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笑顔の秘密
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「バカ、そんなの聞くんじゃねぇよ」
正は源の胸をバシっと叩く。「で、どこに惚れたって?」
「おい正やん、ちょいと待て。聞いちゃいけねえって言ったやつが、聞いてんじゃねぇか」
返す刀で佳子に余計なことを聞く正の肩を、今度は源が叩き返す。
当然のごとく、佳子からの返事はない。
「まさか、まさかの佳子さん。怖いって言ってたこの顔が、実は好きってわけじゃないだろうな?」
「源の字さんよぉ、そりゃあ失礼ってもんだろ」
窘めたはずの源が失礼なことを言ったものだから、それは見逃せないと正はしっかり注意をする。
「いや待てよ」正は顎に手を当てる。「蓼食う虫も好き好きってやつか?」
「おいおい、俺はそこまでは言ってねぇぞ」
注意はしたものの酔っているからか思いついたことを口にしてしまった正に対して、源は呆れて肩を竦める。
「しかしその線も捨てがてぇな、なあ?」
「おうよ、そうだろ?」
二人は顔を見合わせて笑い合う。
「おい!」
あることに気がついた源は、声を荒らげる。
「なに、なに。どうした?」
突然の大声に正は驚き、源の見ている方に顔を向ける。
「おう、こりゃあやっちまったみてえだな」
「そうだろ、この顔を見たら阿修羅も裸足で逃げ出すってもんよ。なあ?」
「ちげぇねえ。こうなったら、俺らにゃどうにも出来ねぇな」
正は小さく首を横に振る。
「間違いねえ。見たこたぁねえが、閻魔様ってのはこんな顔してるんだろうな、なあ?」
「おうよ、生きてるうちに拝めるとは思ってもみなかったぜ。こうなったら、姫にデコを地面に擦り付けて鎮めてくれるようにお願いするしかねえな」
正と源は二人同時に、宏からテーブル席へと視線を移す。
するとそこには下瞼を人差し指で下に引き、可愛らしい舌を精一杯に見せつけた、正式とも言える『あっかんべー』をした鈴香の姿があった。
「おい、鈴ちゃん。そりゃあねぇぜ、なあ?」
「そうだよ、鈴ちゃん。こうなっちまったひろっさんを笑顔に戻せるのは、鈴ちゃんしかいねぇんだよ」
その願いも虚しく、鈴香は『じ・ご・う・じ・と・く』と声を出さずに口を動かして二人に伝える。
源の「そんな殺生なぁ」という力無き声を無視して、鈴香は佳子に顔を向ける。
「おばあちゃんのハートを射止めたおじいちゃんの顔って、どんな笑顔だったの?」
鈴香は宏が笑った顔を何度か見たことがあるが、見る人によっては喜怒哀楽の判断が難しい顔しか思いつかない。それを初めて会った、当時の佳子が見極められたかのかというと、信じがたい出来事に思えてしまう。
「そうねえ……。昔のことだから忘れちゃったけれど、今となったらあれが笑顔だったのか分からないの。だっておじいちゃんて『あれ』じゃない?」
「うん」
笑いながら聞いてきた佳子に、鈴香は躊躇なく頷く。
「でもね、口角が上がってなくたって、目を細めてなくたって、おばあちゃんには笑っている様に思えたの。だからあの顔が、おばあちゃんにとって素敵な笑顔なのよ」
「ふーん」
鈴香はテーブルの端を両手で持ち、足を突っ張って椅子ごと体を斜めに反らしながら天井を見上げ、その顔を思い浮かべる。
「見てみたいなぁ……」
「それはおじいちゃん次第かな」
佳子は、宏のことを見ながら呟く。
「その時の顔、思い出してるんでしょ?」
鈴香は同級生を揶揄うように、佳子に話しかける。
「秘密」
女学生だった頃に戻って、佳子は答える。
「ずるーい」
「あの時のおじいちゃんの顔は、おばあちゃんにとって宝物なの。だから秘密」
それを聞いた鈴香は、顎を突き出して頬を膨らませる。抗議をしている顔のはずなのに、なぜだか笑っているようにも思える不思議な顔をしている。
それを見て「あらあら」と、佳子は笑う。
「あの時の笑顔とは違うけれど、鈴ちゃんもおじいちゃんの素敵な笑顔を見てるのよ。忘れちゃったかな?」
