【完結】負けず嫌いが過ぎて、王子と婚約することになりました〜ただ言い返してただけなのに、どういう訳か気にいられてます〜

ぽぽよ

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閑話祖父の心孫知らず

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 ※本編補強のための話です。

「旦那様、大丈夫ですか?」

 ロバートが、ゴーシュを気遣わしげに見ている。ゴーシュは、それを軽く手でいなして薬草茶が注がれたカップに口をつけた。

 本日、三杯目の薬草茶だ。効能は、胃痛、胸焼け、抗不安作用。まだ昼になっていないが、ゴーシュは朝から薬草茶を三度も淹れ直していた。

 味がしない。苛立っているせいだ。いや、違う。胃が痛いせいか?

 ゴーシュは、机に広げた資料に再度目を通した。ハト派の連中の活発な動き。それに釣られるように動き出したタカ派。どれもこれも騒動の原因は、孫娘フランシーヌだった。

 ゴーシュは、天を仰いだ。胃はキリキリと痛いままだ。

 今回の茶会もただの謝罪で終わるはずだった。まさか、またしても過ぎた口が悪さをするなど、さすがのゴーシュも考えなかった。

 全く誰に似たのだとゴーシュは苦い気持ちになった。血のように赤い髪に猫目の孫娘は、外面は亡き妻に似ていたが、内面は全くの真逆。喧嘩を売られれば手あたり次第に買ってしまう。少しくらい黙ってやり過ごせばいいものを、気ばかり強くて黙っていられない。

 結果、反抗されたことのない権力者には物珍しく見えるらしく、変に気に入られてしまう。今回に至っては、王太子に気に入られ、友達などになってしまった。

(あの娘は本当にバカなのか)

 ゴーシュはため息をついた。

 フランシーヌがいやいや貴族社会で生きていることは知っている。できたら平民に戻りたいと思っていることも。フランシーヌが望むならば、戻してやることもできないことはない。

 しかし、今の状態ではいくらゴーシュが手を回そうとも無意味だ。考えれば考えるほど、深みにハマっていくような気さえした。

「ぐっ……」

 差し込むような痛みにゴーシュは胃を押さえた。薬草茶など、何の役にも立たない。次から次へと問題が目について気が休まるどころではない。

 その時だった。

「ローレン公爵、こんにちは。忙しいところ邪魔するよ」

 軽やかな声が、空気を変えた。ノックもなしに執務室に入ってきたのは、にこにこと微笑む王弟殿下だった。

 ゴーシュはロバートを睨み付けた。ロバートは、激しく首を振った。ロバートも知らなかったようだ。お忍びの突撃訪問。勘弁してくれ。ゴーシュは痛む鳩尾を掴んだ。

 王弟殿下アレクシスは愛想よく笑っていた。掴みどころがなく、常に笑顔で、だが目だけは面白がるように輝いていた。

 ゴーシュは知っている。この男は王位継承権を持ちながら、権力闘争には一切興味を示さない。ただ、面白いものを追いかけるだけ。だからこそ危険でもあった。

「これはこれは、王弟殿下。ようこそお越しくださいました」

 ゴーシュは立ち上がり、恭しく頭を下げた。内心では、最悪のタイミングだと悪態をつきながら。

「噂の令嬢フランシーヌは、どこにいるのかな? とても興味があるんだ。エドワードとも、すっかり仲良くなったみたいだし」

 アレクシスが椅子に腰を下ろし、足を組んだ。その仕草は優雅だが、どこか挑発的だ。

 ゴーシュの胃がきゅっと縮んだ。

(……王族の火薬庫まで、餌の匂いを嗅ぎつけて来おったか)

「孫娘は、今は家政の授業を受けております」

「なんだ残念。じゃあ今日のところゴーシュ殿だけで我慢しておこうかな。続きは、また今度にするよ」

「……私、でございますか?」

「そうだよ。僕はゴーシュ殿にも会いたかったんだ」

 ゴーシュは笑顔のまま頬を引きつらせた。
 アレクシスが満足そうに頷いた。そして、ゆっくりと言葉を続けた。

「ブレイ伯爵家の娘だっけ?聞いたよ。二人して大暴れしたんだって?元気があっていいね」

 アレクシスが愉快そうに笑った。妙に明るいその目は、新しい玩具を見つけた子供のようで、ゴーシュの不安をさらに煽った。

「はは、誠に恥ずかしい限りです」

「いや、素晴らしいことだよ!僕もその場にいたかったくらいだ。今度は是非見学したいな」

 アレクシスはそう言って立ち上がった。

 ゴーシュは儀礼的な笑みを貼り付けながら、退室していくアレクシスを見送った。
 姿が完全に見えなくなると、ゴーシュは椅子に深く身を沈めた。
 掌で顔を覆った。状況は絶望的だった。

(これ以上、興味を持たれたら……今度はフランシーヌが燃やされかねん)

 ゴーシュは過去、そうして消された人間を見たことがあった。

 注目されすぎた者の末路は、決まっている。妬まれ、疎まれ、そして排除される。王族に近づきすぎた元平民の娘など、格好の標的だ。

 最悪だ。ゴーシュの胃がまたしてもギリギリと痛んだ。






 その日の夕飯の席で、孫娘フランシーヌは呑気なものだった。庭園でアレクシスに会ったらしい。挨拶はしなかったようだが、手を振られたとはしゃいでいた。

「とてもお顔がいい人だったの。今まで色々な人と会ったことがあるけど、あんなにキラキラした人は初めて見たかもしれない」

 出会った時の印象を無邪気に侍女に話して聞かせるフランシーヌ。ゴーシュは、聞こえてきた会話に天を仰ぎたくなった。

(孫娘よ……それは今、お前が一番警戒しなければならない人間だぞ)

 アレクシスがフランシーヌに興味を持ったのは間違いない。アレクシスにとって「面白いこと」が起こる前触れだ。そして、その「面白いこと」の中心に、フランシーヌが置かれる。
 ゴーシュは深いため息をついた。

(あの減らず口を矯正せねばならんな)

 新たにマナー講師を雇うべきかとも思ったが、叱ったところでフランシーヌの悪癖が直るとも思えなかった。

 どちらにしても、手遅れのように思われた。歯車はもう回り始めているのだから。

 ゴーシュは食後に四度目の薬草茶を淹れた。これから起こるであろう騒動を想像すると、思わず頭を抱えたくなった。

 胃薬を買い足して、孫娘に護衛を――

 と考えて薬草茶を口に運ぶ手が止まった。

(いかん!急に護衛をつければ、かえって目立つ。それこそ何かあると変に勘ぐられる)

 どうすればいいのだ。

 ゴーシュはさらに強い胃薬を求めることになるのだった。
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