あの日、北京の街角で4 大連デイズ

ゆまは なお

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「お疲れさま」

 温かい玉米茶《ユィミィチャ》(コーン茶)を出されて、マグカップを受け取った。香ばしくてほんのり甘いお茶だ。

「うん、喋りつかれた」 

 北京語で長時間話すと普段使わない舌使いや発音をするせいか、口の中が疲れたなあと感じるのだ。じいんと舌が疲労している感じだ。

「祐樹の北京語、だいぶ上手になったよな」
「そう? 孝弘の指導のおかげかな?」

「えー? そんなに教えてないだろ」
「うん。でもやっぱ聞く機会が増えたよ」

 確かにきちんと教えてもらっていないが、一緒に過ごすうちに自然と耳に入ってくることは多い。祐樹が広州駐在だったころは部屋のテレビはたいていBBCか日本の衛星放送だったし、中国ドラマもあまり見なかった。

 でも大連に来てからはテレビはCCTV、ドラマや映画も北京語で見る孝弘につられて見るので、いつの間にか俳優の名前や歌手も覚えて、祐樹の北京語能力はアップしている。

「孝弘に教えてもらうまで、裁判をテレビ放送してるとかも知らなかったし」
「ああ。あれ、けっこうびっくりするよな」

 裁判所での審理をテレビで生放送していると聞いた時は本当に驚いた。どんなものかと何度か見たがそれほど面白くはなかった。ただ原告も被告も堂々と自分の主張をするところは中国らしいというべきか。

「犯罪抑止力のためって聞くけど、効果あるのかな」
「どうだろう。その辺は謎だよな」

 ただ刑罰が日本より厳しいのは確かで、驚くような判決が出ることがある。
 社会主義国ならではの情報統制もしていてニュースの内容には偏りがあるから、必ず衛星放送やBBCもチェックしているが、世界のニュースとの差も大きい。

 インターネットがなかった時代から比べたら手に入る情報量は比べものにならないが、政府の規制は見えないところで張り巡らされていて閲覧できないページもかなりある。

 経済的には改革開放政策以来かなり開かれて飛躍的に発展を遂げている国だが、その先はまだまだ見えない壁があるのだ。

「そうだ、水餃《シュイジャオ》食べに来ないかって、朴栄哲が誘ってた」
「へえ、どこの店?」

「自宅にご招待だよ」
「自宅に? あ、もしかして皮から一緒に作るってやつ?」

 中国人の友人の家に行くと、麺打ち台が出されて作り方を教えてもらったと言う話を聞いたことがあった。よくあることらしい。

「どうだろ? 今回は作ってあるのかも」
 孝弘がなぜかくすりと笑った。

「昨日のレストランで水餃出ただろ? そしたら奥さんの作る水餃がおいしいって自慢するから、じゃあご馳走してよって言ったらいいよってことになって」

 朴栄哲は昨年結婚して、奥さん自慢がなかなかすごい。デスクにも結婚写真が飾ってある。

「それで招待されたんだ?」
「あの写真、どのくらいの変身ぶりか確かめに行く?」

 最近の中国では結婚する時に写真館で豪華な写真を撮るが、あまりに修正が激しいので通称変身写真などと呼ばれている。

 ウェディングドレスや旗袍《チーパオ》(チャイナドレス)はもちろん、清朝の皇帝皇后の衣裳やら果ては日本の着物風のものまで各種コスプレ写真を公園や景色のいい場所で撮影して、豪華アルバムを作るのが流行しているのだ。

「そっか。あの奥さんに会えるのか」

 写真では清朝の格格《ガーガ》(公主)の扮装で、とてもかわいくにっこり笑っている。自慢するだけあって確かに美人だ。どの程度の変身なのか、見てみたい気もする。

「週末になるけど、いつがいい?」
「じゃあ明日、会社で決めようか」

 朴と相談した方がいいだろう。孝弘もそうだなと頷いた。

「楽しみだな。手作り水餃って初めてだ」
「あ、そう? そうか、北方の習慣だもんな。そのうち祐樹も作れるようになるかもよ」

「やっぱ皮から?」
「当然」

「皮作るのって難しい?」
「意外とそうでもない」

「そうなんだ?」
「水餃の皮って薄くないから、わりと適当だよ。今度作る?」

 スーパーで売ってる水餃粉《シュイジャオフェン》で簡単に作れると孝弘は言う。

「うん。じゃあ作り方覚えて、日本に帰ったら水餃屋になろうかな」
「いいね。俺が毎日食べに行くよ」

「え、なんで客なの。点心師《ディエンシンシ》(点心の料理人)は孝弘でしょ」
「そう来たか。じゃあ祐樹が老板《ラオバン》(店主)か」

 冗談に笑い合うが、ふとそういうのも悪くないと思う。

 二人で店をする、なんて夢物語に決まっているけれど。
 孝弘と水餃屋さんになるのも悪くない…。


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