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第10章 後宮
第389話 先帝
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劉妃を送る全ての儀式を終えた頃、翠玉は子供達の指導の傍ら、惺皇子の身の回りを整える事に追われていた。
最初こそ母の死に大きな悲しみを背負っていた皇子も、日を増すにつれて少しずつ見かけ上は立ち直ってきている様子だった。
というのも、翠玉の教えを請いに邸にやってくる従兄達と触れ合うようになり、気が紛れているようだった。
その日も、中庭で遊びまわる子供達の姿を眺めながら翠玉は卓に積んだ書を読み漁っていた。
普段大人の前では大人しくて、もの静かな惺皇子だが、従兄達に可愛がられて活発に遊ぶうちに最近では子供らしい笑い声を聞く事ができるようにまでなってきた。
この時も子供達の中では、一際幼く高い惺皇子の笑い声に翠玉は顔を上げて、その様子を微笑ましく眺めて、そしてまた書に視線を落とした。
そして目に入ってきた文字にさらに顔を近づけた。
しばらく文字を追って、顔を上げて呼吸を整えて、もう一度読み直した。
ちょうどその時、陽香がやってきて来客を告げた。相手を聞けば、伯母である高蝶妃であると言う。すぐに卓の上に積んだ書を片付けて、茶を用意するよう命じて、伯母を迎えた。
伯母はやってくるなり、中庭を飛び回っている少年たちの姿に眩しそうに目を細めた。
「とても賑やかだこと!貴方いつのまに4人もの息子ができたの?」
そう戯ける伯母に翠玉は肩をすくめて微笑む。
「惺皇子の事を聞いて何かできないかと思ってきたのだけど、年寄りの喜憂だったかしら?」
「そんな事ありません。子供達に助けてもらってなんとかここまできています」
くすくす笑いながら、椅子を勧めると、彼女は素直にやってきて座した。
「身体はどう?随分と活発に動いているときいているわよ?まぁあんな事があって無理もないけど」
咎めるように眉を寄せられて翠玉は「来たか」と肩をすくめる。
「体調は好調ですよ。昨日医師の診察があって順調だと言われてます」
「そう、良かったわ。まだ安心していい時期ではないのだから油断は禁物よ!」
まるで母のような口ぶりで言う伯母に翠玉はくすりと笑う。
「分かってますよ蝶妃様。常に側に監視役が付いてますから」
そう言っていたずらめいた視線を脇に控える華南に向ける。
翠玉の視線に華南は複雑そうな笑みを浮かべた。
「その割に貴方大人しくないですよ」と言っているようで、話を向けなければ良かったと後悔した。
そして視線を高蝶妃に戻せば、やれやれと言った顔をされたので、曖昧に笑っておいた。
「それで、今日はどのようなご用件で?」
高蝶妃が事前の伺いもなくやってくる事はとても珍しい。それでなくとも、普段王都の外れに隠居している彼女がこんな中枢に出向いてくる事はそうない。
翠玉の問いに、高蝶妃は「あぁ」と笑う。
「今日は先帝陛下のお誕生日なのよ。毎年この日と命日は陛下の墓前を詣でているの。折角近くまできたのだから貴方の顔をみないとと思い立ったの」
そう涼やかに言って彼女は茶を飲んだ。
たしか高蝶妃は先帝の寵姫であったと聞いた事がある。
彼女自身からも何度か先帝との惚気話を聞かされた事があるから、翠玉の中では何となく先帝は妻子を大切にする人だったのだろうと思っていたのだが、先日冬隼の話を聞いて少し認識が変わっていた。
「あの……蝶妃様、先帝陛下が御自身の子供達にはご興味が薄い方だったと伺いましたが、それは本当なのでしょうか?」
単刀直入に問うてみれば、高蝶妃は困ったような笑みを浮かべた。
「冬殿下が言っていたのね?」
問いに頷けば、彼女はもう一度茶を飲んで卓に戻した。
「わたしの最初の娘が、先帝陛下にとっての第1子だったの。その頃は陛下も子の誕生を喜んでよく顔を見にいらしたりしていたのだけれどね。私だけでなく女性に愛情深い方だったから必然と子どもの数も増えて……しかも死産や早世する子どももそれなりにいて、一つ一つに心を動かされる事がなくなったのね。実は私も男の子を産んだ事があるのよ?でも死産だった」
突然の事実に翠玉は驚いて伯母を見る。
伯母は、「こんな時にこんな不吉な話をしてごめんなさい」と詫びて、話を続ける。
「死産後の私に陛下は寄り添って慰めてくださったわ。でも、あの方自身に子を失った悲しみは少しも無かった。当時はそれに苛立ちもしたけれど、多くの子が生まれて、死んで、また生まれて、あの方にとってみれば心を配るものが多すぎて、きっと途中で放棄してしまったのね。とにかく優秀な者が世継ぎになればいい。最後はそう割り切っていらしたと思うわ。だから、冬殿下の言う事は間違っていないけれど、だからと言って決して冷酷な方でもないのよ」
こんなことを言ってもきっと殿下方には説得力がないのだろうけれど。
と申し訳なさそうに高蝶妃は悲しげに笑った。
「でも、きっと陛下のそんな態度が妃と子供達を苦しめることになってしまったのよね。父である皇帝は守る事をしてくれなかったのですもの、世継ぎ争いが熾烈になればなるほど皇子の母達は必死で我が子を守ろうとするのは当然で、それがあの悲惨な後宮をつくり、皇太后陛下のような妃を作り出してしまったのよね」
