【完結】負けず嫌いが過ぎて、王子と婚約することになりました〜ただ言い返してただけなのに、どういう訳か気にいられてます〜

ぽぽよ

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31折れかけた心

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 馬車の中。

 フランシーヌは、テラスから連れ出され、そのまま馬車に押し込められた。
 次いでサリームも乗り込み、馬車は走り出す。

 窓から見える王城はどんどん小さくなって行った。
 暴れて叫べば或いは誰か助けがあったかもしれない。
 
 しかし、それは出来なかった。

『エドワードを殺すよ?』

 サリームの言葉が脳裏をよぎる。
 冗談だとは、思えなかった。
 この男は、そういう線を平気で越えると思ってしまった。

 サリームと目が合った。

 向かいの席に座る彼は、肘を膝に置き、指を組み、じっとこちらを見ている。

 ねっとりとした視線に、思わず顔が歪む。フランシーヌは顔を背けた。
 この男の視線が煩わしい。
 人を見る目ではない。値踏みするような、獲物を見る目。

 滑らかに走っていた馬車は、しばらくすると揺れが大きくなった。
 舗装した道から街道に出たのだと悟った。
 
 悠長にしていたら、本当にこのままこの男の国まで連れていかれてしまう。
 この先何年、何十年とこの男に従わされることになると思うと吐き気が込み上げた。

 そんな事、絶対に受け入れられない。

 だが、もしこの男の言う通り、エドワードに何かあったら、フランシーヌは正気でいられない。

 (どうしたらいいの?) 

 絶望で視界が歪む。
 静かな車内に、突如、サリームが笑う声が響いた。

「いい顔になったな」

 愉快そうに言われ、フランシーヌは顔をしかめた。

「自ら俺を選ぶように仕向けたんだが、考えた通りだったな」

 とサリームは言って笑う。

「大人しく言うことを聞け。お前のせいで、エドワードが死ぬのは嫌だろう」

「クソ野郎!!」

 吐き捨てるように言うとサリームは声を上げた。

「ははは、いいな。威勢がいいのは嫌いじゃない」

 フランシーヌは奥歯を噛み締めた。
 今すぐ張り倒したい衝動に駆られる。
 何を言っても何をやってもこの男は喜ぶだけだ。

 理解しようとすること自体が無意味なのかもしれない。
 フランシーヌは拳を握った。

「国に帰ったら、挙式をあげよう。晴れてお前は俺の妻だ」

 上機嫌でサリームは笑う。

 妻。サリームの。

 フランシーヌの頭が真っ白になる。

 嫌だ。

 サリームの妻になどなりたくない。そう思うのに、エドワードが、死ぬのはもっと嫌だった。

 言葉に詰まったフランシーヌを見て、サリームが満足そうに頷く。

「賢い選択だ」

 フランシーヌは、俯いた。
 逃げ場はなかった。
 前に進むも、後ろに進むも待っているのは地獄だ。

 (エドワード、ごめん)

