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4お祖父様にドレスを着せて
しおりを挟むその後、祖父から特に何も言われず、フランシーヌは話が終わったと思っていた。あれから3日が経ち、祖父の言葉も忘れかけていた頃のことだ。
なぜか突然、使用人がフランシーヌの部屋に集まった。執事ロバートに、侍女長のリアーナ、フランシーヌの側付きのアンヌ。それと、メイドのエナ、ミルル、シエナ。合わせて6名だ。
自室で本を読んでいたフランシーヌは、使用人に取り囲まれた。
「なんなの?」
訝しむフランシーヌに、代表してロバートが頭を下げた。
「本日は大旦那様がおっしゃっていたお茶会でございます」
ロバートは、にこやかに告げた。
「は? 聞いてないけれど」
不機嫌さ満載でフランシーヌは答えた。
祖父は「出ろ」とは言ったが、いつあるかまでは言わなかった。
「大旦那様が、お嬢様が逃げる可能性があるからと、開催日は伏せておりました」
何だそれは。フランシーヌは、盛大な舌打ちをした。確かに、日時を知っていたら、その日は屋敷から逃げ出しただろう。
フランシーヌは、頭を切り替えた。
背筋をピンと伸ばし、顎を上げた。
「予定があるの」
フランシーヌは、ふん、と澄ました顔で告げた。大嘘だった。ロバートは、ひとつ頷く。
「では、お断りのご連絡はこちらでいたしましょう。どなたかご一緒される方はいらっしゃいますか?」
簡単には引かないロバートに、フランシーヌは顔が歪みそうになる。
今日一日、本を読んで過ごすつもりでいた。予定などもちろんないし、連れなどいるわけがない。
突っ込まれても面倒なので、フランシーヌは澄ました顔のまま、話を変えた。
「私、茶会に出るだなんて言ってないわよ」
「茶会に出ないともおっしゃっておりませんが」
この執事も、ああ言えばこう言う。
フランシーヌは、とうとう苦虫を噛み潰したような顔をした。
対してロバートは、いつもの微笑み、余裕の表情だ。ロバートは、フランシーヌが唯一勝てない相手でもあった。
「じゃあ、今伝えるわ。私は何であろうとも出ないわ。お祖父様が言い出したのだから、私の代わりにお祖父様にドレスでも着せて連れて行きなさい」
フランシーヌは、言い切った。
ドレス姿のゴーシュを想像する。フリフリのドレスを着た仏頂面のお祖父様。ちょっと面白いかもしれない。同じことを考えたのか、ロバートの後ろで誰かが吹き出す音が聞こえた。
しかし、ロバートは紳士的な笑みを崩さない。
しばし、フランシーヌと見つめ合った後、ひとつ頷いた。
「かしこまりました。では、フランシーヌ様の代わりにエレナ様にご出席いただきましょう」
ロバートが母エレナの名を出した。平民出身で貴族作法に不慣れな母エレナは、とてもではないが茶会など出席できない。作法の問題だけではなく、無駄に選民意識の高い貴族達にとって、エレナは理想的な標的になるのだ。猛獣の群れに飛び込んで、食ってくれと叫んでいるようなものだ。
それを分かっていて、あえてロバートはエレナの名を口にしている。
フランシーヌの顔は、みるみる怒気に染まった。
(このたぬきジジイめ)
フランシーヌは、鋭い目でロバートを睨んだ。
放たれる怒気で、室内の空気が張り詰めた。
「お前、母様を人質にする気?」
凄むフランシーヌにロバートは一瞬目を剥いたが、すぐに好々爺の顔になる。
「何をおっしゃいますか。エレナ様は、れっきとしたローレン公爵家の女主人。フランシーヌ様が参加を辞退されるならば、エレナ様に出ていただく他ないではありませんか」
もっともらしいことを言いながら、結局は誘導しようとするロバートに、フランシーヌは心底苛立った。
何とか負かしてやりたいと思いながら、思案するも、ロバートに対抗する手段がなかった。
このままフランシーヌが拒否し続ければ、本当にエレナを茶会に送り出しそうで怖くもある。エレナを矢面に立たせるわけにはいかない。
