【完結】負けず嫌いが過ぎて、王子と婚約することになりました〜ただ言い返してただけなのに、どういう訳か気にいられてます〜

ぽぽよ

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10おあいこなので大丈夫

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 王太子を言い負かしたその足で、屋敷に戻った。

 なんだか妙に静かな帰り道だったが、胸の内は驚くほど穏やかだった。遅い昼食を淡々と口に運び、部屋に戻ると、針と糸を取り出した。

 刺繍は相変わらずの出来映えで、花のつもりがどう見てもつぶれた蛙のようになっていた。

 ――まあ、いいか。蛙だって可愛いもの。

 針を進めながら、ふと、王太子の悔しそうな顔が脳裏をかすめた。あの様子から考えて、今後フランシーヌが王城の茶会に誘われることはないだろう。支障はあるかもしれないが、なんとかなるだろうとそれほど深く考えなかった。

 淡々と針を動かしている間に、夜は静かに更けていった。

 もう会うこともない――はず、と思っていたのだが。

 翌朝。

 手慰みに刺繍をしていたフランシーヌの頭上に祖父の低い声が落ちた。

「――茶会に行くぞ」

 フランシーヌは針を止めて顔を上げた。
 疲れのにじむ祖父の顔を見つめて、しばし沈黙した。

「お祖父様、お顔が……ずいぶんお疲れですわね?」

「誰のせいだと思っておる!」

「え。誰のせい?まさか私ですか?」
  
 フランシーヌは怪訝な顔をした。
 祖父が頭を抱え、深々とため息をついた。

「反論も異論も認めん!黙って支度しろ!」

 高圧的に告げられて、フランシーヌはさすがに閉口した。昨日のことが頭を掠めた。思い当たる節がない訳では無い。仕方がないか、と納得し、そうしてフランシーヌは連日王城へ向かうことになった。

 到着し、案内されたのは前回とは違い王城の内部、王城の応接間だった。
 庭も見事だったが、王城も素晴らしかった。
 応接間は、まるで光そのものを閉じ込めたように眩しかった。
 白い壁、磨かれた床、花瓶に生けられた白薔薇。
 天井から吊るされたシャンデリアが、柔らかな光を部屋に満たしていた。

 フランシーヌはその光景を他人事のように眺めながら、祖父の後ろに控えた。
 やがて扉が開き、王妃と王太子が姿を現した。
 王妃は薄い青のドレスをまとい、優雅に微笑んでいて、王太子は――俯いていた。
 相変わらず、顔がよく整っているのに台無しだった。
 侍女が紅茶を注ぎ、白い陶器のカップが静かにテーブルに並べられた。

「先日の、息子とあなたの話は聞いたわ」

 王妃は穏やかに微笑んだ。

「愚息が、申し訳ないことをしたわね」

 フランシーヌは膝を揃えたまま、おすまし顔で答えた。

「いえ、慣れておりますので大丈夫です」
「こら、フランシーヌ!」

 隣で祖父ゴーシュが声を上げた。 
 ゴーシュの顔が見る見る赤くなった。
 だが王妃は、笑いを含んだ息をひとつ漏らし、手を軽く上げて制した。

「いいのよ、ローレン卿。無礼を働いたのはこちらなのだから」

 その柔らかな笑みに、フランシーヌは一拍おいてから――

「でしたら、私も出すぎたこと申しましたので、おあいこです」

 と、静かに告げた。
 空気が一瞬、止まった。
 祖父が真っ青になり、王太子が顔を上げた。
 しかし王妃は、くすくすと笑った。

「いいわね。あなたのそういうところ、とても好きよ。ふふ、今日はゆっくりしていってちょうだいね」

 そう言って王妃は祖父を伴い、退室していった。
 部屋には、フランシーヌと王太子だけが残された。
 沈黙。
 窓の外から、庭園の噴水の音が微かに聞こえてくる。
 王太子は何かに耐えるようにぎゅっと目を瞑っていた。
 王妃に叱られたのだろう、とフランシーヌは察した。
 静かに淡々とお説教をする王妃が容易に想像できた。フランシーヌは怒鳴られるより、淡々と怒られる方が怖い。
 フランシーヌは、少しだけ、王太子が気の毒になった。 