 フランシーヌは、心の中で呟いた。
 
 エドワードの笑顔が浮かんだ。エドワードの声が、匂いが、無性に恋しい。
 ぎゅっと目を瞑ったフランシーヌの身体が突如、傾いた。

 大きな音を立ててガタンと、馬車が跳ねた。
 フランシーヌの身体が浮く。


「!」


 次の瞬間、サリームに抱き込まれるようにして支えられた。
 複雑な刺繍が視界を覆う。
 異国の匂いが鼻をついた。

「おい!しっかり運転しろ!」

 窓に向かって、サリームが怒鳴った。
 フランシーヌは唖然としてサリームを見上げた。

「フランシーヌが怪我でもしたらどうしてくれるんだ」

 サリームがぼやいて、フランシーヌから離れた。
 その言葉に、フランシーヌは一瞬、理解が追いつかなかった。

 怪我。

 この男は異様なほど傷や怪我を気にする。
 セリーナの時もそうだった。
 そういえば、フランシーヌは手も足も、縛られていない。

「ねぇ」とフランシーヌはサリームを呼んだ。

「どうして縛らないの?」

 フランシーヌの質問にサリームは微笑した。

「縛られる方が好みなのか?」

「気持ち悪い」

 フランシーヌの返答にサリームは小笑いした。

「真面目に聞いてんのよ、答えなさいよ」

 睨みつけながら聞けば、サリームは愉快そうに口端を上げた。

「肌が赤くなるのは、嫌なんだ」

「は?」

「宝石や、骨董品、なんでもそうだ。美しいものにわざわざ傷をつける馬鹿がどこにいる?少なくとも、俺はやらない」

 フランシーヌの中で、何かが引っかかる。

「セリーナがつけた傷もある。これ以上傷を増やすのは、もったいない」

 フランシーヌは、無意識に頬に触れた。 
 セリーナに殴られた時に、指輪か爪か。
 何かが当たって傷になっていた。
 今はかさぶたになっているようで、指先にざらりと硬いものが触れた。

「...あの程度ならすぐ塞がるだろうが跡が残ったら困る」

 サリームがフランシーヌを見つめる。
 その目が品定めをしているようで、フランシーヌは身を縮めた。

「まあ、大丈夫だろうが帰ったら医者に見せるか」

 サリームが呟いた。
 扱いは丁寧で手厚い。
 だが、こちらの意思は無視をする。

 フランシーヌは、ぞっとした。
 この男は、何を考えているのか。
 傷を恐れている。肌が赤くなるのも嫌がる。頬の傷も。すべて、気にしている。

 なぜ?
 本当にどこまでも気持ちが悪い。

「帰ったら、まず仕立て屋だな」

 独り言のようにサリームが言った。

「王城用と、夜会用と……私室用も要るか」

「……何の話よ……」

 問いかけると、サリームは当然のようにこちらを見た。

「お前の衣装だ。お披露目をするんだ。存分に着飾らないとな」

 愉しげに言って、視線がゆっくりとフランシーヌをなぞった。

「城の連中がどんな顔をするか、今から楽しみだ。ああ、皆の驚く顔が目に浮かぶ」

 悦に入ったようにサリームは言った。
 その目はここではないどこかを見ている。

 フランシーヌの喉が、ひくりと鳴った。
 妻だなんだと言いながら、ただ飾られるのだ。
 この男の横に。
 フランシーヌは己の腕を抱いた。

「俺なら、お前を大切にするぞ」

 ふいにサリームが手を伸ばす。フランシーヌはその手を叩き落として睨みつけた。

「触らないで、何が大切よ!」

「冷たいな」

サリームが小笑いして腕を組んだ。

「エドワードの事は忘れろ。あいつはもう、お前なんて眼中にないよ」

 フランシーヌは、目を見開いた。
 サリームは小馬鹿にしたように言う。

「女慣れしてないようだし、案外夢中になってるんじゃないか?」

「エドワードに何したのよ!」

「何もしないさ、ただあの女があの王子様を欲しがってただけだよ」

 くくっとサリームが笑う。

「俺も誘惑されたいものだな」

ねっとりとした視線を向けられ、フランシーヌは身を縮めた。

「気持ち悪い!あんたとどうこうなるくらいなら舌を噛んで死んだほうがマシよ」

「そりゃ残念だ。お前が言うと本当に死にそうだからな。ま、今はいい。ゆっくりいくさ」

 余裕たっぷりのサリームに、フランシーヌは顔を歪めた。
 何を言っても意に返さない。
 フランシーヌは苛立つ。

「今も今後も絶対ないわ!死体でも相手にしたら?」

「さすがに死体は嫌だな、生きてるから価値があるんだろう?」

(生きているから価値がある)

 なら。

 この男が欲しがっているのは、
 自分の『生きている姿』だ。
 壊れないこと。
 死なないこと。
 フランシーヌの中で、違和感がゆっくりと形を持った。



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