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第7章:運命
既視感02
しおりを挟むなぜすぐに思い出せなかったのか理由が分かった。
ところどころ原作と違う点があるためだ。
いまサナ皇后が僕に話してくれたことは、原作では星夏祭が開催される前日の夜のできごとで、話し相手は侍女だった。
それに亡くなった父親から贈られたプレゼントは布ではなく、白くて上品なティーカップのセットだったはず。
「サナ皇后、変なことを聞くけどもしかして贈り物には布以外にも、白いティーカップもあったりする?」
「まあ! どうしてそれを?」
「ハハハ……野生の勘というものかな……」
やっぱりあるんだ。
大まかな展開は同じでも、シチュエーションやアイテムに違いが出たのは、原作よりもサナ皇后とレーブ陛下の仲が進展していないからかな?
僕が一人で悩んでいると、宮殿からやってきた侍女がサナ皇后に耳打ちする。
彼女の雰囲気がわずかに緊張をはらむと、こちらに顔を向けて誤魔化すように苦笑を浮かべた。
「ジョシュア王子、申し訳ございません。少し席を外します」
「うん、分かった。いってらっしゃい」
立ち上がったサナ皇后は、品よく、けれども出せる限りの早さで、侍女を連れて去って行く。
薄緑色のドレスの裾がまるで吸い込まれるように宮殿へと消えていったなぁ、と。
そんな能天気なことを考えて、ハッとした。
そういえば原作で起きたこの後の展開といえば……
「待ってサナ皇后!」
聞こえるはずもないのに、思わず名前を呼んで立ち上がる。
隣で待機していた侍女が驚愕するのも目もくれずに、彼女の後を追った。
煌びやかな宮殿のなかを、残り香を頼りに駆けていく。
そうして曲がり角の先でサナ皇后の姿を捕らえた僕は、想像していた通りの光景に、ぼやいてしまった。
「うわ、やっぱり同じだよ」
サナ皇后と向かい合う形で立っているのは、顔に傷を負ったレーヴ陛下だった。
とんでもなく不機嫌そうな表情でサナ皇后を見下ろしている。
「どうしたのです? いったいなにが……」
「そなたには関係のないことだ。話がないのであれば失礼する」
「陛下! せめて傷だけでも——」
僕、この後の展開を知っている。
頬にでき痛々しい傷を、サナ皇后が魔法で治してあげようと手を伸ばすんだ。
けれど、レーヴ陛下はそれを叩き払い、冷たく拒む。
それでサナ皇后は誤ってティーカップを落としてしまい、大切な思い出の品は儚くも散り散りに割れてしまうのだ。
まさに今のように……
「そなたの手を借りるまでもない、不要だ」
けれど、原作とは違い、すぐ未来で叩き払われる手には、一生懸命に刺繍を施したあのハンカチが握られていて。
「ちょーーーっと待った!」
僕は魔法で二人の間に、握りこめるほどの小さな水の玉を浮かばせる。
二人は驚愕した表情で、突然目の前に現れたそれを見て瞬くと、同時に僕を見た。
レーヴ陛下の横に立った僕は、無表情なのになぜか不機嫌だと分かる器用な表情筋を見上げた。
「らしくなく冷静ではないようだったから。それに知らないところで他人だけが楽しい思いをするのはずるくないですか?」
傷を見た誰かが、根も葉もないことを噂にするのは面白くないはずだろ?
少し落ち着いたのか、レーヴ陛下の瞳に冷静な色が戻りだした。
「それではささっと治療しましょうか。いいですよね?」
返事を聞くまでもなく、「えいっ」というかけ声と一緒に、先ほど魔法で生み出した水の玉がレーヴ陛下の傷口に命中する。
続けて治癒魔法をかけると、いくつもあったみみず腫れのような傷は、跡形もなく消えていった。
「なにか?」
少しだけ水の勢いがよかったからかな?
顎を伝い落ちる水を袖で拭いながら、レーブ陛下がじっとりと僕を見下ろしてきた。
「治療魔法を使うのであれば、水をかける必要があるのかと不思議に思いまして」
「まあまあ、せっかく水を出したんですし。細かいことを気にしすぎると、禿げますよ?」
他の思惑がなかったわけではないが、サナ皇后とレーブ陛下なら僕はサナ皇后のみかただ。
「そのハンカチは大切なものだろ? 血や水を拭いて汚すのはもったいないよ」
「……ありがとうございます」
原作でおきた最悪な衝突フラグは回避したし、僕の役目は終わっただろう。
いつまでもここに居たら二人が話し合えないだろうと、この場を去ろうとした時。
レーヴ陛下に引き留められた。
「この後、予定がないのであれば今から時間をいただけるだろうか? ベルデ大公にも同席してほしい話がある」
「……? 僕は大丈夫ですよ。大公には使いの者を送りますね」
遠くで待機していた護衛騎士に、「暇だったら来てほしい」とノクティスに伝えるよう頼む。
僕たちはサナ皇后と別れ、話し合いをするべく部屋へと移動した。
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