【完結】負けず嫌いが過ぎて、王子と婚約することになりました〜ただ言い返してただけなのに、どういう訳か気にいられてます〜

ぽぽよ

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27デビュタント1

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「ねぇ、フラン。フーラン?」

 エドワードが呼ぶ。少しかすれた優しい声は、どこか楽しげだ。

「おーい、フランシーヌさーん?」

 ねぇ、ねえ、とエドワードはフランシーヌの腿を優しくつつく。 
 耳の後ろで鳴っている心臓が煩い。
 痛いし、苦しいし、恥ずかしい。
 フランシーヌは、荒い呼吸を繰り返す。
 これは心臓が早いせいか、それとも情緒が安定しないせいか。とにかく一度冷静になりたかった。そしたら、きちんと目を合わせて話が出来るはずなのに。だと言うのに、この男は。

「フーラーン?」

 フランシーヌを休ませる気など全くない。
 指の間からじろりとエドワードを睨む。
 エドワードは甘えるように言って、フランシーヌの腿を撫でた。
 びくりとフランシーヌの身体がはねた。
 手で顔を隠したまま呻く。
 フランシーヌは、たまらず訴えた。

「ちょっと、もう、本当に、ほっておいて……触らないで…死んじゃうからっ!」

 と、必死に頼むも「何で?」と返された。
「だって」と覗いた指の間からエドワードと目が合った。彼は眩しそうに目を細めてフランシーヌを見ていた。その瞳の奥に妙な熱っぽさを感じて余計に恥ずかしくなってしまうのだ。
 また鼓動が大きく跳ねる。心臓は落ち着く暇を貰えない。

「そんな目で見ないで」

「そんな目ってどんな目?」

「それは……その…なんか…とろっとした目よ」

「俺、とろっとしてる?」

 フランシーヌは、黙って頷いた。
 その目はむずむずして、なんだか居心地が悪い。ふふふとエドワードは笑う。いつの間にかものすごく機嫌がよくなっている。
 なにがそんなに気分を変えたのか。

「あの、お客様……」

 不意に、申し訳なさそうな声が扉の向こうから響いた。

「目的地に到着いたしましたが……」

 はっとフランシーヌは顔を上げた。馬車が止まっている。いつの間に。
 途端に現実に引き戻されて、自分が今どういう状況にいるのか思い出してしまった。
 今の、全部、聞こえてた?

「……っ」

 声も出ない。
 ああもう。恥ずか死ぬ!
 ぐぐぅと唸るフランシーヌの横で、エドワードは小さくため息をついた。

「そっか。着いちゃったか。残念だけど、仕方ないね」

 どこか名残惜しそうに言って、フランシーヌに手を差し出す。
 フランシーヌは、エドワードの掌に自分の指先を乗せた。堅く温かい指先がフランシーヌの指を握る。
 その目は相変わらず、とろっとしていた。

「…降り、ます」

 フランシーヌがやっとのことで絞り出した声は、震えていた。


 馬車を降りると、フランシーヌの眼前には灯りに照され、石肌を黄金色に染めた城が聳え立っていた。
 通い慣れているはずの城は、闇夜を背負いその様相を変えていた。

「こちらへどうぞ、お嬢様」

 従者のマネをしてエドワードが先を促す。
 誘われるままフランシーヌは城内へと足を踏み入れた。

 城の中はまるで昼のように光で満ちていた。
 城壁の装飾が灯りを受けて輝いている。
 広間へと続く通路は、人で溢れていた。
 フランシーヌは、驚いた。
 普段閑散としている状態しか見たことがなかった。
 エドワードに伴われて通路を歩く。
 通路の両脇には、今期デビュタントを迎える令嬢や令息達とその家族が集まっている。その中に、フランシーヌはハンスとエレナを見つけた。軽く手を振ると、二人は笑顔で手を振り返してくれた。
 フランシーヌは、エドワードを見上げる。
 エドワードは柔らかく微笑むが、手を離す気配はなく、先を進む足が止らない。両親の前を通過してどんどんと距離は遠くなってゆく。

「フランはこっち」

 そのまま通路に沿って大広間へ向かう。大広間の扉の前で右折すると、「ここで待機だよ」と王族の控え室らしい部屋へ入るように促された。後は出番を待つだけとなった。
 その間もエドワードはフランシーヌから離れず、周囲から大変生温かい視線を向けられたのだった。

