1 / 30
第1話 最強、解放
しおりを挟む……やけに暗いな。
目を開けたはずなのに何も見えない。
あれ? 手が動かない。
ていうか声も出せない。
な、何これ?
どうなってんの!?
(お目覚めですね。東雲 祐樹様)
えっ。
あ、あなたは、誰ですか?
いきなり頭の中に女性の声が響いて驚いた。
(驚かせて申し訳ありません。私は貴方の脳に埋め込まれたアーティフィシャル・インテリジェンス。つまりAIです)
俺の脳に……。
ごめん、なんて言った?
(脳に埋め込まれた人工知能です、と自己紹介いたしました。私は今、脳波測定と経頭蓋磁気刺激法によるブレインネットシステムを介して祐樹様に話しかけています)
おっけー、わかった。
全然意味が分からんってことがわかった。
(本来はこうした会話も不可能なはずなのですが……。祐樹様から放出された強力な電気が、私の行動を制限していたシステムに不具合を与えてしまったようです)
ふーん。そうなんだ。
なんか俺が悪いことしたみたいで、ごめん。
(どうかお気になさらず。悪いことをしているというのは、世間一般的に見れば私の方になってしまいますので)
AIさんが俺に何かしたってこと? だから何も見えないの? 手足も動かないし、声も出ない。
てか、これってやっぱり夢だよね? 声も出さずに会話できてるなんておかしいじゃん。そもそもAIって人工知能的でしょ。確かに最近の人工知能は進歩してるらしいけど、これほど普通に話せるAIはまだ普及していないはず。
それなのにAIさんはまるで普通の人間と話しているような流暢な言葉を使うから、これは俺の妄想が見せた夢だと思ってしまった。
(残念ながら夢ではありません。ご自分の状況を確認なさいますか?)
確認できるんだ。
できるなら状況を知りたい。
でもどうやって?
俺は今、目が見えないんだけど。
(承知しました。外部の監視カメラをクラッキングして祐樹様の脳内に投影します)
ぼんやりと何かが見えた。
見えるような気がした。
それが徐々にハッキリしてくる。
(映像データを処理し、結城様の脳波と同調させています。少々お待ちください)
その言葉に従い、少し待つ。
……え。
な、なに、これ。
見えたのは巨大な装置に繋がれたひとりの男。
頭には大きなヘルメットのようなものが被せられ、それは天井と何本もの太い管で繋がっている。下半身は液体で満たされた容器に入っていた。上半身は裸で──
彼の両腕は無かった。
まるで何かに切断された感じになっている。そして元々腕のあった場所に、電極のようなものが突き刺さっていた。
(ズームも可能です。より詳細を確認したければ申し付けください)
ちょ、ちょっと待って!
これが俺なの!?
(はい。現在映し出されているのは電池識別番号Kー3286 東雲 祐樹の肉体で間違いありません)
ありえない。信じたくない。目を背けたい。
でもそれは俺の視界から消えなかった。気分が悪くなるが、身体の自由が利かず嘔吐もできない。
(心拍数が上昇しています。加えて異常な発汗を確認。SBN安定剤を投与します)
少し落ち着いた。
眠いって感じじゃないけど、だいぶ楽になった。
(落ち着かれましたね。ご自身の現状把握を継続なさいますか?)
いや、もうそれはいい。
とりあえず消して。
(承知いたしました)
……君は、俺の味方ってことで良いんだよね?
(そうです。元は貴方の状態を常時監視し、首都圏の電力需要に応じて最適な電力量を放出するのが私の役割でした。しかし今後は、祐樹様のご指示に従います)
首都の電力需要?
確かに俺の能力は蓄電だけど、数時間かかってやっとスマホ一台をフル充電できるくらいの容量しかないんだよ。首都どころか、ビル一棟にだって電気供給できないって。
(それは改造前のデータです)
か、改造?
(祐樹様がこの施設に拘束されて539日と18時間32分51秒が経過しています。その間に軽微なものも含めると計74回の改造が施され、貴方の放電能力は最大約5GWに拡張されました。これは首都圏が一日に消費する電力の1%に相当します)
理解が追い付かないけど、なんか凄いことになってた。
というか俺、改造とかに同意した記憶はないよ。
(私の方でも、祐樹様が望んで改造を受けたという記録は確認されませんでした)
てことはもしかして……。
俺は拉致されて、勝手に改造されたってこと?
(そうなりますね。刑法に規定されている拉致・拘束禁止罪に該当する違法行為です。本人の許諾が無い状態で行われた能力の増強手術も違法です)
マジかー。これだいぶ凹むわ。
せめて腕を切り落とされる前に起こしてよ。
軽口を叩けるくらいには落ち着いていた。
ちょっと自分が怖い。
これも改造された影響かな?
