夏の思い出

遠野 時松

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狙いはカブトムシ

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「虫籠だけでいいからな」
「うん、分かった」

 言い付け通りに師匠からもらった宝物を首にかけると、懐中電灯を手に取って車を降りる。
 後部座席をチラリと見ると、二人は降りる気配をみせずに乙女だけの秘密とばかりに楽しそうに話をしている。

 車の中であっちゃんが二人にどうするか確認をすると、虫嫌いの朱音ちゃんは車に残る事になった。そしたら日和が「朱音ちゃんが行かないなら私も行かない」と言い出した。こうなりそうだから、僕とあっちゃんだけでカブトムシを捕りに行く予定だった。それを無理やり変えてまでついてきたのにふざけんなと思う。僕がわがまま言うとお兄ちゃんなんだから我慢しなさいってみんな言うくせに、日和のわがままはすんなり通る。
 世の中不公平だ。

「惚れた方が負けって言葉知ってるか?」

 少しだけ不貞腐れていると、それに気がついたあっちゃんが話しかけてきた。

「なにそれ?」
「好きで好きでしょうがねぇから、このぐらい屁でもねぇって事だよ。いくぞ」
「…うん、分かった」

 あっちゃんは朱音ちゃんに対してそうかもしれないけれど、僕は日和にそこまでは思えない。納得はできないけれど、納得をしたふりをしてあっちゃんの後ろについて歩きだす。
 今は日和の事よりカブトムシの方が重要だ。

 でも、やっぱり胸の辺りがモヤモヤする。

 本当ならもう少し先まで車で行ける。その場所まで入ると、木が茂っていて結構暗い。車のライトをつけていると虫が寄ってくるから、道も広くて月明かりが届くこの場所に車を止めた。
 昼にやったザリガニ釣りは、アイツが釣ったザリガニを外してばっかりで全然できなかった。アイツのわがままでアパートに帰らなくてよくなったから、ドライブする事になってあんな話になった。予定通りなら仕掛けのすぐ近くまで車で行けた。元はと言えば僕一人で泊まるはずだったのに、それをアイツは無理やりついてきた。
 めちゃくちゃ楽しみにしていた日なのに、アイツに振り回されっぱなしだ。何だか腹も立ってきている。

 でも、我慢する。お兄ちゃんだから。
 うるさい足手纏いがついてこなくなって良かった。と、思うようにした。

「おい、そっちはどうだ?」

 仕掛けた場所をそーっと覗くと、黒い塊が確認できた。
 途端に僕の目は輝きを取り戻す。

「いるよ。雄が一匹で雌が二匹。あとマイマイカブリも」

 獲物に気取られないように声を殺して隊長に報告する。
 僕達の会話を虫達に聞かれたところで何かあるわけでも無い。分かっているけれども僕の狩猟本能がそうさせる。

「こっちは雄が二匹。仕掛け以外の樹液んところにもう一匹いたから、全部で三匹だ」
「木の下の方にもう一匹いた」

 さっきまでの事なんてどっかに吹き飛んでしまう程、秘伝の蜜の効果は抜群だった。
 他に仕掛けたところも合わせると面白いぐらいに捕れた。それに秘伝の書に書かれていた『幹の部分に大きく塗って近くの枝の根本にたっぷり塗る』とか、『樹液が出ている所から下に長く塗る』というのも納得ができた。

「カブトムシは強いやつがいると他のやつをどんどんぶん投げちゃうからな。数捕る時はなるべく虫同士が接触しないように、デカいの捕りたい時はその逆だからな」

 蜜を塗っている時にあっちゃんが言っていた事は正しかった。

 僕は、蜜を我がもの顔で独り占めしていた雄と他のカブトムシをぶん投げていた雄と、体の大きな雌三匹を虫籠の中に入れた。ノコギリクワガタは雌がいなかったから逃した。「あの大きさのケースなら1匹ぐらいクワガタがいても大丈夫だぞ」とあっちゃんは言ってくれたけれど、何となく逃がした。

「仕上げは上々だな」

 敦仁は小さく伸びをする。

「それじゃあ戻るか」
「うん」

 虫籠を覗いていた僕は満足気に頷く。

 ふと林の奥に目をやると、なぜだか肌寒さを感じた。
 それがなぜなのかを知るために懐中電灯で視線の先を照らしてみても、木々に光が吸い取られてしまい遠くまで見渡す事ができない。目を凝らしたところでなんの意味もなく、目に見える範囲では到底窺い知ることができない。明るい時に見えていた範囲よりさらに奥まで暗闇は続いている。

 山は昼と夜では全然違う顔を見せていた。

 カブトムシを獲っている時は楽しさに夢中になっていて気が付かなかったけれど、今いる場所は普段自分が生活している場所とは全く違う世界だと頭ではなく肌で感じた。ここには部屋を灯す明かりや雨風を凌ぐ家も無い。狩る、狩られるという事にカブトムシと自分との違いなど無く、生身の命がただ山の中に存在している事を幼心に感じ取った。

 僕は背中に異変を感じながら、あっちゃんに離されまいとすぐ後ろをついて歩いた。
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