60 / 76
第6章:触れたくて、すこし怖い
おまけ
しおりを挟む
*
閉じた瞼の裏側で薄っすらと明かりを感じた僕は、眠気を引き連れたまま緩慢に目を開けた。
「……うっ」
視界一面に、とんでもなくいい男の寝顔が広がる。
閉ざされた切れ長の瞳に、高い鼻梁と、形のいい唇。
堀が深くて男らしいのに、やはりどこか影のある色気が、男臭さを相殺して作り物めいた美しさを際立たせる。
推しの腕枕に、目覚めて最初に見る世界が推しの寝顔という至福……
ここが天国でないならなんだというのか。
溢れそうになる興奮を宥めて、もぞもぞとノクティスの胸にすり寄る。
額をくっつけてグリグリすると、少しだけ身じろいだあとに向こうも目をさましたようだった。
「……おはよう」
「ん」
ぽー、とした緩い返事が返ってくる。
まだ寝ぼけているのか、それとも朝が弱いタイプなのか。
しばらくノクティスは僕の髪の毛を無心で撫でまわしていた。
徐々に瞳がしっかりと僕を映し出したな、と思った頃。
ノクティスが大きく目を見開いて、飛び起きる。
逞しい腕から振り落とされた僕の頭は、柔らかなベッドに落ちた。
「——!?」
「びっくりした、いきなりどうしたんだよ……」
文句を言うと振り返ったノクティスが「嘘だろ」と言いたげに口を抑える。
なんだかこの感じに覚えがあるぞ。
そうだ、ドラマだ! 前世で見たドラマでは、このあと……
「なぜ服を着ていない?」
「期待を裏切らない男だね」
想像した通りの言葉に思わず半目になってしまう。
起き上がって説明しようとすると、ノクティスに腕を掴まれた。
「ジョシュア……この痣は」
「そうだよノク——」
「怪我したのか?」
「……」
これは殴ってもいいんじゃないかな?
むしろ殴ってほしいというサインなのかな?
「はあ。言っとくけど僕じゃないからね。これをつけたのはそっちでしょ?」
腕を組んで睨みつけながら言えば、まるで「冗談はよせ」とでも言いたげな顔をされた。
「本当に俺がしたのか? いつもみたいに騙そうとふざけているわけじゃないよな」
「違うってば!」
普段から揶揄ってばかりで、信用のない僕も悪いけど……!
「ほら見てよ! ここ、それにここも、こっちも! さんざん僕の体を噛んだり舐めたりしたのにぜーんぶ忘れたっていうのか?」
ぐいぐいと距離をつめて、僕の体中にあるキスマや歯型を見せつける。
するとノクティスは途端に顔を真っ赤にして、視界を遮るように自分の目を片手で覆った。
「ようやく思い出したみたいだね?」
「……いや」
「嘘つき。思い出したから顔を真っ赤にしてるんだろ?」
「…………思い出していない」
「え……」
それは、さすがにショックを受けてしまいます。
耳がしおしおと下がってきて、心までしょんもりだ。
思い出せないのは全部なのだろうか?
だとしたら、名前で呼んでほしいっていう会話もなかったことになるのかな。
僕にとってはその事を忘れられている方がなによりも悲しかった。
「……そっか。お酒弱いんだもん。仕方ないよね」
でも、ずっと落ち込んでいても仕方がない。だって誰も悪くないのだから。
僕は前向きに気持ちを切り替えることにした。
「まあ、昨日のあんなことや、こんなことは僕だけが覚えているってことにして。スーちゃん朝ごはんに——」
呼び慣れたあだ名を口にして、ベッドから降りようとすると、背後から抱きしめられる。
背中に感じる熱に驚いて息をつめると、ぽつりと恥ずかし気な声が聞こえた。
「悪い、覚えてる。全部。…………嫉妬して大人げないことをしたのも」
「!」
「……名前で呼んでくれるんじゃないのか」
それって、僕が「スーちゃん」って呼んだから居ても立っても居られなかったってこと?
