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Episode1「別れ」
第1話
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誰しも、人生において忘れられない記憶というものはあるのではなかろうか。
泣き叫ぶ中年女性と、誰か幼い子供の名前を泣き叫ぶ母親らしい若い女性の声。それらは、私の頭の中に、4年も経った今でも時折鮮明に蘇り思い起こされる。いわゆるフラッシュバックという奴なのだろうか?
クリスマスの夜、357人の乗客が搭乗した1機のジャンボジェット機が、吹雪に巻き込まれシステム異常を起こして海面にぶつかり粉砕、墜落した。胴体着陸だった。
出発は北海道発、東京都着の夜行便である。クリスマスでファーストクラス以外、満席だったその便は、搭乗した357人の内、7人が着陸時の機体分解の衝撃で即死。他、226人が機体の中で炎に巻き込まれ焼死し、うち124人が座席ごとや、身体だけ海に投げ出された。時刻が夜間だったこと、加えて悪天候だったことも一因で、海上保安庁による救出は難航を極めた。結局、その日のうちに救助されたのはたった2人。残念ながらその後、死亡が確認された。日を超えた深夜、暗闇での救出を求める家族や恋人たちに、政府は「ご家族の気持ちは計り知れない。しかし今は救出できない」と、弁明した。翌朝、日が明けてから、その凄惨な現場の様子は、日本だけでなく世界中に生中継されることになった。
夜に事故が起きたという要因はやはり大きかったのだろう。翌日、生存者が確認されたが、それはたったの1人だった。すべての遺体の身元確認が出来たのは、そのニュースから更に2日後の空港に泊まり込んだ後のことだった。家族達は一人ずつ身元が確認されていった。
都内某空港のロビーに集まっていた乗客の遺族たちに、マスコミ等メディアの視線は向けられた。疲労が溜まり、待合室の椅子に座り込む姿を、記者やアナウンサー達はこぞって報道していた。
歯科医院等の歯の治療痕記録が行われ、1人ずつ―――1人ずつ一致した被害者の名前が呼ばれた。身元の確認に呼ばれた瞬間、泣き崩れる中高年の女性。子供が誰かと搭乗していたのか、気丈に振る舞い、嗚咽を漏らしながらも、片手で泣き続ける妻を引っ張って向かう30代の男性。しっかりと手を繋ぐ若い母親と、小学生の男の子。大学生らしい若い青年二人連れの姿もあった。
そして―――。
「サイジョウヒロトさんの、ご家族の方!いらっしゃいますでしょうか!」
まだ遺族が20人ほどが残る中、8メートルほど離れた場所に関係者用会議室から出て来た職員の男性が、拡声器のスピーカーでこちらに大声で名前を確認を取る。
「サイジョウヒロトさんの、ご家族の方!」
私は、脚が固まって動けない。そんな奇異な症状に囚われていた。両手が小刻みに震え、喉はカラカラだった。上手く―――瞬きが出来ない。どうしたんだろう。あの人は、何故裕人の名前を呼んだんだろう。
傍にいた恋人、裕人の姉、千奈津さんが私の肩に手を触れる。
「……奈緒ちゃん。大丈夫、一緒に行こう」
頷くことも、喋ることも出来ない。身体にロックでもかかったように、力が強張り震える。
しかし無理矢理喉を鳴らすと、身体の硬直が解けた。お腹の奥で、何かがどんと固まる。
足を一歩一歩。前へと進めた。
泣き叫ぶ中年女性と、誰か幼い子供の名前を泣き叫ぶ母親らしい若い女性の声。それらは、私の頭の中に、4年も経った今でも時折鮮明に蘇り思い起こされる。いわゆるフラッシュバックという奴なのだろうか?
クリスマスの夜、357人の乗客が搭乗した1機のジャンボジェット機が、吹雪に巻き込まれシステム異常を起こして海面にぶつかり粉砕、墜落した。胴体着陸だった。
出発は北海道発、東京都着の夜行便である。クリスマスでファーストクラス以外、満席だったその便は、搭乗した357人の内、7人が着陸時の機体分解の衝撃で即死。他、226人が機体の中で炎に巻き込まれ焼死し、うち124人が座席ごとや、身体だけ海に投げ出された。時刻が夜間だったこと、加えて悪天候だったことも一因で、海上保安庁による救出は難航を極めた。結局、その日のうちに救助されたのはたった2人。残念ながらその後、死亡が確認された。日を超えた深夜、暗闇での救出を求める家族や恋人たちに、政府は「ご家族の気持ちは計り知れない。しかし今は救出できない」と、弁明した。翌朝、日が明けてから、その凄惨な現場の様子は、日本だけでなく世界中に生中継されることになった。
夜に事故が起きたという要因はやはり大きかったのだろう。翌日、生存者が確認されたが、それはたったの1人だった。すべての遺体の身元確認が出来たのは、そのニュースから更に2日後の空港に泊まり込んだ後のことだった。家族達は一人ずつ身元が確認されていった。
都内某空港のロビーに集まっていた乗客の遺族たちに、マスコミ等メディアの視線は向けられた。疲労が溜まり、待合室の椅子に座り込む姿を、記者やアナウンサー達はこぞって報道していた。
歯科医院等の歯の治療痕記録が行われ、1人ずつ―――1人ずつ一致した被害者の名前が呼ばれた。身元の確認に呼ばれた瞬間、泣き崩れる中高年の女性。子供が誰かと搭乗していたのか、気丈に振る舞い、嗚咽を漏らしながらも、片手で泣き続ける妻を引っ張って向かう30代の男性。しっかりと手を繋ぐ若い母親と、小学生の男の子。大学生らしい若い青年二人連れの姿もあった。
そして―――。
「サイジョウヒロトさんの、ご家族の方!いらっしゃいますでしょうか!」
まだ遺族が20人ほどが残る中、8メートルほど離れた場所に関係者用会議室から出て来た職員の男性が、拡声器のスピーカーでこちらに大声で名前を確認を取る。
「サイジョウヒロトさんの、ご家族の方!」
私は、脚が固まって動けない。そんな奇異な症状に囚われていた。両手が小刻みに震え、喉はカラカラだった。上手く―――瞬きが出来ない。どうしたんだろう。あの人は、何故裕人の名前を呼んだんだろう。
傍にいた恋人、裕人の姉、千奈津さんが私の肩に手を触れる。
「……奈緒ちゃん。大丈夫、一緒に行こう」
頷くことも、喋ることも出来ない。身体にロックでもかかったように、力が強張り震える。
しかし無理矢理喉を鳴らすと、身体の硬直が解けた。お腹の奥で、何かがどんと固まる。
足を一歩一歩。前へと進めた。
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