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22それぞれの想い
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※エドワード視点
「あ、エド。いらっしゃい」
エドワードが屋敷を訪れると、フランシーヌが出迎えてくれた。
彼女の笑顔が眩しい。エドワードは、思わず目を眇めて「また来たよ」と短く答える。心得たとばかりに先を歩く彼女の、揺れる髪をエドワードは切ない思いで見つめていた。
肩口で揃えられた赤い髪が、歩調に合わせてしゃらりと揺れる。
エドワードは思わず足を止めた。
(あの日……)
エドワードは髪を切った理由を聞いた。
『髪の毛がすごく好きみたいだからくれてやったの』
フランシーヌは当然のように言ってのけた。
エドワードはその言葉を絶望的な気持ちで聞いた。
王族相手に髪を切って差し出すという、無謀としか言いようのない行動をしながら、彼女は何も後悔していなかった。
エドワードは拳を握りしめた。
(危なかった。本当に、危なかったんだ……)
「エド?」
立ち止まったエドワードに気づいて、フランシーヌが振り返った。
「……なんでもないよ」
首を横に振り、エドワードは再び歩き出した。
サリームの訪問の後、エドワードはすぐに行動を移した。
王族との婚姻であればいくら他国の王子でも介入できない。
だから、彼女を守りたくて婚約することを決めた。
けれど実際は、そんなもの、ただの建前だった。
廊下の角を曲がるフランシーヌの背中を見つめながら、エドワードは唇を噛んだ。
(僕はフランに選択肢を与えなかった)
『僕と叔父上、どちらがいい?』
そう聞くべきだった。フランシーヌには選ぶ権利があった。エドワードか、アレクシスか。
だが、もしアレクシスが選ばれたら——。
その答えが怖くて、エドワードは聞けなかった。いや、聞かなかった。
彼女の笑顔が、彼女の視線が、誰か他の人間に向けられる。
その光景を想像するだけで、胸が締め付けられた。
守るため? 違う。彼女を失いたくない。ただそれだけだ。
卑怯だとわかっていた。エゴだとわかっていた。
それでも——。
フランシーヌが応接室の扉を開けた。何も知らずに、笑顔で。
エドワードは立ち止まり、深く息を吸った。
扉の向こうでフランシーヌが振り返り、不思議そうに首を傾げている。
エドワードは笑顔を作って、彼女の後を追った。
胸の奥に沈む罪悪感を、押し殺した。
*
※フランシーヌ視点
エドワードは終始口数が少なかった。
会話も思うように弾まない。時折、エドワードは顔を曇らせて俯く。何かあったのだと、フランシーヌは察した。
サリームとの一件は記憶に新しい。エドワードがあの一件でひどく心を痛めていたのをフランシーヌは知っている。
(もしかして、陛下や王妃様に何か言われた?)
ひとつの可能性がよぎり、心臓がひやりとした。
自分の取った行動で自分が傷つくのならいざ知らず、他人に迷惑をかけたのならそれはフランシーヌの本意ではない。弁明なり謝罪なりに行かなければ、と思った矢先、エドワードが勢いよく顔を上げた。
何か決意を固めたような表情をしていた。
「フランシーヌ」
彼の声はわずかに震えていた。
「君は、昨日付で僕の婚約者になった」
フランシーヌの手が、膝の上で止まった。
「……聞いてないんだけど」
フランシーヌの口から低く、静かな声が出た。まっすぐエドワードを見つめた。彼は眉根を寄せつつも視線を逸らさなかった。
婚約すること自体は、以前話したことがあった。友達としてでも構わないと、二人で話した。だから婚約自体は驚きはしたが、受け入れられないわけではない。
でも——。
「君を守るためだ……君が僕の婚約者になれば、あの王子は君に手を出せない」
「勝手なことをした……でも、これしか思いつかなかったんだ。すまない」
苦しげな様子で言ってエドワードは俯いた。
フランシーヌは目を見開いた。
「これしか」と言った彼の言葉が、胸に刺さった。
(他に方法があったら、婚約しなかった…ってこと?)