「……その、悪かった」

 小さく搾り出すような声が響いた。
 その言葉は思ったよりも静かで、素直だった。
 フランシーヌはまばたきした。

「あ、はい」

 思わず返事をしたフランシーヌに、エドワードが困惑した顔を浮かべた。 

「……え、そ、それだけか?」
「はい。と言いますか――先ほど王妃様にも申し上げましたが、おあいこですので謝罪は不要ですわ」

「不要?」

「ええ。殿下は私を言葉で殴りましたが、私も殿下を言葉で殴りましたので」

 エドワードが一瞬ぽかんとした後、ぷっと吹き出した。

「君は、変わっているな」
「よく言われます」

 彼が、はは、と笑い、眉尻を下げた。
 そして視線を落としたまま、静かに言葉を続けた。

「あの後、君に言われて、いろいろ考えたんだ。あの時のことも、今までのことも……全部」

 エドワードが、顔を上げた。
 その碧眼は、真っ直ぐにフランシーヌを見つめていた。

「君の言うとおりだなと思えた。僕は、愚かだった」

 フランシーヌは、ふっと笑った。

「実は半分意地悪で言ったようなものなんですが――自分の非を素直に認められる殿下は、大変素晴らしいと思います」

「あ、ありがとう……僕は、良い王になれるだろうか」

「それは、わかりません」

「え……今、素晴らしいと……」

「それとこれとは別の話ですわ」 


 エドワードの顔色がさっと青ざめた。
 フランシーヌは、少しだけ柔らかく微笑んで続けた。

「ですが、良い王になりたいと思えたのなら――今から頑張ればよいのです」

 その言葉に、王太子は目を見開いた。

「だって、山猿が公爵令嬢になったのですよ?努力次第でどうとでもなりますわ」

 長い沈黙の後、彼の表情が少しずつ和らいでいった。

「……君は、強い人だな」

「それも、わりとよく言われます」

 エドワードが息を吐き、そして少し照れくさそうに笑った。

「君と……その、友達になりたいんだけど……友達になってくれないだろうか」

 フランシーヌは瞬きをした。

「わたくしと? 王太子殿下が?」

「うん」

 一拍の後、フランシーヌは首をかしげた。

「それは、誰かの忠言によるものですか?」

「違う!」

 エドワードが、弾かれたように腰を浮かせて声を上げた。しかし、はっとした後、静かに座り直した。
気まずげに視線を彷徨わせた後、弱々しい声で言った。

「君といると……なんか、楽しいなって思ったんだ」

 フランシーヌは目を瞬いた。

「楽しい? 言い争いばかりでしたのに?」

「まぁ、うん。おかしいよね。でも、それが良かった」

 エドワードが、少し笑った。

「君は僕を容赦なく叱って、僕は君に酷いことを言った。お互い、遠慮なしだった」

 そして、少し寂しそうに笑った。

「みんな、僕の顔色ばっかり見てる。良いことしか言わない。でも君は違った。僕が間違ってたら、ちゃんと怒ってくれた。それが……嬉しかったんだ」

 フランシーヌは、パチパチと目を瞬かせた。
 貴族社会で生きてきて、こんな風に言われたことなどなかった。

「よろしいのですか? わたくし、ご存じの通りなかなかお口が悪いのですが」

 エドワードが、くすりと笑った。

「知ってる。でも、それが良いんだ。僕がまた間違えたら、教えてほしい」

 フランシーヌは、小さく笑った。

「では、お互い様ということで。私が間違えていたら、遠慮なくおっしゃってくださいね」

 エドワードの顔が、ぱっと明るくなった。

「じゃあ、さっそく、ひとつあるんだ!」

「え、もうですか?」

 エドワードとフランシーヌの声が、部屋の中に響いた。
前回は言い争いだったのに、今日は不思議と楽しかった。

 フランシーヌにとって、初めての友達。

 だから完全に浮かれてしまった――
 それが、周りからどう見えるかなど、頭によぎりもしなかった。


 帰りの馬車の中。
 夕陽が赤く差し込み、車輪の音が規則正しく響いていた。
 揺れる車内。窓の外を、街の風景が流れていく。
 対面の席で、ゴーシュが額に手を当てて頭を抱えていた。
 その姿は実に深刻そうだが、フランシーヌには何が起きているのか皆目見当がつかない。

「……はあぁ」

 ため息。
 間を置かず、もう一度。

「……はぁぁぁぁ……」

 五回目を数えたあたりで、フランシーヌは釘を刺した。

「お祖父様、ため息がうるさいです」

「誰のせいだと思ってる! ため息くらい好きにさせろっ!」

 フランシーヌは胡乱げな目を向けた。

「殿下と友達になったくらいで、そんなにカッカしないでください。たかが子供の友情ではありませんか」

「……お前が男なら、それで済んだんだがな」

「え」

 フランシーヌは固まった。
 今度はゴーシュが、胡乱とした目を向ける番だった。

「お前、狙ってやったのか?」

「はあ?」

 フランシーヌは眉間に皺を寄せた。
 ゴーシュが、ふん、と鼻を鳴らした。

「その顔は何も考えてない顔だな」

「さっきから何なんですか!」

「本当に分かってないのか?」

「だから、何を―――」

「お前は妃候補として目をつけられたんだ」

「……え?」

 ゴーシュが、肩を落としながらも淡々と告げた。

「王妃様もお前を気に入っておられた。しかも殿下も"友達"になりたいと公言するほど気に入った。となれば――ハト派連中は黙ってないだろう。もう決まったも同然かもしれんな」

 想像だにしなかった現実を突きつけられ、フランシーヌは血の気が引いた。

「どどど、どうしましょうお祖父様!」

「知らん。人の気も知らないで好き勝手したんだ。自分でなんとかしろ」

「ああああぁぁ……!」

 今度は、フランシーヌが頭を抱える番だった。
 馬車の中には、二人のため息が交互に響いた。

 ――そして御者だけが、何も知らずにのどかな口笛を吹いていた。
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