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第10章 後宮
第390話 夜の涙
子供達の帰宅の時間となり、時を同じくして高蝶妃も帰宅することにしたらしく、惺皇子と共に門前まで見送りに出ると、冬隼の帰宅も重なった。
それぞれが、それぞれに挨拶を交わして、稜寧と幸悠が同じ馬車に乗り、爛皇子は物々しい数の護衛達に周りを固められた馬車に1人乗り込み帰宅して行った。
そして少し時間を置いて高蝶妃の馬車が出て、馬車と人で溢れかえるようになっていた門前は一気に静かになった。
「叔父上様!お帰りなさいませ」
落ち着いたところで惺皇子が冬隼に駆け寄ると、冬隼は少し屈んで惺皇子の頬に手を伸ばす。
「土がついてるぞ?兄様方と随分と打ち解けたようだな?」
仏頂面を、少しだけ緩めた冬隼はそのまま自らの手で彼の頬の土を拭ってやったらしい。
基本的に後宮で女性に囲まれて生活していた惺皇子は、男性に免疫がなかった。
いくら叔父とはいえ禁軍の将で、大きな体躯、そして仏頂面の彼は最初のころ随分と怯えられて構えられていたのだ。
最近になって、惺皇子が慣れてきて少しずつ会話をするようになってくると、どうやらそれが嬉しかったのか冬隼も彼によく関わるようになってきた。そしてそうなってくると、今度はなぜか惺皇子が冬隼に憧れを抱くようになったのだ。
冬隼に頬を撫でられた惺皇子は少しだけはにかんだような笑みを溢し。
「はい。とても楽しい時間を過ごさせていただきました」といつもより少しばかり弾んだ声で話した。
直前まで子供同士で遊んでいたせいだろう。普段の彼よりも特段に幼く見えた。しかしそれは喜ばしい変化で、冬隼も同じことを思ったのか、「そうか!」と明るい声を上げて、小さな頭をガシガシと撫でた。
「着替えたら稽古をするつもりだが」
「ぼ……わたしもやります!」
そう言って胸の前で両の拳を握って、次いで2人のやりとりを眺めていた翠玉に視線を向ける。
「叔母上、いいでしょうか?」
小動物のような可愛らしい瞳で懇願するように言われてしまっては、翠玉が「否」と言えるはずもない。
「少し休憩してからならば良いですよ。先程から水分もあまり摂っていませんでしょう?」
そう告げると、嬉しそうに返事をした彼は、護衛を連れて中庭の方へ小走りで向かって行った。
「随分と、子供らしくなってきたな」
その背を視線で追いながら、冬隼が感慨深げに呟いた。
「昼間は、もう随分といいみたい」
ため息まじりの翠玉の言葉に、冬隼は目を細める。
「葉鈴からの情報か?」
「えぇ、まだ夜は一人で泣いているそうよ。無理もないわ、まだ9歳なのだもの」
惺皇子がこの邸に来た時に付いてきた侍女は、皇子と本人の希望もあり、そのまま世話役に付けている。葉鈴というまだ18の彼女は、よく惺皇子に寄り添いながら、新たな主となった翠玉に惺皇子の様子を細かく報告してくれる。
幼くして母を亡くした彼が、夜になると床で一人で泣いているというのは彼女からの情報である。
翠玉も同じ頃に母を亡くした身であるから、彼がどれほど母を恋しく思っているのかはよく理解できる。
しかし翠玉と違うところは、彼には寄り添い会える兄弟がいない事だ。
翠玉は兄の蓉芭が側にいたから心強かった。
毎夜就寝前に部屋を覗きに行き、寝るまで付いていようか?と聞いてみるものの、とても大人びた顔で「大丈夫です。人がいた方が落ち着かないので」と言われてしまうのだ。
「時が解決するしかないにしても、可哀想でならないわ」
ぽつりと呟けば、冬隼がその肩を優しく抱いた。
その手に翠玉が手を重ねた。
「とにかく、そんな事を考える余裕もないほど疲れさせるしかないわね。冬隼頼んだわ」
ぽんぽんと叩いて、翠玉も中庭の方へ歩いていく。普段なら積極的についてくるはずなのだが……
「どうした?体調でも悪いか?」
心配になって声をかけると、翠玉はピタリと歩みを止めてわずかに冬隼を振り返ると、首を横に振る。その表情は先ほどまでと違い、暗く沈んでいた。
「ちょっとね。色々分かっちゃったのよ。でもまだ仮説段階。もう少ししっかり調べるけど……覚悟はした方がいいと思う」
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