【完結】負けず嫌いが過ぎて、王子と婚約することになりました〜ただ言い返してただけなのに、どういう訳か気にいられてます〜

ぽぽよ

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21生きた心地がしなかった

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 ※前半サリーム、後半フランシーヌに視点が変わります。


 揺れる馬車の中。

 サリームは膝の上に置いた赤髪の束をじっと見つめていた。

 胸の内がどうしようもなくざわついていた。

 やり込められたことへの屈辱か。それとも意表を突かれたことへの愉悦か。手袋越しにも分かるほど、微かに手が震えていた。

 馬車に乗り込む直前、「お忘れ物です」と侍女から渡されたのは、丁寧に束ねられた赤髪であった。

 なんと間抜けなことか、とサリームは思う。

 サリームは赤髪の少女を見誤っていたのだ。

 二つ返事で頷くとばかり思っていた少女は、豪胆で剛情で、苛烈であった。

 (――自分の髪を切って渡す女を、初めて見た)

 侮辱だ。挑発だ。……だが同時に、胸の奥がぞくりと震える。

 こちらを見据える碧い猫目を思い出し、サリームは、くくく、と喉の奥を震わせた。

 ただ拒絶されたのではない。

 自分の意志で立つ女の、烈しい気迫を見せつけられたのだ。

 あれほどの女が、他にいるだろうか。
 薄く笑いがこぼれる。
 あれは、この先もっと美しくなるだろう。

 鋭く美しい——それはさながら戦神バールの生まれ変わりのような女になる。


 はじめは物珍しい赤髪が目当てであった。収集物の一人として愛でるのも悪くないと思っていた。

 ——だが、違う。

 あれは"飾る"だけの女ではない。屈服させる。従わせる。それこそが、アレの正しい扱いだ。

 全てにおいて一級品だ。今まで集めたどの女も霞んでしまう。

「……あれを、手に入れたいと思わぬ男がいるか?」

 嫌がるあれを組み敷いて、心を折る。屈服する姿を見るのが楽しみでならない。
 サリームは赤髪を丁寧に箱へ戻すと、静かに宣言した。

「あれは必ず俺のものにする。待っていろ、フランシーヌ」

 にやりとサリームは笑った。
 決して諦める気などなかった。






 *

  

 突如、ぞわり、と総毛立った。
 フランシーヌは思わず身体をさすった。

「大丈夫ですか? お嬢様」

 心配そうに覗き込むアンヌを制して、フランシーヌは鏡に向き直った。

 腰まであった髪が、肩口で整えられ、すっきりした姿が映っていた。

「このぐらいでしたら、髪をまとめることもできます」

 アンヌの言葉に「なら問題ないわ」とフランシーヌは返した。

 勢いよく切ったのはいいが、思い切りが良すぎて量も長さも何も考えずに鋏を入れてしまったのだ。お陰で随分と不格好な状態になってしまった。鏡を見て、さすがに失敗したと思った。やっちまった、と嘆くフランシーヌに救いの手を差し伸べたのがアンヌだった。

「なんとか、整えてみましょう」と頼もしい言葉を告げ、左右でちぐはぐな長さになった髪を均一になるように肩口で丁寧に切り揃えてくれた。

 フランシーヌは顔を左右に振って、髪の具合を確認する。顔を振るたび、しゃらり、と髪が揺れた。少しだけ頬がくすぐったい。

「うん、悪くないわね」

 満足げに頷くと、アンヌはほっと息を吐いた。

「お似合いです、お嬢様」

「ありがとう。なんか軽くなった気がするわ」

 そんな他愛のない会話をしていた時だった。

「フランシーヌ!?」

「フラン!」

 怒声と扉を開く音とが同時に響いた。


 息を切らして駆け込んできたのは、ゴーシュと、なぜかエドワードだった。

 アンヌが驚いて身を引き、フランシーヌはぱちりと目を瞬いた。 

 膝に手を付き、はあはあと息を切らす二人をフランシーヌは不思議な思いで見ていた。

「…… どうしたの?エドワードまでそんなに慌てて」

 ゴーシュとエドワードが顔を上げた。
 フランシーヌを見た瞬間、二人の顔色が変わった。
 髪を見て驚いたのだと思った。
 フランシーはにっと笑った。

「見て。アンヌに揃えてもらったの?」

 短く切りそろえられた髪を払って見せた。短くなった髪は、直ぐに肩に落ちた。長い髪も嫌いではなかったが、短い髪も悪くない。

「どう?なかなかいいでしょう?」と明るい声で聞いた。単純に褒めて貰えると思っていた。

 しかし、フランシーヌの予想に反してゴーシュとエドワードの顔色はみるみる悪くなっていく。

 突如、足早に近づいてきたゴーシュがフランシーヌの頬を張った。

 乾いた音が部屋に響き、フランシーヌは唖然として、ゴーシュを見た。

 ゴーシュの手は震えていた。

 目に見えて分かるほど、赤い顔でゴーシュが叫んだ。

「馬鹿者がっ!」と、空気を割くような声が響く。

「 お前ひとりで何でも解決しようとするなと言ってあっただろう! こんなもの後でどうとでも抗議できたのだ! それを……王子相手にこんな真似……もっとよく考えろ!」

 フランシーヌは頬を押さえたまま、目を見開いた。こんなにもゴーシュが怒りをあらわにするとは思わなかった。

 王子の護衛の態度を思い出せば、危ない状況だったのだと分かる。

 しかし――

 フランシーヌだって馬鹿ではない。自分なりの考えが合った。

「……何も考えなしでやったわけじゃないわ。サリーム殿下にとって私は『収集物の一部』だもの。それなら、むやみに傷つけるわけがないと思ったの」

「だとしてもだ! 外見を傷つけずに疵をつける方法など、いくらでもあるっ!」

 ゴーシュがさらに声を張り上げた。
 その言葉でフランシーヌははっとした。

「お前は女で、相手は男だ!!誰もが品良く振る舞うと思うな!!」

 ゴーシュは言い切ると部屋を出て行く。

 ゴーシュの背を見ながらフランシーヌはようやく、自分の置かれた状況がそうとう危ういものだったのだと気づき、素直に頭を下げた。

「ごめんなさい」

 頭を下げると、ふいに抱きしめられた。

「エド?えっ? えっ? ちょっと、なに? どうしたの? 」

 無言のエドワードがフランシーヌの肩に額を押しつけられた。
 垂れた首肩は微かに震えていた。

「ほんとに、ほんとに、心配したんだ……」

 エドワードが言った。

「僕もゴーシュ殿も……生きた心地がしなかった……」

 震える声は今にも泣きそうだった。
 どれほど心配をかけたのか、ようやく理解できた。

「ごめん、ごめんね、エド」

 フランシーヌはエドワードの髪を撫でた。 
 少し落ち着いたらしいエドワードは、息を吐いてフランシーヌから離れた。その目はほんの少し赤かった。
 フランシーヌは眉尻を下げて笑った。短く揃えられた自分の髪を指でつまんで、見せた。

「どう、かな…変、かな?」

 今度はエドワードを伺うように聞いた。「似合ってる」と言って欲しかったのだ。

 エドワードは少し眉を下げて、でも確かに褒めてくれた。
 それだけで、フランシーヌは満足だった。

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