あまりも可愛い告白に舞い上がる。
後ろを向こうとするが、僕の肩を抱き寄せる腕がびくともしない。
そのうえ「……今は見るな」とまで言われたら、誰だってこう思うだろう。
「へへ、やだね! 絶対顔を見てやる」
だって、絶対に可愛い顔をしているのに。
ぶっきらぼうな声音だけでも、赤面しているノクティスの顔が想像できるのに。
見ない、なんて選択肢は僕にはないのだ。
「ねえねえ、顔見たいから放してよ」
「だめだ」
「いいじゃんケチ」
「あきらめろ」
そう言われて僕が諦めるとでも?
僕は「ふう~」と息を吐いて、まるで諦めたかのようにふるまう。
そしてわずかにノクティスの腕の力が緩んだのを確認した時、頭を下げて、すぽっと腕の間から抜け出すことに成功した
その勢いのまま後ろを振り返って、今度は自分からノクティスの首に腕を巻き付けて、ぎゅうっと抱きつく。
「わあ……」
眦も。頬も、首筋も。……それからガウンの腰紐が解けて露わになった、鍛え抜かれた上半身まで、ほんのり色づいていた。
そんなノクティスの色気にあてられて、ドキドキと胸が高鳴り、放心状態だ。
しかし、それに気づかない彼は不機嫌そうに僕を睨み、そっぽを向くと、なぜか再びこちらへと顔を向ける。
もう一度こっちを向いた時には不機嫌さのかけらもなく、なにかを企むように意地の悪い笑みが浮かんでいた。
「……そんなに見たいなら」
と言って、僕の頬を両手で包み、ノクティスが顔を近づける。
鼻先が触れ合うほど、間近に迫った推しの照れ顔に、心臓がドクン、と一際強く脈打った。
な、なんだか頭がぼーっとしてきた……
そう思ったのと同時に、たらり、と鼻血が零れおちて。
「だめ。……エロ過ぎでしょ」
めまいに負けて、後ろに倒れながら残した言葉は、最後まで僕らしいものだった。
──────────────
6章完結になります。
スローペースになってしまった6章ですが、
お付き合いくださりありがとうございました…!
7章では原作で大公が死ぬ展開が描かれていた、
「星夏祭」を軸にしているので、
多少は話が動き出す予定です。
またお時間がある際にでも、
覗いていただけましたら幸いです。
※アクセス、コメント、しおり、応援など、
いつもありがとうございます。
──────────────
閉じた瞼の裏側で薄っすらと明かりを感じた僕は、眠気を引き連れたまま緩慢に目を開けた。
「……うっ」
視界一面に、とんでもなくいい男の寝顔が広がる。
閉ざされた切れ長の瞳に、高い鼻梁と、形のいい唇。
堀が深くて男らしいのに、やはりどこか影のある色気が、男臭さを相殺して作り物めいた美しさを際立たせる。
推しの腕枕に、目覚めて最初に見る世界が推しの寝顔という至福……
ここが天国でないならなんだというのか。
溢れそうになる興奮を宥めて、もぞもぞとノクティスの胸にすり寄る。
額をくっつけてグリグリすると、少しだけ身じろいだあとに向こうも目をさましたようだった。
「……おはよう」
「ん」
ぽー、とした緩い返事が返ってくる。
まだ寝ぼけているのか、それとも朝が弱いタイプなのか。
しばらくノクティスは僕の髪の毛を無心で撫でまわしていた。
徐々に瞳がしっかりと僕を映し出したな、と思った頃。
ノクティスが大きく目を見開いて、飛び起きる。
逞しい腕から振り落とされた僕の頭は、柔らかなベッドに落ちた。
「——!?」
「びっくりした、いきなりどうしたんだよ……」
文句を言うと振り返ったノクティスが「嘘だろ」と言いたげに口を抑える。
なんだかこの感じに覚えがあるぞ。
そうだ、ドラマだ! 前世で見たドラマでは、このあと……
「なぜ服を着ていない?」
「期待を裏切らない男だね」
想像した通りの言葉に思わず半目になってしまう。
起き上がって説明しようとすると、ノクティスに腕を掴まれた。
「ジョシュア……この痣は」
「そうだよノク——」
「怪我したのか?」
「……」
これは殴ってもいいんじゃないかな?