エドワードの表情が、どうしても引っかかった。
優しいエドワード。正義感の強いエドワード。
「もしかして、私のせい? だから、そんな顔してるの?」
問うとエドワードが弾かれたように顔を上げた。
「違う! 僕が望んだんだ! フランのせいじゃない!」
エドワードが叫ぶように否定した。けれども、フランシーヌの違和感は消えない。
「そうね」とは頷けなかった。むしろ、優しいエドならそう言う他ないのだろうと思えた。
フランシーヌは、エドワードを見つめた。
眉根を寄せる表情は、とても苦しそうに見えた。
やはり彼はフランシーヌの迂闊な行動のせいで犠牲になったのだ。
その確信が重苦しくフランシーヌにのしかかる。
フランシーヌ自身は、婚約そのものが嫌なわけではない。むしろ、彼が傍にいてくれるなら心強いとさえ思っている。
けれど、胸の奥がかすかに沈む。
(守るため……ただ、それだけ)
なぜだか分からない落胆がふいに湧き上がった。期待していたのかもしれない。もっと別の気持ちを——彼の、もっと個人的な想いを。
——でも、それは贅沢というものだ。
はっきり言葉にできない感情が、胸の奥で絡まりながら、静かに沈んでいった。
________________
読んでくださってありがとうございます。
反応を頂けることで、読んでくださっている方がいるのだと実感でき、とても励みになっております。
湿っぽいお話が続いていますが、次回あたりから少し緩む予定です。想いが通じたら、一気にクライマックスへ向かいますので、今しばらくお付き合いいただけたら嬉しいです。
「あ、エド。いらっしゃい」
エドワードが屋敷を訪れると、フランシーヌが出迎えてくれた。
彼女の笑顔が眩しい。エドワードは、思わず目を眇めて「また来たよ」と短く答える。心得たとばかりに先を歩く彼女の、揺れる髪をエドワードは切ない思いで見つめていた。
肩口で揃えられた赤い髪が、歩調に合わせてしゃらりと揺れる。
エドワードは思わず足を止めた。
(あの日……)
エドワードは髪を切った理由を聞いた。
『髪の毛がすごく好きみたいだからくれてやったの』
フランシーヌは当然のように言ってのけた。
エドワードはその言葉を絶望的な気持ちで聞いた。
王族相手に髪を切って差し出すという、無謀としか言いようのない行動をしながら、彼女は何も後悔していなかった。
エドワードは拳を握りしめた。
(危なかった。本当に、危なかったんだ……)
「エド?」
立ち止まったエドワードに気づいて、フランシーヌが振り返った。
「……なんでもないよ」
首を横に振り、エドワードは再び歩き出した。
サリームの訪問の後、エドワードはすぐに行動を移した。
王族との婚姻であればいくら他国の王子でも介入できない。
だから、彼女を守りたくて婚約することを決めた。
けれど実際は、そんなもの、ただの建前だった。
廊下の角を曲がるフランシーヌの背中を見つめながら、エドワードは唇を噛んだ。
(僕はフランに選択肢を与えなかった)
『僕と叔父上、どちらがいい?』
そう聞くべきだった。フランシーヌには選ぶ権利があった。エドワードか、アレクシスか。
だが、もしアレクシスが選ばれたら——。
その答えが怖くて、エドワードは聞けなかった。いや、聞かなかった。
彼女の笑顔が、彼女の視線が、誰か他の人間に向けられる。
その光景を想像するだけで、胸が締め付けられた。
守るため? 違う。彼女を失いたくない。ただそれだけだ。
卑怯だとわかっていた。エゴだとわかっていた。
それでも——。
フランシーヌが応接室の扉を開けた。何も知らずに、笑顔で。
エドワードは立ち止まり、深く息を吸った。
扉の向こうでフランシーヌが振り返り、不思議そうに首を傾げている。
エドワードは笑顔を作って、彼女の後を追った。
胸の奥に沈む罪悪感を、押し殺した。
*
※フランシーヌ視点
エドワードは終始口数が少なかった。
会話も思うように弾まない。時折、エドワードは顔を曇らせて俯く。何かあったのだと、フランシーヌは察した。
サリームとの一件は記憶に新しい。エドワードがあの一件でひどく心を痛めていたのをフランシーヌは知っている。
(もしかして、陛下や王妃様に何か言われた?)
ひとつの可能性がよぎり、心臓がひやりとした。
自分の取った行動で自分が傷つくのならいざ知らず、他人に迷惑をかけたのならそれはフランシーヌの本意ではない。弁明なり謝罪なりに行かなければ、と思った矢先、エドワードが勢いよく顔を上げた。
何か決意を固めたような表情をしていた。
「フランシーヌ」
彼の声はわずかに震えていた。
「君は、昨日付で僕の婚約者になった」
フランシーヌの手が、膝の上で止まった。
「……聞いてないんだけど」
フランシーヌの口から低く、静かな声が出た。まっすぐエドワードを見つめた。彼は眉根を寄せつつも視線を逸らさなかった。
婚約すること自体は、以前話したことがあった。友達としてでも構わないと、二人で話した。だから婚約自体は驚きはしたが、受け入れられないわけではない。
でも——。
「君を守るためだ……君が僕の婚約者になれば、あの王子は君に手を出せない」
「勝手なことをした……でも、これしか思いつかなかったんだ。すまない」
苦しげな様子で言ってエドワードは俯いた。
フランシーヌは目を見開いた。
「これしか」と言った彼の言葉が、胸に刺さった。
(他に方法があったら、婚約しなかった…ってこと?)
エドワードの表情が、どうしても引っかかった。
優しいエドワード。正義感の強いエドワード。
「もしかして、私のせい? だから、そんな顔してるの?」
問うとエドワードが弾かれたように顔を上げた。
「違う! 僕が望んだんだ! フランのせいじゃない!」
エドワードが叫ぶように否定した。けれども、フランシーヌの違和感は消えない。
「そうね」とは頷けなかった。むしろ、優しいエドならそう言う他ないのだろうと思えた。
フランシーヌは、エドワードを見つめた。
眉根を寄せる表情は、とても苦しそうに見えた。
やはり彼はフランシーヌの迂闊な行動のせいで犠牲になったのだ。
その確信が重苦しくフランシーヌにのしかかる。
フランシーヌ自身は、婚約そのものが嫌なわけではない。むしろ、彼が傍にいてくれるなら心強いとさえ思っている。
けれど、胸の奥がかすかに沈む。
(守るため……ただ、それだけ)
なぜだか分からない落胆がふいに湧き上がった。期待していたのかもしれない。もっと別の気持ちを——彼の、もっと個人的な想いを。
——でも、それは贅沢というものだ。
はっきり言葉にできない感情が、胸の奥で絡まりながら、静かに沈んでいった。
________________
読んでくださってありがとうございます。
反応を頂けることで、読んでくださっている方がいるのだと実感でき、とても励みになっております。
湿っぽいお話が続いていますが、次回あたりから少し緩む予定です。想いが通じたら、一気にクライマックスへ向かいますので、今しばらくお付き合いいただけたら嬉しいです。
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