優しい母が貴族達の玩具にされるなんて、想像したくもなかった。ならば、フランシーヌが前に出る他ない。
茶会の空気を思い出す。あれほど気分が悪くなる場はそうない。笑顔で毒を吐き、言葉で殴り合う。扇子で口元を隠した令嬢達が、細められた目の奥でその日の獲物を狙っている。時には集団で囲んで私刑を行うこともあった。
過去の記憶が脳裏を掠め、フランシーヌの胃は重くなった。
自分が出れば、この場は丸く収まるのだろう。そう考えてしまった時点で、負けなのだとフランシーヌは分かっていた。
しかし、それ以外の選択肢をフランシーヌは選べない。深く息を吸うと、怒りを吐き出すように息を吐いた。
「わかった。支度してちょうだい」
フランシーヌは短く言って、本を閉じる。それを合図に、使用人達は一斉に動き出した。ロバートは、ただただ和やかに笑っている。心の中で悪態をつきつつも、フランシーヌは、されるがまま大人しく使用人に身を任せた。
それから、フランシーヌは、あれよあれよという間に整えられた。
たった半刻の早業であった。
父と共に馬車に乗り込んだ。
のんびりした予定が一変、行き先も分からぬままお茶会へ向かうはめになってしまった。
フランシーヌは腕を組み、むっつりとした顔で座っていた。向かい側の席には、父親ハンスが所在なさげにしていた。
「まぁまぁ、フランシーヌそんな顔をしないで…」
ハンスに宥められるが、フランシーヌの気は収まらない。ロバートにやり込められたのが、尾を引いていた。ふくれっ面のまま、フランシーヌは口を開く。
「お父様、この馬車、どこに向かっているの?」
「王城だよ」
「王城?」
フランシーヌは形の良い柳眉を歪めた。王城で開くような茶会など、そう多くはない。となると、思い当たるのはひとつである。
「まさかと思うけど、お父様…王太子殿下の婚約者選びじゃないわよね…」
ジト目で問うと、ハンスの目はあからさまに泳いだ。図星のようだ。フランシーヌは、盛大なため息を吐いた。知っていたならば、確かに逃げ出しただろう。
(え?ちょっと待って?それなら、母様は出席したくても出来ないじゃない!)
ある事実に気づき、フランシーヌの怒りは再燃した。
しかし、余裕そうな微笑みの裏で、ロバートが冷や汗をかいていただろうことにも気づき、多少の溜飲は下がった。それでもまだフランシーヌの怒りは収まらない。してやられたことがとにかく気に入らなかった。何か小さな嫌がらせをしようかしら、そんな風に考えていると、向かい側のハンスから声をかけられた。
「なぁ、フランシーヌ。もし、王太子殿下に見初められたらどうする?」
真剣な顔で問われ、フランシーヌは胡散臭いものを見るような目をハンスに向けた。
「あるわけないわ、お父様。だって、私元平民よ?」
何の冗談か、とフランシーヌは肩をすくめた。血筋に重きを置く貴族達は、平民出身というだけで、人の扱いをしない。フランシーヌの目には、貴族社会は、酷く差別的な社会に映っていた。彼らを束ねる王族であるならば、選民意識は更に強いことだろう。フランシーヌなんてきっと鼻で笑われておしまいだ。
フランシーヌは、信じて疑わない。
そんなフランシーヌに、ハンスは、眉を下げる。
「でも、今は公爵令嬢だろ?分からないじゃないか、フランシーヌは美しいし、聡明だ」
ハンスは、フランシーヌを褒める。しかし、何と言われようとも、フランシーヌからすれば、親の欲目にしか聞こえない。
「ないない、絶対ないわ、お父様」
「あ、いや、でもな…フランシーヌ…」
「ないない、ないったらないの!お父様もうこの話はおしまい!」
フランシーヌは、話を遮ると、うんざりした顔をして、馬車の窓枠に頬杖をついた。
ハンスは、何か言いたそうな顔をしていたが、それ以上何も言わなかった。
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