「皇太后のような……」
ぽつりと翠玉は呟いて、そしてはっと顔を上げた。
最初こそ母の死に大きな悲しみを背負っていた皇子も、日を増すにつれて少しずつ見かけ上は立ち直ってきている様子だった。
というのも、翠玉の教えを請いに邸にやってくる従兄達と触れ合うようになり、気が紛れているようだった。
その日も、中庭で遊びまわる子供達の姿を眺めながら翠玉は卓に積んだ書を読み漁っていた。
普段大人の前では大人しくて、もの静かな惺皇子だが、従兄達に可愛がられて活発に遊ぶうちに最近では子供らしい笑い声を聞く事ができるようにまでなってきた。
この時も子供達の中では、一際幼く高い惺皇子の笑い声に翠玉は顔を上げて、その様子を微笑ましく眺めて、そしてまた書に視線を落とした。
そして目に入ってきた文字にさらに顔を近づけた。
しばらく文字を追って、顔を上げて呼吸を整えて、もう一度読み直した。
ちょうどその時、陽香がやってきて来客を告げた。相手を聞けば、伯母である高蝶妃であると言う。すぐに卓の上に積んだ書を片付けて、茶を用意するよう命じて、伯母を迎えた。
伯母はやってくるなり、中庭を飛び回っている少年たちの姿に眩しそうに目を細めた。
「とても賑やかだこと!貴方いつのまに4人もの息子ができたの?」
そう戯ける伯母に翠玉は肩をすくめて微笑む。
「惺皇子の事を聞いて何かできないかと思ってきたのだけど、年寄りの喜憂だったかしら?」
「そんな事ありません。子供達に助けてもらってなんとかここまできています」
くすくす笑いながら、椅子を勧めると、彼女は素直にやってきて座した。
「身体はどう?随分と活発に動いているときいているわよ?まぁあんな事があって無理もないけど」
咎めるように眉を寄せられて翠玉は「来たか」と肩をすくめる。
「体調は好調ですよ。昨日医師の診察があって順調だと言われてます」
「そう、良かったわ。まだ安心していい時期ではないのだから油断は禁物よ!」
まるで母のような口ぶりで言う伯母に翠玉はくすりと笑う。
「分かってますよ蝶妃様。常に側に監視役が付いてますから」
そう言っていたずらめいた視線を脇に控える華南に向ける。
翠玉の視線に華南は複雑そうな笑みを浮かべた。
「その割に貴方大人しくないですよ」と言っているようで、話を向けなければ良かったと後悔した。
そして視線を高蝶妃に戻せば、やれやれと言った顔をされたので、曖昧に笑っておいた。
「それで、今日はどのようなご用件で?」
高蝶妃が事前の伺いもなくやってくる事はとても珍しい。それでなくとも、普段王都の外れに隠居している彼女がこんな中枢に出向いてくる事はそうない。
翠玉の問いに、高蝶妃は「あぁ」と笑う。
「今日は先帝陛下のお誕生日なのよ。毎年この日と命日は陛下の墓前を詣でているの。折角近くまできたのだから貴方の顔をみないとと思い立ったの」
そう涼やかに言って彼女は茶を飲んだ。
たしか高蝶妃は先帝の寵姫であったと聞いた事がある。
彼女自身からも何度か先帝との惚気話を聞かされた事があるから、翠玉の中では何となく先帝は妻子を大切にする人だったのだろうと思っていたのだが、先日冬隼の話を聞いて少し認識が変わっていた。
「あの……蝶妃様、先帝陛下が御自身の子供達にはご興味が薄い方だったと伺いましたが、それは本当なのでしょうか?」
単刀直入に問うてみれば、高蝶妃は困ったような笑みを浮かべた。
「冬殿下が言っていたのね?」
問いに頷けば、彼女はもう一度茶を飲んで卓に戻した。
「わたしの最初の娘が、先帝陛下にとっての第1子だったの。その頃は陛下も子の誕生を喜んでよく顔を見にいらしたりしていたのだけれどね。私だけでなく女性に愛情深い方だったから必然と子どもの数も増えて……しかも死産や早世する子どももそれなりにいて、一つ一つに心を動かされる事がなくなったのね。実は私も男の子を産んだ事があるのよ?でも死産だった」
突然の事実に翠玉は驚いて伯母を見る。
伯母は、「こんな時にこんな不吉な話をしてごめんなさい」と詫びて、話を続ける。
「死産後の私に陛下は寄り添って慰めてくださったわ。でも、あの方自身に子を失った悲しみは少しも無かった。当時はそれに苛立ちもしたけれど、多くの子が生まれて、死んで、また生まれて、あの方にとってみれば心を配るものが多すぎて、きっと途中で放棄してしまったのね。とにかく優秀な者が世継ぎになればいい。最後はそう割り切っていらしたと思うわ。だから、冬殿下の言う事は間違っていないけれど、だからと言って決して冷酷な方でもないのよ」
こんなことを言ってもきっと殿下方には説得力がないのだろうけれど。
と申し訳なさそうに高蝶妃は悲しげに笑った。
「でも、きっと陛下のそんな態度が妃と子供達を苦しめることになってしまったのよね。父である皇帝は守る事をしてくれなかったのですもの、世継ぎ争いが熾烈になればなるほど皇子の母達は必死で我が子を守ろうとするのは当然で、それがあの悲惨な後宮をつくり、皇太后陛下のような妃を作り出してしまったのよね」
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