後宮の棘

香月みまり

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第9章 使、命

第332話 決行

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ジリジリと日差しが照る。
そんな中、翠玉は縁を握りしめたままその時を待った。

その間に、碧相軍側に定期で送った伝令が、碧相陣営に辿り着けずに戻ってきた。

伝令が碧相軍まで辿り着けなかったという事は、左翼も激戦となっているという事だ。


伝令の話では、碧相側には紫瑞軍自慢の戦車部隊が姿を現し、現在交戦中のようだと

それだけで、碧相軍も厳しい状況にある事が理解できた。


ここは自軍だけで、なんとかしなければならない。



「準備完了したそうです!」
その時、下の隆蒼と何やら合図を送り合っていた華南が声を上げた。


「銅鑼を!」

それを聞いた泰誠が鋭く告げる。


すぐにガシャンガシャンと、腹に響くけたたましい銅鑼の音が響いた。
至近距離で聴くのは少し耳が痛むが、致し方ない。


「城壁で指揮をとるわ!泰誠!タイミングは任せるわよ!」

銅鑼の音が落ち着くと、すぐに剣を腰に携えて、泰誠に声をかける。

「承知いたしました。くれぐれも!」

「分かっているわ!」

無茶をするなと言いたいのだろう。

櫓の梯子に足をかけると、彼にニコリと笑いかけてスルスルと滑り降りる。

下では、すでに翠玉の行動を予測していた華南が待っていた。

「いきましょう!」

声をかければ、彼女もうなずいて先導するように前を走り始めた。


城壁にズラリと並んだ弓兵達の脇を走り抜けて、隆蒼と合流する。

戦場を臨めば、騎馬部隊が前衛に出て食い止めながら、少しづつ後退しているところだった。

近づいてきた雲梯は3基。失敗を考えた上で、1基ずつ近づいてくるつもりらしい。

1基でも十分な大きさである。1基ですら架けられてしまえば、多くの敵の侵攻を許す事になるだろう。

そんな事はさせない。


ジッと、戦場を見つめる。

「補給が良い仕事をしてくれているわね」

呟けば、隆蒼が隣で頷く。
彼等を育てた事がこんなに心強い事になるとは思いもしなかった。

見渡せば、自軍の陣営、至る所に藁を丸く固めた塊が転がされている。

それをすべて設置したのは過去に落ちこぼれと呼ばれていた、彼等である。


「終わったら褒めとおないとね」

一人笑った時、ジャーンと、銅鑼の音が鳴った。


「火を以てー」

すぐに隆蒼が声を上げると、整然と並んでいた弓兵達が、弓を構える。その先には白い布が巻かれている。
彼等の足元に控えていた兵達が、自身の足元に置いていた燭台を持ち、その布に近づけた。

ほぼ同時に全ての弓兵の矢に火がまわった。

「射てーー!!」
隆蒼の号令で、その火の球達は一斉に城壁の下、自軍の陣営の中に置かれた藁の塊目掛けて飛んでゆく。

弓兵の精鋭部隊を揃えただけある。

外すものはいなかった。


そして、冬隼の指揮が功を奏した。

火矢に巻き込まれる兵もいなかったらしい。


火をつけられた藁の山は、一気に燃え上がった。

敵軍にしてみれば、突然相手の陣営から火が出て訳が分からない、そんなところだろう。

雲梯の進度が目に見えて落ちた。

見事な作りの雲梯だが、その作りは木材である。このまま進んで良いのだろうか、そんな躊躇が見られた。


その隙を逃さないのが冬隼だった。

自陣の中から騎馬の集団が躍り出る。

20騎ほどの塊が20組。


それは敵の歩兵を蹴散らして、時に相手にせずぐんぐんと雲梯に向かって行く。

数人は松明を手に、向かってくる敵を威嚇しながら道を開けて行く。


そうしてグングンと雲梯に近づいて行った騎馬は、その射程に入ると、次々と懐に入れた何かを雲梯に投げつけると、潔く向きを変えて離脱してくる。


ガシャンガシャンと、陶器が割れる音が響き渡り、何が起こっているのか分からない敵兵が唖然としているのを尻目に彼等は一切未練などないと言う様子で、自陣へ一目散に戻ってくる。


その時、一番奥に位置する雲梯から、ボンと破裂音が響いた。
同時に上がったのは大きな火柱で、それは一気に巨大な雲梯を包んだ。

そしてボンボンとまた破裂音と共に、騎馬部隊を追いすがる敵軍の足元からも破裂音と火柱が上がり、混乱を招いていた。


そして一際ボン!と大きな音が鳴り、中央の雲梯も火柱に包まれると、それに触発されたように一番手前の雲梯も火を吹いた。

「あらら、思いの外上手くいっちゃったのねぇ。弓兵部隊の腕の見せ所はここからだったのにねぇ」

風に乗せられてくる暑い空気を頬に感じ、炎の明かりを眺めながら翠玉は拍子抜けしたように息を吐いた。


目の前に整列していた弓兵達が、ゆっくりと弓を下ろした。
彼等の持っているものは、先程の物とは違い、長距離用の物である。

本来ならば、火矢で今度は雲梯を狙うつもりだったのだが、それをする間もなく騎馬兵達が着火に成功した。


「これの出る幕は無かったわねぇ」

少し残念そうに翠玉が陶器を持ち上げると、隆蒼が呆れたように「なんで持ってるんですか?」と聞いてきた。

「んーもし失敗して、雲梯が架けられそうになったら、登ってくる奴らに、火をつけてぶつけてやろうかと思って」

そう言って翠玉は、まだあるわよ!と自身の後ろを指差す。

彼女の後方には、箱を抱えた補給兵が二人立っていた。

「いっぱい作っちゃったからさぁ。」
あははと軽く笑って彼女は補給兵に「必要無かったみたいだから、補給庫に戻しておいて!」と指示を出した。

翠玉が持っているものは、円柱状のただの陶器の筒だ。一見水筒なんかにちょうど良さそうなそれは、中に油が差し込まれている。そして栓をするようにこより状にした布をひたしてある。


その布に火をつけて目標に投げれば、当たるのと同時に陶器が割れて油が飛び散り、火が燃え移る。
割れなくても火がついた布が陶器の中で燃えて、熱を加えれば、陶器が爆ぜる。

騎馬部隊はそれを大量に抱えて雲梯に突っ込み目一杯ぶつけて投げ込むのが役割だった。

可能なら松明で火をつけて投げ込めとは言ってあったのだが、まさか3基とも上手い事行くとは思ってもみなかった。

火がつかなかった物に関しては、この城壁からと。下に配備した弓兵からも火矢を射るつもりだったのだ。

堅牢な作りである雲梯だが、素材は木だ。

火を警戒して湿らせてあったとしても油を幾重にも撒かれて火をつけられ、重要な滑車部分が長時間火に燻られてしまっては進むこともできないだろう。


戦場を臨めば、敵軍も燃え盛る雲梯を利用する事は諦めたのだろう。速やかに後退して行くのが見える。
自軍は防衛線まで追いすがるが、それ以降は深追いをすることなく落ち着いた様子で、持ち場を立て直したらしい。

気がつけば、右翼や左翼も持ち直している。

どうやら董伯央の仕掛けてきた作戦には勝つ事ができたらしい。
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