後宮の棘

香月みまり

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第9章 使、命

第364話 第3王子

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碧相軍の一行を冬隼が迎えたのは、橋の火事から3日後のことであった。


相手は碧相国の第3王子であるから、きちんとした場を準備して、門まで出迎える。


黒毛の軍馬にまたがって、数人の屈強な侍従と義兄を従えてやってきた男を見て、冬隼は奥の歯を噛み締めた。

稀に見ない整った顔立ちの美丈夫だ。それなのに、その美貌すらも気にならないと感じてしまうのは、彼が放つ圧倒されるような存在感のせいだ。
馬上からこちらを見下ろした色素の薄い双眸は、どこか冷たく、しかしその奥に言い知れない光を孕んでいる。

冬隼の中の武人としての感覚が、この男のもつ得体の知れない威圧感に、警鐘を鳴らしている。


「湖紅軍を纏めております紅冬隼と申します。」

「碧相の東方軍を総括している、碧凰訝おうがです」

しなやかな動作で馬から降りた彼……碧相国の第3王子は、迎えた冬隼を上から下まで値踏みする様に見て、ニヤリとその美しい顔に笑みをたたえた。

「此度は我が軍が大変お世話になりました」

「いえ、こちらこそ。李将軍と副官殿の機転に随分と助けられました。立ち話もなんです、席を用意してございますので、どうぞこちらへ」

そう言って、建物を指した。





「橋の完成までは、3日と聞いている。2日後には紫瑞軍に条件を突きつけるつもりだ。条件は緋堯国からの紫瑞軍の即時撤退と、少し高額な賠償金をふっかける。当然、紫瑞は同意しないだろう。和平交渉は決裂する。
おそらく奴等は夜のうちに川を越えて、せっかく作った橋を燃やす。我々の進行を阻むために。
川を渡ったところは我が国との国境線。やつらはただの樹海と思っているようだが、あそこは我が軍の訓練場に使っているくらいには開拓されている。そこにうちの軍を待機させているから、あとは無事逃げ果せたとほくそ笑む董伯央の横っ面に切り込んでやるさ。」

席につくなり、無駄な話は不要だと前置いて、さっさと話し出した凰訝は、地形図を指しながら、自身の作戦を話していく。


「貴国は奴らが戻らぬよう睨みを利かせてくれたらいい。周英は橋を奴らが渡り切るまで間違いなく追い込むんだ。それが終わればひとまずは終了だ」

ご苦労だったなと、義兄に軽く言った彼は、視線をこちらに向ける。

「いかがだろうか?何か見落としている所があればご指摘頂けるとありがたいのですが。知略に秀でた湖紅の頭脳をお借りできれば、これ以上心強い事はない」

まるで冬隼の表情を、挙動を観察するように言われ、冬隼は唇を引き結ぶ。

義兄と相談の上、翠玉のことは極力隠し通そうと決めているのだ。

「こちらからは、異論はございません。緋堯が我が軍の国境線への侵入を拒んでいる以上、我が軍に出来る事は少ない。ご協力出来ず申し訳ありません」

冬隼の言葉に、凰訝はわずかに目を細めた。

「お気になさらず。私は他軍と協力するなんて器用な事は出来ない人間ですから……そちらはご自身の国境線の強化をしていただければ十分です」

何かを面白がっているようなそんな笑みを浮かべた彼は、そこでようやく出されている茶に口をつけた。


「貴国……特に将軍にはこれから清劉の件でお力をお借りしなければなりませんからね。こちらの事は存分にお任せ下さい。憂を一切残さないよう徹底的にやらせていただきますよ」

茶器から覗く、色素の薄い瞳が不敵に光っている。
クツクツと楽しそうな笑い声が部屋に響いた。

「切れ者と名高い董伯央の慌てる顔が、今から楽しみです。どう足掻くのか見ものだ」

美しい顔からは到底想像のつかない、不気味な笑い声に、冬隼だけでなくその場にいる湖紅軍の面々はゴクリと生唾を飲んだ。

碧相国の第3王子が戦好きで、内政や王座には一切関心がないというのは有名な話である。

随分な変わり者と聞いていたが、たしかに随分とクセが強い、、、。

あの義兄が扱いづらいと溢すくらいだから、どんなものかと思ってはいたが、納得した。
どちらかと言えば、狂人に近いものを感じる。

あまり関わらない方が良い。冬隼の本能がそう警鐘を鳴らしている。



「まぁそんなところで挨拶も済んだし、失礼させて頂きましょう。私は自軍に合流しますから今後も連絡は李周英にお願いいたします」


「承知いたしました」

冬隼が是を示すと、凰訝は長居は無用とばかりに立ち上がる。それに合わせて彼の周りのお付きの者達も一糸乱れぬ動作で整列して彼を取り囲む。



「あぁ、そういえば」

戸口まで見送ると、脇を通る際に彼は一度足を止めた。


「橋の火災には、ご迷惑をおかけしました。どうやら物見にやっていた部下が、周英に連絡なく独断でやったようで……あまりに早く逃げられると追う楽しみが無くなるのでね」

思った通り、上手く足止めができて良かったですよと、麗しい笑みを浮かべて、彼は部下たちを引き連れて、扉を出て行った。

最後に退室していく義兄が、うんざりとした顔を一瞬だけ冬隼に向けた。
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