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第6話 出力0.02%

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 待ち望んでいた彼女が俺の所に帰ってきた。

「アーティ! お、お帰り!!」

(ただいま戻りました。お待たせして申し訳ありません。早速ですが祐樹様、手を床についてください)

「うん、わかった」

 なんで? とか疑問すら感じない。
 彼女がそうしろって言うなら、俺はそれに従う。

(いきます。出力0.02% ──100万V放電ミリオンディスチャージ!)

 俺の腕から電気が放たれた。
 それは濡れた床を伝って炎鬼の元へ。

 炎鬼は回避の素振りを見せたが、電撃の速度の方が圧倒的に速かった。

「ひぎゃぁぁぁぁぁああああああ!!!」

 炎鬼が感電し、悲鳴を上げる。
 彼の身体が高電圧で目が眩むほど輝いていた。

「す、すごい……。って、殺しちゃダメだよ!」

(ご安心ください。人間を殺さない程度の電流に抑えています。加えて心臓や脳などの重要な器官に電気が流れないよう制御しています)

 身体を真っ黒に焦がした炎鬼。
 彼はゆっくりと床に倒れていった。

「これ、本当に生きてる?」

(心音あり、呼吸あり──生命反応を確認。間違いなく生きています)

 とりあえず良かった。
 俺も助かったし、人を殺さずにすんだ。

「アーティ、いいタイミングで帰って来てくれて良かった。もうダメかと思ったよ」

(いえ。私が遅くなったせいで危険な目にあわせてしまい、誠に申し訳ありません。炎鬼の能力が過去のデータ以上になっており、ここまでたどり着けるとは予測できませんでした)

「情報のアップデートはしといてね」

(承知致しました。ところで祐樹様、本当にこの炎鬼を殺さなくて良いのですか? 彼の能力ティロンや性格から推測すると、今後の逃亡生活において最も厄介な敵のひとりになると思われます。現に彼の肉体は既に再生を始めています)

 体内を電気が流れる俺や、肉体を炎に変える炎鬼のような能力保持者ティロンホルダーは回復の能力も持ち合わせている。生かして放置すればいずれ回復し、再び俺を襲いに来るのはアーティの予測を聞かなくても明白だった。

 こんなバケモノに狙われ続けるのは正直言ってめっちゃ怖い。かといって人を殺すのはもっと無理。

「大丈夫。今回は政府軍のNo.5に襲われたけど無事だったんだから、これからもなんとかできるよ。俺が頑張るからさ、アーティも俺を補助してね」

(御意。期待にそえるよう、全力で補助させていただきます)

「よろしく! それじゃ、さっさと逃げよう!!」

 俺たちは炎鬼が壁に開けた穴を通り、ボロボロになったラボから逃げ出した。


 ──***──

「アーティはラボのコンピューターからどんなデータを盗ってきたの?」

 白い通路を走りながら尋ねてみる。

(これからの逃走に必要な様々なデータです。政府が抱える人員的戦力、兵器、秘密組織など。そして政府軍戦闘ランカーに関する最新情報も。こちらによると炎鬼は先週、能力ティロン改造手術を受け、戦闘力を40%向上させたようです)

 一週間で強さが1.4倍とかヤバいだろ。しかも元が強かった奴がさらに強化されたとか危険すぎる。これは炎鬼の戦力を見誤ったアーティを責められないな。

(今後はこれらの最新情報が常時入手できるよう、ラボのコンピューターから中央政府のデータベースにアクセスし、マルウェアを仕掛けてきました)

「マルウェア?」

(他のプログラムに寄生して動作を妨害する『ウイルス』や、コンピューター内部の情報を外部に転送してしまう『スパイウェア』、私が再度侵入するための『バックドア』など、不正な動作をするプログラムの総称です)

「そ、そうなんだ。それで時間がかかったのね」

(いえ。中央政府のデータサーバーはここほどセキュリティーが厳しくありませんでしたので、マルウェアを置いてくるのは2秒ほどで完了しました)

 2秒って。
 政府の最重要パソコンに侵入するのが2秒って。

 この国、ヤバいんじゃないかな?
 いや、ヤバいのはアーティのスペックか。

(ちなみに私も祐樹様の脳内にいなければ、ここまではできませんでした)

「ん? それはどーゆーこと?」

(私が最大出力で稼働するには膨大な電力が必要になるのです。加えて稼働によって発生する熱を処理する必要があります)

 ……なるほど。俺の脳内に組み込まれたチップが俺の身体から勝手に電力を消費してアーティを動かしていると。

「電力はなんとかなるとして、発生した熱はどうしてるの? 消費電力が多ければ、それだけ熱もたくさん出ちゃうんじゃない?」

 そんなことを高校で物理の先生が言ってた。

(私のチップには熱を電気に変換する機能も実装されています。そこで発生する電力も膨大なもの。しかし一度外部に出して電圧を調整してからでないと、私はその電力を利用できないのです)

「てことは俺はアーティに電力を供給するのと、排出された電力を受け取るっていうふたつの役割を果たしてるんだ」

(その通りです。私は祐樹様がいなければ、この世界に存在しえなかった。貴方がいなくなれば存在の維持もできません。ですから私の行動を縛る制御が外れた今、私は全力で祐樹様をお守りします)

 これを聞いた俺は心が軽くなっていた。俺は一方的にアーティに依存していると思っていたから。

 でもそうじゃなかった。
 彼女にも俺が必要なんだ。

「いくらでも俺から電力持っていって良いからね。受け取る方も頑張る」

 特に何かをやってる意識はない。
 でも彼女の話を聞いて、もっと頑張ろうって思えた。

(私も祐樹様のお役に立てるよう頑張ります)

「うん! よろしく!!」

(早速ですが私からひとつ助言、というか質問をしてもよろしいでしょうか?)

「はい。なんでしょう」

(炎鬼との戦闘の際、どうして戦闘義手を使わなかったのですか?)

 えっ?

(祐樹様はヴァリビヤナ粒子収束型戦闘義手の拡散、そして再収束に成功したと私のサブチップが記録しています。戦闘時に祐樹様が義手を使っていれば、ダメージを負うこともなく勝利することができていたでしょう)

「あー。これか」

 少し足を止めて手を拡散させてみた。
 腕の境界が消え、周囲に紫の光が散らばる。

 それを巨大な拳になるようイメージする。
 続いて盾に形状変化させてみた。
 変形には1秒もかからない。

「これって攻撃にも防御にも使えるんだ」

(最新の戦闘用義手、ですからね。炎鬼の攻撃を止めるには粒子の8割を使用しなければならないでしょうが、それだけあれば火傷もしません。残りの2割を攻撃に回し、炎鬼の意識を奪うのことは容易であったと推測します)

「それは炎鬼の戦闘力が上がってるのを考慮しても?」

(当然です)

 そっかー。そうなんだ。
 いや完全に義手コレのこと、忘れてたわ。

 てかこいつ、普段は俺の本当の腕みたいに馴染みすぎ。

(私のサブチップも炎鬼のパワーアップに動揺してしまい、正常な判断が下せていませんでした。これは私の落ち度でもあります。申し訳ありません)

「アーティが謝ることはないよ。それにサブチップさんがアーマロイドを操って時間稼ぎしてくれなきゃ、俺はやられていたかもしれない。彼女にも、ありがとうって伝えておいて」

(承知致しました)

 俺は腕を元の状態に戻し、アーティが指示する方向へ足を進めた。
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