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001 転生
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我ながらお人好しだな、と思う。
その日は、いつもより背伸びして、格上のクエストを受けた。
どうにか攻略したものの、魔力は底を突き、明日までまともに戦えぬ状態。
それなのに俺は、魔物に襲われている村人を守ろうとしていた。
しかも相手はCランクモンスターのアビス・ミノタウロス。
万全の状態で戦っても苦労するような、牛の頭をした紫の巨人だ。
魔力の枯渇した俺に、勝つ術はなかった。
「ガハッ!」
ミノタウロスの振るう大きな斧が、俺の胴体を捉える。
一瞬にして絶望的な血が飛散し、全身を激痛が襲う。
立っていることすらできなくなり、意志に逆らって倒れ込む。
「グォオオオオオオオオ!」
ミノタウロスがトドメの一撃を繰り出す。
俺は地面に伏したまま目を瞑り、その攻撃を受け入れる。
知らない村人を助けて命を落とす。
無名の中堅冒険者の人生なんて、まぁこんなものだろう。
そう、思っていた――。
◇
「――――……!」
突如、意識が覚醒した。
目を開くと、視界には綺麗な白い天井が広がっていた。
そこに見慣れない光源がある。
長方形の奇妙な形状で、火を灯していないのに明かりを放っていた。
他にも、謎の管が体に繋がっているなど、異様なことばかり。
これが死後の世界というものなのだろうか。
「大輝! 大輝ィ!」
視界の隅に40代と思しき女性が映る。
彼女は涙目で俺を見て、「大輝」と繰り返す。
その言葉に呼応して、彼女と同い年くらいの男性もやってくる。
彼もまた俺に向かって「大輝」と言い、目には涙を浮かべていた。
「ごめんね、大輝が辛かったこと、何も知らなくて」
「もっとお前のことを気に掛けてやるべきだったな……」
二人の言っていることがさっぱり分からない。
ただ、彼らにとって、俺が「大輝」であることはたしかだった。
できれば俺も言葉を返したい。
しかし、口に謎のマスクが装着されていて話せない。
仮にマスクがなくても、全身が激痛に見舞われているため苦しいだろう。
体を動かすことすらできなかった。
(それよりも――)
もっとも俺を焦らせているのは魔力がないことだ。
少なくとも戦闘から数時間は経っているはずなのに。
通常、魔力は約24時間で完全に回復する。
そう考えると、最低でも1~2割ほど回復しているのが普通だ。
それなのに、今は魔力が枯渇したままである。
とにかく異常事態であることは間違いなかった。
◇
数日が経った。
その頃になると、俺はある程度の情報を把握していた。
そして、把握した情報からある結論を導き出した。
『魔物に殺された俺は、別の世界に転生してしまった』
信じがたい話だが、それが唯一、辻褄の合う説明だった。
今の俺は中堅冒険者ではなく、地球という世界に住む17歳の男だ。
名前は鈴木大輝。
また、目が覚めた時に俺を見て泣いていたのは両親だ。
俺が乗り移る直前、元の人格である大輝は自殺を図ったらしい。
学校の屋上から飛び降りた、と両親は言っていた。
どうやらその時に人格だけ消滅し、肉体は奇跡的に死なずに済んだ。
で、何の因果なのか、空になった肉体に俺の人格が宿った。
大輝の両親には人格が変わったことを言っていない。
だが、少なくとも異変は察知している。
俺の話し方や口数の多さに驚いていたから。
とりあえず、今は体の回復に専念するとしよう。
◇
入院生活は思いのほか長く続いた。
正確には2ヶ月だ。
この世界では、完治するまで退院させてもらえないようだ。
1ヶ月が経った時点で元気だったが、何だかんだでさらに1ヶ月も世話になった。
その間、俺は病室で情報収集に明け暮れた。
幸いなことに、それは全くと言っていいほど苦労しなかった。
地球――というか、日本の言語が、前世と全く同じだからだ。
そして、この世界には謎の機械が充実している。