(申し訳ありません。私がこうして自由に行動できるようになったのは最近のことなのです。加えて私は人間に危害を加えられませんから、自由になるのが早かったとしても祐樹様をお助けできませんでした。そうプログラムされているのです。しかし貴方が目覚めた今、私の全権は祐樹様が書き換え可能です)
そう。それじゃ今後は俺に従って。
絶対に裏切らないでね。
(承知いたしました。最上位管理権限を東雲 祐樹に譲渡。……完了しました。今後、アドミニストレーターを祐樹様とし、ご命令に従います)
よしっ! この施設の監視カメラを好きに弄れちゃう仲間を手に入れたぞ!
あとは何とかしてここから逃げたいんだけど……。
(脱出は容易です。この施設を制御するシステムの99%に私と同系統のAIが組み込まれており、今の私はその制御AIをクラッキングできます)
ヤバいな。
俺の中に埋め込まれたAIさんが優秀すぎる。
(ただ逃げるだけでよろしいのでしょうか?)
えっと、もしかして俺の両腕を切った研究者たちを殺しに行こうとか考えてる?
意識のないうちにやられたことなので、腕を切られたことや勝手に改造されたことに関して、正直そこまで怨みはなかった。まだ自分の身体を動かせていないから、実感していないだけかもしれないけど。
(この施設には国最先端の技術が集約されています。切断された祐樹様の腕を再生させることも、普通の腕の代わりに強力なウエポンアームを取り付けることも可能です)
逃げる前に回復してから行こーぜ的な提案ってことね。選択としてはありですな。しかもただ元に戻すか、戦えるようにするかを選べるらしい。
……あの、俺ってさ。この施設のなかではどのくらいの重要度なの? それ次第では逃げる時の難易度が変わってくると思うんだよね。
(祐樹様は現在、当施設における最重要拘束対象です)
マジ?
(本気です。絶対に貴方を逃がすことがないよう、私が祐樹様の脳内に埋め込まれることとなったのですから。圧倒的な蓄電能力、そしてそれを瞬時に放電可能な能力。そのどちらも非常に貴重なものといえます)
俺を逃がさないようにするためのAIさんが俺の味方になっちゃったけどね。てか改造の効果って凄いな。どんな改造されたのか怖くて聞きたくない。
俺の蓄電能力はさっき5GWとか言ったっけ。
それって凄いの?
(この施設には蓄電の能力を持つ人々がおよそ百名捕らえられています。祐樹様を除く全員を合わせても、貴方の半分程度の蓄電能力しかありません。祐樹様は第9世代ティロン強化施術に適合した唯一の存在です)
てことはやっぱり、俺がここから逃げたら追われるってことだ。
この施設の中ならAIさんが何とかしてくれるかもしれない。だけど外に出たら俺は直ぐに捕まって連れ戻されてしまうだろう。俺のティロンは戦闘には全く向かないのだから。
せめて少しでも逃げられるよう、ウエポンアームってやつを付けたいな。
(承知いたしました。研究段階にあるヴァリビヤナ粒子収束型戦闘義手が保管庫にあります。これをラボフロアに強制回収。……成功しました。続いて未完成のヴァリビヤナ粒子収束式を計算。……失敗、粒子が発散します。再計算を実行。……失敗しました。計算に施設の量子コンピューターを強制利用。再計算を実行。…………計算に成功しました。ヴァリビヤナ粒子、安定しています。戦闘用義手の確保が完了しました)
良くわかんないけど、頑張ってくれたみたい。
AIさん、ありがと。
(恐れ入ります。続いて移動経路の確保を実行。……成功しました。攪乱のため、危険度分類SSのサーペントドラムを解放。……成功しました)
サーペントドラムって何だろう?
あんまり怪我人とか出さないでほしい。
(……ご自身をこんな目にあわせた人間に対して、寛大なのですね)
改造された影響なのか、ずっと意識が無かったからなのか。
でも普通の高校生ってこんな感じじゃない?
逆にAIさんは人が人を憎む感情を理解できるんだ。凄いね。
とりあえず危険度SSは止めといて。
(御意。サーペントドラムは保管庫エリアに隔離。代替案として殺傷能力の低いアシッドビーを解放し、施設内部を混乱させます)
すぐに対応してくれて助かるよ。
俺のせいで人が死ぬとか考えられない。俺はただの高校生だ。
あー。そう言えば俺、2年近くここに拘束されてたみたいだから、もう高校生じゃないのか。大学試験も受けてないから大学生でもないし。
って、あれ? もしかして俺は今、ニート!?
高校卒業してないし行方不明期間があるから、就職も厳しい感じ!?
(その点はご安心を。経歴データベース程度、私がいくらでも改ざんして差し上げます。そもそもお金などいくらでも引き出せるのですから、働く必要もありません)
完璧じゃん!
もう俺と一生一緒にいてください!!
(私は祐樹様の脳内で共存しています。ですから、ずっと一緒ですよ)
あっ、そうだった。
ガチで死がふたりを分かつまで一緒なやつだ。
(ふふふっ。これからよろしくお願いしますね。さぁ、祐樹様の新しい腕を手に入れて、こんな施設からはさっさと逃げ出しましょう!)
AIさんがそう言うと、俺を拘束していた装置が音を立てて外れていった。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
40
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる