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Episode1「別れ」
第2話
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遺体安置所に向かう通路は、関係者で一杯だった。「朝日航空」の係員や、作業員、政府関係者から、出待ちをしているマスコミ関係者、受付に戻ろうとしている受付嬢までウロウロしていた。そんな通路を、「遺族」という腫れ物に触るような眼で見られながら、私達は向かった。
「遺体の……ほぼ皆さん、どのご遺体もなんですが、損傷が激しいので本来は普段のお顔を拝見してのご確認をして頂くのですが……その…」
スタッフの男性は、私達と廊下を歩きながらそう予め言い置いた。
何を言わんとしているのかは、すぐに察した。
「…お辛いかとは思いますが、よろしくお願い致します」
そう一言付け加え、彼が私達を連れて案内したのは白い金属製の扉の前だった。ガチャリと古びた取っ手を回し、彼はドアを開扉する。途端、冬場の屋内にも関わらず更にひんやりと空気が肌を刺した。恐らく冷房をしているのだろう。広い部屋だった。室内には日差しが差し込む窓などは無く、航空会社「朝日航空」のシンボルマークと、日本国旗のマーク、他にも書類が貼られていた。医療関係者と見られる透明のフェイスガードとビニールの着衣のフル装備をした人物、そしてマスクをした朝日航空の社員と思われる何人かのスタッフがいた。私達が足を踏み入れると、彼らは何も言わない先から、深々とこちらに頭を下げた。千奈津さんが、私の両肩を後ろから支えてくれた。スタッフの一人が歩み寄ってきた。ただ頭を下げた。
「この度は誠に、申し訳ございませんでした」
千奈津さんは後ろでこの時、一体どんな事を考えていたんだろう。私を支えることに一生懸命で、弟を亡くした辛さを、私はその時、考えてはあげられなかったんだ。
微かに震えるため息がその時、私の耳に聞こえた気がする。
棺を開けた時、何だか変な匂いが鼻の中いっぱいに広がった。私は思わず顔をしかめた。
「…ご確認を、お願いいたします」
そう言われたけれど、僅か棺への一歩が踏み出せない。喉の奥が震えて。やがてそれは今にもまた泣いてしまいそうな嗚咽となった。事故による遺体の本人確認が、こんなにキツいものだったなんて。
だがそれは後ろに立つ姉の千奈津さんも、どうやら同じだったようだ。いくら立っていても彼女は私の背中を押すことはしなかった。すると、そばに立つスタッフが、ご確認を、と私に再度声を添えた。ようやく意を決して両手を強く握って。腐敗臭の強い棺の中を覗いた。
*
「なっちゃん」
どこからか声が聞こえる。耳に入った声にふっとゆっくり目を開けると、千奈津さんが私の顔を覗き込んでいた。
「起きた?」
え、と声を漏らして状況を確かめる。身体を起こすとどうやらタクシーの後部座席で寝入っていたらしい。
「遺体の……ほぼ皆さん、どのご遺体もなんですが、損傷が激しいので本来は普段のお顔を拝見してのご確認をして頂くのですが……その…」
スタッフの男性は、私達と廊下を歩きながらそう予め言い置いた。
何を言わんとしているのかは、すぐに察した。
「…お辛いかとは思いますが、よろしくお願い致します」
そう一言付け加え、彼が私達を連れて案内したのは白い金属製の扉の前だった。ガチャリと古びた取っ手を回し、彼はドアを開扉する。途端、冬場の屋内にも関わらず更にひんやりと空気が肌を刺した。恐らく冷房をしているのだろう。広い部屋だった。室内には日差しが差し込む窓などは無く、航空会社「朝日航空」のシンボルマークと、日本国旗のマーク、他にも書類が貼られていた。医療関係者と見られる透明のフェイスガードとビニールの着衣のフル装備をした人物、そしてマスクをした朝日航空の社員と思われる何人かのスタッフがいた。私達が足を踏み入れると、彼らは何も言わない先から、深々とこちらに頭を下げた。千奈津さんが、私の両肩を後ろから支えてくれた。スタッフの一人が歩み寄ってきた。ただ頭を下げた。
「この度は誠に、申し訳ございませんでした」
千奈津さんは後ろでこの時、一体どんな事を考えていたんだろう。私を支えることに一生懸命で、弟を亡くした辛さを、私はその時、考えてはあげられなかったんだ。
微かに震えるため息がその時、私の耳に聞こえた気がする。
棺を開けた時、何だか変な匂いが鼻の中いっぱいに広がった。私は思わず顔をしかめた。
「…ご確認を、お願いいたします」
そう言われたけれど、僅か棺への一歩が踏み出せない。喉の奥が震えて。やがてそれは今にもまた泣いてしまいそうな嗚咽となった。事故による遺体の本人確認が、こんなにキツいものだったなんて。
だがそれは後ろに立つ姉の千奈津さんも、どうやら同じだったようだ。いくら立っていても彼女は私の背中を押すことはしなかった。すると、そばに立つスタッフが、ご確認を、と私に再度声を添えた。ようやく意を決して両手を強く握って。腐敗臭の強い棺の中を覗いた。
*
「なっちゃん」
どこからか声が聞こえる。耳に入った声にふっとゆっくり目を開けると、千奈津さんが私の顔を覗き込んでいた。
「起きた?」
え、と声を漏らして状況を確かめる。身体を起こすとどうやらタクシーの後部座席で寝入っていたらしい。
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