ノートパソコン、スマートフォン、テレビ、等々。
それらを使えば、情報が洪水のように流れ込んでくる。
ベッドの上にいながら、賢者に匹敵する情報量を得ることができた。
とはいえ、文字で得る情報だけでは分からないこともあるだろう。
その点はこれからの生活で把握していけばいい。
また、この頃になると、魔力が回復し始めていた。
いや、回復ではなく、増えていると表現するのが適切だろう。
前世だと、魔力の量は15歳時点で決まる。
16歳以降に魔力が増えるということはありえない。
だが、俺こと大輝の魔力は、日に日に増えていた。
増加量は非常に少ないが、それでもないよりはマシだ。
今ならEランクの魔物くらいには勝てる気がする。
もっとも、この世界に魔物は存在していないのだが。
◇
退院からしばらくして、俺は通学を再開した。
前世にはなかった高校なる教育機関への初登校だ。
親は転校や退学、休学を勧めてきた。
元の人格が自殺を図った原因が学校でのイジメだからだ。
それは大輝のパソコンを調べて判明した。
だが、俺は両親の提案を断った。
イジメを受けた者が逃げるなどおかしいではないか。
俺は大輝として、元の人格をイジメていた者たちを成敗する気でいた。
「ここだな」
スマホの地図アプリを頼りに学校へ到着。
ピカピカの制服に身を包み、新調した学生鞄を抱えて校門を潜る。
他の生徒と同じように進んでいく。
「おっとぉ?」
「自殺もロクにできねぇ奴がきたぜ」
「そんなに奴隷生活が楽しかったのかなぁ? だーいきくぅん!」
下駄箱で上履きに履き替えた途端、三人組に絡まれた。
黒いキノコヘアの佐藤、エラの張った顔の中村、金髪ロン毛の山本。
こいつらが元の人格をイジメていた者たちだ。
案の定、俺を見るなり嬉々として近づいてきた。
「いつもの場所へ行こうぜぇ、大輝くぅん!」
「ほらこいよ!」
中村と山本が強引に肩を組んできて、俺をトイレに連れて行く。
佐藤は逃げないよう後ろからついてきた。
他の生徒は見て見ぬ振りを決め込んでいる。
この三人組は恐れられているようだ。
「とりあえずお前がいない間に汚れた便器の掃除を頼むぜぇ!」
「ちゃんと舌でペロペロと舐めるんだぜぇ! ヒャハハハハ!」
「いつもみたいに撮影して送ってやるからなぁ!」
トイレの出入口に立ってニヤニヤしている三人。
その様子を見て、俺は思わず笑ってしまった。
「馬鹿の一つ覚えとはこのことか」
「あぁ?」
「パソコンに入っていた情報の通りだな」
元の人格は、自殺すればこの三人のイジメが表沙汰になると考えていた。
そのため、ノートパソコンにイジメの詳細を記録していたのだ。
だから俺は、こいつがどんなことをしてきたのかを知っている。
「ウジ虫どもと話をする気はない。口が腐るからな」
「なんだとぉ!?」
「ヒョロガリ陰キャが調子に乗ってんじゃねぇぞ!」
中村と山本が殴りかかってきた。
「なんとも隙だらけの動きだ」
前世で狩ってきた魔物に比べたら赤子も同然だ。
二人の攻撃を最小限の動きで回避し、反撃の回し蹴りを叩き込む。
「「グハッ!」」
二人まとめて小便器に叩きつけた。
「お前ェ!」
佐藤は清掃用のモップで振り回しながら突っ込んできた。
「武器を使うのは賢い選択だが、やはりザコだな」
俺は佐藤の攻撃を避け、足を掛けて転ばせる。
その際にモップを奪った。
「おらおら、どうした? その程度か?」
モップを佐藤の顔に押しつける。
「なんなんだよこいつ……」
「前とはまるで別人じゃねぇか……」
「何を呻いているんだ? 満足いくまで戦ってやるからかかってこいよ」
三人から距離を取り、トイレの出入口前に立つ。
そこでイジメっ子どもが起き上がるのを待ってやる。
――と、その時だった。
「「「キャアアアアアアアアアアアア!」」」
外から複数人の悲鳴が響いたのだ。
これには俺と三人組の両方が固まり、戦闘が中断される。
「なんだ?」
俺は首を傾げながらトイレの外へ目を向ける。
「――! この臭いは!」
トイレの外から特徴的な悪臭が飛び込んでくる。
前世では毎日のように嗅いでいた懐かしさのある不快な臭い。