むしろ殴ってほしいというサインなのかな?
「はあ。言っとくけど僕じゃないからね。これをつけたのはそっちでしょ?」
腕を組んで睨みつけながら言えば、まるで「冗談はよせ」とでも言いたげな顔をされた。
「本当に俺がしたのか? いつもみたいに騙そうとふざけているわけじゃないよな」
「違うってば!」
普段から揶揄ってばかりで、信用のない僕も悪いけど……!
「ほら見てよ! ここ、それにここも、こっちも! さんざん僕の体を噛んだり舐めたりしたのにぜーんぶ忘れたっていうのか?」
ぐいぐいと距離をつめて、僕の体中にあるキスマや歯型を見せつける。
するとノクティスは途端に顔を真っ赤にして、視界を遮るように自分の目を片手で覆った。
「ようやく思い出したみたいだね?」
「……いや」
「嘘つき。思い出したから顔を真っ赤にしてるんだろ?」
「…………思い出していない」
「え……」
それは、さすがにショックを受けてしまいます。
耳がしおしおと下がってきて、心までしょんもりだ。
思い出せないのは全部なのだろうか?
だとしたら、名前で呼んでほしいっていう会話もなかったことになるのかな。
僕にとってはその事を忘れられている方がなによりも悲しかった。
「……そっか。お酒弱いんだもん。仕方ないよね」
でも、ずっと落ち込んでいても仕方がない。だって誰も悪くないのだから。
僕は前向きに気持ちを切り替えることにした。
「まあ、昨日のあんなことや、こんなことは僕だけが覚えているってことにして。スーちゃん朝ごはんに——」
呼び慣れたあだ名を口にして、ベッドから降りようとすると、背後から抱きしめられる。
背中に感じる熱に驚いて息をつめると、ぽつりと恥ずかし気な声が聞こえた。
「悪い、覚えてる。全部。…………嫉妬して大人げないことをしたのも」
「!」
「……名前で呼んでくれるんじゃないのか」
それって、僕が「スーちゃん」って呼んだから居ても立っても居られなかったってこと?
あまりも可愛い告白に舞い上がる。
後ろを向こうとするが、僕の肩を抱き寄せる腕がびくともしない。
そのうえ「……今は見るな」とまで言われたら、誰だってこう思うだろう。
「へへ、やだね! 絶対顔を見てやる」
だって、絶対に可愛い顔をしているのに。
ぶっきらぼうな声音だけでも、赤面しているノクティスの顔が想像できるのに。
見ない、なんて選択肢は僕にはないのだ。
「ねえねえ、顔見たいから放してよ」
「だめだ」
「いいじゃんケチ」
「あきらめろ」
そう言われて僕が諦めるとでも?
僕は「ふう~」と息を吐いて、まるで諦めたかのようにふるまう。
そしてわずかにノクティスの腕の力が緩んだのを確認した時、頭を下げて、すぽっと腕の間から抜け出すことに成功した
その勢いのまま後ろを振り返って、今度は自分からノクティスの首に腕を巻き付けて、ぎゅうっと抱きつく。
「わあ……」
眦も。頬も、首筋も。……それからガウンの腰紐が解けて露わになった、鍛え抜かれた上半身まで、ほんのり色づいていた。
そんなノクティスの色気にあてられて、ドキドキと胸が高鳴り、放心状態だ。
しかし、それに気づかない彼は不機嫌そうに僕を睨み、そっぽを向くと、なぜか再びこちらへと顔を向ける。
もう一度こっちを向いた時には不機嫌さのかけらもなく、なにかを企むように意地の悪い笑みが浮かんでいた。
「……そんなに見たいなら」
と言って、僕の頬を両手で包み、ノクティスが顔を近づける。
鼻先が触れ合うほど、間近に迫った推しの照れ顔に、心臓がドクン、と一際強く脈打った。
な、なんだか頭がぼーっとしてきた……
そう思ったのと同時に、たらり、と鼻血が零れおちて。
「だめ。……エロ過ぎでしょ」
めまいに負けて、後ろに倒れながら残した言葉は、最後まで僕らしいものだった。
──────────────
6章完結になります。
スローペースになってしまった6章ですが、
お付き合いくださりありがとうございました…!
7章では原作で大公が死ぬ展開が描かれていた、
「星夏祭」を軸にしているので、
多少は話が動き出す予定です。
またお時間がある際にでも、
覗いていただけましたら幸いです。
※アクセス、コメント、しおり、応援など、
いつもありがとうございます。
──────────────
195
あなたにおすすめの小説
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました
まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。
性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。
(ムーンライトノベルにも掲載しています)
悪役神官の俺が騎士団長に囚われるまで
二三@悪役神官発売中
BL
国教会の主教であるイヴォンは、ここが前世のBLゲームの世界だと気づいた。ゲームの内容は、浄化の力を持つ主人公が騎士団と共に国を旅し、魔物討伐をしながら攻略対象者と愛を深めていくというもの。自分は悪役神官であり、主人公が誰とも結ばれないノーマルルートを辿る場合に限り、破滅の道を逃れられる。そのためイヴォンは旅に同行し、主人公の恋路の邪魔を画策をする。以前からイヴォンを嫌っている団長も攻略対象者であり、気が進まないものの団長とも関わっていくうちに…。
悪役令嬢の兄でしたが、追放後は参謀として騎士たちに囲まれています。- 第1巻 - 婚約破棄と一族追放
大の字だい
BL
王国にその名を轟かせる名門・ブラックウッド公爵家。
嫡男レイモンドは比類なき才知と冷徹な眼差しを持つ若き天才であった。
だが妹リディアナが王太子の許嫁でありながら、王太子が心奪われたのは庶民の少女リーシャ・グレイヴェル。
嫉妬と憎悪が社交界を揺るがす愚行へと繋がり、王宮での婚約破棄、王の御前での一族追放へと至る。
混乱の只中、妹を庇おうとするレイモンドの前に立ちはだかったのは、王国騎士団副団長にしてリーシャの異母兄、ヴィンセント・グレイヴェル。
琥珀の瞳に嗜虐を宿した彼は言う――
「この才を捨てるは惜しい。ゆえに、我が手で飼い馴らそう」
知略と支配欲を秘めた騎士と、没落した宰相家の天才青年。
耽美と背徳の物語が、冷たい鎖と熱い口づけの中で幕を開ける。
悪役令息を改めたら皆の様子がおかしいです?
* ゆるゆ
BL
王太子から伴侶(予定)契約を破棄された瞬間、前世の記憶がよみがえって、悪役令息だと気づいたよ! しかし気づいたのが終了した後な件について。
悪役令息で断罪なんて絶対だめだ! 泣いちゃう!
せっかく前世を思い出したんだから、これからは心を入れ替えて、真面目にがんばっていこう! と思ったんだけど……あれ? 皆やさしい? 主人公はあっちだよー?
ご感想欄 、うれしくてすぐ承認を押してしまい(笑)ネタバレ 配慮できないので、ご覧になる時は、お気をつけください!
ユィリと皆の動画つくりました! お話にあわせて、ちょこちょこあがる予定です。
インスタ @yuruyu0 絵もあがります
Youtube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます
プロフのWebサイトから、両方に飛べるので、もしよかったら!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました
タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。
クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。
死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。
「ここは天国ではなく魔界です」
天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。
「至上様、私に接吻を」
「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」
何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。