「えっ! いつ?」
鈴香は椅子を戻して、体ごと佳子に顔を向ける。
「鈴ちゃんが生まれた時」
「なにそれー。それなら絶対に覚えてなーい」
体を横に向けたまま、鈴香はテーブルの上に倒れ込むようにして上半身を乗せる。
「今まで見た中で、一番嬉しそうな笑顔だったかな。生まれて直ぐの鈴ちゃんが詠月に抱かれてワンワンって泣いているのを、幸せそうな笑顔で見つめていたわよ」
「そうなの?」
「そうよ。おばあちゃんにも見せたことのない、とびっきりの笑顔だったわよ」
「えーっ! えへへー」
一旦、ぎゅっと力が入ったかと思えば、静香は褒められたわけではないのに嬉しそうに笑い、全身の力が抜けたようにテーブルに身を委ねる。
「それじゃあ、ママの時は?」
鈴香は顔だけ向けて、佳子に尋ねる。普段なら「お行儀が悪い」と叱るところだが、佳子はクスクスと笑う。
「詠月の時はおじいちゃん、泣いてたわ。『ありがとう、ありがとう』って何度も私に言いながら、ボロボロと涙を流してね。助産師さんもびっくりしてたぐらいよ」
「信じらんなーい。おじいちゃんが?」
「そうよ、笑いながら泣いてたの。もう、おかしくって、おかしくって。おばあちゃん、出産で力を使い果たしたのに延々とその顔で言い続けるものだから『やめて、笑わせないで』って、大変だったんだから」
「おじいちゃんて、そんな一面もあるんだね」
鈴香は宏に顔を向ける。
「そうなのよ」
佳子も同じく目を向ける。
二人の視線の先には、鬼のような形相の宏と必死になっているマサ・ゲンの姿が、寸劇のように映る。
「結婚っていいものなの?」
「どうかしらね」
「おばあちゃん、笑ってるよ」
「あら、そう?」
「うん」
いつもの様に源の一言に正が言葉を被せると、宏の表情が緩む。その隙に二人がグラスを差し出すと、それに渋々ながら宏がグラスを合わせる。お馴染みの光景に、鈴香と佳子の表情も緩む。
「結婚かー」
鈴香の一言に、源が目敏く反応する。
「おい、鈴ちゃん。その歳でお見合いをするつもりか? なあ」
「おうよ、それとも既に良い人でもいるのか?」
「せっかくの良い雰囲気が台無し」
鈴香は口を尖らせて、プイッとそっぽを向く。
正は源の胸をバシっと叩く。「で、どこに惚れたって?」
「おい正やん、ちょいと待て。聞いちゃいけねえって言ったやつが、聞いてんじゃねぇか」
返す刀で佳子に余計なことを聞く正の肩を、今度は源が叩き返す。
当然のごとく、佳子からの返事はない。
「まさか、まさかの佳子さん。怖いって言ってたこの顔が、実は好きってわけじゃないだろうな?」
「源の字さんよぉ、そりゃあ失礼ってもんだろ」
窘めたはずの源が失礼なことを言ったものだから、それは見逃せないと正はしっかり注意をする。
「いや待てよ」正は顎に手を当てる。「蓼食う虫も好き好きってやつか?」
「おいおい、俺はそこまでは言ってねぇぞ」
注意はしたものの酔っているからか思いついたことを口にしてしまった正に対して、源は呆れて肩を竦める。
「しかしその線も捨てがてぇな、なあ?」
「おうよ、そうだろ?」
二人は顔を見合わせて笑い合う。
「おい!」
あることに気がついた源は、声を荒らげる。
「なに、なに。どうした?」
突然の大声に正は驚き、源の見ている方に顔を向ける。
「おう、こりゃあやっちまったみてえだな」
「そうだろ、この顔を見たら阿修羅も裸足で逃げ出すってもんよ。なあ?」
「ちげぇねえ。こうなったら、俺らにゃどうにも出来ねぇな」
正は小さく首を横に振る。
「間違いねえ。見たこたぁねえが、閻魔様ってのはこんな顔してるんだろうな、なあ?」
「おうよ、生きてるうちに拝めるとは思ってもみなかったぜ。こうなったら、姫にデコを地面に擦り付けて鎮めてくれるようにお願いするしかねえな」
正と源は二人同時に、宏からテーブル席へと視線を移す。
するとそこには下瞼を人差し指で下に引き、可愛らしい舌を精一杯に見せつけた、正式とも言える『あっかんべー』をした鈴香の姿があった。
「おい、鈴ちゃん。そりゃあねぇぜ、なあ?」