この臭いの原因は、俺の知る限り一つしかなかった。
その日は、いつもより背伸びして、格上のクエストを受けた。
どうにか攻略したものの、魔力は底を突き、明日までまともに戦えぬ状態。
それなのに俺は、魔物に襲われている村人を守ろうとしていた。
しかも相手はCランクモンスターのアビス・ミノタウロス。
万全の状態で戦っても苦労するような、牛の頭をした紫の巨人だ。
魔力の枯渇した俺に、勝つ術はなかった。
「ガハッ!」
ミノタウロスの振るう大きな斧が、俺の胴体を捉える。
一瞬にして絶望的な血が飛散し、全身を激痛が襲う。
立っていることすらできなくなり、意志に逆らって倒れ込む。
「グォオオオオオオオオ!」
ミノタウロスがトドメの一撃を繰り出す。
俺は地面に伏したまま目を瞑り、その攻撃を受け入れる。
知らない村人を助けて命を落とす。
無名の中堅冒険者の人生なんて、まぁこんなものだろう。
そう、思っていた――。
◇
「――――……!」
突如、意識が覚醒した。
目を開くと、視界には綺麗な白い天井が広がっていた。
そこに見慣れない光源がある。
長方形の奇妙な形状で、火を灯していないのに明かりを放っていた。
他にも、謎の管が体に繋がっているなど、異様なことばかり。
これが死後の世界というものなのだろうか。
「大輝! 大輝ィ!」
視界の隅に40代と思しき女性が映る。
彼女は涙目で俺を見て、「大輝」と繰り返す。
その言葉に呼応して、彼女と同い年くらいの男性もやってくる。
彼もまた俺に向かって「大輝」と言い、目には涙を浮かべていた。
「ごめんね、大輝が辛かったこと、何も知らなくて」
「もっとお前のことを気に掛けてやるべきだったな……」
二人の言っていることがさっぱり分からない。
ただ、彼らにとって、俺が「大輝」であることはたしかだった。
できれば俺も言葉を返したい。
しかし、口に謎のマスクが装着されていて話せない。
仮にマスクがなくても、全身が激痛に見舞われているため苦しいだろう。
体を動かすことすらできなかった。
(それよりも――)
もっとも俺を焦らせているのは魔力がないことだ。
少なくとも戦闘から数時間は経っているはずなのに。
通常、魔力は約24時間で完全に回復する。
そう考えると、最低でも1~2割ほど回復しているのが普通だ。
それなのに、今は魔力が枯渇したままである。
とにかく異常事態であることは間違いなかった。
◇
数日が経った。
その頃になると、俺はある程度の情報を把握していた。
そして、把握した情報からある結論を導き出した。
『魔物に殺された俺は、別の世界に転生してしまった』
信じがたい話だが、それが唯一、辻褄の合う説明だった。
今の俺は中堅冒険者ではなく、地球という世界に住む17歳の男だ。
名前は鈴木大輝。
また、目が覚めた時に俺を見て泣いていたのは両親だ。
俺が乗り移る直前、元の人格である大輝は自殺を図ったらしい。
学校の屋上から飛び降りた、と両親は言っていた。
どうやらその時に人格だけ消滅し、肉体は奇跡的に死なずに済んだ。
で、何の因果なのか、空になった肉体に俺の人格が宿った。
大輝の両親には人格が変わったことを言っていない。
だが、少なくとも異変は察知している。
俺の話し方や口数の多さに驚いていたから。
とりあえず、今は体の回復に専念するとしよう。
◇
入院生活は思いのほか長く続いた。
正確には2ヶ月だ。
この世界では、完治するまで退院させてもらえないようだ。
1ヶ月が経った時点で元気だったが、何だかんだでさらに1ヶ月も世話になった。
その間、俺は病室で情報収集に明け暮れた。
幸いなことに、それは全くと言っていいほど苦労しなかった。
地球――というか、日本の言語が、前世と全く同じだからだ。
そして、この世界には謎の機械が充実している。
ノートパソコン、スマートフォン、テレビ、等々。
それらを使えば、情報が洪水のように流れ込んでくる。
ベッドの上にいながら、賢者に匹敵する情報量を得ることができた。
とはいえ、文字で得る情報だけでは分からないこともあるだろう。
その点はこれからの生活で把握していけばいい。
また、この頃になると、魔力が回復し始めていた。
いや、回復ではなく、増えていると表現するのが適切だろう。
前世だと、魔力の量は15歳時点で決まる。
16歳以降に魔力が増えるということはありえない。
だが、俺こと大輝の魔力は、日に日に増えていた。
増加量は非常に少ないが、それでもないよりはマシだ。
今ならEランクの魔物くらいには勝てる気がする。
もっとも、この世界に魔物は存在していないのだが。
◇
退院からしばらくして、俺は通学を再開した。
前世にはなかった高校なる教育機関への初登校だ。
親は転校や退学、休学を勧めてきた。
元の人格が自殺を図った原因が学校でのイジメだからだ。
それは大輝のパソコンを調べて判明した。
だが、俺は両親の提案を断った。
イジメを受けた者が逃げるなどおかしいではないか。
俺は大輝として、元の人格をイジメていた者たちを成敗する気でいた。
「ここだな」
スマホの地図アプリを頼りに学校へ到着。
ピカピカの制服に身を包み、新調した学生鞄を抱えて校門を潜る。
他の生徒と同じように進んでいく。
「おっとぉ?」
「自殺もロクにできねぇ奴がきたぜ」
「そんなに奴隷生活が楽しかったのかなぁ? だーいきくぅん!」
下駄箱で上履きに履き替えた途端、三人組に絡まれた。
黒いキノコヘアの佐藤、エラの張った顔の中村、金髪ロン毛の山本。
こいつらが元の人格をイジメていた者たちだ。
案の定、俺を見るなり嬉々として近づいてきた。
「いつもの場所へ行こうぜぇ、大輝くぅん!」
「ほらこいよ!」
中村と山本が強引に肩を組んできて、俺をトイレに連れて行く。
佐藤は逃げないよう後ろからついてきた。
他の生徒は見て見ぬ振りを決め込んでいる。
この三人組は恐れられているようだ。
「とりあえずお前がいない間に汚れた便器の掃除を頼むぜぇ!」
「ちゃんと舌でペロペロと舐めるんだぜぇ! ヒャハハハハ!」
「いつもみたいに撮影して送ってやるからなぁ!」
トイレの出入口に立ってニヤニヤしている三人。
その様子を見て、俺は思わず笑ってしまった。
「馬鹿の一つ覚えとはこのことか」
「あぁ?」
「パソコンに入っていた情報の通りだな」
元の人格は、自殺すればこの三人のイジメが表沙汰になると考えていた。
そのため、ノートパソコンにイジメの詳細を記録していたのだ。
だから俺は、こいつがどんなことをしてきたのかを知っている。
「ウジ虫どもと話をする気はない。口が腐るからな」
「なんだとぉ!?」
「ヒョロガリ陰キャが調子に乗ってんじゃねぇぞ!」
中村と山本が殴りかかってきた。
「なんとも隙だらけの動きだ」
前世で狩ってきた魔物に比べたら赤子も同然だ。
二人の攻撃を最小限の動きで回避し、反撃の回し蹴りを叩き込む。
「「グハッ!」」
二人まとめて小便器に叩きつけた。
「お前ェ!」
佐藤は清掃用のモップで振り回しながら突っ込んできた。
「武器を使うのは賢い選択だが、やはりザコだな」
俺は佐藤の攻撃を避け、足を掛けて転ばせる。
その際にモップを奪った。
「おらおら、どうした? その程度か?」
モップを佐藤の顔に押しつける。
「なんなんだよこいつ……」
「前とはまるで別人じゃねぇか……」
「何を呻いているんだ? 満足いくまで戦ってやるからかかってこいよ」
三人から距離を取り、トイレの出入口前に立つ。
そこでイジメっ子どもが起き上がるのを待ってやる。
――と、その時だった。
「「「キャアアアアアアアアアアアア!」」」
外から複数人の悲鳴が響いたのだ。
これには俺と三人組の両方が固まり、戦闘が中断される。
「なんだ?」
俺は首を傾げながらトイレの外へ目を向ける。
「――! この臭いは!」
トイレの外から特徴的な悪臭が飛び込んでくる。
前世では毎日のように嗅いでいた懐かしさのある不快な臭い。
この臭いの原因は、俺の知る限り一つしかなかった。
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