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しおりを挟む「た、上野くんはお腹空いてる?」
孝弘といつもの癖で言いかけて、あわてて言いかえた。駐在員の同僚なのだから、名前呼びはまずいだろう。
「村でもちょっと食べたし、よくわからない感じだな。松本は?」
「私はいつも夜そんなに食べないから」
「飲んでばっかなんだろ」
「失礼ね。そんなことあるけど」
冗談に笑い合って、それならここで解散しようと孝弘が決めた。
「女の子を一人で帰していいの?」
「わあ、そんなこと言われたの久しぶり!」
祐樹が心配すると松本は「平気ですよ」と笑った。仕事かえりはもっと遅いし、人通りもあるから心配ないと言う。
大連から持って来た日本の調味料とレトルトセットをみやげに渡すと嬉しそうに受け取って、あっさり手を振って別れた。
「ここらへんで食事してから宿行こうか」
「うん。聞いてたけど洋食がけっこうあるんだね」
通りには英語表記や若干あやしげな日本語の表記の店もある。すこし迷って洋食を出すツーリストカフェに入った。田舎町の洋食ってどんなだろう?という興味がわいたのだ。
このエリアには日本食を出すカフェもあって日本人バックパッカーのたまり場になっているが孝弘は行ったことがないと言う。
「でも今回は行ってみようかな」
「どうしたの?」
「情報ノート見てみたい。もし店の情報が書いてなかったら、いい商品を置いてる店だって書きこんでこよう」
「いいね。売上げ伸びる?」
「どうかな。バックパッカーってそんなにみやげ買わない気もするし」
「でも口コミの力が大きいって言ってたし、書いてみたらいいんじゃない」
ハニ族の料理人が出してくれたピザもカフェオレも普通においしく、外国人旅行者が多い田舎町の特性を見た気がした。デザートにプリンまで食べて、ゲストハウスに行った。
広い中庭があるタイプの開放的な宿で何度も来ているという。ぞぞむと一緒に2ヶ月近く泊まりこんだこともあるらしい。フロントの女の子は孝弘の顔をまだ覚えていた。
多人房《トウレンファン》(ドミトリー)はダメと孝弘が却下して、三人部屋を包房《バオファン》(貸切)した。疲れているので仕切りもない大部屋で他人と顔を合わせるのはさすがにしんどい。
シャワーとトイレは共同だが貸し切っても50元ほどと聞いて驚く。日本円で700円だ。部屋はシンプルだがベッドは清潔でテレビもあった。
「結構広いし、きれいだね」
「大丈夫? シャワーとトイレ付のツインもあるけど」
「ううん、ここでいいよ」
リュックを床に置いて、ベッドにごろっと転がった。孝弘が横に並んで、肩ひじをつく。
「お疲れ、大丈夫?」
「うん。さすがに疲れた。でも色々楽しかった、ありがとう」
「別に何にもしてないけど?」
「松本に昆明まで来るように手配したの、孝弘でしょ」
空港に迎えが来てると言われた時はやりすぎな気がしていたが、あの長距離バスを見て、昆明まで迎えを手配したのはこのせいかと理解した。
国慶節の帰省時の路線バスのすさまじさを祐樹はわかっていなかったのだ。
「ああ、まあな。松本が昆明で用事があったのも本当だし、途中で村に寄れるからちょうどいいと思ったから、都合もよかったんだ」
そう言いながら髪を撫でる。指先が後頭部に回って口づけられた。
「祐樹と大理にいるなんて嘘みたいだな」
「おれのほうがそう思うよ。孝弘が一緒じゃなかったら、雲南省なんて一生来ることなかった気がする」
「だよなあ。観光地にも歴史にも興味ないもんな」
「まあね。でも孝弘と来てよかった。香港のゲストハウスを想像してたから、こんなきれいだと思ってなかった」
「ああ、そういうのだと思ってたんだ。ここは三人部屋だからそれなりにきれいだけど、ドミはもっと雑然としてる。でも香港の安宿とは雰囲気が違うよな」
「うん。明るくなったら中庭見てみたい」
その夜は二人で一つのベッドに入って、抱き合って眠った。
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