔が黙っているはずがない。全勢力を率いて止めに来るだろう。」
「だからこそ、お前たちに頼みたいことがある。」
グレイ・ローズは杖をしまう。グレイ・ローズからは凄まじい威圧感が漂っている。
「はぁ……、参ったな…。でもまぁ、ロビンの復活は最優先事項だから仕方ないか。」
「俺も賛同する。彼がいなければ、ニグレードを退けることはできなかったからな。」
「私は……いや、迷う必要はないな。」
ユニウェルは無言で頷いた。
「…ありがとう……。今から言うことを全ての魔道士に伝えてくれ。……」



「ふぅ……。やっと倒れたか。」
クエレブレはゆっくりと立ち上がる。足元にはボロボロになったセレストが倒れている。
(心臓を潰した。流石に死んだはず……。)
「待………て………」
クエレブレは驚いて足を止める。
(なぜまだ喋れる?いや、こいつから生気は感じられない。執念か?執念なのか?)
クエレブレはセレストの首に手を触れる。微かだが、脈が打たれている。
「これは……、まだ使えるな。」
クエレブレはセレストを回収し、行方を眩ませる。残ったのは戦いの激しさを表した、無残にも破壊された街だけだった。
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