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9はじめまして、さようなら
しおりを挟む王城庭園。
陽光を受けて花々は輝いていた。白薔薇の生垣と、優雅に吹き上げる噴水。整えられた庭は、さすが王城と言うべきか、まるで絵画のようだった。
その一角、白い東屋の中。
王家から手紙《茶会への招待》をもらったフランシーヌは、まだあどけなさの残る少年と向かい合って座っていた。
少年の名はエドワード、この国の王太子であり、この茶会の招待主だ。
この茶会には、初めから不安しか抱いていなかったが、案の定フランシーヌの前に現れたエドワードは、ふてくされた顔をしていた。金髪の間から覗く碧眼は不機嫌そうに細められ、腕を組んだまま、一言も発しない。
何様、俺様、王子様、ってね。フランシーヌは、心の中で毒づいた。
表面上は当たり障りなく終えることができるうと思っていた。しかし、エドワードの様子を見る限りそんなつもりはなさそうだ。大方、エドワードが逆らえない誰かが無理矢理場を設けたのだろう。
フランシーヌはひっそりとため息をついた。エドワードの立場には同情するが、振り回されているのはフランシーヌとて同じだ。
(早くおわらないかしら)
フランシーヌは微笑みを貼り付けて、紅茶を口に運んだ。別に気に入られたいとは思っていない。帰れと一言頂いたならすぐさま下がろうと思っている。そんな訳なので、フランシーヌはあれこれとエドワードに気を使ったりはしない。
お茶会は終始無言だった。
風の音と鳥のさえずりがやけに大きく響いて聞こえた。
ピチュピチュ……チチチ……
フランシーヌは目をつむって鳥の声に耳を傾けた。目をつむってしまえば、腹の立つ王子は視界から消え、鳥の囀りと薔薇の香りだけを感じられた。
(あら?なかなかいいかもしれない)
そんな風に庭を堪能していたのだが、侍女が恐る恐る口を開いた。
「お、おかわりは如何でしょうか?」
声をかけられ、フランシーヌは、ぱちりと目を開けた。声の主に視線を向けると、ティーポットを持って不安げな表情をした侍女と目が合った。
そりゃ、こんな空気では気まずかろう。フランシーヌは、おかわりを頼もうとして、はたと止まった。せっかく王城に来たのだから、もっと違う紅茶を楽しむのも悪くない。
「酸味が強くないものが好きなのだけれど、レイス産以外の品種はあるかしら?」
「バシャール産の初摘みの茶葉がございます」
侍女が告げたのは、黄金の初芽と呼ばれる、最高級の茶葉だった。フランシーヌの目がきらりと光った。
「すばらしいわね。そちらをお願いできるかしら」
「かしこまりました」
フランシーヌが穏やかに応じていると――今までのやり取りを見ていた王子が、驚いたように声を上げた。
「お前、紅茶の違いが分かるのか?」
突然の声に、今度はフランシーヌが驚く番だった。
(初めて発せられた言葉が、それ?)
「……ええ。何かおかしいことでもございましたか?」
「……嘘をつくな!お前!わかったフリをしてるだろ!」
王子の突然の激高。フランシーヌは目を瞬いた。何をそんなに怒ることがあるのか。
「まあ、どうしてそう思われるのですか?」
王子は、フランシーヌをびしっと指差した。
「お前、山猿だと聞いたぞ!」
フランシーヌの笑みが、ピクリと凍った。
――ああ、またこれか。
心の中で、何かが冷たく沈んでいく。
「……どなたがおっしゃっていたのですか?」
「みんなだ」
「みんな……とは?」
「みんなといったら、みんなだ! 貴族たちが皆そう言っていた!」
みんなと言えば説得力が出るとでも思っているのか。
フランシーヌは、静かにため息をついた。
「そうですか。では、その山猿という言葉に、どういう意味が込められているのかはご存じですか?」
「……意味、だと?」
「――あら、何もご存じないのにおっしゃったのですか?」
「うるさい! そんなもの言葉の通り、猿のように乱暴だとか作法がなってないとか、そういう意味だろう!」
なんだか、つい最近もこんなことがあった気がした。
「それは半分正解で、半分不正解ですね」
「なんだと!?」
「山猿という単語ひとつですが、その言葉には私を嘲る様々な意味が含まれております。一つは、元平民の出自を貶す意味。もう一つは、私のこの赤毛を貶す意味がございます」
フランシーヌは、エドワードが見やすいように、自身の赤髪を掌の上にすくって見せた。エドワードから息を呑む音が聞こえた。
「つまりは、赤毛の猿のように野蛮な元平民は、元いた場所に帰れ――という意味ですわね」
エドワードが黙り込み俯いた。エドワードを見て、フランシーヌは微笑んだ。
「嘆かわしいですわね」
「なっ……なんだと!?」
エドワードが顔を上げた。フランシーヌとエドワードの目が合った。
先程から睨まれてばかりだ。どうせなら、とことん嫌われて二度と呼ばれないようにしてやろう。とたん、フランシーヌの悪い癖が顔を出した。
フランシーヌは、にっと口端をあげた。
「その"みんな"とやらが、どういう思惑で殿下にお伝えしたのかは存じませんが、人が言う言葉を鵜呑みにするのは、今後おやめになった方がよろしいですわね」
「き、貴様! クレインを愚弄するつもりか!」
「事実を申し上げているだけですわ」
エドワードが鋭い目でフランシーヌを見ていた。フランシーヌは、微笑んだまま淡々と告げた。
「臣下として忠言をお伝えすることは、非常に重要なことだとは思いますが、わざわざ殿下の目を曇らせる進言など必要ありません。愚かにもほどがあります。即刻、その臣下は解任なさるべきです」
「な、なにを勝手な……!」
「殿下は、『王様と毒林檎』というお話をご存じですか?」
フランシーヌの問いに、エドワードが戸惑った表情を浮かべた。フランシーヌはかまわず続けた。
「ある王が、側近に『この果実は美味しゅうございます』と勧められ、何も疑わず食べました。しかし、その果実には毒が仕込まれており、王は死んでしまうのです」
沈黙。エドワードは、怖い顔でフランシーヌを見ていた。フランシーヌは、にこりと笑った。
「短いお話ですが、教訓は明確ですわね」
フランシーヌは、真っ直ぐにエドワードを見つめた。
「殿下、人の言葉を鵜呑みにしてはいけません。必ず一度は疑問を持つべきですわ」
エドワードは、青い顔をして俯いた。風が吹き抜け、白薔薇の花びらがひらひらと舞い落ちた。美しい庭園の光景とは対照的に、東屋の中の空気は張り詰めていた。
やがて、王子が呟くように言った。
「……もういい。帰れ」
低く、絞り出すような声だった。
「かしこまりました」
フランシーヌは立ち上がった。ドレスの裾を整え、完璧な淑女の礼をした。そして、最後にこう告げた。
「殿下の御成長を、心よりお祈り申し上げます。いつか、立派な王になられますように。影から応援いたしております」
フランシーヌは、背筋を伸ばして東屋を出た。
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