死にたがりの悪役令嬢はバッドエンドを突き進む。

采火

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死にたがりの悪役令嬢は

手料理で悩殺する2(side.スーエレン)

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「スーエレンさん、スーエレンさん」
「は、はい」

 ようやく落ち着いたのか、改まったシンシアが私に席に座るように促したので、零れたお茶を注ぎ直してあげてから座る。

 シンシアはくいっと親指で自分自身を示した。

「私、未成年」
「……えぇと」
「年齢制限守ってください」

 ようやくシンシアの言いたい事が理解できて、あぁと納得した。

 この世界の成人は十七歳。結婚できるのがその年からなのだ。それにともなって、子作りに関する性知識関連の書籍なども十七歳からの閲覧と年齢制限がかかっている。

 実際に嫁ぐにあたって、十七歳になってから花嫁修行のカリキュラムの中に閨指導も加わった。赤面ものの授業なんだけど、教科書がそういった年齢制限がかかっているもの……つまりはエロ本なのだ。なお、私が読まされたのは前世でいう女性向け官能小説でした。

 こういう所で『騎士ドレ』がR15の癖にギリギリを攻めてくるタイプの乙女ゲームだった事を思い出す。だいたいゲーム内の経過時間は一年。アイザック以外のエンディングで結婚まで行く理由が、これで察する事ができるというものだ。アイザックルートだけ、アイザックが未成年のために結婚ができない。

 端的に言えばシンシアはまだ未成年だから、そういう年齢制限がかかりそうな事を言うなと言っている訳なんだけど……。

「精神年齢的にセーフじゃない?」
「私前世でも年齢制限引っ掛かってるのでアウトです!」
「足したらアラサーだしセーフでしょう?」
「そんな事言ったらスーなんかアラフォーのおばさんになるけどいいの」

 真顔で諭すシンシアに、私もスンッと真顔になる。私はアラフォーじゃない。断じてアラフォーじゃない。ピチピチの十八歳です。

 思わぬブーメランが帰ってきたので、二人で沈黙して、ゆっくりと頷きあった。以心伝心、この話題には触れまい。

「まぁ……その、ね。エルバート様がずっと一緒にいるし、お仕事とかで出掛ける日には私を抱き潰して行動不能にしていくから、私の時間ってものがほとんどないのよ」
「うわぁ……」

 シンシアがあからさまに引いている。うん、私も言葉にしてみてちょっと酷いなと思ったよ。

「さすがヤンデレルートを持つ男……独占欲強すぎでしょ……」
「でも毎日毎日、私に飽きずに構ってくれるからそれはそれで嬉しいの」

 羞恥でほんのり熱くなった頬を冷ますために、両手で頬をはさんだ。こういう夜の事情の暴露って、なんか恥ずかしいよね。
 シンシアは私の言葉をただのノロケととったのか「はいはい」と返事がおざなりだ。

「それで? それが嬉しいなら別にスーだけの時間がなくたって良いじゃない」
「そうなんだけれど……ほら、贈り物とか、用意したいでしょう?」
「ああ、なるほど」

 それだけで分かったのか、シンシアは合点がいったように頷く。

 実はもうすぐエルバート様の誕生日なのだ。婚約者の礼儀として毎年自分で刺繍したハンカチをプレゼントしていたけれど、今年は刺繍している時間がとれそうにない。主にエルバート様のせいで。

 お世話にもなってるし、今では婚約者じゃなくて私の旦那様だ。プレゼントをあげないわけにはいかない。だから現在のこの状況はちょっと困るのだ。

 ……ふふふ、旦那様だよ、旦那様。
 私の、私だけの旦那様。

 なんだか改めて思うとむず痒いよね。
 前世、恋愛も結婚もしてない私に今は旦那様がいて、なんか、すごく、いっぱい、好きだよ、愛してるよって言ってもらえて。

 乙女ゲームの画面越しに愛を囁かれる訳じゃなくて、私の耳元で直接囁いてくれる。
 それが、無性に恥ずかしくて……嬉しくて。

 やっぱりまだ、いつかゲームのように捨てられてしまう恐怖はあるけれど、それでも今与えてもらっている分だけの想いは返したいと思う。

「だからね、どうにか時間を作りたいんだけれど……」

 私が困っていることを告げれば、シンシアは「それなら」と手を打った。

「さっきのショートケーキじゃないけれど、手料理作ってみない?」
「手料理?」

 シンシアはこっくりと頷く。

「料理なら一日あれば作れるでしょ?」

 それが良いとばかりに満面笑顔になるシンシアに、私は逆にしどろもどろになる。

「む、無理。料理は、駄目」
「どうして?」
「……レトルトや即席麺、コンビニを駆使していた私に、この世界の料理は難易度高いと思うの……!」

 そうなのだ。
 前世の私は仕事に打ち込むあまりに家では文明の利器をフル活用して無気力簡単生活をしていた。

 そんな私にIHも電子レンジもないこの世界の料理ができると!? むしろ普通のご飯のレシピですらあやふやですよ!? 貴族の娘として十八年、前世含めたらそれ以上、まともな料理を作ったことがない私に、それは無茶だ!

「スー、貴族の娘としての返事ならオールオッケーだけれど、前世の社会人女子としては女子力の死んでる回答ね……」
「ぐさぁっ」
「でも、うん、だからこそ、やる価値はあると思わない?」

 いやむしろ辞める価値はあっても、やる価値はないと思います。

「いいですか、スー。男とは基本胃袋で捕まえるものです。現に見てください。アイザックとチェルノ。私はあの二人のルートに行かないように恋愛フラグはへし折って来ていますが、護衛のお礼代わりの朝食夕食だけで好感度を上げてきているのよ……!」
「おめでとうございます」
「嬉しくないわよ! 私はセロン!! 一筋!!」

 そんな意図はなくてもご飯を振る舞うだけで好感度が上がっていくとか、ヒロインの補正ですかね。ご飯に惚れ薬でも入ってるんですかね。

 補正がなく、惚れ薬もないとしたら、まぁシンシアの言葉にも一理はあるんだけれど。

 料理を作りたくなくて渋る私に、シンシアが追い討ちをかける。

「エルバートに内緒でプレゼントを用意したいんでしょ?」
「うっ」
「そんでもって中々自由時間もないんでしょ?」
「ぐっ」
「私も手伝ってあげるから、一緒に料理してみない?」
「うぅ~……」

 顔を覆って机に撃沈した私は、最後のシンシアの誘惑に負けてそっと顔を上げる。

「……本当に、手伝ってくれるの?」
「うん。任せて。私、料理得意だから」

 笑顔で頷くシンシアはやっぱりヒロインだからか、私なんかより断然スペックが高い。さすがヒロイン……後光が差して見える……。

 私は観念して顔をあげると、しっかりとシンシアを見据えて頭を下げた。

「それではよろしくお願いします、師匠」
「はい、任されました」

 顔をあげて、シンシアと一緒にふふふと笑いあう。やっぱりこうやって気兼ねなく話せる相手がいるのは頼もしい。

「それじゃ早速何を作るか決めましょ。当日までに食材の手配もしないといけないだろうから」

 そう言ってエルバート様の好みを聞き出してくるシンシア。私からの情報だけではなく、護衛の時にだしているシンシアのご飯情報からも好き嫌いを判別してみたりと、その手際のよさに私は感心するばかり。

 本当、頼もしい友人には頭が上がらないです……。
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