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第10章 後宮
第384話 最後の書状
しおりを挟む戻ってきた惺殿下は、どこか茫然としていた。
異母姉譲りの睫毛の濃い大きな瞳は濡れていたが、涙を流すことはなかった。
「お母上とのお別れは済まれましたか?」
屈んでその顔を覗き込むと、皇子はコクリと頷いて
「はい。お待たせして申し訳ありません」
しっかりと頷いた。
その肩を皇帝が励ますように両手で包んだ。
「少し2人で話をしたが、やはり劉妃は自身がこうなることをこの子に話していたらしい。
その上で、叔母上のもとに行くと、惺本人が決めたらしい」
思いがけない言葉に、翠玉は皇子を見上げる。
こんなに小さな身体に、とてつもなく重い物を抱えて、あの晩この子供は我が家に来たのだという。
きっと翠玉に相対するたびに、母の命を救って欲しいと言いたくて仕方なかったに違いない。
「お母上を……お止めできず申し訳ありません」
小さな手を握りしめて詫びると、彼はブンブンと首を横に振る。
「お母さまに絶対にお母さまが死ぬまでは話してはならないと言われていました。
それが一番お母さまの望む物だからと。だから叔母上は悪くないんです」
キュウっと握り返した手は小さく震えていた。
「よく我慢されました。
お母さまは苦しみから解放されました」
どれが正しい事だったのかは分からない。しかし、今はこの傷ついた子供の心を癒す事が先決だと翠玉は思った。
きっと彼は成長するとともに、この時の事を思い出して、自身を責めるかもしれない。しかしそれはもっと心が成長してからでいい。
その時は全力で寄り添おう。そして翠玉も共に向き合おうと、この瞬間に決意した。
惺皇子の頬を涙が一つ落ちる。
「こうなってしまった以上、劉妃を裁く事はできない。しかしこのまま惺に継承権を持たせておく事はこの子の立場を思うと危険すぎる。継承権を放棄した上で、本人は叔母である貴方の世話になりたいと希望するのだが……いかがだろうか?」
2人の様子に……おそらく皇帝は確認のために問いかけてきた。
「殿下がよろしいのであれば、私に異論はございません」
キッパリと答えると、皇帝は頷いて、今度は息子の肩を引いてしっかりと目を合わせる。
「惺、最後に聞く。継承権がなくても皇子には変わりない。ここに残る術もあるのだ。それでもいいのか?」
「はい」
間髪を入れず惺殿下が頷く。
顔を上げた皇帝と視線が合った。
「翠玉殿……惺をよろしく頼む」
「はい。しかと、承りました」
帰宅する馬車の中も、惺皇子はぼんやりと外を見つめていた。
自邸に到着し、惺皇子を部屋に送り届ける。
自室に着くと、彼はキョロキョロと辺りを見回して侍女を呼んだ。
やってきたのは、劉妃の宮からついてきたあの侍女だ。
彼女の入室を確認すると、惺皇子は胸元から、またしても書状を引っ張り出した。
もう何度目かになる光景だからこそ、またとんでもないものが出てくるのではと、どきりとした。
「お母さまが、自分が死んだら叔母上にわたすようにと」
そう言って差し出された書状は、やはり劉妃の残したなんらかで
恐る恐る受け取って、中身を開く。
私の罪を告白致します。
たしかに私は以前、皇子殿下方に毒針をしかけさせました。今より1~2年ほど前の期間です。
世継ぎを減らすため、これ以上世継ぎを増やさないために皇帝陛下の寵妃である泉妃に毒を盛ったこともございます。しかしこちらは失敗いたしました。今より2年ほど前のお話です。
しかしその直後、その証拠を東左に突きつけられ彼に脅されました。私はとりあえず宮に引きこもるよう言われました。
余計な事をして欲しくないからと説明を受けました。
恐ろしくなった私は、祖国に働きかけ姉妹を輿入れさせました。いずれ私の身に何か起こったら惺を託すためでした。
その頃、再び東左に脅されて、祖国の後宮で使われていた手口をいくつか話してしまいました。
しばらくして泉妃の宮に侵入者が入ったと聞いて、その手口に驚きました。私が話して聞かせたものでした。
そうこうしている内に翠玉が刺客にあったと聞き、私は皇太后の仕業ではないかと、思い始めたのです。しかし確証もなく、弱みがある故に声を上げられなかった。東左はいつも私の周りに見張りを置いていた。仕方なく見守るしかありませんでした。
そして、黄毒の事件が起きたのです。
疫病と思っていたものが毒だと聞き、桂竜を提供した時、そこで私は慌てました。自身の母から受け継いだ毒薬や解毒薬の製造方法を書留めたものが何者かに持ち去られてなくなっている事に気がついたのです。清劉由来のものと聞いて、そこで東左が私を何かの意図に利用するつもりだと確信しました。
何者かが用意周到に、私を貶めていくのがわかりました。
東左には主がいるようでした。しかし誰の指示で彼が動いているのかは分からなくて……。
私は実際に別の事で愚かにも手を下している
しかし厚顔ながら、なんとしても皇子の命だけは守りたい。
それにはやはり翠玉にすがるしかないと思ったのです。
もし、戦に行く事になれば東左が翠玉を放っておくわけがない。翠玉に死なれては困ると考えた私は、刺客を手配しました。脅しだけです。危機感を持って欲しかっただけ……。
皇太后が崩じて、やはり東左の差し金だった事を知り、彼が手配されて一旦は助かったと思いました。
はじめは皇太后が、皇帝陛下への恨みを妻子に向けたものと思っていたので……しかし何かがおかしいと私は気づきました。
今までの事全て、本当に殺すつもりがあったのだろうかと……。
私の書留には本来もっと毒の強い、時間をかけて必ず死に至らしめる毒物の作製法もありました。それなのに、なぜあのような中途半端なものを選んだのでしょうか?
泉妃の宮にしても、あそこまで忍びこめて無防備だったのであれば、いくらでも息の根を止めることができたはずなのに……。
そして一番危険なはずの爛皇子が、狙われていないのはなぜか。
翠玉なんかより世継ぎを狙うのが先決ではなかろうか。
きっとそこには皇太后とは別の他の思惑が絡んでいるのではないかと、思うのです。
それに気づいてしまった私は、更に動けなくなりました。
黄毒には誓って関与しておりません。
しかしそれを証明する術は私にはございません。
きっと調べの中で、無くなったはずの私の書留が私の関わるどこかから発見されるようになっているのでしょう。
この書状は翠玉、貴方が好きに扱いなさい。晒すにしても捨てるにしても、惺に危害が及ばない時を選んでもらえるならば、私は特に注文はつけません。
どうか惺眞を頼みます。
最後の異母姉の名前と印章を確認して、書状を折りたたんで惺皇子を見る。
「お母上の思いはよく分かりました。殿下は、この中身は?」
翠玉の問いに、彼はふるふると首を横に振った。
少し安堵する。こんな事はこの幼い子供はまだ知る必要はない。
おそらく劉妃の最後に認めた書状だ。燃やすことも捨てることもしない。いずれ彼が成長し、すべてを受け入れる男になった時に、きちんと向き合うべきものだ。
そして、どうするかは彼に決めさせようと思う。
ゆっくりと屈んで惺皇子の肩を包む。
「殿下、よくここまで辛抱されました。母上に託された書状を胸に抱きながらさぞお辛かったでしょう。
殿下の御身は必ずお守りいたします。
これだけは覚えておいて下さい。お母上がこういう運命を辿ってしまった事は、殿下のせいではありません。
幼い頃からお母上を知っている私には、わかります。今は私のこの言葉だけを信じていただけませんか?」
幼くも、それでも力強い輝きをもつ瞳を見つめて刻み込むように話すと
その大きな瞳からポロリと涙が溢れた。
恥じるように俯いた頭をゆっくり撫でてやる。
「我慢しなくていいのです。子供らしくありなさい。お母さまもきっとそれをお望みです」
途端にわっと、皇子が声を上げて、翠玉に抱きついた。
嗚咽を上げて鼻水をすする子供の泣き方そのもので。張り詰めていたものが一気に流れ出たそんな泣き方だった。
ゆっくりと背中をさすって抱きしめた。
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