 ***

 入場の儀式が終わると、婚約者の紹介が行われた。
 フランシーヌの名が呼ばれると、広間からどよめきが起こった。だが、異議を唱える者はいなかった。
「こちらへ」と促され、王族席にいるエドワードの隣に立つ。
 段上から見えた人々の表情は様々だった。大概の人々は笑みを浮かべていたが、中にはあからさまに顔を歪めている人もいた。
 そして、ハンスとエレナ。
 特にエレナがその場でぴょこぴょこと跳ねて手を振るものだから、非常に目立って恥ずかしかった。
 その後も粛々と進み、王族への挨拶が終わると、歓談の時間が始まった。
「何か食べよう」とフランシーヌを伴ってさっさとその場から去ろうとするエドワードを、アレクシスが「おい」と呼び止めた。
 髪を後ろに撫でつけた正装姿のアレクシスが、うんざりした顔でこちらを見下ろしていた。

「エドワード。いい加減にしろよ?見ているこちらが恥ずかしい」

 呆れた顔で、アレクシスは尚も言う。

「式典の間中、フランシーヌしか見ていなかっただろう。あからさますぎて、こちらが居た堪れなくなる」

「え」とフランシーヌは声を上げた。
 前ばかり見ていたフランシーヌは、エドワードの様子を知らない。
 アレクシス曰く、式典中、エドワードはフランシーヌの方ばかり見ていたのだと言う。彼の位置からは、エドワードの表情がばっちりと見えていたらしい。
 その顔と言ったら、目も鼻も口も溶けてなくなるのではないかというほど、だらしない顔をしていたのだとか。
 どんな顔よ、という突っ込みをフランシーヌは心の中だけに留めた。
 それはともかく。
 フランシーヌは、エドワードを見る。
 エドワードは、「ん?」と小首を傾げた。
 彼は相変わらず、とろっとした目をしていた。
「ううーん」とフランシーヌは唸る。
 その目を止めてと頼んでも聞き入れてもらえない。やめる気がないのか気づいていないのか。
 エドワードはへらへらと笑っている。
 アレクシスはものすごく嫌そうな表情をして、「これは深刻だ」と呟いた。
 頭を振ったアレクシスがエドワードの手首を掴んだ。

「エドワード。お預けだ」

 アレクシスはフランシーヌからエドワードの手をさっと引き剥がすと、しかめっ面のまま国王陛下達がいる方角を顎で指した。

「兄上達と一緒に挨拶されてこい。それまでフランシーヌは僕が預かっておいてやる」

 アレクシスはにやりと笑って、「しっ、しっ」とエドワードを手で追い払った。

「ほら、行ってこい」

「あ、でも……」

 エドワードが躊躇するように口を開きかけたが、アレクシスは有無を言わさず彼の背中を押した。

「ほら、お前たちもついて行け」

 脇に控えていた護衛達まで狩り出して、エドワードは連行されていった。

 エドワードが完全に人ごみに紛れた後、アレクシスの標的がフランシーヌへと変わった。

「ふむふむ」と言いながら顎に手を当ててじろじろと眺めてくる。その姿が実にわざとらしい。

「な、なんですか?」

 警戒して身を引くフランシーヌに、アレクシスはにやりと笑った。

「若いっていいなぁ」

「……は?」

「エドワードもなかなかやるなぁ」

 どこか小馬鹿にしたような笑みを浮かべ、アレクシスは顎を擦る。視線が暑苦しい。

 何が言いたい。

 フランシーヌはじっとりした目をアレクシスに向ける。

「なんか色っぽくなったんじゃない?エドワードとなんかあった?」

 確信したような事を言ってくる。こいつめ。

 フランシーヌは、つんと顎を上げてそっぽを向いた。

「知りません」

「知らないわけないだろう」とアレクシスは不満そうに言うが、「知らないものは知らない」で押し通すつもりだ。

 何を聞かれても、「知らない」「分からない」と繰り返していたら、アレクシスは眉を下げた。

 はあと大きなため息を吐く。

「あーそう。じゃあ、いいよ。エドワードに聞くから」

 瞬時にフランシーヌの脳裏に馬車内の記憶が蘇った。温かい指先と、触れるだけの優しい口づけ。かっと身体が熱くなる。今のエドワードならばペロッとしゃべってしまいそうだ。

「だめっ!!」

 フランシーヌは瞬間的に叫んだ。

 しかし、それはもう、何かありましたと言っているも同然で……。 

 引っかかった。
 顔から血の気が引いてゆくフランシーヌをよそにいたずらが成功したアレクシスは腹を抱えて笑い出した。

 フランシーヌは、どうにもこの人が苦手だった。

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