「そうだよ、鈴ちゃん。こうなっちまったひろっさんを笑顔に戻せるのは、鈴ちゃんしかいねぇんだよ」
その願いも虚しく、鈴香は『じ・ご・う・じ・と・く』と声を出さずに口を動かして二人に伝える。
源の「そんな殺生なぁ」という力無き声を無視して、鈴香は佳子に顔を向ける。
「おばあちゃんのハートを射止めたおじいちゃんの顔って、どんな笑顔だったの?」
鈴香は宏が笑った顔を何度か見たことがあるが、見る人によっては喜怒哀楽の判断が難しい顔しか思いつかない。それを初めて会った、当時の佳子が見極められたかのかというと、信じがたい出来事に思えてしまう。
「そうねえ……。昔のことだから忘れちゃったけれど、今となったらあれが笑顔だったのか分からないの。だっておじいちゃんて『あれ』じゃない?」
「うん」
笑いながら聞いてきた佳子に、鈴香は躊躇なく頷く。
「でもね、口角が上がってなくたって、目を細めてなくたって、おばあちゃんには笑っている様に思えたの。だからあの顔が、おばあちゃんにとって素敵な笑顔なのよ」
「ふーん」
鈴香はテーブルの端を両手で持ち、足を突っ張って椅子ごと体を斜めに反らしながら天井を見上げ、その顔を思い浮かべる。
「見てみたいなぁ……」
「それはおじいちゃん次第かな」
佳子は、宏のことを見ながら呟く。
「その時の顔、思い出してるんでしょ?」
鈴香は同級生を揶揄うように、佳子に話しかける。
「秘密」
女学生だった頃に戻って、佳子は答える。
「ずるーい」
「あの時のおじいちゃんの顔は、おばあちゃんにとって宝物なの。だから秘密」
それを聞いた鈴香は、顎を突き出して頬を膨らませる。抗議をしている顔のはずなのに、なぜだか笑っているようにも思える不思議な顔をしている。
それを見て「あらあら」と、佳子は笑う。
「あの時の笑顔とは違うけれど、鈴ちゃんもおじいちゃんの素敵な笑顔を見てるのよ。忘れちゃったかな?」
「えっ! いつ?」
鈴香は椅子を戻して、体ごと佳子に顔を向ける。
「鈴ちゃんが生まれた時」
「なにそれー。それなら絶対に覚えてなーい」
体を横に向けたまま、鈴香はテーブルの上に倒れ込むようにして上半身を乗せる。
「今まで見た中で、一番嬉しそうな笑顔だったかな。生まれて直ぐの鈴ちゃんが詠月に抱かれてワンワンって泣いているのを、幸せそうな笑顔で見つめていたわよ」
「そうなの?」
「そうよ。おばあちゃんにも見せたことのない、とびっきりの笑顔だったわよ」
「えーっ! えへへー」
一旦、ぎゅっと力が入ったかと思えば、静香は褒められたわけではないのに嬉しそうに笑い、全身の力が抜けたようにテーブルに身を委ねる。
「それじゃあ、ママの時は?」
鈴香は顔だけ向けて、佳子に尋ねる。普段なら「お行儀が悪い」と叱るところだが、佳子はクスクスと笑う。
「詠月の時はおじいちゃん、泣いてたわ。『ありがとう、ありがとう』って何度も私に言いながら、ボロボロと涙を流してね。助産師さんもびっくりしてたぐらいよ」
「信じらんなーい。おじいちゃんが?」
「そうよ、笑いながら泣いてたの。もう、おかしくって、おかしくって。おばあちゃん、出産で力を使い果たしたのに延々とその顔で言い続けるものだから『やめて、笑わせないで』って、大変だったんだから」
「おじいちゃんて、そんな一面もあるんだね」
鈴香は宏に顔を向ける。
「そうなのよ」
佳子も同じく目を向ける。
二人の視線の先には、鬼のような形相の宏と必死になっているマサ・ゲンの姿が、寸劇のように映る。
「結婚っていいものなの?」
「どうかしらね」
「おばあちゃん、笑ってるよ」
「あら、そう?」
「うん」
いつもの様に源の一言に正が言葉を被せると、宏の表情が緩む。その隙に二人がグラスを差し出すと、それに渋々ながら宏がグラスを合わせる。お馴染みの光景に、鈴香と佳子の表情も緩む。
「結婚かー」
鈴香の一言に、源が目敏く反応する。
「おい、鈴ちゃん。その歳でお見合いをするつもりか? なあ」
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